39 なつの月14日、告白の練習
リアンに『互いの想い人に告白しよう』と宣言した翌日、イーヴィンは動物小屋にいた。
目の前には、放牧の合図である笛の音を今か今かと待つウシとウマたち。
しかし、動物たちには悪いが、イーヴィンにはやることがあった。
ドキドキする胸を落ち着けるように、イーヴィンは深呼吸を繰り返す。
ウシのオレガノの前に立ち、ぎゅっと強く目を瞑って、手を差し出しながら一言。
「シルキーのことが、好きです。どうか、恋人にしてください!」
「……ンモゥ」
愛情度マックスのオレガノは、黒い目を優しげに眇めてひと鳴きした。
前世で見た、お見合い番組を参考にしてみたのだが、どうもしっくりこない。「これじゃないな」と呟いて、今度はウシのクローブの前で跪いた。
まるで騎士が姫君に忠誠を誓うような体勢に、クローブはフンスと鼻息を荒くする。
「シルキー、愛しています。私と、結婚してくれませんか?」
「モォォォォ」
カッコつけた物言いに、クローブはお気に召したようだ。細い尻尾をブンブン振って、嬉しそうである。
嬉しさのあまりベロベロと舐めようとしてくるクローブから逃げながら、やっぱりイーヴィンは納得がいかない。
モアに借りっぱなしの恋愛小説を参考にしてみたのだが、筋肉ムキムキの青年が言うセリフは、彼女には少々違和感があった。
「毎朝、私のためにスープを作ってください……うーん、違うな」
「ブモゥ」
ウシのパセリが、もう作ってるでしょと不満げに鳴く。
「だよねぇ。もう作ってるから、これは微妙だよねぇ」
眉根を寄せて考え込んでも、なかなか妙案は思いつかない。
そのうち、世の男性はこんなにもプロポーズに頭を悩ませているんだなぁと明後日の方向に思考が飛んでいく。
ウマのセージと練習を続けるも、やっぱり納得のいく告白が見つからなかった。
「あぁもう。ロマンチックにやろうとするのがいけないのかな?もういっそ、そのまんま伝えるべき?」
パセリとセージが、じゃあやってみてと鼻を鳴らす。
彼らの応援を受けて、イーヴィンはウマのキャラウェイに向き合った。
彼女のしなやかな首に腕を回し、ぎゅっと抱きつく。胸も首もシルキーよりもだいぶ逞しいが、まぁ練習だし良いだろう。
「シルキー、抱いてちょうだい。あなたが寂しくないように、たくさん子供を産んであげるから!」
動物小屋にいる全ての動物が、イーヴィンに抗議するように一斉に鳴いた。いや、もしかしたら泣いていたのかもしれない。
年頃のお嬢さんが「抱いてちょうだい」とは、明け透けすぎである。先程まで入っていた好きだの愛してるはどこへいった。
だが、これこそがイーヴィンの思いついた名案だった。
たとえイーヴィンが死んじゃっても、子供たちがいれば。代わりにはならないだろうけど、少なくとも絶望するほど寂しくはないはずだ。
幸いなことに、イーヴィンの家系は多産である。現に、彼女には五人も弟がいた。
「ブルルルゥ」
キャラウェイが、ダメ出しをするように不満げに鳴く。
「コッコッコッコックルゥゥー!」
ニワトリのミントが、嫁はおかしいと異議を唱えるように鳴く。
ニワトリまでも不満げに鳴くものだから、イーヴィンは挫けそうだ。どうすればいいのよと頭を抱えてーーどうしてニワトリの声がするんだと顔を上げる。
ここは、動物小屋だ。動物小屋はウシとウマの寝床で、ニワトリにはニワトリ小屋がある。だからここにニワトリがいるはずがない。
おかしいなと振り向いたイーヴィンは、目に入ってきた光景に泣きたくなった。
「ンゲェ」
イーヴィンの声を代弁するように、首を絞められたミントが憐れな声を漏らす。
どうやら、脱走癖のあるミントは今日も楽しく勝手にお散歩していたようだ。
恥ずかしさのあまり、八つ当たりしたい気分である。
その手に抱かれたフカフカの毛玉ならぬ羽玉に、イーヴィンは「今夜は鳥の丸焼きにしてやろうか」と不穏な呟きを漏らす。
ミントは、シルキーの腕に抱かれてギュムギュムと絞め殺されそうになっていた。
シルキーといえば、イーヴィンの突然の告白に目を見開き、ピシリと硬直している。
「し、シルキー。あの、ミントが死んじゃいそうだから、とりあえず、放してあげて?」
まるで立てこもり犯を説得する刑事のような気分で、イーヴィンは慎重に声をかけた。
彼女の声に、シルキーは慌てて力を緩める。
拘束が緩まったのを見逃さず、ミントは死に物狂いで羽をバタつかせてキャラウェイの背へ逃げた。
