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10 ふゆの月19日、シルキーの勘違い

 魔女の栄養ドリンクのおかげで風邪を引く心配はないものの、寒いものは寒い。

 その日もイーヴィンは、ある程度畑仕事を済ませたら、さっさと家に引きこもってしまった。


「春になったら……!春になったら婿候補のイベント頑張るから……だから今は、見逃してっ」


 寒さに弱いイーヴィンは、ふゆの月十四日の恋愛イベント『バレンタインデー』を既に見送っていた。

 ゲームをプレイしていた時は『冬は恋愛イベントの宝庫!』と躍起になって婿候補たちの好感度アップに努めていたものだが、この有様である。

 転生した今、イベントどころか顔を合わせたのはローナンだけという体たらく。畑仕事もあまりない今は絶好のチャンスなのに、イーヴィンは寒くて外出すらままならない。


 うっかりしていたら、リアンの嫁候補とイーヴィンの婿候補が結婚してしまうのは分かっている。

 でも、一年目のふゆの月の間引きこもったからと言って、全てのフラグが立ってはるの月に結婚、なんてことはないはずだ。頑張っても一組あるかないかだろう。

 それに、リアンがいる。最低でも一人は彼と結婚するはずだから、余った人を狙えば良い。


 自分の結婚相手だというのに、イーヴィンは非常に雑だった。

 どうも彼女は、結婚相手を同居人としか認識していない節がある。結婚して子供が生まれる間に何があるかを、無意識に考えないようにしているのかもしれない。


 前世は二十二歳だったことを考えると、ある程度の知識はありそうなものだ。オタクなら尚のこと、経験はなくても知らないわけがない。

 現世の十六歳という年齢を考えても、全く知らないというわけではないだろう。


 となれば、考えられるのは一つ。

 やはり彼女は、自分の性別をよく分かっていないのだ。いや、意識していないと言うべきかもしれない。


 意味不明なことを言いながら帰宅したイーヴィンに首を傾げながら、シルキーは甲斐甲斐しく室内履きを出し、脱いだコートを受け取る。

 それを当たり前のように受け入れるイーヴィンは、妻というより夫のようだ。


 今の二人を見たら、イーヴィンの母はこう言うに違いない。


『あなたたち、性別を取り替えたらどう?』


 もういっそシルキーと結婚すれば良いと、そう言うかもしれない。

 しかし、残念なことにファンタジーなこの世界であっても、人間と結婚する妖精はほぼいない。


 とはいえ、ほぼ女性と言われているシルキーの男性版がここにいるので、この世界の()()ほど当てにならないものはないだろう。

 果たして婿候補でもないシルキーが彼女の嫁ーーではなく婿になれるかは、結婚の祝福を贈る女神次第なのかもしれない。


 朝一でシルキーが薪ストーブに火を入れてくれるおかげで、家はいつも快適だ。暑すぎず寒すぎず、絶妙なバランスが保たれている。


「はぁー……生き返る」


 温泉に入ったおばあちゃんみたいな台詞を言いながら、イーヴィンはマグカップに口をつけた。その背にブランケットを掛けながら、シルキーはキャラメル色の頭に付いた雪を払う。


 畑仕事を済ませて帰宅すると、心得たとばかりにシルキーは白い琺瑯ほうろうのミルクパンで作っていたココアを注ぎ、手渡してくれる。それを飲みながら、ストーブの前に体育座りして暖をとるのは、彼女の日課になりつつあった。


