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現代に生きる錬金術師

作者: 海老しゅりんぷ

※投稿テストを兼ねた短編です。初投稿なので誤字などあったらごめんなさい。

※アルファポリスでも公開しています。

よろしくお願いします。

 わたしの両親が亡くなって早数年。

 三年だったか、四年だったか、記憶が朧気になる程、わたしはある研究に没頭していた。その研究は両親、そして先祖代々から受け継がれている研究だ。


 わたし__黄金(こがね)(れん)は現在一人暮らし。二十歳。学生ではなく、社会人でもない。両親と先祖が残してくれた遺産で生活し、部屋に籠りきりの錬金術師だ。


「いま何時だ…? ああ、時計はこの間の錬金で分解して使ってしまったんだっけ」


 おなか空いたなぁ。なんて考えても錬金術では腹は膨れない。少し前にまとめて錬金した、滋養強壮万能ドリンクのストックはまだあっただろうか。いや、ない。保存用鞄をさぐっても動きが緩慢な私の手は空を切るばかり。他に食料の保存場所は無い。冷蔵庫?冷蔵庫なんて家電はこの家には無い。錬金術によって生み出された保存用鞄は空間拡張機能と冷却機能がついているため冷蔵庫の代わりとなるのだ。電気代が浮く。すごい。…だめだ、本格的に頭が回らない。


 わたしは食料の買い出しのための準備を始めた。と言っても目的地は近所のスーパーマーケットだ。保存の効く食料の買い出しのためだけに遠出はしたくない。いつもはネットで食料品を買ってしまうのだが、この状況では仕方あるまい。それにわたしが住んでいる家は意外にも都会よりである。都会に家を建てたのではなく家の周辺が勝手に栄えていったという方が正しいけれども。


 そんなことを考えながらわたしは入浴をさっと済ませ、家を出る準備を終えた。

 玄関に向かい廊下に設置された棚の上にある自転車の鍵を取ろうとする。だがしかし、手前にあった邪魔くさいオブジェに手が引っ掛かり、オブジェと共に自転車の鍵も棚の後ろへと落ちていってしまった。


 少し苛々とした感情が湧いてくるが、空腹によるものだと一蹴し棚の下に手を伸ばす。せっかく入浴を済ませたというのに棚の下をまさぐるたびに埃が腕に付着し、不快な思いをしていると何やら硬いものに手が触れる。棚の下から引っ張り出した物体は黄金の砂が入った砂時計。


「これ……おばあちゃんの砂時計? こんなとこにあったのかぁ」


 その砂時計は変わった形をしている。一般的な砂時計はオリフィス__蜂の腰とも呼ばれる砂が落ちていく部分が一つなのだが、おばあちゃんの砂時計はオリフィスが三つ螺旋状になっているのだ。他に特筆すべき点は一つだけで、ひっくり返すとランダムな一つのオリフィスからしか砂が落ちていかないようになっているらしい。

 綺麗な砂時計ではあるが、オリフィス毎に測れる時間が異なるでもなし。百円均一の砂時計と同等の機能しか有していないためあまり価値は無いと、おばあちゃんの遺品整理をしていた両親が言っていた。見た目が綺麗だったため飾りとして棚に置いておいたのだろう。


 おばあちゃんが生きていた頃、わたしはまだ幼かったため、おばあちゃんの記憶は殆どない。砂時計を見て思い出せるのは、わたしにキャンディーをくれた時の、お日様のような優しい笑顔。あれは確か両親から錬金術についての教えを受けていた時だったか。両親の教育は厳しく、わたしは毎日部屋でこっそり泣いていた。そのことに気づいて元気づけようとしていたのか、はたまた頑張っている孫にご褒美をあげようと思ったのか、どっちだったのかは今となっては分からないが、とても優しい笑顔でキャンディーをくれたのは覚えている。


