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21 なつの月12日、結婚式

 雲一つない、晴天の日だった。

 木々に囲まれた緑豊かな白亜の教会は、新たな門出を迎える二人を祝福する人々で溢れている。


 シルキーが用意してくれたクラシカルなデザインのワンピース姿で、イーヴィンはモアの隣に座っていた。


「そのワンピース、もしかしてビンテージ?」


 教会の中央には、既に牧師とローナンが待機していて、あとはリサを待つばかり。

 そんな中、興味津々といった様子で話しかけてきたモアに、イーヴィンは小声で答えた。


「さぁ?シルキーが用意してくれたから、よく分からないけど……」

「うわぁ……溺愛されてるねぇ」

「溺愛……?」

「わぁ、自覚なしか。まぁ、相手は妖精だしねぇ」


 カラカラと笑うモアに、イーヴィンは首を傾げた。


(溺愛、なのかなぁ?)


 確かに、距離は近い。

 けれどそれは、彼が妖精だからだろう。


 ワンピースを用意してくれたのも、彼が家事をする妖精だからだ。

 イーヴィンに似合うものを用意するのは、彼が敏腕だからであって、彼女を特別に思ってのことではない。


「皆さま、新婦のご入場です」


 司会者の厳かな言葉を合図に、教会の端でスタンバイしていたオルガン奏者が、華やかな演奏を披露する。

 イーヴィンもモアも慌てて居住まいを正し、新婦の入場を待った。

 固唾を飲んで教会の入り口を見つめる参列者の前で、ゆっくりと扉が開かれる。


「……ほぅ」


 教会のそこかしこから、感嘆の息が漏れる。

 開かれた扉の奥に、緊張をみなぎらせる父親と、その腕に寄り添うように純白のドレスを着たリサが立っていた。


「……素敵」


 それを見た瞬間、イーヴィンの胸を、何かがぶわりと満たした。

 なぜだか目頭が熱くなって、イーヴィンはパチパチと瞬きを繰り返す。

 幸せいっぱいで、胸がはち切れそうだ。


 真っ白なマーメイドラインのウエディングドレスは、足が長いスラリとした体型のリサによく似合っていた。

 緩くウエーブのかかっている金髪は結い上げられ、珊瑚や真珠で飾られている。

 人魚姫をイメージしているのかもしれない。

 リサが一歩、また一歩と歩くたびに、尾を引くように長いベールが、さらさらとバージンロードを流れていく。

 うっすらと青みかかった生地は、まるで波のようだ。


「綺麗……」


 隣を見れば、モアがハンカチを握りしめて泣いていた。真新しいハンカチは、既に涙でぐっしょりしている。

 イーヴィンよりもリサと仲が良かった分、感慨深いのかもしれない。


 父親の腕から、ローナンの腕に渡されたリサ。これから彼女は、彼の妻となる。


「いいなぁ」

「イーヴィンも、結婚願望があるの?」


 グスグスと鼻をすすりながら、モアは内緒話をするように小さな声で問いかけてきた。

 その目は、恋に興味津々な年頃の女の子らしく、期待にキラキラしている。


「いや、私は……」


 まさか、自分には婿候補が三人いて、一人は夜逃げ、一人は目の前で挙式中、一人はたぶんあなたが好きな人だと思う、なんて言えるわけもない。


 言い淀むイーヴィンに、モアは「照れない照れない」と笑う。

 だが、本当に照れているわけではないので、イーヴィンは困ったように苦く笑うしかなかった。


「そういうモアはどうなの?花まつりで、ファーガルを誘ったって聞いたけど」

「え?わ、私は、その……」


 あからさま過ぎるくらいに話を逸らしたイーヴィンに、モアはモジモジと体を揺らした。

 やはり彼女は、ファーガルに恋をしているらしい。

 顔を真っ赤にしてゴニョゴニョしているモアは、可愛かった。ふっくらとした頰が朱に染まると、まるでモモのようである。


(恋する女の子は、みんな可愛いのよねぇ)


