出会いと芽生え
校門から外へ出る。一息つくと目の前に季節外れの白煙が舞った。
振り返ると片桐がブーツを履き直していた。片桐は視線を上げ、ブーツに足を収めるようトントンと爪先を地面へと打ち付けた。
「行きましょうか」
「おう」
口数少なく、二人で一歩踏み出した。つい最近まで雪の下に隠れていた落ち葉達を踏み締めるとくしゃりと情けない音がした。
この俺、辻本恭介と片桐七世が初めて出会ったのは俺が二年生のの春頃であった。
一年違いということで、新入生として入ってきた片桐は最初から近寄りがたい雰囲気を纏っていたのを覚えている。彼女はクラスの委員会の割り振りで風紀委員会に顔を出した。来た瞬間から察したが、恐らく役員押し付けられたか何かだろう。
初日から不機嫌そうな彼女は一人ぼっちで、その様子に少し可哀想になり声をかけたりしていた。何回かの顔合わせの際だったろうか、吉川が風紀委員会に顔を出した。
「よっすー、元気してる?」
「まぁ、ぼちぼちだな」
風紀委員会のポスターの原案を見ながら吉川に適当な挨拶をくれてやった。
「辻本に言ってないのー。こっちこっちー」
「離してくださいー」
聞きなれない声が耳に入ったので視線を上げると、片桐が吉川に抱き付かれていた。
「何?そういう関係?」
俺はからかうように聞いてみた。
「へへぇ、恥ずかしながら」
吉川は片桐の頭をよしよしと撫でた。
「違いますぅ!!」
片桐との最初の会話は確かこんな感じだったろうと思う。どうやら片桐と吉川の家は近所同士で幼馴染らしい、というのが後々わかった。
『仲良くしてあげてね』と吉川に告げられ、歪ながらも俺達の関係は始まった。吉川を交えての帰り道から始まり、カラオケに行ってみたりゲーセンに行ってみたり。
「先輩、クレーンゲーム下手くそなんですね」
「おい、片桐。敬語でも言って良いこと悪いことあるぞ」
「それは言って良いことだもんなー」
「うるせぇぞ吉川!!」
そんな何処にでも有りそうな時間をだらだらと過ごしていた。いつだろうか、吉川がドタキャンして急遽二人で遊ぶことになった時もあった。
「片桐は甘いもの好きか?」
「まぁ……、それなりには好きですよ」
「なんか駅前にクレープ屋が出来てるらしい。トルコ人だかがやってる。行ってみない?」
「……ケバブ屋さんの間違いでは?」
「とりあえず行こうぜ、久々に甘いものが食いたい」
「しょうがないですね……」
「トリプルストロベリークリームミックス」
「お前本当は甘いもの大好きだろ」
次第に、過ごす時間も増えてきた。純粋にその時間を楽しめるようになってきた。この関係はそんなには。きっと、変わらないだろうなぁと、思っていた。
夏も過ぎて、秋に差し掛かった頃。今日も委員長にサボっているのがバレない程度に精を出そう、そう思って委員会活動にあてがわれた教室に入っていつも通り挨拶をする。
「片桐さん、なんか雰囲気変わったよね」
「ねー」
周りの生徒が知り合いの話をしていると少し気になってしまうというアレを味わいつつ、委員会の議題の書かれたホワイトボードを目で追いかけていた。
「春に比べたらよく笑うようになったってかさー」
「というか雰囲気良いし可愛いよね」
なんだろう、少し引っ掛かったのだ。確かに、彼女は入学当初に比べてよく笑うようになった。雰囲気も最初より柔らかくなったというか、緊張の糸がほどけたというか。試しに心の中で声に出してみる。
可愛い。いや、確かにそうなのであるが。顔も整っているし、それなりにノリも良い。見えるところで言えば、欠点も無さそうに見える。性格も悪くない、むしろ全然良い。これを可愛いと呼ぶのか、定かではない。なんであろうか。
「こんにちはー」
「あ、片桐さん。どうもー」
「ちわー」
「どもどもー、ちゃーっす」
丁度、軽い挨拶を交わしながら片桐が教室に入ってきた。
「先輩」
「っは!?」
「どしたんすか?難しい顔して」
「いや……別に」
別に、お前の事とか考えてないし。
「……?変な先輩」
その日の会議では、片桐の事を見ることが出来なかった。