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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

未書籍化・異世界系

真贋の鍛冶師~偽物だとギルドをクビになった伝説の鍛冶師の弟子は、偽物だらけの町から田舎に帰って『本物』を探します。最後にのこした剣が伝説級の聖剣だと今頃知っても貴方の審美眼はもう誰も信じませんよ~

 深い森の奥。

 激しい剣戟と魔法、そして複数の男女の緊迫した声が響く。


「アービー! 後ろ!」

「わかっているっ!」


 アービーと呼ばれた青年は振り返りざまに剣を振るう。


『ギャアアアアアァァァオオゥ』


 彼の剣線は正確に後ろから襲いかかる者を、その手にした棍棒ごと切り裂いて醜悪な叫び声を上げさせた。

 彼に後ろから襲いかかったのは緑の体をした醜い化け物――ゴブリンと呼ばれる低級の魔物である。


 ゴブリンは手に武器を持ち、集団行動をして出会った人や獣に襲いかかる性質を持っている。

 一体一体は弱い魔物ではあるが、数が多くなれば手慣れた冒険者でも手を焼くやっかいな存在だ。

 大体は三体から五体で群れを作り獲物を探し森の中を彷徨っているゴブリンたちだが、今彼らを囲んでいる群れは見えるだけでも十体以上。

 とてもではないが新米冒険者が戦える数ではない。


「次、まだいるよ」

「ケイン! エリス! お前たちは左、俺は右をやる。マルティは二人の後ろから魔法で援護してやってくれ」


 目の前に迫る二体のゴブリンを両断しながらアービーが叫ぶ。

 本来であれば全員固まってゴブリンの四方からの攻撃を捌きながらこの場からなんとか逃げる。

 それが最善手のはずである。


 だが、その常識をアービーは――かれの手に持つ剣は覆す。

 その剣は見る者が見れば異常な魔力の輝きを放っているのがわかっただろう。


「任せて良いんだね!」

「ああ。俺にはこの剣が――『アーヴィン』があるからな」


 アービーはそう応えながら、また一体ゴブリンを武器ごと断ち切った。

 その切れ味はとてもではないが新米冒険者が持つ剣の切れ味ではない。


「わかった。こっちは任せろ。 マルティ! 右から来る奴を押さえられるか?」

「出来ると思う」

「それじゃあエリス、左から順番にいくぞ」

「わかってるって」


 ケインと呼ばれた男は、短剣使いと魔法使いの少女二人と共に左右併せて四体のゴブリンに襲いかかった。

 その後ろでアービーが退治しているのは五体のゴブリン。

 だが、戦いを一方的に進めたのはアービーだ。


「はぁ……はぁ……」

「死ぬかと思った」

「ギルドの依頼内容、大嘘じゃんかよぉ」

「まったくだ。帰ったら文句言ってやる」


 結局戦いはアービーたちの勝利に終わった。

 だが、楽な戦いで無かったことは彼らの汗と土、そしてゴブリンの返り血にまみれたその姿からわかる。


「しかし今回もアービーは大活躍だったな」


 ケインはうらやましそうにアービーの横に置かれた剣を見ながら呟く。

 その剣は戦いの最中とは違い、何処にでもある平凡な古めかしい剣にしか見えない。


「私じゃなく『アーヴィン』が凄いんだよ。わかってるだろ?」

「そう言って欲しいのか?」

「いや、それはそれで嫌だな」

「だろ。それにいくら剣の切れ味が凄くても、それを使ってるのはお前だ。少しは自信をもっても良いんじゃ無いか」


 ケインが笑いながらそう口にすると、他の二人も口々に「アービーが昔から凄いのは知ってたしね」「かっこよかったよアービー」とはやし立てた。


「それでも私はこの剣のおかげで勝てたと思うよ」


 アービーは『アーヴィン』と名付けられた剣を手に取り、その刃こぼれ一つ無い刀身に自分の顔を写しながら呟く。

 そして彼はこの『アーヴィン』を蘇らせてくれた一人の少年の顔を思い浮かべた。


「彼は今どこに居るのだろうか……」

「あの鍛冶師か。ギルマスが追い出したせいで何処に行ったかわかんないんだったよな」

「ああ。おかげで私は彼にお礼すら言えてない」


 刀身に移ったアービーの顔が哀しみの表情に変わる。

 だがそれも一瞬のこと。

 彼は決意に満ちた表情を浮かべると剣を掲げ宣言した。


「いつかきっと偉大な冒険者になって彼に礼を返す。それが俺の目標だ」

「俺の? 俺たちのだろ?」

「自分一人だけ英雄にでもなるつもりかしら」

「アービーってそういう所あるよね。先祖は英雄だったらしいけどその血を引いてるからかな?」

「俺、あの話は眉唾だと思ってたんだけど、その剣を見ると本当だったんじゃないかって少しは思ってる」

「少しかよ!」


 彼らは笑い合い、思い出していた。

 そう、アービーの持つ『アーヴィン』が、まだ朽ち果てたボロボロの剣だったあの日のことを。


 そして、その剣の力を唯一取り戻すことが出来た一人の少年鍛冶師のことを。



◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■



「ティルト、お前はクビだ」


 辺境の町サイ。

 その冒険者ギルドに併設された簡易的な鍛冶工房で、冒険者から預かった剣を打ち直していた僕に突然そんな声が掛かった。

 声の主はギルドマスターのカースィだ。


「え? クビってどういう……」

「そのまんまの意味だ。給料泥棒のお前には今日でこのギルドを辞めて貰う」

 

