落陽
日が落ちるのが早い。そう思った。そう思わなくてはどうしようもなさそうだったから。
俺は委員会の集まりの後に、片桐を空き教室に呼んだ。メールの文面には、『話したいことがあります』と書き記し、時刻と場所を指定した。
日は落ちかけ、今日最期の光を教室に差し込んでいた。その風景を見ながら、自身の心臓に落ち着くように語りかけた。ただ、思いを伝えるだけなのだと自分に言い聞かせる。
やがて、ガラガラと引き戸の音を発てて片桐が教室へと入ってきた。
「待ちました?」
「い、いや、そんなでも……」
後ろ手で引き戸を閉めて、片桐が近づいてくる。
「何見てんすか」
「え!?いや、夕陽を」
「夕陽、綺麗っすねー」
夕陽に照らされた片桐は眩しく見えた。俺は込み上げてくる緊張感でどうにかなりそうだった。
「そういえば、話ってなんすか?」
「うっ……ああ、その話なんだけどな……」
覚悟の準備はしたはずだが、やはり逃げようとしてしまう。情けなさで顔から火が出そうだった。意を決して話を持っていこうとした。
「そのさ、結構俺達で遊ぶようになったよな」
「ん?まぁ、最初に比べたらそうですね……」
「な、でさ、そうしてる間にさ。なんか片桐のことを、その、気にかかるようになっちゃったみたいで……」
「はぁ」
片桐は相槌を打ってくれているが、どこなとなく不思議そうに此方を見ていた。これ以上は耐えられない。最早勢いが大事なのだろう。そう思った。
「だっ、だからさ、俺と付き合って、みてくれないかな!!」
「……」
時間が止まった様な気がした。同時に、なにかが変わってしまったような気がした。片桐の顔が驚愕に彩られる。止まった時の中で、先に口を開いたのは片桐であった。
「あの、その……」
そう言って、困ったように彼女は笑った。ああ、これは。と俺は察した。彼女はやはり、優しい人間である。と同時に思った。
「すごく、嬉しいです。そうやって、私に好意を持って貰えてて」
少しくらいなら、これから先に言うことが予想できるくらいには、仲良くなっていたことを嬉しく思っていたのに。
「けれど、そのお誘いは、失礼ですが受け取ることは出来ません」
今は、それが重い。
「そ、そっか……」
自分でもわからないくらいに感情が何かに囚われていた。自分というものを保てなさそうだった。
「先輩、私からもいいですか」
片桐が再び口を開いた。彼女の声は、透き通るように俺の胸を貫いた。
「私、好きな人がいます」
俺には、想像力というものが足りなかった。彼女もまた、人間なのである。誰かを好きになり、誰かを嫌いになる。そんなことは当たり前だったにも関わらず、予想していなかったのだ。
「ああ、なるほど」
何を得心したように振る舞っているのか。今、唐突に現実というものを聞かされて悲しみに打ちのめされているというのに。俺という人間は。
「だから、その……」
片桐が言い淀んだ。
その躊躇いが、有り難かった。僅かに時間をくれたからこそ、思い出したのだ。思い出せたのだ。この告白が実を結ばずとも、この日常を続けようと。
「頑張って」
「え?」
片桐が俺の顔を見た。どんな顔で、俺はいるのだろう。きっと、情けない顔なんだろうなぁ。
「応援してるよ。今日は、ありがとう」
声が震えている。もっと、格好良くしたかったんだけど。これが精一杯だった。
「……先輩、ありがとうございます」
「……おう」
静寂に包まれる。いや、元からこんなものだったかもしれない。
「では、……失礼しますね」
片桐が教室から出ていく。俺は、片桐の足音が遠ざかるのを聞いた。そして、窓際に手をついて、静かに泣いた。
窓から見える景色には、既に夕陽の色はなかった。日が落ちるのが早い。そう思った。
そう思わなくてはどうしようもなさそうだったから。意識を外側に向けていないと、寂しい自分の内面を見据え続けてしまう気がしたから。