 おばあちゃんが亡くなってからは、教えられて、怒られての繰り返し。当然だが錬金術については家の外では言ってはいけない決まりだったので誰にも相談できなかった。学校に通っていても、下校時の寄り道や友人との交流も極力避けるように言われていた。ゲームも鬼ごっこもしたことが無い。はっきり言って両親のことは嫌いだった。


 そんなことがあったのにわたしは今も錬金術を研究し続けている。ゲームも鬼ごっこもしていない。なんというか“もったいない“そんな感情と暇つぶしで研究の毎日を送っている。

 砂時計を棚の上に戻し、サンダルをつっかけて玄関を出る。鍵を閉め、苦い記憶を振り払うように、わたしは腕の埃を払って落とした。




 自転車を漕ぐこと約十分。目的地であるスーパーマーケットに到着した。駐車場が広めの、ごく一般的なスーパーである。

 やけに人が多いと入口付近を確認すると《日曜限りのスーパーセール‼》の張り紙が出ていた。どおりで子連れの奥さんやご老人が多いはずである。長いことカレンダーというものを見ていなかったので、今日が日曜日だと分かっていなかった。これは反省が必要かもしれない。

 生活習慣の乱れから目をそらし、保存がきく食材をそそくさと入れていく。


「レジ超混んでるし…」


 ついてない…と独り言ち、暇をつぶすために周囲を見渡す。すると偶然にもわたしの視界にカラフルなキャンディーが入ってきた。レジの待機列はお菓子コーナーまで伸びていたみたいだ。その時買い物カゴにキャンディーを何個か入れたのは手持無沙汰による気まぐれだろう。わたしは支払いを済ませてスーパーの外へ出た。


 さて買い物も済んだ。あとは自宅に帰還するのみと、愛車アルケミックの封印…もとい鍵を外していると、駐輪場の隅、その日陰ですすり泣く女の子が座っていた。

 初夏のじめじめした空気と空腹で気分はよくないが、ここで見なかったことにするというのは更に気分が悪くなってしまう。如何せん自宅に一人きりという状況は負の感情を引きずり易いため、帰宅前に罪悪感を溜めてしまうのはよろしくない。驚かさないよう、ゆっくりと女の子の前をよこぎり、隣に座りながら声を掛ける。


「どうかしたの? 痛い所とかあるのかな」


 女の子は顔を僅かに上げてくれるが、依然として地面を見つめて泣き続けている。お生憎様錬金術ではどうしようもない。それに今の自分の状態ではろくな案は出てこないだろう。


「…あ、そうだっ…!」


 突然声を上げて鞄をまさぐり始めたわたしを女の子が不思議そうに見ているが気にしない。むしろわたしに集中してくれた方が、気が逸れてよい結果に繋がりそうだ。わたしは鞄から先程買ったキャンディーを取り出し、少女の目の前にもっていく。


「あげる。キャンディー食べられる?」

「もらっていいの…?」

「いいよー、まだまだたくさんあるからね」


 なんとか女の子にしゃべってもらうことに成功する。キャンディー一つで機嫌がよくなるとはちょろいもんだ…頭にブーメランが刺さった気もするが、恐らく気のせいだろう。


 その後女の子から聞いた話をまとめると、母親とスーパーに来店し、途中で友達と遭遇。母親に声を掛けることもせずに二人で遊んでしまった。遊び終わり、友達と別れて母親を探したが見つからず、来た時に乗っていた車の場所も分からなくなってしまい、駐輪場の日陰で泣いていた、ということだった。完璧な迷子である。

 まだ鼻をすすっているが、キャンディーを舐めている女の子の手を取ってとりあえずスーパーの総合カウンターへと向かう。するとカウンターに焦った様子の女性が居るのが視界に入る。女性は此方に気づくやいなや女の子に駆け寄り目を離してしまったことを謝っていた。女の子は母親を見つけられたからか、何故か達成感の溢れる顔で母親の抱擁を受け入れている。


 本当に有難うございました。と女の子の母親からお礼を言われ、キャンディーのお礼にとチョコレートまで貰った。これ以上はいたたまれないので、チョコレートを口に含み、それではと愛車にまたがり足を踏み出そうとする。