「あの……今の、聞いちゃった?」
慎重に、イーヴィンは尋ねた。
首を横に振ってくれと、全力で願う。
シルキーは真顔だった。
綺麗な顔に表情がないと、こんなにも冷ややかに見えることを、イーヴィンは初めて知る。
シルキーは首を振らない。
縦にも横にも、どこにも振らず、イーヴィンだけを見つめていた。
一体なんなんだと身構える彼女の前で、シルキーは腕を広げて止まる。
(なになになになに、なんなの⁈)
腕を広げてちょっと怒ったように見つめてくるシルキーに、イーヴィンは戸惑うばかりだ。
まさか、キャラウェイにしていたように抱きついて告白してもらうのを待っているとは、露ほども思わない。
ましてや、練習とはいえ、ウマに先を越されて少し怒っていると思い至るわけがなかった。
待つこと数秒。
見つめ合うだけの膠着状態に痺れを切らしたシルキーは、するりと距離を縮めてイーヴィンを抱き寄せた。
そうしてみると、シルキーは男性としては標準的な身長なのだと分かる。雰囲気や線の細さに騙されそうだが、彼はたおやかに見えても男性だった。
ぎゅっと潰さないように大切に抱きしめられたイーヴィンは、わけがわからず、ただただシルキーの腕の中で戸惑うばかり。
清涼感のあるハーブのような体臭に、いい匂いなんて現実逃避し始める彼女は、混乱していた。
(どどどどどうなってますのん⁈)
内なるイーヴィンの語尾がおかしい。
告白の練習を、告白相手に目撃されて、あまつさえ無言で抱きしめられているのだ。恥ずかしさと嬉しさで、おかしくなっても仕方がないだろう。
少し屈んだシルキーが、イーヴィンのおでこにちゅ、と唇を押し当てた。
驚いて目を丸くする彼女へ、安心してほしいと穏やかに笑いかける。
毎夜贈られるおやすみのキスと同じキスは、混乱の最中にある彼女の思考を少しずつ落ち着かせてくれた。
そうして冷静になったイーヴィンは、シルキーを見上げた。
互いの視線が絡んで、空気が甘くなっていくのが分かる。
(まるでジャムを煮るみたいに空気を煮詰めているみたい。このまま煮詰めたら、もっと甘くなるの?)
イーヴィンは落ち着かない気持ちになって、思わず逃げたくなった。
なんだか無性に長話をしたくなるのは、恥ずかしいせいだ。なんとかこの甘い雰囲気を霧散させたくて、仕方がない。
この空気を味わえるほど、彼女は恋に慣れていなかった。
それでも、今この瞬間をぶち壊すか否かは、人生の岐路と言って等しいだろう。
ゲームに例えるなら、イーヴィンの前には今、告白するか否かの選択肢が出ている。
(否かなんて、選ぶわけがない)
甘い雰囲気に耐えながら、イーヴィンはコクリと小さく喉を鳴らした。
その様子を、シルキーは何一つ見逃さないとばかりに見つめている。
(きっと、大丈夫)
そして、彼女は言った。
「シルキー。あなたが、好きです。私と、結婚してくれる?」
出てきたのは、シンプルな言葉。
だけど、シルキーにはそれで十分すぎるほどだった。
目に涙を浮かべて、コクコクと頷く。
それから嬉しそうに笑って、イーヴィンを抱き上げてクルクル回った。
動物小屋の中で、動物に囲まれながらプロポーズだなんて、ロマンチックのかけらもない。
だけど、これで良いのだ。
だって、イーヴィンは牧場主。動物たちは見届け役に相応しい。
しばらく喜びのダンスのようにクルクル回ってから、シルキーはイーヴィンを下ろした。
それから彼女の前に跪いて、恭しく持ち上げた手の甲にキスを落とす。
生まれて初めてのお姫様扱いに嬉しいやら恥ずかしいやらで顔を真っ赤にする彼女を、シルキーは抱き上げた。いわゆる、お姫様抱っこで。
イーヴィンも、お姫様抱っこへの憧れはあったのか、最初こそ驚いた顔をしたものの、すぐに嬉しそうな顔をして彼の首へ腕を回す。
そうして向かったのは、シルキーの部屋だった。
同じ家に住んでいるのに、初めて見る彼の部屋に、イーヴィンはキョロキョロと興味津々な様子で見回す。
彼女の部屋より少し狭い部屋には、男性用の大きめのベッドとチェストしかない。天井から吊り下がったハーブは、彼らしかったけれど。
ベッドの上に優しく降ろされて、イーヴィンはドキリとした。
シルキーとしては座る所がベッドしかなかったのでそこへ降ろしただけだが、彼女はそうは思わなかったらしい。
可愛らしく頬を染め、戸惑うように見上げてくる様に、シルキーの理性がグラグラする。
