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11 ふゆの月25日、異国の王子様

 ふゆの月二十四日の聖夜祭ーー前世でいうクリスマスを終え、イーヴィンとシルキーは早くも次のイベントに向けての準備を始めた。


 聖夜祭は、恋人がいない人にとっては、家族でご馳走を食べるだけのイベントである。

 家つき妖精であるシルキーに恋人がいないのはもちろん、婿候補と交流さえ蔑ろにしているイーヴィンにとっては、食後のデザートがケーキにレベルアップした程度でしかない。


(でも……あのフォンダンショコラは甘くて濃厚で……夢にまで出てくるくらいだったなぁ)


 思わずペロリと舌なめずりをしたイーヴィンは、窓の方向から感じた視線に慌てて舌を引っ込めた。

 ジョウロを持ち直して、いかにも真剣に向き合っていますよというような様子で水遣りに集中する。


 いつもより少し手早く畑仕事を終えた彼女は、家の掃除を終えたシルキーと合流して、聖夜祭の飾り付けを施した庭木から飾りを撤去した。

 キラキラとした糸で編まれたレースの飾りは、うっすら雪の積もった庭木に飾ると月明かりに照らされてとても綺麗だった。前世のライトアップされた風景も綺麗だったが、これはこれで素敵だったとイーヴィンは思った。


 受け取った飾りを丁寧に箱へ納めたシルキーは、それを家の奥まったところにある納戸なんどの、いつもの場所にしまい込む。

 納戸に備え付けられた棚には、それぞれのイベントで使われる道具の数々が、箱に納められて陳列されている。ミミズのような字でラベリングされたそれらを見て、イーヴィンはそのうち書き直してあげようと、こっそり心の中のやることリストに書き足したのだった。


 その後は、お楽しみの衣装チェックである。

 次に行われるイベントである星まつりでは、妖精は正装を、人間は妖精の格好をするのがしきたりだ。


 納戸から持ってきた衣装をリビングに並べ、シルキーは困ったように眉を下げた。

 箱から取り出した衣装は、女性用の絹のワンピース。

 シルキーは『白の貴婦人』の名を持つ妖精で、これが本来の衣装らしい。今着ている服は、彼が彼なりのアイデンティティーに基づいて作ったものなのだろう。


 対するイーヴィンは、彼に対して期待を込めた視線を向けている。

 淑女のような彼が女性の格好をすることに、嫌悪感や敗北感を覚えるどころか、楽しみで仕方がないらしい。

 イーヴィンは早く早くと急かすようにシルキーの衣装を手に取り、彼を部屋に追い立てた。


 しばらくしてサワサワと衣擦れの音を立てて現れたシルキーは、控えめに言っても深窓のご令嬢としか思えない姿だった。

 女性の格好が恥ずかしいのか、白い頰をうっすらと朱に染めて俯く様子は、か弱い令嬢にしか見えない。思わず手を差し伸べたくなるような、儚さがあった。


「わぁ……さすが。白の貴婦人と言われるだけはあるねぇ」


 うっかり口を滑らせるイーヴィンに、シルキーは唇を尖らせて抗議した。

 けれど、女装している今は、可愛いだけである。

 イーヴィンは「ごめんごめん」と笑いながら謝った。それから小さな背を精一杯伸ばして彼の隣に立つと、紳士のように腕を差し出した。


「お手をどうぞ?」


 へへ、と笑う彼女は子リスのように愛らしい。

 シルキーは「仕方がないなぁ」と言いたげにしながらも、差し出された腕に素直に腕を絡めた。

 小柄な彼女相手だと、男性としては華奢なシルキーでも少々背を屈めないといけない。

 窮屈な体勢にシルキーは難儀したが、イーヴィンが嬉しそうに笑うものだから、結局は長々とその体勢で、家の中をぐるりと一周したのだった。


「はぁー……楽しかった!」


 二人してアベコベだと笑いながら、ダイニングでひとまず休憩する。

 女装姿は慣れないのか、お茶の用意をするシルキーはどこかぎこちない。見兼ねたイーヴィンはお茶の用意を代わり、彼を着替えに行かせた。


 シルキーが廊下へ出たところに、ドアがノックされた。丁寧なノックは聞き慣れないものだ。シルキーはノック一つだけでも誰が来たのか察知することができるのだが、今回は見知らぬ人らしい。


