07 あきの月5日、出荷業を営む少女
イーヴィンの牧場には、野菜が十個収穫出来るくらいの、小さな畑が四つある。
その畑に、あきの月一日に買ってきた五種類の種のうち、ニンジン、ホウレンソウ、ナスとサツマイモを植えた。
二日にはホウレンソウの芽が出て、三日にはニンジンの芽が出た。
この世界の野菜は、前世の世界より遥かに早く育つ。ニンジンは七日、ホウレンソウとサツマイモは五日、ナスとピーマンは連作出来る野菜なので最初は十五日かかるが、その後は三日ごとに収穫出来る。
一年が百二十日ということを考えれば、納得の成長速度である。
どうやら女神や妖精の力が作用して、この世界の、特にこの国においては農作物が早く育つらしい。
残したピーマンの種は、そっと棚に置いてある。本当なら連作出来るピーマンは育てるべき野菜である。だというのに、彼女はそれを棚の飾りにしていた。
なぜなら、イーヴィンはピーマンが大嫌いだからだ。緑色にピカピカしているアレを見るだけで、口の中が苦くなる。
うっかり畑で作ったりしたら、シルキーが食卓に出すかもしれない。
これは売り物だから食卓に出さないでと言えば良いだけかもしれないが、イーヴィンはなんとなく彼にピーマンが苦手だと知られるのが恥ずかしい気がしていた。
その恥ずかしいという気持ちは、貴婦人のような佇まいの彼にどう思われるかーー綺麗な女性に認めてもらいたいとかそういう気持ちなのか、それとも男として意識してのことなのかは定かではない。
とはいえ、彼相手に多少の羞恥を感じるようになったということは、彼女の母からしてみれば喜ばしい進歩だろう。
水をたっぷり入れたジョウロを抱え、イーヴィンは畑ですくすく育つ野菜に水をかけて回る。
「ニンジンさん、おはよう!少し見えてきたオレンジ色の頭が可愛いね。もうそろそろ収穫かな。ナスさんもおはよう!……うん、もうちょっと頑張ろうか!大丈夫、しっかり収穫まで面倒みるからね。サツマイモさんもおはよう!土の下だからよく分からないけど、今日収穫するからね。いい子で待っているように。ホウレンソウくんも、おはよう!君も収穫時期だね」
前世の記憶通りなら、サツマイモはもう採れ頃である。
天に向かって青々とした葉を広げるホウレンソウは、見た目からしても収穫時期だと分かる。葉の上をコロンと落ちていく雫が、陽光に反射して綺麗だ。
「世界は光で満ちている!」
思わず詩的な言葉が出るくらいには、イーヴィンはご機嫌だった。
だって、初めての収穫なのだ。ご機嫌にならないわけがない。
「ニンジンやホウレンソウも連作だったら、ガッツリ稼げたのになぁ」
ニワトリを飼育するには、結構お金がかかる。
まず、ニワトリ小屋を建てなくてはいけない。大工に頼めば一日で作ってくれるだろうが、やはり先立つ物が必要なわけである。
革袋に詰まった全財産では、まだまだ安心して頼める金額ではない。やり手のシルキーのおかげで、あまり食費が必要でないのが救いだ。
小屋以外にも必要なものはある。ニワトリをお迎えするために、ある程度の量の餌も用意しなくちゃいけないし、ニワトリだって無料じゃない。
「やることはいっぱいね」
困ったように言っているが、それが楽しくて仕方がないとイーヴィンの顔に書いてある。
今後は畑の拡張も必要になってくるだろう。
ニワトリを放牧するために牧草地も作らないといけない。
牧草地を整備して、お金が貯まったら、ウシやヒツジも飼いたいし、アンゴラウサギとかアルパカとか変わった種類を飼育するのも良いかもしれない。
次々と浮かぶ未来予想図にニマニマしながら、イーヴィンはその第一歩である初収穫に取り掛かった。
最初に収穫したのは、ホウレンソウだ。
よいしょと地面から引っこ抜けば、気負っていたのが馬鹿みたいにあっさりと収穫することが出来た。
「と、取れたー‼︎」
感動に打ち震えながら持ち上げたホウレンソウは、日の光に照らされてキラキラと光り輝いていた。
そう、まさに太陽のように光り輝いていたのである。
「……って、まさかのAランク⁉︎」
イーヴィンが驚くのも無理はない。
荒地から畑にしたばかりのここで、満足に肥料も与えていないというのに、Aランクの野菜が収穫出来るはずがないのだ。
(チート?チートなの?)
