20240217
昔にテレビショッピングで見た肩当て寝具(あったかケープとかの羽毛布団バージョンみたいの)を見たときに、子供だったので画面の中で老人が着ているのを見て年を取るとそうなるのかとおぼろげに思ったのを思い出した。最近、私はフード付きパーカーのフードをかぶって寝ている。ああ、これか。フード付きパーカーは頭から首肩までカバーされてていいんですよね、フードはナイトキャップ替わりです。普通にフードを被っても寝返りなどで外れてしまうので100均で買ったアイマスク(耳にかけるタイプではなく頭にゴムバンドで固定するタイプ)をフードの上から装着してフードのずれを防止しつつアイマスクで顔もあったかな副次効果を得るのです。そうやってみんな年を取っていくのでしょうか。
youtubeで新居昭乃の鉱石ラジオを聴いていて、昔ラジオのビリジアンハウスかなんかで紹介されていたメールを思い出した。図書館でいつも耳栓をして過ごしてる子がなんかのきっかけで耳栓を外して世の中の音に触れた的な話だった気がする。
子供の頃に通学でイヤホンでずっと音楽を聴いていたことを思い出した。電車とかで音楽を聞いてると集中できて勉強がはかどったような気がしていた。大人になってイヤホンをいつの間にかしなくても集中できるようになっていた。集中が途切れた時に世の中の音が耳に入ってきて、次は御徒町。
世界と自分を遮断するのに耳をふさぐのはすごく手っ取り早いし、その上で目を閉じたら自分しかいない。そして意識もなくなっていき、かくっとなって気が付いたら、次は御徒町。でも聞こえてないないから、目を開けて窓の外のホームを確認する。
世の雑音ってうるさいけど、うるさいって思えるのはまだ自分が生きているからなんだと感じられるようになったのかな、耳栓の子は。
老害。この言葉がなんにでも適用されすぎているような気がする。若者の気に入らないことイコール老害っていうような雰囲気を感じる。耳に痛いことをすべて老害というのは逆に若者が耳栓をしているように見えてしまう。確かに老害は多いが全てではないのにどう判断をつけるか。思考停止していると今の時代にそぐわないという言葉を多用する。今の時代がまるで正統進化してきている全うなものであるかのように言っているが、その今の時代を作るのに老害の土台があるのに本当に全うなのかその今の時代はと思ってしまう。都合のいい部分だけを切り取って今の時代にするのは老害みたいなもんじゃないのかね。
トースト。トースターでどれぐらいトーストするのが自分のベストなのか、今まではバターと蜂蜜を塗ってそれらが溶けて裏面がちょっと茶色くなるところにしていた。最近さらに30秒ほど長くして塗った表面がカリカリになるまでトーストしてみたりする。ハニーバターが染み染みになったところはそのままに塗れてないところが茶色く焦げ付き一歩手前といった具合だ。この表面の焦げ付き一歩手前のサクっと感と濡れ濡れハニーバター層のマリアージュを楽しむ方向を今は楽しんでいる。