 突然言われたそんな言葉に僕が唖然としているとギルマスはまくし立てるように続ける。


「低レベルの武具ですらまともに修理出来ねぇお前を雇い続けてたのには理由がある」

「理由?」

「ああ。お前があの伝説の鍛冶師ガーディヴァルの孫で、その弟子だったと言うから雇ったんだぞ」


 伝説の鍛冶師。

 僕の爺ちゃんはそう呼ばれていた凄腕の鍛冶師だった。


 世界を股に掛けて活躍する五つ星冒険者や伝説級の活躍をした騎士。

 そんな猛者たちがこぞって愛用していたのが爺ちゃんが作った剣や盾、鎧だった。


「だから俺はお前のその言葉を信じて雇ってやったが、一年経っても新米鍛冶師に毛が生えた程度の仕事しか出来てねぇじゃねぇか」

「でも、それは偽物ばかりだから……」

「偽物? どれもこれも本物だろうが。それは剣一つ禄に修理も出来ない言い訳か? 見苦しい。本当にお前はガーディヴァルの弟子なのか?」


 大声で怒鳴るカースィの声にギルドにいた冒険者や職員たちがこちらを見る。

 その目は大声を上げているギルマスに対して非難の色はない。

 それどころか彼の目の前で反論しようと口をもごもごさせている僕が悪いと言わんばかりで。


「とにかくもう我慢の限界だ。ギルドと言っても慈善事業じゃねぇんだ。明日には荷物を纏めて出て行ってくれ」


 カースィはそれだけ言い残すと大きく足をとを立てながら階段を上って自室に帰っていく。

 残されたのは僕に向けられた哀れみと嘲笑の視線。


「……とにかくこの剣だけでも直さないと……これはやっと僕に巡ってきた『本物』なんだから」


 僕はその視線を振り切るように目の前の剣に向けて鎚を振り下ろす。

 この場所はちょっとした刃こぼれのようなものを直すためだけにある鍛冶場で、設備も普通の鍛冶場に比べてなにもない。

 しかも基本的にお金のない新米冒険者が、その安さだけで持ち込んでくるような場所である。

 持ち込まれる武具も店では二束三文で売られているような中古品か、新品でも無名の鍛冶師見習いが作ったような物ばかり。


「でもこの剣は違う」


 昨日僕の前にやってきたのは一組の新米の冒険者パーティだった。

 見るからに駆け出しでお金もなく、中古品の装備で身を固めた彼ら。

 そのうちの一人でアービーと名乗った青年が僕に修繕を依頼してきたのがこの剣である。


 その剣は、彼らが今装備している武具よりも更にボロボロで、所々に錆びが浮いているような代物だった。

 アービーの腰には別の剣がぶら下がっている所を見ると、流石に手渡してきたその酷い状態の剣を今まで使っていたわけではない様子。


「この剣を直して欲しいんだけど」


 アービーはその勇敢そうな見かけに似つかわしくない弱い声でそう告げた。


「出来れば私はその剣を使いたいんだ」


 本来ならこんな剣を使うくらいなら安い中古の剣を買った方が早いとおもわせるものだった。

 だけれど彼はその剣を使うために僕に修繕して欲しいと言ったのだ。


「この剣は僕の曾祖父が冒険者をしていた時に使っていた剣らしくて、元々はかなりの業物だったと父から聞いたんだ」

「……」

「やはり無理かな?」


 彼は無言で手にしたボロい剣を見ている僕を見てそう呟くと肩を落とす。


「アービー、もう諦めましょうよ」

「これでもう何件目だっけ」

「町の鍛冶屋も含めて四件目かな。どこでもお金の無駄だって言われたじゃないか」


 アービーの仲間たちが彼に諦めるように言う。