これはもう、確信しても良いだろう。
この大地は、女神の加護を受けている。
肥料がなくてもAランクの農作物が収穫出来たのが、なによりの証拠だ。肥料を使えば、きっとSランクも容易く作ることが出来るに違いない。
「そうなると、ニワトリも案外早く飼えるかも?」
ランクによって、作物の買取価格も変わる。SランクはCランクの倍ほども違うから、連作となるともう、ウハウハなことになる。
「わー!女神様、ありがとう!」
これでまた、ニワトリ飼育までの道のりが近くなったとイーヴィンは喜んだ。
けれど本当は、妖精の加護もあったりする。
イーヴィンが寝ている間に、こっそりシルキーがお手製の肥料を撒いていたのは内緒である。
ホウレンソウを掲げて満足そうなイーヴィンを窓から見つめながら、シルキーは「明日はサーモンとホウレンソウのクリーム煮にしよう」と頷いた。
そんな日の、夕方のこと。
シルキーに頼んで早めに昼寝から起こして貰ったイーヴィンは、今朝収穫したホウレンソウとサツマイモを出荷用の木箱に入れて、出荷業を営む人の訪れを待っていた。
午後四時半。
荷馬車に乗って、彼女はやって来た。
落ち着いたグリーンのワンピースにエプロンをつけた、ふくよかな体は柔らかそうだ。特に胸の豊かな膨らみは、あまり豊かではないイーヴィンにとって憧れのものである。
(さ、触りたい……!)
さっと背に隠した手がワキワキとしている様は、まるでスケベジジィのようだった。
そんなイーヴィンの内心を悟ってか、シルキーは端正な顔にほんの少し苦いものを滲ませる。
ペタリと真っ平らな自分の胸に手を当てているのを見るに、イーヴィンの熱烈な視線を浴びるものに嫉妬しているのかもしれない。
「あらあら。シルキーは男性型なのだから、胸は難しいのでは?」
そんなシルキーにおっとりと笑いかけた少女は、豊かな胸を見せつけるようにウフフと胸を張ってみせた。
彼女はイーヴィンへ向き直ると、愛想良く笑いかけながらこう言った。
「はじめまして。私は、モア。出荷業を営んでいるわ。あなたが出荷してくれたものを買い取るのが主な仕事だけれど、欲しいものがあれば取り寄せることも請け負っているの。何かあれば遠慮なく言ってくださいな」
よろしく、と差し出された握手の手に、イーヴィンは慌てて隠していた手を出して握り返した。
モアは、ゲームで見ていたよりもグラマーだ。コロコロと鈴が鳴るように笑いそうだと思っていた彼女の声は、予想に反して、ちょっと低めでボーイッシュな雰囲気があった。
ふんわりとしたショートボブの濃いブラウンの髪は、彼女のおっとりした雰囲気に合っている。緑色の目は、宝石みたいにキラキラと生気に満ちていた。
「はじめまして。私はイーヴィンです。これから色々ご迷惑をおかけすると思いますが、よろしくお願いします。あの……早速なんですが、今日、初めて野菜を収穫しまして。買い取りをお願いしても良いですか?」
「もちろん!」
そう言って差し出した木箱を見て、モアは目をまん丸にしていた。
キラキラと金色に輝くホウレンソウとサツマイモは、どれも文句なしのAランクだ。
「あらまぁ。これ、本当にあなたが?この牧場の畑で?」
「あー……えっと、はい」
彼女の戸惑いは当然だ。素人のイーヴィンが作った野菜が、全てAランクなんてとんでもない偉業だからだ。
まさか女神に貸しがありまして、なんて言えず、イーヴィンは曖昧に笑う。
「どれも素晴らしい出来ですね。ホウレンソウもサツマイモも、全部Aランク!初めてなので多少色をつけようと思っていましたが、必要なさそう……では、こちらは全て買い取りでよろしいですか?」
モアの声に、シルキーは待ったをかけた。ホウレンソウとサツマイモをそれぞれ一つ取り上げて、大事そうに抱える。
それを見たモアは、あらあらと苦笑した。
「初めて収穫したお野菜、味見したいのかしら?」
コクリと頷くシルキーに、モアは「イーヴィンが大好きなのねぇ」と笑った。
健気なシルキーにイーヴィンはまたしても抱き着きたい衝動に駆られたが、モアの前では少々気恥ずかしく、「ありがとう」と伝えるだけにしておいた。
その日の夕食は、キノコとサツマイモのスープだった。
今まで食事を一切取っていなかったシルキーも、イーヴィンが収穫したものだからか、サツマイモを美味しそうに食べていた。
翌日の夕飯には、サーモンとホウレンソウのクリーム煮が出た。
噛みしめるようにイーヴィンの作った野菜を食べるシルキーに、彼女はますますやる気を出したのだった。
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次話は明日、6月12日更新予定です。
次回のキーワードは『男主人公』。
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