 ふわふわしていて、綿菓子みたいで、守りたくなるような可愛さがあると思う。


 弟に恋をしていた近所の少女も、それはそれは可愛らしかった。

 いつか妹になるかもなんて思っていたのに、恋に興味がないどころか女の子を毛嫌いしていた弟は、容赦なく彼女の告白をぶった切ったのだ。おかげでイーヴィンは、数少ない女友達を失った。


(こんなに可愛い生き物なんだから、すぐに取られちゃうよ)


 まさか同じ気持ちをシルキーがイーヴィンに対して抱いているなんて、彼女は知る由もない。

 彼が、イーヴィンを取られないように必死になって尽くしていると気付かないのは、彼女が自分のことを卑下する一面を持っているせいだ。


 イーヴィンは、産まれてからずっと弟とばかりつるんできて、この島に来てからも女性陣よりリアンやファーガルと連むことが多かった。

 見た目は女の子、中身は女でもなく男でもない中途半端なイーヴィンにとって、女の子は未知の生物だ。同じ生き物だとは思えないくらい、女の子というのは強くて素敵で可愛らしい。


 そう、イーヴィンは男でもなく女でもない、中途半端な生き物なのだ。そんな生き物に、恋をする人なんているわけがない。

 ゲームの設定で用意されていた婿候補が、相次いで居なくなったのだってそのせいだーーと未来を憂うあまり、彼女は卑屈になっていた。


 イーヴィンは、可愛い。中途半端なんかじゃない。

 毎日シルキーがせっせと世話をした甲斐もあり、島に来た当初よりも随分と毛艶がーー見た目は良くなった。


 気持ちの面だって、成長している。

 女性としての意識は、急成長していると言っても良いだろう。

 異性と意識せずに抱きついていたのも、最近はなくなった。

 それに、シルキーにキスされるかもと彼を意識していたのが、何よりの証拠だ。彼を男性として意識して、恋する乙女のように胸を高鳴らせていたのだから。

 彼女はそれを、すっかり忘れている。


(私がもう少しでも女らしかったら、何か違ったのかな……)


 考え込むイーヴィンの隣で、赤らんだ顔を冷ますようにパタパタと手で扇ぎながら、モアは思った。

 果たしてシルキーとイーヴィンの気持ちが伝わることはあるのだろうか、と。


 イーヴィンがもう少しでも器用だったら、シルキーの本音に気付いたかもしれない。

 けれど、シルキーはそんな不器用な彼女だから放っておけないのだ。兄にしては少々近い場所を陣取って、彼女の世話(溺愛)をすることは、彼にとって至福なのである。


「なにかキッカケがあれば良いのだけれど」


 どう見たって共依存している二人が、この先離れられるとは思えない。

 それならくっついちゃえば良いと思うが、そうもいかないらしい。


「とはいえ、人の恋路に手を出すのはあまり良くないわよね」


 どうしましょうと小首を傾げているモアだって、ファーガルとどう距離を詰めていくかを考えるので精一杯である。


「それでは、誓いのキスを」


 牧師に促され、新郎新婦の距離が縮まる。

 幸せいっぱいの二人に拍手を送りながら、イーヴィンはどこか浮かない様子だった。


「イーヴィン?式、終わったよ?次、移動だって。教会の前でブーケトスするから、張り切って取りに行かなくちゃ」

「え?あ、うん」


 ぼんやりと考え込んでいる間に、ローナンとリサの結婚式は終わっていたらしい。

 イーヴィンはモアに手を引かれるまま、教会の外に連れ出された。


 ブーケトスは、群がる娘たちを押し退けて、モアが勝利した。


 ブーケを抱いて嬉しそうに微笑むモアを、参列していたファーガルが険しい顔をして見つめていたが、それに気付いたのは彼の隣にいたリアンだけだった。

読んで頂き、ありがとうございます。

次話は明日、7月2日更新予定です。

次回のキーワードは『コンテスト』。

よろしくお願い致します。

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