06 あきの月1日、動物屋の店主
動物屋というのは、動物に関するなんでも屋だ。牧場で飼育可能なあらゆる動物の販売と、育てるために必要な道具、それから家畜から得られるミルクやタマゴなども取り扱っている。
「こんにち、わぁっ!」
緑の屋根の建物に入った途端、イーヴィンを挟み撃ちするように二頭の大型犬が駆け寄ってきた。ワフワフと興奮しながら全力でおもてなししている犬たちは、動物屋の看板犬である。
「ソルト、シュガー。やめなさい」
優しいお兄さん風な声で二匹をたしなめながら引き離す中肉中背の男は、この店の主人であり獣医でもあるローナンだ。
犬の方は、真っ白でフワフワの長毛犬がソルト、ほんのり茶色がかったフワフワの長毛犬がシュガーという。なんというか、綿花を彷彿とさせる犬である。
(綿の花が転がってるみたい)
犬たちに失礼な感想を持ったイーヴィンに、ローナンは申し訳なさそうに頭を下げた。小さな声で「おとなしくしていなさい」と告げると、犬たちは名残惜しげにイーヴィンの方を振り返りながら、カウンターの入り口に並んで座る。その姿は看板犬というより狛犬みたいだ。
「すみません、うちの子たちが……おや、君は初めて見る子ですね?」
記憶にあったそれぞれの名前を思い出していたところで、イーヴィンは興味深そうに見つめるローナンと目が合った。
「はじめまして。私は、イーヴィンと言います。叔父から北の牧場を引き継ぎまして、駆け出しの牧場主をやっています」
絡み合う視線を意識することなく、むしろぶった斬るように頭を下げたイーヴィンに、ローナンはますます興味を持ったようだ。垂れ気味の琥珀色の目が、彼女を見つめて離さない。その姿はどことなく、手強い獲物を狙う狼のようである。
ローナンは、自分が女性から好かれやすいことを自覚していた。
年頃の女性であるイーヴィンを見つめれば、少なからず意識してもらえると思っていたのだが、予想に反して彼女は飄々としている。
その反応はイーヴィンが異性を意識しない子供故のものだが、彼からしたら珍しい反応なので興味が湧いたらしい。
彼は、イーヴィンの婿候補の一人である。優しそうな見た目と、獣医という牧場生活には欠かせない職業、それから少々見受けられる腹黒さで、ほのかの世界では婿候補の人気ナンバーワンを誇っていた。
「あぁ、なるほど。アーサーさんの。はじめまして。僕は、ローナン。動物屋の店主と獣医を兼任しています。アーサーさんは家畜に興味がなかったみたいだけれど、もしも君が飼育するつもりならしっかりサポートさせてもらうから、安心してチャレンジしてね」
「ありがとうございます!落ち着いたらニワトリを飼おうと思っているので、その時はよろしくお願いします」
「そうなんだ、それは楽しみだな。君のために元気で丈夫なニワトリを用意しておくから、落ち着いたら選びに来てね」
優しく微笑みながら君のためになんて言われたら、イーヴィンだってちょっとはドキドキしてしまう。前世だったら間違いなく悶えていた台詞だが、男兄弟と一緒くたに育った今、そこまでにはならないようだ。
(鈍くなって良かった)
おかげで、ある程度冷静に見ることが出来る。前世では、彼との初対面の時に「めっちゃ恋愛要素増してる。ひゃぁぁ」なんて悶えていたから、そのままじゃなくて本当に良かった。
(あのテンションのままだったら、優しいローナンも絶対、引く!)
今は大丈夫だよね、とイーヴィンはローナンを見た。
飼い犬と同じようなフワフワとした癖っ毛は、ミルク多めのカフェオレのような色をしている。牧場で動物の回診などをするせいか、その肌はうっすら日焼けしていて健康そうだ。
イーヴィンの探るような視線に、にこやかに笑い返している。
今は薄いブルーのシャツにベージュのパンツを合わせた格好をしているが、回診の際はブルーのツナギを着てくる。
ツナギを泥だらけにしながら愛馬を助けてくれるイベントは、あまたの動物好き乙女を陥落させた。
見る人が見れば明らかに計算されていると分かる、爽やかな笑みを浮かべて、ローナンは「ところで」と言った。その背後でニヤリと影が笑っていそうな、腹黒さが見え隠れする。
「今日は挨拶に来てくれたのかな?それとも、買い物に?」
きらり、キラキラ。
背後に光源でもあるのかと疑いたくなるようなキラキラしい微笑みを浮かべ、ローナンはイーヴィンとの距離を縮めた。
「今日は買い物に来ました。タマゴとミルク、ありますか?」
妙に飾った言い方は、前世でいうホストのようである。こんなキャラクターだったかなと首を傾げながら、イーヴィンは目的の買い物を済ませるべく、そう言った。
「もちろん、あるよ。今朝とれたばかりの新鮮なものがね」
イーヴィンの素晴らしいスルーに毒気を抜かれながらも、ローナンはカウンターにタマゴとミルクを用意した。
紙製のエッグケースに入ったタマゴも、瓶に入ったミルクもキラキラ輝いていて、どちらも美味しそうに見える。
この世界の食べ物は、品質が高いと光るのだ。最も高いものになると、虹色に光るらしい。
目の前にあるのは星が瞬くように銀色に輝いているから、上から三番目のBクラスなのだろう。因みに、最上級がSで虹色、Aは金色、その下のBは銀色。C以下は無色と続く。
イーヴィンは革袋から出した硬貨を渡すと、差し出された瓶とケースを慎重にカゴへしまい込んだ。
「ありがとうございます!」
「こちらこそ、お買い上げありがとうございます。あぁ、そうだ。初来店のお祝いに、これをプレゼントするね」
そう言ってローナンが差し出してきたのは、小さな笛だった。小指の第二関節くらいのサイズの筒状のものに、丈夫な革紐がついたそれは、ネックレスになっているらしい。
「それは魔法の笛だよ。吹くと、君が所有する全ての動物が小屋から入ったり出たりする。放牧する時、便利だろう?今はまだ必要ないかもしれないけれど、ニワトリを飼うなら持っていて損はない」
「わぁ!ありがとうございます!」
喜びながら、イーヴィンは「まただ……」と呟いた。
そう、またである。
雑貨屋の種に続き、この魔法の笛もゲーム中盤で売りに出されるアイテムだった。
まだ動物を飼育していないイーヴィンには無用の物だが、それは今だけだからと有り難く貰い受ける。
ゆくゆくは、あらゆる家畜を揃えていきたいと思っているから、遠くない未来に使えるはずだ。
早速首にかけてみると、ローナンは満足げに頷いた。
「牧場生活、楽しんでね。寂しくなったら、一緒に食事でもどうかな?」
「お気遣い、ありがとうございます。でも、シルキーが一緒なので大丈夫です。今度はニワトリを買いに来るので、その時はよろしくお願いしますね!」
盛大にローナンとの恋愛フラグをへし折りながら、イーヴィンは店を後にした。
残されたローナンはしばらく窓から見える彼女の背を見つめていたが、その姿が見えなくなるとため息を吐いた。
「僕は、自分で思っているよりモテるタイプじゃなかったんだなぁ……恥ずかしい」
読んで頂き、ありがとうございます。
次話は明日、6月11日更新予定です。
次回のキーワードは『出荷業の娘』。
よろしくお願い致します。




