作者にラブシーンは向かない
本年はコロナで散々な年でしたが、何とか終わろうとしています。皆さま良いお年を。
「僕は怒ってるんだよ」
件のプライベートガーデンで、殿下は私に向き直った。
「何でかわかる?」
「えっと、集団生活に慣れることが目的の学校生活でトラブルを起こし、同級生と仲良くできなかった、から……です」
声が自信を無くし、だんだん尻すぼみになっていく。
「そこは別に良い。寧ろ特に男子とは仲良くしなくて良い」
それどうなの、と言いたかったが、殿下の剣幕が凄すぎて反論できる雰囲気では無かった。
「僕が怒ってるのは君がわざわざ敵を作り、恨みを買うような真似をしたからだ」
「そんなつもりは……」
「無いとは言わせない。下手に言い返して相手の怒りに薪をくべる必要は無かったはずだ」
「でもシエンナが悪く言われてカッとなって」
「君や君の友人が傷つけられたのは気の毒に思う。
だからって同じように相手を傷つけても何の解決にもならない。傷つけられた人間は同じように、或いはそれ以上に相手を傷つけようとする。報復合戦は終わらず満身創痍になるだけだ。思い当たる節はあるだろ」
殿下の言うとおりだ。男子たちが言うことを無視し、反論せずにいれば、一時は嫌な気持ちにはなっただろうけど、必要以上にシエンナがひどい言葉を浴びせられることは無かったし、男子も興奮して手を出すようなことはしなかった。
「君は注目されている。大勢の前で特別扱いしている僕にも責任があるけど、これ以上、要らぬやっかみを買うことはない」
そこで気づいた。
大勢の人の前で私を罰すると宣言することで、殿下は報復しようとする男子たちの怒りを削いだのだ。
「殿下……」
感謝に言葉がつまる。いつも彼は私を守ろうとしてくれる。
「さて、罰だけど……どうしてやろうかな」
しゃがみ込み、間近で視線を合わせながら殿下は意地悪く笑った。
「え? それ、形だけでは?」
「言ったでしょ。僕は怒ってるって。それに釘を刺しとかないとまた同じことするかもしれないし」
書き取りは罰にならないし、手伝いはいつもやってもらってるし、鞭を打つとかひどいことはやりたくないし、と罰の候補を挙げていた殿下がふと私の足に視線を落とした。
「ところでそのポーズ何?」
「正座です」
気づけば姿勢を正し、正座をしていた。それだけ殿下の圧が凄まじかったと言うのもある。
「セイザって何?」
ジャパニーズ・セイザ・スタイルはカナンに無いらしい。
「反省を示すポーズです」
簡単に説明すると、殿下は「そう」と頷く。
「丁度良いや」
言うが早いか、殿下はその場にごろんと横になった。
私の膝の上に髪の感触と頭の重みを感じる。ゼロ距離に彼の整った鼻梁がある。
ここここれは膝枕と言う奴では?
「最近寝不足なんだよね。罰として僕の昼寝に付き合ってもらう。僕が寝ている間、動いちゃダメだよ」
殿下は瞳を閉ざし、その内に寝息を立て始めた。
恐る恐るアッシュブロンドの髪を梳く。
殿下が起きる気配は無い。
たぶん本当に疲れてるんだろうな。学生に教授業、公務までこなしてるらしいし。
反応が無いのを良いことに、指先はだんだん大胆になって、その頬に触れた。
肌は石膏の彫刻のように、女の私が嫉妬するほどすべすべだ。
これがあと数年たったら、陛下みたいな立派なお髭が生え、乾燥してごつごつしてしまうのかと思うと感慨深い。
肌の感触を楽しんでいたら、親指が唇に触れた。
唇は桜の花びらみたいな薄紅色で、間近で見ると思っていたより厚い。
この唇が私じゃない女の人に愛を囁いて、その唇に触れるのだろうか。
長く息を吐いて感情を落ち着かせる。私はまた、見もしない女に嫉妬している。
だいたい、無防備に寝てしまう殿下が悪い。
私が悪い女なら、襲い掛かって既成事実作り上げるぞ。
キスくらいしてやろうかな。他の女に奪われるくらいなら。一生の思い出にそれくらいもらっとこうかな。
いや、望まない異性にそう言うことするのはセクハラだし。
自分が思ったより顔を近づけていたのに気づき、慌てて身体を起こす。が、髪が引かれ、距離をとることができなかった。
「キス、してくれないの?」
殿下が薄っすら群青の目を開き、こちらを見ていた。
その瞳に吸い寄せられるように顔を近づけていた。吐息が触れ合い、瞳の焦点が合わなくなっていく。
しかし、お互いの顎と鼻がぶつかって我に返った。
顔の向きが反対だとキスしにくい。いや、そう言う問題じゃなく。
「何考えてんですか!」
チッスだぞ! 口づけだぞ! 接吻だぞ! 本来なら恋人同士でやるものだぞ!
「ゆゆゆうわくしないでください!」
「されちゃえば良いのに」
言いながら首に手を絡めてきたので、慌てて振り払う。
「酷い、罰だからってこんなのは酷い!」
涙が出そうになった。
何でキスしろ何て言うんだ。私がどれだけあなたに惚れてるか知りもしないで。
私にとっては特別な意味を持つのに、殿下にとってはそうじゃないのが辛い。
泣きたいのはこっちなのに、殿下は悲しそうに顔を顰めた。
「僕とのキスは、リズベスにとって罰なの?」
「ごほうびです!」
即答してから、口を覆う。なんてこと言ってんだ、私。
「ふふっ、ご褒美なんだ」
微笑する殿下の機嫌は直ったようだが、もう黙ろう。口を開く度に墓穴を掘っていく。
「じゃ、何も問題ないよね?」
大きく力強く、男らしくなっている手が、私の手首を掴み口から引きはがす。
「あります! 問題ありありです!」
「ふーん。どんな問題?」
「その……はじめて……なので」
言っていて恥ずかしくなって、目を伏せる。
殿下の視線を肌に感じ、頬に血が上る。暫く無言の時間が続いた。
根負けしたのか身を引く気配がした。
「仕方ない。無理やり奪うのは本意じゃないから改めるか」
ほっとして、私も立ち上がろうとして、無理だった。
「どうしたの?」
「足が痺れて……」
枯れ草の上に長時間座っていたので感覚が無い。
「ひゃ」
殿下がドレス越しに私の足をつんつんしだした。
「何するんですか、殿下!」
「何となく気が収まらないから。罰の続き、これで勘弁してあげる」
「殿下ってSですね」
「エスってなぁに?」
この世界にはサド公爵が居ないらしい。別の世界軸にまで居てたまるか、そんな変態。
「人をいじめるのが好きな人のことです!」
「それは、誰しもいじめられるよりいじめる側に回りたいんじゃない? 主導権握れるわけだし」
それはそうかもしれない。私も痛い思いをするのは嫌だし。
「でもリズベス相手には余計に意地悪したくなっちゃうかも」
言ってることは酷いけど、にこりと邪気の無い顔で笑う。
「リズベスはどうなの?」
「私、殿下になら何をされても……良いです……」
自分で言っておきながらあまりの台詞に、語尾が消えていく。殿下はため息をつき、片手で顔を覆った。
「あんまりそう言うこと言わないで。
折角止めたのに歯止めがかからなくなるから」
見たか!
これが作者のいちゃラブの限界だ! (o_ _)o バタッ




