20260102
ソビエト連邦時代にコンバットサンボを作った裏地があるからか、旧ソ連のあの辺のファイターが強いのは今の格闘技時代にマッチしてて、なろう的に考えると古代文明の再開発を行って国力を高めた帝国みたいな感じです、もしくはFF6の魔導アーマー的な? かの国の格闘技は別に組み合ってからの技術を統合しただけじゃなくて打撃技術も統合されてるので「古今東西の伝統武術を統合して最強ファイターを作ろう」をすでにソ連時代に国家規模で育成方法も含めてやっちゃってるところが、ソ連って感じです。そんな現代の論理的な技術を身に着けている格闘家に対して古武術はどう対抗するのだろう。精神性とか道という文字の意味とかそういうある種精神修養という逃げはあるけれど、対抗し得るものでもないしな。普通の格闘家たちなら、そういう彼らの技術から学び取って取り入れたりして自分の技術を高めていくんでしょう。何が言いたいかというと喧嘩自慢できるっていうのは平和な国の話ですよね、殺人が軽くないからできるっていう、普通に喧嘩したらどっちが殺してもおかしくない軽い国では、喧嘩自慢して生き延びてたら格闘技なんかしないでやくざものになってるだろうしね。空手とかも本来は現代格闘技では禁じ手の金的や目つぶしがメインだろうし。話それるけど、金玉は殴られたらヤバイけど、ちんの方は普通に痛いだけで済むので金的っていうのは納得だなぁって思いますよね、サンチン、コッ!話がそれ過ぎたけど、つまり、喧嘩自慢ってやめた方がいいよね、外から見たら、生ぬるいおままごと言ってはるわー、にしかならないので。
大みそかに佐渡から山形千葉浅草と運搬させられるドラマを見て千葉はイベント会場にいる奴が車出して迎えに行けばよいだけではないのかと思ったりしました。というかどうやって塩取りに行ったんだよ、電車で行ったんか?車じゃなく?というような野暮なことを突っ込むドラマではないので米沢牛の焼き肉食べたいなーって思っときます。佐渡でお米をあの車のトランクルームに入れるけど、お米痛まない?だいじょうぶ?とも思いましたけども。そんな野暮はお云い出ないのです、塚本高史が店長役をやってるお店のぶりしゃぶと兜焼き食べたいって思っときます。ぶりしゃぶと言えば昔氷見の寒ブリを一匹買って忘年会で食べた気がする。その後からその時住んでた近所のイトーヨーカドーに冬場寒ブリが並ぶと買ってしゃぶしゃぶしたり、切り落としのあらとかをぶり大根にしたりしてぶりは結構食べたなと。ぶり大根を臭みなく作ったら、その残り汁をだし汁としておでんを作るといいです。ぶり大根は大根でもぶりでもなく、煮汁が最強にうまい。