だけど、今はダメだ。
シルキーは今にも引き千切れそうな理性を手繰り寄せ、なんとか耐える。
そして、彼女の首にかけられた、ネックレス型の薬瓶に手を伸ばした。
首に触れるシルキーの手に、イーヴィンがピクリと体を震わせる。
だが、彼が何をしようとしているのか気付いて、イーヴィンはそっと頭を下げた。
薬瓶には、薬が入っている。
魔女から貰った、魔法のくすり。
シルキーの言葉を聞けるようにする薬だ。
イーヴィンは薬瓶を受け取り、一気に煽った。小さな薬瓶の中身は、一瞬で彼女の中に流れていく。
『ーーイーヴィン?』
聞く、というより届く、という感覚だった。
初めて届いたシルキーの言葉は、とても甘くて優しい響きをしている。
『僕の言葉、届いてる?』
「うん。とっても素敵な声。甘くて、優しくて、落ち着くの。好きよ、私」
『僕も、イーヴィンの声が大好きです』
「そっか」
照れ臭そうに笑い合って、今の幸せを噛み締める。
満足そうに呼気を漏らして、シルキーはイーヴィンの隣へ座った。
『ねぇ、イーヴィン。動物小屋で言っていたことは、本当?』
真剣な表情で聞いてくるシルキーに、イーヴィンは黙った。
だが、聞かれていたなら今更である。
彼女は、観念するように答えた。
「……全部、本当」
『そう、ですか。イーヴィンは、僕と、子供を作りたいと思ってくれているんですね。それも、たくさん……』
「そうよ!たくさんいたら、世話が大変で、寂しく思う暇もないでしょう?」
もしも私が死んでも、とは言えなかった。
そんな雰囲気でないことは、イーヴィンだって分かっている。
ヤケクソのように言うイーヴィンに、シルキーがクスクス笑う。
なんて可愛いんだろう。
そして、なんて素晴らしい女性なんだろう。
シルキーよりもずっとずっと年下の彼女は、彼が寂しくないようにたくさんのプレゼントをくれるらしい。
シルキーは、そんな彼女に応えたくてたまらない。
『そう……たくさん、ね』
いつもしっとりとしている唇が、興奮に少し乾いていた。
シルキーは、乾きを癒すように唇を舐める。
たったそれだけのことなのに、イーヴィンにはやけに艶めいて見えて、無意識に太腿を擦り合わせた。
『ねぇ、イーヴィン。僕は妖精で、君は人間で、種族が違う。もしかしたら、すぐに子供はできないかもしれない』
「うん」
たくさんなんて言ったけれど、どれだけ産めるかなんてイーヴィンにだって分からない。
もしかしたら、一人も授からないかもしれないのだ。
シルキーの言葉にしょんぼりと眉を下げるイーヴィンに、彼は『でもね』と続ける。
『でもね、君が望むなら、僕は頑張ろうと思うんです。だからね、イーヴィン。君も一緒に頑張って。たくさん頑張ったら、きっとすぐですよ』
「たくさん……?すぐ……?」
聞き捨てならないことを言いながら、シルキーはイーヴィンの首筋を指でくすぐってくる。
触れるか触れないかという絶妙な触れ方をしてくる指先に、彼女はゾクゾクと体を震わせた。
『大丈夫。シルキーは手先が器用ですから、きっとご満足頂けると思います』
(なんだ、この色気は!一体どこに隠していたんだぁぁぁぁ!)
淑女のようだと思っていた妖精は、とんでもない男だったらしい。無邪気を装って言っているが、その内容はえげつない。
色々未経験のイーヴィンに、毎日無体なことをしちゃうぞ、と言っているのである。
溜めに溜めまくった彼女への恋情は、夜のご奉仕と言う名の欲に変換されたらしい。
ご愁傷様としか言いようがない。
イーヴィンの脳裏に『昼は淑女、夜は娼婦』という言葉が過ぎる。
初キスの恐怖を思い出した彼女は、怯えを滲ませてシルキーを見た。
『お願い、イーヴィン。大事にするから、愛させて』
コテンと小首を傾げてお願いするシルキーは、とても美しい。
計算され尽くした仕草は高貴なお姫様のように優雅で、その麗しさにイーヴィンはうっとりとため息を吐いた。
(うぅ……卑怯よ)
今更か弱いお姫様ぶられても困る。
しかし、好きな人に求められて否やと言えるほど、イーヴィンは恋愛経験豊富ではなかった。
急展開に戸惑いながらも、彼女は覚悟を決めてシルキーの胸に飛び込む。
覆いかぶさってくる淑女の皮を被った狼に、イーヴィンは「大好きよ」と囁いた。
読んで頂き、ありがとうございます。
次話は明日、7月26日更新予定です。
次回は最終話!
よろしくお願い致します。