「……無理なら諦め――」

「やりますよ!」


 諦めの声を僕は思わず強い声で遮る。


「えっ」

「やります。やらせてください」


 僕は顔を上げ真っ直ぐにアービーの目を見つめ返す。

 そして手にした剣を大事に抱え込むとこう宣言した。


「明後日、取りに来てください」

「明後日!? そんなに早く出来るのかい?」

「出来ます。といってもここの設備で出来る範囲ですが、ある程度使えるようには出来るはずです」


 僕はそう返事をしながら周りに目を向ける。

 炉すらもなく、最低限の金床と鎚しかないこの場所でも僕の脳は出来るとそう判断した。


「わ、わかった。それじゃあお願いするよ……」


 アービーはそう言うと僅かに顔をほころばせ、仲間たちと共にギルドを出て行く。

 その背中を見送りながら僕はこの町に来て初めて手にした『本物』に目を輝かせた。


「約束は明日だけど、なんとか間に合いそうだな」


 僕はつい先ほどギルドマスターに告げられた言葉を忘れて、目の前の剣に見入る。

 昨日アービーから預かった時は錆びだらけだったその刀身は、錆びも落とされて鈍器として使うには問題なさそうな状態には出来ていた。

 だけれど僕の頭の中にはこの剣の真の姿が浮かんでいる。


 聖剣『アーヴィン』。

 それがこの剣の正式な名前だ。


 いつからだろう。

 僕は武具を手にすると、その武具の力がわかるようになっていた。

 昔、まだ祖父が生きていた頃、そのことを祖父に話すと実は祖父も同じ力を持っていると教えてくれた。

 この力のことを祖父は『真贋』と呼んでいた。

 それは『スキル』と呼ばれるものなのだと思う。


『スキル』というのは、人々の中でごく希に発現する異能のことだ。

 その力は千差万別で、とんでもなく便利なものから鼻毛を少し伸ばせるとか言う使い道のないものまである。

 一説には実は人は誰もがスキルを持っていて、その中で効果が目に見えてわかるスキルだけが『発現』していると思われているだけだという。

 前述の鼻毛を伸ばすスキルも、本人が意識して気が付いていなければスキルとは誰も思わなかったろう。

 つまりそういうことである。


「ここの設備じゃ君の力を完全に取り戻すことは出来そうに無いけど……」


 僕はアーヴィンに語りかけながらその刀身を撫でる。

 するとまだ磨かれていない刀身に淡い光が宿った。

 それはまだこの剣が死んでいない証し。


「今僕にできるだけのことはするよ」


 そう呟きながら金床に剣を横たえる。

 ここからは聖剣アーヴィンの真の力を取り戻すための戦いだ。


「これが最初で最後の仕事になるかも知れないんだ。全てを注ぎ込んでやる」


 僕は道具袋から赤銅色の鎚を取り出した。

 それは祖父であり師匠であるガーディヴァルから受け継いだ鍛冶師の魂。


「やっぱりこの剣相手なら力を貸してくれるんだね」


 手にした鎚から伝わってくる熱は、鎚自身がこの仕事をやりたがっている証しだ。

 この町に来てから様々な武具を手にしたが、どれもこれもこの鎚を『本気』にさせたものはなかった。

 だがこの剣は――アーヴィンはやはり『本物』だ。


「行くよ!」


 僕は鎚を大きく振りかぶるとアーヴィンの刀身へ振り下ろす。

 鎚と一体化した僕には、どこへ、どの程度の力で打ち下ろすのが『正解』なのかが手に取るようにわかるのだ。


 カーン!

 カーン!

 カーン!


