20220308
価値観のアップデートに覚える違和感について。例えば、現行のバージョンしか知らない人にとって現行のバージョンで使えるアプリだけしか使ってないし、存在を知らないので過去のバージョンのアプリを使おうとも思いつかないわけですが、過去のバージョンからアップデートして来た側からすると現行との互換性と不具合に違和感を覚えてxpで良かったのにとなるわけです。7に標準で入ってたムービーメーカーが現行だと入ってなくてフォトのエディター機能を使ってねと言われても使い勝手が悪かったりで、他のAviUtlをわざわざ使ったりしてしまうようになる。当たり前にできてたことができなくなる事に違和感を覚えてしまうわけです。価値観が変わるのはそういう不具合も内包しているんだよとわかっていてアップデートというならいいのですが、好んで使う人たちはアップデート=良くなるという短絡的な思考をしているのではないかと思える。科学技術ならいざ知らず、個々人の中にある価値観を時代に沿うように”アップデート”する必要なんてないのではないか、その価値観が他者を虐げるような物でない場合において。右へ倣えの価値観のアップデートはアップデートではなくただの社会への”主体性無き迎合”にしか過ぎないので、口にする人に対してあぁ~っていう冷めた生暖かい視線を向けてしまう。
食パンにバターを塗る必要がない事にうすうす気が付いてた、そして、最近確信する、トーストするだけで良いことを。なぜ、我々は何の疑いもなくバターを塗っていたのか。誰だこれを刷り込んだのは。つまり、フランスパン的塩・水・小麦・イーストのパンに対してチーズやバターを塗って食べていたのをそのまま卵や牛乳や油分を含んでいる食パンにまで行っていたため塗らなくても十分な食パンにまで塗っていたのではないか、最近、パン屋さんの食パンに何も塗らずに食べてくださいっていうのが多いと思ったんだよ、パン屋さんももっと論理的に声を上げていくべきだよ。
今朝はジェノベーゼソースをフランスパンに塗ってチーズを乗せてトーストしました。