 彼は出ようか出まいか少し悩んで、イーヴィンが出るよりはこのまま自分が出るべきだと判断した。着替えを後回しにすると、玄関の扉を開く。


「失礼致します。こちらは、イーヴィン嬢のお宅でしょうか?」


 白髪混じりの執事然とした老人が、外に立っていた。

 丁寧にお辞儀をしながら確認してきた老人に、シルキーは訝しみながら頷く。


「そうでしたか。それは、良かった。本日は、我が主人あるじがこの島にしばらく滞在することになったので、ご挨拶に伺ったのです」


 そう言って、老人は一歩横に退いた。

 老人の後ろから現れたのは、やけにオーラの強い男だった。村人のような格好をしているが、オーラがちっとも隠しきれていない。世俗に疎い妖精のシルキーでさえ、この男はただの村人なんかじゃないと分かる。


 なんというか、いかにも上流階級といった風情で、全てが作り物のようなのだ。どこもかしこも手入れが行き届いた、お人形のようである。


 ハニーブラウンの髪はクリンクリンと天使のようにカールしていて、その顔はやはり精巧な人形のように整った面立おもだちをしている。白い陶器のような肌が似合いそうなものだが、その肌は浅黒い。その肌の色は、明らかにこの国の人間ではないと分かるものだった。


「こんにちは。貴女がイーヴィン嬢かな?私の名前はハリーファ。遠い異国の地からやって来た一般人だ。この島は、とても穏やかで住みやすそうだね。もしかしたら長い滞在と言わず永住になるかもしれない。よろしく頼むよ」


 わざわざ一般人と言うあたり、明らかに一般人ではないのだろう。

 そもそも、男が一人で挨拶に来るのに、こんな()()()みたいな男をお供にするのも普通とは言い難い。


 ハリーファを確認するように見つめて、それから戸惑うように老人を見れば、彼はシルキーの困惑を察してサササッと近くに寄って来た。


「坊っちゃまは、とある事情でこの島に逃げて参りました。ご迷惑はお掛けしないように致しますので、せめて、この島にいる間は仲良くして頂きたいのです」


 ハリーファに聞こえないように囁いた老人は、そのまま「後生です」と深々と頭を下げた。

 年齢的にはシルキーの方が老人よりも年上だが、老いた人間にそう言われては無碍にもしづらい。


 どうやらハリーファはシルキーをイーヴィンと勘違いしているようなので、それを良いことに彼は彼女のフリをすることにした。

 そうすることで、イーヴィンが少しでも穏やかに生活出来ると思ったからだ。


 男性でなければここまでしないが、男性である上に訳ありとあっては、イーヴィンがどんな事件に巻き込まれるか分かったものじゃない。

 敷地内ならシルキーがどうにでも出来るが、それ以外ではどうにもならないのだ。


 彼女に近づく男は、全て排除する。


 彼は未だに、イーヴィンが過去の出来事が原因で男性不信気味だと勘違いしたままだった。


 シルキーはハリーファを見つめてから、静かに半歩下がった。両手でスカートの裾をつまみ、軽く上げる。その上で、腰を曲げて頭を深々と下げた。

 貴族令嬢がするような、丁寧な挨拶である。

 深窓の令嬢のような彼がすると、うっとりとため息が漏れるほど美しい。


 思わず目を見張って見つめてくるハリーファに、シルキーはこれでこいつはこの家に近づかないだろうと内心で安堵した。

 訳ありのお偉いさんならば、こんな田舎にいるお嬢様には近づかない。

 どんな事情でここへやって来たのか知らないが、少なくとも自ら問題を起こすようなことはしないだろう。訳あり同士、適当に距離を取るはずである。


 案の定、ハリーファは戸惑ったようだ。しきりに老人へ、助けを求めるような視線を向けている。


「で、では、また、そのうち会おう。うん、では、またな」


 ぎこちなく挨拶をして踵を返すハリーファの後を、老人が静々と付いていく。

 敷地を出てから走り去るように消えていった主人の代わりに、老人は深々とシルキーへ頭を下げた。


 そんな彼らを「もう二度と来ないでください」とばかりに、にこやかな笑みを浮かべながら手を振って見送ったシルキーは、イーヴィンの穏やかな日常を守れたことに、使命感が満たされるようだった。


 扉を閉め、足取り軽く自室へ戻る彼は、知らない。

 ハリーファこそイーヴィンの婿候補の一人であり、たった今、彼とイーヴィンの恋愛フラグをへし折ったなんて、分かるはずもないのだ。

 イーヴィンの、この先の人生設計に婿は必須なのだが、シルキーは知る由もない。


 なぜだかご機嫌な様子で戻ってきたシルキーに首を傾げながら、イーヴィンは用意したお茶がそんなに美味しかったのかしらと呑気にお茶を啜る。

 まさかローナンに次ぐ人気を持つ、異国の王子ハリーファが彼女に会いに来ていたなんて気づくことなく、常備されているビスケットをカリカリと齧った。

読んで頂き、ありがとうございます。

次話は明日、6月18日更新予定です。

次回のキーワードは『妖精の女王』。

よろしくお願い致します。

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