 鎚の音が簡易鍛冶場に響く。

 一心不乱に刀身に鎚を打ち付けるその姿は、端から見ればギルドマスターにクビを言い渡された腹いせに、怒りを叩きつけているように見えるかも知れない。

 だけれど違う。

 今の僕はそんな邪念など一切無い。


「いいぞ。君の真の姿を見せてくれ」


 鎚を振るう度に現れる聖剣の真の姿に、ただただ夢中になっているだけで。

 僕はその日、カースィに今日は閉店だとギルドを蹴り出されるまで鎚を振るい続けたのだった。



◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■



「持って行く荷物はこんなものかな」


 翌日僕は朝からギルドに向かい、アーヴィンの修繕を午前中ギリギリまで使って終わらせた。

 そしてそれを受け付けに預けるとギルドの人たちに「短い間でしたがありがとうございました」と告げ、今月の賃金を受け取りギルドを後にした。


 一年間過ごしたギルドの職員宿舎に戻ると、旅に出るための最低限の荷物だけリュックサック一つに詰め込む。

 元々見習い鍛冶師レベルの安月給であったが、それ以上に物欲があまりない僕の部屋には、備え付けの家具以外は殆ど何も無い。

 爺ちゃんの工房から出てくる時に持って来た鍛冶道具と着替え、それと日持ちがする食料だけをリュックに入れて、日持ちがしないものは宿舎の『自由箱』に放り込む。

 この自由箱は、宿舎に住む職員が自分には必要ないが他の人には必要そうなものを自由に入れておく箱だ。

 この箱の中のものは誰でも自由に持っていって良いことになっている。


「一年、お世話になりました」


 僕は宿舎を出た所で立ち止まり振り向くと頭を下げる。

 誰が見ていなくとも礼節を重んじることは大事だとよく爺ちゃんも言っていた。


「さて、いくか」


 山奥の爺ちゃんの工房から町へやってきて一年。

 その間僕の元に預けられた武具ずっと『偽物』ばかりだった。

 しかし最後の最後に『本物』に出会えた。


「爺ちゃんが言っていたことの意味がやっとわかったよ」


 僕は独り言を呟きながら町の出口へ向かう。


「本物と出会った時ほど嬉しいことは無いってこういうことだったんだね」


 ギルドを役立たず扱いで追い出されたというのに、僕の心は不思議と晴れ渡っていて。

 それが『本物』と出会ったおかげなのだと理解する。


「本当はもっとたくさんの『本物』と会いたかったけど……」


 爺ちゃんとの鍛冶修行で、ずっと『本物』の武具や素材しか扱ってこなかった。

 そのせいで『偽物』を扱うことが苦手になってしまった。

 だけれどこの世の中には『本物』よりも『偽物』の方が遙かに多い。

 だから『偽物』を扱うことが出来なければ、誰も僕を信じて『本物』を任せてはくれないことを知った。


「でも最後に『本物』と出会えて良かった……」


 手に残る『本物』に打ち付けた鎚の感触を忘れない。

 もう悔いは無い。


 僕は門を通って町を出る。

 これからどうしようかまだ決めていないけれど、とりあえず爺ちゃんと過ごした山奥の廃村に戻るつもりだ。

 その後のことはわからないけれど、自分を見つめ直すべきだと思ったのだ。


 僕はずり落ち掛けたリュックサックを背負い直すと街道を進み始めた。


 この時の僕は知らなかった。

 数々の『本物』がこの先、僕の元へやってくるということを。

 そしてそれは、そう遠くない未来の話だと言うことを。



◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■



 サイの町の冒険者ギルド。

 そこに一人の女冒険者がスイングドアを押し開いて入ってきた。