「おねえちゃーん!」


 呼ばれたので振り返る。


「ありがとーーー‼」


 スレた自分には眩しいほどの笑顔。照れ隠しに手を振って私は帰路につく。

 ペダルを漕ぎだす度に頬を撫でていく空気が気持ち良いのは慣れないことをしたからだろうか。


 無意識に自転車の速度を上げていたようで、自宅には数分で到着した。家に入り玄関で一息つくと、体温が上がっているためか熱い空気が口から吐き出される。

吐き出した息は甘い匂いがして、先程の女の子の笑顔が頭に浮かぶ。同時におばあちゃんの笑顔を思い出し、なんとなしに砂時計をひっくり返す。


「ん?」


 砂時計の底面、ひっくり返したから上面か、どちらでも構わないが、そこには掠れたインクで何かが書かれていた。


「んー?」


 注視すると『道は一つに非ず』と書かれているのが見て取れた。


「………」


 その後、食事をして頭が冴えても錬金術の研究は進まなかった。


 頭の中ではおばあちゃんの残したメッセージがずうっと脳内を巡るのだ。ただなんとなく、漠然とした感覚ではあるが、ここが人生のターニングポイントであるとわたしは感じていた。



 更にその後、何日も、何日も考えて____わたしは錬金術の研究を止めた。






 それから十数年の月日が流れた。錬金術を研究していく道は選ばなかったが、わたしは相も変わらず代々受け継がれてきたあの家で暮らしている。ただ以前と違うのは____


「こがねせんせー!さよーならぁー!」

「さよ~なら~!」

「は~い、さようなら~。また明日~」


 __今のわたしは一人ではないということだ。


 おばあちゃんの残したメッセージ見た後、幼いわたしに元気をくれたおばあちゃんと、あの日に出会った女の子の笑顔が忘れることができなかったわたしは保育士になることを決めた。

 子供を笑顔にできる人間になりたいと、我ながら単純な思考をしていると少し笑ってしまったけれども。


 保育士になるための勉強は苦ではなかった。錬金術という奇天烈な学問を何十時間も机に齧り付き研究し続けてきたことに比べればだいぶマシだった。むしろ楽しかったと言える。

 資格の取得もできる保育士の専門学校に入学し、たくさんとは言えないかもしれないが、仲の良い友人もできた。卒業後は四年ほど近隣の保育園で勤務しながら、後に必要になる経営関連の知識を貪欲に吸収していった。ついでにコミュニケーション能力の向上と人脈作りに心血を注いだ。

 それから先はあっという間で、ご先祖代々引き継がれてきた遺産をつぎ込み保育園を開園した。施設の認可等大変なことも多々あったがここは割愛する。


 『道は一つではない』、この言葉の意味を今になっても考える。


 おばあちゃんがどんな錬金術師だったかは分からない。だがおばあちゃんの息子、わたしの父は錬金術の才能があまり無かったらしく錬金術の継承に固執していた。


 わたしも結婚し、親になれば考えも変わるのだろうか?

 一応わたしが知るすべてはゆーえすびーめもりという代物に保存しておいたから、その気になればまだ見ぬ子どもに引き継げる日が来るかもしれない。


 むやみやたらに錬金術を広めたくは無いので、世界の何処かで錬金術を研究している人々が、より良い世界にするために頑張ってくれることを祈ろう。



___現代に生きる錬金術師へ。


___わたし、黄金錬は保育士になりました。


___黄金等はもう錬成いたしません。



___ですが黄金にも負けない、眩いほどの笑顔を錬成し続けることを誓います。





(蛇足&補足)

主人公は世界最後の錬金術師でした。

ですが主人公は電化製品の扱いが苦手で、USBメモリを誰かに託す前に壊してしまいます。

書物など錬金術に関するものは殆ど破棄していたため、不思議な砂時計だけが、主人公が残した錬金術の遺産となるのでした。

という感じでこの短編は終わりです。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

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