一歩一歩進むしかない
GW中は頑張って更新……したいなぁ
解決の糸口は意外に近くに転がっていた。
「レアード家のリズベスです。本日はよろしくお願いします」
ハークス魔玉工房は、高くレンガを積み上げた頑健な作りだった。中に入ると景気の良いハンマーの音、すさまじい熱気が出迎えた。訓練中だと言ってジェシーを置いてきたことを思わず後悔した。因みに彼は、暑さにやられた使用人たちにせがまれて、人間クーラーにジョブチェンジしつつある。
「ようこそ、お嬢様」
汗を垂らしながら進み出たのは、彼の工房のように厳つい風貌の親方、ハークス氏。従業員共々、場違いにやってきた侯爵令嬢を油断なく見ている。歓迎されているとは言えない雰囲気だが、見学の申し出に戸惑いながらも受け入れてくれた。
「親方本人にお出迎えくださり、感謝します。ですが私は、お仕事のお邪魔をするのは本意ではありません。気を使わずに普段どおりのお仕事を見せてください。気が散ったり、危険な場合は声をかけてくだされば指示に従います」
迷惑なのは間違いないから、せめて誠実に誠実に、と念じながら挨拶をする。
「これ、よろしければどうぞ。お口に合えば良いのだけど」
持参したクッキーを見せると、固く結ばれた唇を僅かに緩めた。
「正直ここに貴族の嬢ちゃんが見て楽しいもんなんか……失礼」
「いいえ。こちらの工房で作るものはとても質が高いと王都でも評判です。我が領にこんな素敵な工房があるなんて誇らしいですわ」
ハークス氏は煤に汚れた顔でくしゃりと笑ってくれた。
カナン王国は魔鉱石がとれない。産出国である隣国、サルバラードと戦争したときは、当然ながら魔鉱石の供給がストップした。庶民たちからも日常生活で使う魔鉱石を徴収し、惜しみつつも大切に使ったが、携帯の電池のように、溜める量や稼働時間が減り、段々劣化していく。
そこで講じた策が、本来天然の産出物であるはずの魔鉱石の加工と再利用である。
つまりはリサイクル。
初めて聞いたときは、資源に乏しい国はそう言う道を取らざるを得ないのだな、と使用済の携帯やスマホを回収し、レアメタルを確保している元祖国を思い出した。
「私、不勉強で申し訳ないのですが、魔鉱石を魔玉に再利用するためにこちらの工房でどんな作業を行っているんですか?」
「ええっと、まずは劣化した魔鉱石がお取引のある御商会から運ばれて、運ばれまして来なさるのですが、それをあっちのハンマーでぶっ叩いて、いや、おっ叩きまして、それから……」
慣れないのだろう、苦戦しながらも捻り出される言葉のせいで、余計に分かりにくい。
「どうぞ気兼ねなく普段通りにお話ください。こちらは親方が積み重ねてきた経験には遠く及ばない若輩者ですから」
小娘相手ですし、と気を使うと、いささかホッとしたようで。
「んじゃ遠慮なく。ええっと、叩いたら、あっちの機械でさらに砕いて……」
職人らしくぶっきらぼうで、あまり回らない口の彼の説明を要約すると。
この工房では、使用済みの魔鉱石を細かく砕き、不純物を分別し、高温で溶かして、冷やして固める。小学校の教科書に載っていた鉄とかガラスとかの再利用みたいだ。魔鉱石も同じ物質だから、根本は同じなのかもしれない。
「あそこでは何をやっているのですか?」
「ああ。ここには使い切った魔鉱石が来るんだが、たまに魔力の残ったやつが運ばれてきてだな。砕くときに魔力が暴走して危ねぇから、あそこで選別してんだ」
魔鉱石の再利用は画期的だが、危険も多いらしい。
「隣の高い建物が炉なんだが、えっと、炉ってのは」
「魔鉱石を溶かすための施設ですね。常に火魔法を使い、とても高温になるとか。この暑さはそれが原因なんですね」
そうでなくても、魔鉱石を溶かすのに大規模な設備がいる。火を使うから火事だって起きる。危険だから市街地に工房は作れない。
我が領は消費地である王都に近く、あまり名誉でないことに逃亡する農民も多く、地価が安い。
「そうそう。魔鉱石をどろどろに溶かしてゆっくり冷ますんだ。するって言うと」
冷却やいざと言うときの消火に使う水源まであり、まさに危険な工房を作るのにうってつけの土地だ。
「冷える温度によって、いくつかの種類に別れる。質の良いのだと、元の魔鉱石の五倍程の値がつく」
「素晴らしいわ!」
感嘆の声を上げたが、内心がっかりした。再利用品と聞いて価格の安いものを想定し、買い付ける目的で来たのだ。廃材からそれだけの価値を作る親方の職人技には感服するが、原価より高くなっちゃ話にならない。
