20250926
ゆけ 今こそー
少林寺木人拳はいろいろなことを教えてくれました。制約と誓約だったり、この世に生きる喜びそして悲しみだったりを。ということをyoutubeで酔拳が無料公開されてるのを見て思い出しました。ダメダメだった主人公がいろいろな人との繋がりで修業をこなして最終的に木人房?を通過して修行を終えるっていう王道修行パート部分、強くなっただんまりが市街で目的の父の仇を探すアドベンチャーパート、そして、ファツーとだんまりの最終決戦と鉄板構成ですよね。ラストバトルはどっちも情があって相手に止めをさせないまま(だんまりはこの前の雑魚とのシーンで中ボスを殺してる)、カンフー勝負でだんまりにファツーが負けて、それでも少林寺には戻れないという意思表示の最後と、だんまりが帰依するラストで終わる。自分にとどめを刺したファツーに対して少林寺のお坊さんたちが南無阿弥陀仏って念仏を唱えるのですが、僧側としては受け入れる腹積もりがあったということでしょう。これの何がいいって、最後ファツーがだんまりの頭を撫でるところですよね。隙を晒す信頼行為と大丈夫なのかっていう葛藤という、手を置く方にも葛藤があってスムーズに手を置かないし撫でて言葉を言いきったら、自分で最後の時間を進めるという。
ほうじ茶、紅茶やコーヒーはシュウ酸を意識して牛乳を加える事が多いですが、ほうじ茶はシュウ酸がそれらに比べて少ないので加えなくてもよいのですが、癖で加えてしまう場合があります。最近、世間でもほうじ茶ラテというのがあるのですが、ほうじ茶の香ばしさをミルクは抑えてしまうような気がしてます、この香ばしさが嫌ならミルクを加えるということなのでしょう、日東紅茶の安いやつの香りが苦手とかそういうたぐいならミルクを加えるという感じのマインドと同じだと思います。で、ほうじ茶のお茶うけに何がいいか、いろいろ考えた結果、黒糖を齧るということに落ち着きました。癖がちょうどいい。