 イーヴィンの後ろに置かれたロッキングチェアに腰掛けたシルキーは、カゴにこんもりと入れた毛糸を取り出すと、慣れた手つきで編み始めた。

 やっていることは田舎のおばあちゃんみたいだが、貴婦人のような彼がすると、お嬢様が刺繍をしているように見えてくるから不思議だ。

 それをぼんやり眺めながら、イーヴィンはふぅとため息を吐いて、体を丸める。


「最近、どうにもやる気が出ないんだよねぇ。同じことばかり繰り返して、シルキーは嫌になったりしないの?」


 イーヴィンの問いかけに、シルキーはコテンと首を傾げた後、フルフルと首を振った。


「まぁ、そうだよねぇ」


 編み物をするシルキーは、穏やかな笑みを浮かべて楽しそうにしている。掃除の時も、料理の時も、家事をしている時は常にそうだ。


「家事、楽しい?」


 シルキーは、ふわりと微笑んで頷いた。

 たったそれだけのことなのに、シルキーがやると淑女の優雅な礼のようだ。


「牧場を引き継いだのもね、お母さんから女らしくなるためにって言われたからなんだ。畑仕事は楽しいけど、女らしいとはちょっと違う気がする。女らしいってどんなことなんだろう?髪を伸ばして、スカートを穿いて、か弱くて、あとは……なんだろうね。シルキーを見ていると、私は女としてはまだまだ未熟なんだなって思うよ。だってシルキーはいつだって淑やかで上品で、貴婦人みたいだから……って、シルキーは男なのに、こんなこと言ったら失礼だよね!ごめんね!」


 パチパチと薪がぜる音がする。シルキーはそっと立ち上がると、薪ストーブの前にしゃがみ込み、中の薪を整え始めた。


(いつもより手付きが雑に見えるのは気のせいかな……?)


 背を向けて作業をするシルキーに、イーヴィンはどうしようと焦った。

 彼を怒らせたら、イーヴィンはこの家に居られない。


 この家の所有権はイーヴィンにあるが、真の主は彼なのである。シルキーを怒らせれば、彼女は主人として落第点をつけられ、家に入ることさえ許されない。

 そうなれば、この寒空の下放り出され、実家に帰ったら知らない男の元へ嫁ぐことになる。


「それだけは……それだけは、イヤだ。シルキー、ごめんなさい。お願いだから、私を捨てないで」


 シルキーがチラリと後ろを見ると、捨てられた子犬のように濡れた目が、彼を見ていた。


 イーヴィンがシルキーを男として認識していないことは分かっていたが、珍しいとはいえ彼は男なのである。

 可愛く思っている少女に「あなたみたいになりたいなぁ」と言われては、矜持が傷つく。


 少しくらい困らせてやろうと妖精らしい無邪気さで悪戯してみたが、予想以上の反応に困惑した。

 捨てないで、とは穏やかではない。

 そうは見えないが、過去に辛い経験でもあったのだろうかーーイーヴィンを蔑ろにするクソ野郎が近くにいたならくびり殺してやったものを、とシルキーは唇を噛み締めた。


 シルキーは、そこでハッとした。

 彼は妖精だ。人間を殺すことに、躊躇いはない。彼が大切にしている家を害する者は、許さない。

 けれど、同居人を害する者に対して同じような感情を抱くのは、いつもと違う。


「シルキー……」


 不安そうに名を呼ぶイーヴィンの声に、シルキーの苛立ちも吹っ飛ぶ。

 それまで彼女を世話するに値する人間としか見ていなかった彼の中に、それだけでは足りないという気持ちが芽生えた。


 この少女を、守らなくてはいけない。


 その気持ちを深く考える間も無く、シルキーの体が動く。

 あっという間に彼女の側へしゃがみ込むと、小さな体をギュッと抱き締めた。


「あの、怒ってる?ごめんね?」


 縋るように抱きついてくるイーヴィンに、シルキーは今後彼女に近く男は排除することを誓いながら、その背を撫で続けた。


 もちろん、そんな男なんて存在しない。シルキーの勘違いである。

 男に対して無防備過ぎる彼女が、過去に男性との付き合いで何かあったなんて勘違いが出来るのは、人間の男女関係に少々疎い妖精だからかもしれない。


 まさかその勘違いで、イーヴィンの婿選びに暗雲が立ち込めることになろうとは、彼女には知る由もなかった。

読んで頂き、ありがとうございます。

次話は土日を挟んで、6月17日更新予定です。

次回のキーワードは『異国の王子様』。

よろしくお願い致します。

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