「質の高いもの、と仰いましたが、低いものもあるんですか?」
最悪粗悪品で妥協すればよいかと言う打算から出た質問だったが。
「不純物が多ければ、二級品、三級品ができるが、うちでは一級品しか作らん。残りの材料は他の工房にやる」
さすが評判の高い工房だ。
残念ながら無駄足か。気を取り直して、二、三級品を取り扱う工房の情報を聞き出そう。
口に出さずにそう決めて周りを眺めていると、見習いらしい青年が奥から黒い塊を荷車に載せ、運んできた。
「あれは?」
「不純物だ。大部分が煤だが、効果の劣化した魔鉱石もはいってる。これを除かないと質の良い魔玉にはならん」
「まだ魔鉱石が残っているんですか?」
「そう、成分が残っているから、おちおち捨てられもしねえ」
最近の学説で、魔鉱石を含む土地は魔物が集まりやすいだの凶暴化するだのと言われている。兎に角魔力の多い場所に凶暴な魔物が現れるのは確かで、魔力を溜める魔鉱石を指定された場所意外に捨てることは法律で禁止されている。どの世界にも産業廃棄物があって、その処理に頭を悩ませているらしい。
「それをさらに再利用することはできないんですか?」
「あそこにあるのは、二級品、三級品の材料を取り出した、さらに廃材だ。光を発する陣もたかだが一、二時間しか効果を発揮しねぇ」
「なんてこと!」
一、二時間? 保冷剤には十分だ。しかも産業廃棄物だから元手はただ。
魔鉱石の粉を混ぜて陣を書くことに成功した研究論文もあったはず。これを上手く利用できれば、コストの面が解決できる!
「親方! これを少し、いいえ、十袋くらい譲ってください!」
「話聞いてたか? これはほとんど効果なんて」
「構いません。寧ろこれを探していたんです‼」
「あ、はい」
ごみの山に目を輝かせ、飛ぶような足取りで運ぶ段取りを始める私を。
「なんだなんだ、どうなってやがる?」
「さっき見せた俺の渾身の魔玉より明らかに嬉しそうだぞ!」
「だから言ったじゃん。こんなとこに見学に来る女子供なんてまともじゃねぇって」
職人たちは困惑し、遠巻きに見つめていた。
‡ ‡ ‡
「何してんの?」
数日後、屋敷の一室。ジェシーが微妙な顔で声をかける。
「見てわからない?」
「わからないから聞いてんだけど」
袋に入った廃材を、お嬢様うるさい、と文句を言われるほどハンマーでさらに細かく砕いて砂状にし。
魔鉱石がくっつくと言う触れ込みのフェライト磁石もびっくりの魔法具を借りてきて砂を選別し。
方々から色々なインクを取り寄せ、砂を混ぜても複写しやすいぎりぎりの量を見極め。
「黒い液体が高速で渦巻いてて、めっちゃ不気味なんだけど」
そして今、完成品のインクを撹拌している。全体に行き渡るよう均等の濃度にしなければいけないのだが、ぶっちゃけこの作業が一番楽だ。魔法でインクが勝手に混ざってくれるから。
インクだけじゃなく生クリームや卵の白身も混ざってくれる魔法が使えたら、お菓子作りが随分楽なのだが。
「ところで何、その格好」
「白衣よ」
「ハクイ? なんか意味あんの?」
「気分よ」
ドレスは汚れるし、だって研究者って白衣着てんじゃん、格好良いじゃん、との偏見の元、侍女たちに習って自力で作った。リズベス=レアードは形から入るタイプである。
「さて、いよいよね」
前世の図工でやった木版画の如く、版にローラーでインクをつけ、紙を載せて上から擦る。
私の能力で複写もできるが、この後量産することを考えたら、誰でもできる方法が良い。
そっと紙をはがせば、私が無い知恵を絞って作った陣が現れる。
「ジェシー、ここに魔力を込めてくれる?」
「はいよ」
たちまちただの紙の札は冷気を放つ。
「おおっ、完成?」
「稼動までは上手く行ってるの。問題は継続時間」
札の上にジェシーが作った氷の塊を置く。
十一分を過ぎたあたりで氷が解け始めた。札に触れると、平温に戻っている。
「稼働時間、十分、か。まだまだ実用化には程遠いわね」
他の、光を発したり炎を燃やす陣を試したら、四時間近く効果が続いていた。冷却は発光や発熱に比べてエネルギーの効率が悪いからだとしても、温度にむらもあるし、もう少し時間を延長できるはず。
まあ、材料も決まり、方向性は定まった。この調子で試行錯誤していけば、いずれ継続時間は延びていくだろう。後は陣の発動を遅らせる方法か……。
今、圧倒的に必要なのは知識。屋敷の目ぼしい本は読みつくしたし、書店を探させてはいるが、自国で研究が進んでない魔法陣の専門書なんてそうそう御目にかかれない。
頭を抱える私の元に、王子からの手紙が届いた。