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20210923

 ティーバッグの紅茶をよく飲む。ふと昔に見た、マツコの夜の巷を徘徊するでごみ焼却場の見学する回で可燃ごみに混ざる大量の金属ゴミというのを思い出した。ホッチキスが味に影響するしないは考えないけど(ティーポットに金属のボール茶こしをぶっこんで取り出してるのを思えば違和感はない)、燃えるゴミの処理が面倒だなというのでホッチキスレスに書類がなっているご時世だしティーバッグもそうなっていく時代だろうなと、いまだにホッチキスが付いてるティーバッグを見ながら思った。あれ、でも別のメーカーのはホッチキスなかったな。ごみ捨てがこれ面倒だと思ったのだ、次からはやめよう。

 などと考えていて、これこそエコなのではと思う。セクシー大臣のレジ袋問題で解ったようにプラスチック廃棄はそもそも消費者にプラスチックを渡さなければゴミにならないという考えで出てきているが、それならば、過剰なまでの菓子類の個別包装等アンチエコロジーなものを減らしていけば「ご家庭」から出るプラ廃棄は自然と減る、だのに、なぜそれを言わずに、我々はやれカントリーマァムが小さくなったなどと騒いで小さいくせにでかいプラ包装していることを問題にしなかったのか。野菜だってそうだ、近場からの流通と遠くからの流通ではその流通にかかる化石燃料の消費量が違うではないか、なぜそれを言わない。ま、米所から運ばれる米の方がうまいのでしょうがない。

 問題は流通にかかる化石燃料の消費をカーボンニュートラルではどう解消するのかEV?その電気は火力で作ることはならないとしたらなら、原子力で作るのか?もっと大量輸送のタンカーなどはどうするんだ、原子力タンカーでも造るのか?

 そもそもエコロジーとはなんだ、現状維持から産業革命前夜まで環境を戻そうというのか。人口何人に対してどのような森林量が必要でどの程度の農業工業排出が許容されるとかそういう指標はあるのか、カーボンニュートラルの目標はわかるのだが、その目標は人が人らしく生きる上で妥当な値なのか。人が人らしく生きるとは「ぶよぶよとした己の姿にも気づかず只管緩慢な壊死へと向かう」ことだろう、エコロジーは人を殺すのかもしれない。いや、そうなのだ、エコロジーは人が多すぎたら成立しないのだ、多くの人口を”満足”に支えるエコロジーはどういう技術が必要なのか、世界中の人を今の日本人と同じ水準の”満足”にしようとしたら。そういうことには目をつむり自国の環境目標だけを掲げても意味はないのではないか、一昔前に言われていた事で発展途上国が欧米並みになるにはCO2の排出量増加は避けられないのに、世界的な排出規制の枠組みによって発展途上国は発展を無軌道に行えなくなり先進国の思うがままにそれをコントロールされることになる。新時代の植民地政策かな?


 

 餡バタートースト、かつてあんこの油分と紅茶の相性が良いことは知られた、ならばバターとあんこの油分相性も良いだろう、それをトーストに乗っければ相性が悪いはずもない、ならばその油分をミルクティでさらりと流し込む。そうここで考えなければいけないのは珈琲の入れ方であり、コーヒーの油分をどうするのかという話になる。直火式エスプレッソ(マキネッタ)でいれて油分を楽しむか、ペーパーフィルターで油分を除いてさらりとした飲み口にしていくか、マキネッタの方は油分をミルクと溶かし合うのにあっているような気がするのでカフェオレかミルクを泡立ててカプチーノにするといい、そうすればあんこの油分とカプチーノがマリアージュ(和とイタリアをフランス語で表現するのは表記ブレか意図的か)。

 イタリアのバルで1ユーロでバリスタマシン使った本格カプチーノがそこらじゅうで飲めるをかつて見たときに、これをコンビニで展開すれば儲かるって思ったこともあった。気が付くとコンビニカフェが出来ててやはりそうだったなと思ったものでした。イタリアから帰ってスタバのカプチーノ頼んでコストと味にがっかりした人は結構いると思う。

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