チートには勝てない
「うー、さぶぶぶ」
私はマフラーに顎を埋めた。木枯らしが吹きすさぶ。もう季節はすっかり冬だ。
校舎内は火魔法が常時使われまだ暖かいんだけど、今は屋外を移動中。
「まだ早いと思ったけど、そろそろ上着が要るわね」
アレクサンドラ様は真新しい制服に袖を通している。
私と同じワンピース型のはずだが、彼女が着るとすごく高貴な感じだ。
私たち在校生が藍色なのに対し、今日は白色だ。昨日はモスグリーンだった。
同じ色の制服じゃ無いのを逆手に取ってアレンジを楽しんでいる。気に入ってくれたようで何よりなんだけど。
「ってかお姉様、寒く無いんですか?」
アレクサンドラ様、上着も防寒具も無しだ。
「気合いよ」
寒さって気合いでどうにかなるもんなんだ、と感心してしまった。
「無理しないでください。校舎内でゆっくりしてくださって大丈夫ですよ。僕とリズベスでやりますし」
殿下は、両手一杯の荷物を持ち、魔法攻撃を軽減すると言う丈の長いローブを着ているが、どんな格好でも変わらずカッコいい。
「二人っきりにするほどあんたを信用していない」
目の据わったアレクサンドラ様に殿下は肩を竦めて無実を訴える。
「何もしませんよ。空き時間ができたので、魔方陣の実験をやるだけです」
本当に、心配される程のことは無い。
私と殿下は授業や製品開発のために新しい陣の実験をするつもりだ。
でも、以前勝手に陣を創作していて殿下に叱られたように、魔方陣は余分な線が一本増えただけで魔力暴発の可能性もあってとっても危険。そこで、競技場を借りることにした。入学式をやった、あのすり鉢状の施設だ。
そこへアレクサンドラ様が通りかかり、暇なので見物すると言い付いてきたのだ。
「大丈夫です。殿下は紳士ですよ。今までだって何も無かったし」
アレクサンドラ様、守ってくれようとするのは嬉しいんだけど、男が全部ケダモノだと思ってる節がある。彼女の一番身近にいる義弟が色情魔だから仕方ないのかも。
「危険人物を信頼している時点で大丈夫じゃない。だいたい、あんた何かされたんじゃないの? しばらくこいつと会うたびに真っ赤になったりドレスの裾をやたら伸ばそうとしたり明らかに挙動不審だったでしょ」
「うえ?!」
確かに殿下から例の罰を受けて顔を合わせずらかったけど、そんなことしてたなんて全く自覚無かった。
「リズベス意識してたの? あの程度で?」
殿下はにこやかに私の顔を覗き込む。
「何もありませんし、意識してません! 先行ってますからね!」
頬が火照るので、恥ずかしくなって駆けだした。
「ほんっと可愛いなぁ」
「明らかに事後の反応じゃ無いの」
「手は出してませんよ。まだね」
「まだって、やる気はあるのね」
背後で何か言われているが、構う余裕は無い。
「あれ?」
競技場が目と鼻の先に来たところで足を止める。
「物音がしますね」
近づくにつれ、映画の撮影中ですかって具合に金属音や爆発音が大きくなってくる。
「ほんとだ。前の授業で使ってるのかな?」
「競技場を使うってことは戦闘魔法の授業かしら」
「戦闘魔法!」
少年マンガの世界じゃん。ちょっとワクワク。
「ふーん。あたしは魔術師団のしごきで見飽きてるけど。折角だから見物していく?」
「良いですね。他の先生の指導のやり方も勉強できますし」
「是非!」
私たちはすり鉢状の観客席の方に移動した。
グラウンドには王太子ら最高学年がいた。殿下が着ているようなローブを纏い、二人一組で剣を構え、互角稽古をしている。教師はその周りを歩きながら指導や、助言しているようだ。
みんなそれぞれに火の球を放ったり、凍らせた剣を振ったり、雷の呪文を唱えたりしている。
その中で、王太子の組は異質だ。
対戦相手は辛うじて剣を握っているが、杖のように地に突きさし、腕で顔で覆い、亀みたいに腰を丸めている。文字通り手も足も出ない。
一方の王太子は欠伸をしていた。
人は平均風速20メートルくらいで前に進めず、30メートルくらいで立っていられなくなる。その程度の風を吹かすことなど、気流で天気を変えてしまう王太子には至極簡単だろう。
弱い者いじめみたいで見てても正直、面白くない。
バトルものってある程度実力が拮抗してたり、逆転の可能性があるからワクワクするんだよね。実力差があり過ぎるのも問題だ。
「ギディオン先輩、俺、近衛騎士目指してましたけど、ぶっちゃけ王太子殿下に護衛って要らなくないですか?」
隅の方で騎士見習いらしい青年が義兄に話しかけている声が聞こえた。
「馬鹿者! 王宮にいるのは王太子殿下だけでは無いだろうが」
そう言って義兄は視線で観客席の殿下の方を示す。後輩らしき人は「なるほど」と頷いた。……それで良いのか?
「やっべーな、あいつ。暗殺依頼が来たらどうしよう」
いつの間にか隣に現れていた兄が頭を抱えている。いつものようにストーカーしてたらしい。殿下たちも慣れっこなのか特に驚いた様子は無い。
「物量で押し切るしか無いよ。兄上は攻撃が派手な上に体力が無いから。人数揃えて犠牲覚悟の長期戦なら勝ち目はある」
「あらやだ。いやに具体的じゃなくて、第二王子サマ。謀反でも企んでるの?」
アレクサンドラ様のドキリとするような問いかけに、殿下は真顔で返した。
「あんな理不尽な兄持ったら、一度くらい打ち負かしたいと願っても許されると思いませんか?」
気持ちはよくわかる。
「そう言うあなたはどうなのですか? 呪いや毒物なら空気を介さず済むから害すのも簡単そうで羨ましいです」
「まあね。その防御のためにあたしが妻に選ばれたわけだし。でも上手くいくかしら? 毒物には詳しいし、敵意を発した時点で察知される。どんなに上手く隠しても、毒を入れた飲食物も呪いのトリガーも看破されるでしょう。あいつは偽りを許さない風の精霊の加護を受けているからね」
「無理じゃね? あいつどうにかするの無理じゃね?」
聞きようによっては犯罪者予備軍だ。王太子の殺害を大真面目に議論した三人は「一対一で短時間、しかもルールがある授業と言う枠組みでは無理。対戦相手に同情する」と言う結論に達した。
「つまらん」
戦闘に飽きたらしい王太子は手に持っていた木剣を投げた。
剣はブーメランのように弧を描き、対戦相手のうなじに剣先を突き付け、空中でぴたりと止まった。
無駄に高等な技術だ。対戦相手は投了を宣言する。
「次は誰が相手だ?」
王太子が周囲に目をやると、生徒全員、教師までもが視線を反らしている。
そうだよね、チートの相手なんて誰もしたくない。
王太子は顔を上げ、観客席に私たちがいるのを見つけた。
「おいロイ、相手せよ」
殿下は口をへの字に曲げ、心底嫌そうな顔をした。