 逞しい筋肉美を惜しみなく見せつけるその体には、所々消えない傷が浮かび、美しいその顔にも深く長い傷跡が頬に刻まれている。

 歴戦の勇者。

 一言で表すならそう評するしかない彼女に、ギルドの中に居た冒険者たちは息をのむ。


「お、おい。あれって死神リーゼルじゃないのか?」


 冒険者の一人が思わず彼女を見てそう呟いて慌てて自らの口を両手でふさぐ。

 だが、リーゼルと呼ばれた女冒険者はその音この言葉など気にしていないのか、そのままギルドの受け付けに歩み寄った。


「死神……どうしてこんな所に」

「あれが四つ星のリーゼルか」


 最初の男の呟きを聞いた他の冒険者も次々とその名を口にする。

 彼女の名前はリーゼル。

 四つ星の冒険者である。

 彼女の二つ名である『死神』というのは、かつて彼女とパーティを組んでいた仲間たちが次々と命を落としたことから付けられた異名だ。


「聞きたいことがある」

「は、はいっ。なんでございましょう」


 ドンッと音を立て、カウンターに腕を置いてリーゼルは受付嬢の目を睨めつけながら言った。


「この町に『ガーディヴァルの弟子』がいると聞いたが、どこに居るか知っているか?」

「が、ガーディヴァルですか」

「そうだ。名前くらいは知っているだろう?」


 受付嬢は無言でコクコクと何度も頷く。


「その弟子がここにいると聞いて遙々やってきたんだ。どこに居るかさっさと教えろ」


 ドンッとまた強くカウンターに拳を叩きつける音がギルドに響く。

 その拳の下の天板には僅かだがひび割れが出来ていて、もう一度殴られれば容易く破壊されてしまうだろう。


「じ、実はその……」


 受付嬢は青い顔で数日前にさよならを告げ去って行った少年のことを口にしようとした。

 その時だった。


「おいおい、もめ事か?」


 騒ぎを聞きつけたのだろう。

 ギルドマスターのカースィが二階から様子をみに降りてきたのである。


「マ、マスター。良い所に」


 受付嬢はこれ幸いと階段に駆け寄ると、降りてきたカースィにカウンターを指さしてことのあらましを告げた。

 最初こそいつもの冒険者同士のいざこざだと思っていたカースィだったが、その原因が『死神』だと知ると血相を変える。


「いったい四つ星冒険者がこんな場末のギルドに何の用事なんだ」


 このサイの町は王国でも比較的安全な場所で、周りに居る魔物も二つ星程度の冒険者でも十分対処できるものばかり。

 必然、得られる報酬も少なく、とてもでは無いが四つ星冒険者がやってくるような町では無い。


「お前がここのギルマスか?」

「ああ。俺がギルマスのカースィだ」


 冒険者ギルドのマスターとして威厳を保たねばならないと、カースィは心を奮い立たせ『死神』の前に立つ。


「話は聞いたか?」

「話?」

「ああ。この町にいるというガーディヴァルの弟子とやらに会いたい」


 ガーディヴァルの弟子。

 たしかに数日前までそう自称する少年がこのギルドには所属していた。

 だが、そいつはカースィ自身の手でクビになり町を出て行った。


「……」

「どうした? 早く教えろ」

「……居ない」

「なんだと?」

「もうこの町には居ないと言ったんだ」


 カースィはそう答えると更に言葉を重ねる。


「それにあのガキはガーディヴァルの弟子を名乗ってはいたが、飛んだ偽物だぜ」

「偽物だと? なぜそう言い切れる」


 少し自分のペースを取り戻したカースィはにやりと笑う。


「なんせあいつは初心者冒険者の武具ですらまともに修繕できねぇほど酷い腕だったからな。あれならまだ町の工房にいる見習いのほうがよっぽど上だったぜ」

「だから偽物だとお前は判断してこの町から追い払ったと言うわけだな」

