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カボチャを食べるスイカ

作者: 姫目 次郎

 私はかなり顔がいい。

 薄い唇、すらっとした高い鼻、ぱっちりとしていながらどこか眠たさも感じる大きめの瞳。毎朝鏡の前で惚れ惚れするくらいには自分の顔に自信を持っている。

 世界に、自分に似た顔をした人は3人いると言われているが、その3人よりも美人であると自負しているし、あと何度人生を繰り返そうとこの顔に生まれたい。転生する際に自由に福笑いができるなら、真っ先に私と同じ顔を作るだろう。


 ではスタイルの方はどうかと訊かれると、これにもまた笑顔で頷くことができる。学力も申し分なく、性格だって良い。天は二物を与えずと言うが、何事にも例外は付き物というわけだ。


 しかし、友達ができない。「だから」と言うべきなのかもしれないが、私ほどの完璧人間ともなると逆に近寄りがたいのだろう。こちらから話しかけようとしても上手くいかず、近頃は若干避けられているのではないかとすら感じている。


 ただ、そのおかげで人間関係に悩むことはないのは良いことだ。大学受験を控えている身にとって、人付き合いに時間を割くことにはそれなりの犠牲を伴う。それに、クラスメイトの会話の内容を聞く限りは時間に対する利益が明らかに見合ってないように思われる。芸能人の整形発覚はそんなに問題視されることだろうか。自分の顔なのだから好きなようにさせてあげればいいのに。

 他人の顔面事情に腹を立てる暇があったら赤本の一問にでも頭を使う方が何倍も有意義だ。半年後に後悔するがいいわ。


 そんなことを考えながら歩いているうちに、丸山書店の茶色い看板が目に入ってきた。いつも利用している店にお目当ての本がなかった所為で隣町まで来ることになったのはちょっとした誤算だったが、たまには遠くまで足を運ぶのも悪くない。 


 自動ドアを手で開けると、いきなり店内から声が飛んできた。

 「あら、ササキさん。忘れ物でもしたのかい?」

 確かに私は佐々木だけれど忘れ物はしていない。そもそもここに来るのは初めてのはずだ。忘れ物のしようがない。

 声のした方へ怪訝な目を向けると、中肉中背の中年男性が驚いた顔でレジに立っていた。

 「あ、それとも返品かい?うちはそういうのはあんまり対応してないんだけどね、佐々木さんはいつも利用してくれるから特別に…ってもういいのかい!?」

 私は、知らない人がまるで仲の良い友人のように話しかけてくるという状況に対して経験したことないほどの不気味さを覚え、何も言えずに店を飛び出してしまった。

  

 誰だあの人は…?

 記憶の中のアルバムをめくっても、似たような顔は見つからない。 

 あの人の頭がおかしいのでなければ、私はあの店に既に行ったことがあるということになるのだろうか。いやそれよりただの人違いと考える方が何倍も自然だ。でも名前は合っていたし…。

 

 いまいち思考がまとまらないので近くの喫茶店で休むことにした。


 入った店はやたら注文が複雑だった。呪文のように長い名前を唱えている客が多い中で、私はメニュー表に指をさして注文をすることでなんとかその場を乗り切った。


 何のトッピングもされていないシンプルなコーヒーを一口飲みながら、思考を整理しようとする。


 とりあえず、あの書店員の言動が妥当なものだったとして考えてみよう。

 万が一あの人が言っていた「ササキさん」が私のことを指していたとするなら、私は過去にあの書店に行っていたことになるのだろうか。とすれば私の記憶が消えている可能性がある。

 いや、忘れ物をしたと思われていたということは、「直前まで店にいた人が戻ってきた」と思っているということだ。例え一日ぶりの来店だったとしても、普通に本を買いに来たと思うのが一般的だろう。記憶がないほど久しぶりの来店ならなおさらだ。それなら過去に来店した私を見ての発言というのは考えにくいな。


 自分の記憶が喪失しているわけではないことに少し安心し、カップを口に近づける。


 ともすれば考えられる可能性は人違いに限られる。名前が同じで顔が似ているとはまるで私の分身だな。もしくはドッペルゲンガーといったところか。あの書店員がとてもフランクに話しかけてきたところや特別な対応をしてくれようとしていたところを見ると、もうひとりの佐々木さんとの付き合いはそれなりに長いはずだ。それなのに人違いが起こったことを考えると、私と本当に瓜二つの顔をしているということになるな。

 ドッペルゲンガーだった場合は、偽物に出会ってしまった本物は死んでしまうと聞くが、そんな危険を冒してでもどれくらい私に似ているかそのお顔を拝見してみたいものだ。いや、それでは流石に物騒だから、生き別れた双子の感動的な再会とでも銘打っておこうか。

 思いのほか現実味のない結論になってしまったが、「頭のおかしい店主がたまたま私の苗字を当てる確率」と「隣町に苗字が同じそっくりさんがいる確率」ではどちらのほうが高いのか気になるところではあるかな。


 かなり思考がまとまってきたし、こんなところで府に落とすことにする。カップの底が見えてきたが、もう一杯頼む必要はなさそうだ。

 この店とこのコーヒーには申し訳ないが、味や香りが楽しめるほど私の心に余裕はなかった。

 

 外は少しだけ暗くなっていた。

 飛び出してしまった書店に行きづらさを感じた私は、近くの別の書店に向かって歩き始めた。


 自分なりの結論を出した私は、その後のことはあまり気にならなかった。コーヒーの会計時に「ポイントカード持って来るの忘れたんですか?珍しいですね。」と店員に言われたことも、通りすがりの気さくな男性から、日ごろのお礼と共にトマトをもらったことも、並行世界に来たような気分を押し殺して深くは考えないことにした。


 それにしてもいきなり名前を呼ばれたときは驚いた。私の生き別れの双子、もといドッペルゲンガーさんは頻繁に書店を利用して仲良くなっていたみたいだし、もう一人の私は私とは正反対に、明るくフレンドリーなのだろうか…。私はなかなか人に話しかけられないことが多いからなあ…。でもこれじゃあまるで私の方が——。


 「え…。あなた…!?」


 不意に後ろから私の声がした。


 振り返るとそこには、薄い唇、すらっとした高い鼻、ぱっちりとしていながらどこか眠たさも感じる大きめの瞳。まさに私が毎朝鏡の前で眺めている私が立っていた。


 顔に見惚れているうちにふと、私と目が合う。

 その瞬間に私は、体から糸が外された操り人形のように膝から崩れ落ちて倒れこんでいく私の姿を目の当たりにした。声も発さず横たわるその姿は、とてもゆっくりとしたものに感じられた。周りに人は誰もいなかった。私はその場にかがみ、真っ白になった首元に手を当てた。脈は無かった。


 「噓でしょ…。」

 思わず声が出た。


 喫茶店での考え事で疲れ切った私の頭では、今目の前で起きたことへの説明をたった1通りしか思いつくことができなかった。


 私は、信じたくない真実に頭を抱え、信じるしかない現実に目を塞いだ。

 

 ただ、今なら誰かに話しかけることなんて容易いことのように感じられた。


 はじめまして、姫目次郎と申します。創作活動は今回が初めてです。

 初心者故に、表現や文法には改善するべき部分があると思いますので、ご指摘よろしくお願いいたします。拙作ながら楽しんでいただければ幸いです。

 なお、タイトルがダサいのは仕様です。お許しください。

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