「ああ、そうだとも。高名な鍛冶師の名前を勝手に使って、自分はその弟子だと嘘をついていたんだからな。追い出して当たり前だろう?」


 カースィは「まぁ、アンタほどの冒険者でも、踊らされるような嘘なんだ。俺が信じちまっても仕方ねぇだろ」と笑った。


「ちっ……結局またハズレか……」


 リーゼルは忌ま忌ましそうにそう吐き捨てると、もうここには様は無いと言わんばかりにきびすを返しギルドを出て行こうとする。

 だが、そこに一組の新米冒険者が帰ってきた。


 彼らはギルドに入ってくると、剣呑な雰囲気を漂わせるリーベルに気を向けるより先に受付へ向かう。

 そしてカウンターの上に袋を一つドサリと置くと、憤りの籠もった声で受付嬢とカースィに詰め寄る。


「昨日受けたゴブリン退治の依頼だけど、依頼書と違って二十近いゴブリンが居たんだが!」


 パーティのリーダーであるアービーはそう言うなり、袋の中身をカウンターに広げた。

 袋の中身は小柄な魔石で、数はおよそ二十。

 それは彼らがゴブリンの群れを倒して得たものだった。


「危うく死にかけたのよ」

「依頼はきちんと精査してるって言ってたわよね」

「危険手当くらい付けてもらわないと割に合わないぜ」


 カウンターの上の魔石を見て、受付嬢だけで無くカースィも驚いた表情を見せる。

 それだけではない。

 ギルドの中で先ほどまでリーベルに恐れおののいていた他の冒険者たちもその話を聞いて気色ばんだ。


「お、おい。あいつらが受けてたのって」

「たしかゴブリンが三体、東の森に出たから退治してくれって奴だよな」

「それがどうして二十もいやがんだ」

「そんなに居たら普通気が付くだろ。依頼主は一体誰なんだ」


 冒険者たち。

 特にこの町に居るような二つ星以下の者たちにとって、魔物の数の間違いは直接命に関わる問題だ。

 一体や二体の誤差は、ゴブリンのような小物ではよくあることだ。

 だが、今回のように三体と報告されたのに二十体もいた等と言うことは流石に看破できる物ではない。

 普通であれば今頃アービーたちのような駆け出し冒険者はゴブリンの餌になっていたはずだ。


 騒ぎが大きくなって行く中、一人の冒険者がアービーに声を掛ける。


「お前たち、それで良く無事に帰ってきたな」

「こいつのおかげだよ」


 アービーはそう言って腰の剣を軽く叩いてみせる。


「そいつはあれか。例の鍛冶師の坊主が出て行く前に直したっていう」

「ああ。この剣のおかげでなんとかゴブリンたちを倒すことが出来たんだ。出来れば礼をしたいんだが……でもあいつはもういないんだろ」


 アービーがそう答えると、突然彼の腰の剣が何者かの手によって引き抜かれた。


「ふむ……この剣は」


 予想外の出来事に何が起こったのかわからない彼らの前で、その剣を引き抜いた女――リーゼルは軽く剣を振った。

 するとどうだろう。

 魔石がばらまかれたカウンターが、音も無く真っ二つに切り裂かれたでは無いか。


「ひいっ」

「お、おい貴様何を」


 悲鳴を上げる受付嬢と、リーゼルの行為を咎めようとするカースィ。

 しかし、そのカースィの鼻先にアービーの剣が突き出された。


 恐怖に目を見開き動きを止めたカースィに、冷たいリーゼルの声が届く。


「おいお前。さっき例の鍛冶師は偽物だと言ったな」

「……」

「ではこの剣は何だ?」


 そんなことを言われてもカースィには何が何だかわからない。

 名にも応えられずに居ると、リーゼルの横から剣の持ち主であるアービーが彼女の腕を掴む。


「おい君。僕の剣を勝手に使わないで貰いたいんだが」

「……そうだ、お前で良い。話を聞かせろ」

「話だと?」


 リーゼルは目線を自分の腕を掴む青年に移す。

 そして切っ先をカースィからはずし、剣の柄をアービーに差し出しながら応える。


「そうだ。この剣を直したという男のことだ」

「ティルトのことか?」


 アービーはアーヴィンを取り返すと鞘に収めつつ話す。


「ティルト……そうか、ガーディヴァルの弟子はティルトというのか」

「お、おい。どういうことだ」


 自分の鼻先から切っ先が消えたことで我を取り戻したのか、横からカースィが口を挟んだ。

 リーゼルの言い方だと、まるであの偽物だと追い出した少年が本物のガーディヴァルの弟子だと言っているようではないか。


「お前、ギルドマスターだと言うならそれなりに力も知識もあんじゃないのか?」

「?」

「……やれやれだな。いくら田舎の弱小ギルドとはいえ、ギルドマスターのレベルがあまりにも低すぎる」


 リーゼルはそう嘆息すると、顔を怒りと屈辱で赤くするカースィを指さして厳しい声で言い放つ。


「お前が偽物だと決めつけて追放した鍛冶師は、本物のガーディヴァルの弟子に間違いないと言うことだ」

「本物……だと。だが奴は簡単な装備すら……」

「それよ。ガーディヴァルの話をギルマスであるお前が殆ど知らないとはほとほと呆れるしかない」


 伝説の鍛冶職人ガーディヴァル。

 彼の伝説の中で一つだけまるで笑い話のような話があった。


「ガーディヴァルはその伝説級の腕前に反して、簡単な鍛冶仕事は上手く出来ないという有名な話だ」


 強力な魔物を一刀両断するような剣は造れるのに、普通の包丁は造れない。

 どんな魔法でも防ぐ盾は造れるのに、何度挑んでも歪んだ鍋蓋しか出来ない。


「お前はこの剣を見たのか?」

「い、いや」

「だろうな。もしこの剣を見ていれば、嘘つきだと追い出すなどあり得ないだろうからな。この剣は伝説級の聖剣だよ」


 リーゼルの言葉にギルド中にざわめきが広がる。

 なんといっても四つ星の冒険者……しかも二つ名が付くほどの者が告げたことだ。

 誰もがそれが真実だと確信した。


「これが……聖剣……」

「本当にアービーの爺さんって凄い人だったのか」


 腰に戻した剣をもう一度抜き、アービーはその刀身をじっと見つめる。

 そしてその刀身を見つめるもう一人の男――カースィの顔がどんどん青ざめていく。

 

「その剣……それを本当にあいつか……ティルトが鍛え直したってのか……」

「ふむ。一応はこの剣のすごさがわかったようだな。だがもう遅い。私はそのティルトという少年を追う」


 リーゼルはそう言い放つとギルドの出口に向かって歩き出す。

 そしてスイングドアを開いた所で足を止めると、背中越しに最後の言葉を残した。


「アービーと言ったな。その剣はこの先もお前を助け導いてくれるだろう。私にはそれがわかる」

「……」

「大切にしろ」


 リーゼルはアービーの返事を待たず外に出て行ってしまった。

 ギルドの中に残ったのは様々な感情が交じり合った空気。

 その中にはあからさまにギルドマスターであるカースィに対する失望感が含まれていて。


「それじゃあギルマス」


 聖剣アーヴィンを腰に戻したアービーはそう口にしながら振り返る。

 そして未だに茫然自失なカースィに向けて静かな口調でこう切り出した。


「今回のゴブリン退治についての弁明を聞かせて貰いましょうか」

 

 後にその話は、伝説の冒険者アービーとその仲間たちが最初にくぐり抜けた試練として語り継がれることになる。

 同時にガーディヴァルの弟子であり、師匠をも超える鍛冶師と謳われるティルトの名が歴史上初めて記された物語。







「あー、もう。どうして包丁の一つも造れないんだよっ僕は!」





 だがその時の彼は、未だ苦難の道の途中であったという。





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