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悪役令嬢は運命の轍を踏む~死亡フラグが回避できない~  作者: アストロ
第五章 ヒロインが見当たらない
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選択肢があまりない

姿が見えなくなるまで、アレクサンドラ様はシエンナをじっと見つめていた。


「あたしらしくなかったわね」

「いいえ。お気持ちはわかります」


私がハンカチを渡すと、ようやく涙を拭い気恥ずかしげに微笑んだ。


「私も、ずっとヒロインが羨ましかった。誰からも愛されて、可愛くって、憧れの女の子ですから」


殿下が苦しんでいた時、何もできず歯痒かった。ヒロインならいつも正しくて、きっと彼の心を護ることもできる。そうして彼の信頼と愛を得て、幸せを掴む。


「ただ……」


ちょっと引っかかるんだよなぁ。


「物語のヒロインって女の子たちの憧れ、自己投影する存在だと思います。美女になりたいとは思います。王女様になってみたいとも。

でも、さっきの子になりたいと思いました?」

「あなた、結構言うわね」

「すいません。だけどニキビなんて年頃の女の子が一度は通る道、忘れたい現実のはずです。やっぱりあの子だとはどうしても思えないんですよね。

それに、そもそもヒロインにニキビがあるなんて描写無かったですし」


小さな違和感だけど、そんな欠点があれば真っ先にゲームのリズベスがあげつらっただろう。


「そうかもしれないわね。得意、じゃなくても火属性を使える女子は他にもいたわけだし。もう一度洗い直しましょう。

あの娘はヒロインの可能性があるから取り合えず帰り道で馬車の事故に遭ってもらいましょう」

「早まらないでください、くれぐれも早まらないでください! そこは殺害を思いとどまる所では?」


この人、ほっとくと流れるように邪魔者を始末しようとする。

外見は深窓の令嬢なのに思考が暴君かテロリストだ。


「殺害した後に本物が現れたらどうするんですか。立て続けに学園の生徒が亡くなったらみんな怪しいと思うはずです。学園側も警戒するでしょうし」

「一理あるわね」


殺意に歯止めがかかったので畳みかける。何しろ、人の命がかかってる。


「私、あの子に近づいて真意を探ってみます」


同じ入学生で外部生だ。少しは心を開いてくれるかも。

本音を引き出し、一刻も早く前世の記憶が無く、攻略対象にも恋愛的興味が無い無害な臣下だと証明しなければ、彼女の命は無い。


「止めときなさいよ。あなたって情け深いし。知り合いになった人間を殺せる?」

「うっ」


自分が特別慈悲深い人間だとは思わないけど、見知らぬ人でも困ってれば助けたいと思う。目の前で死なれるなんて嫌だし、知り合いなら尚更嫌だ。アレクサンドラ様が「やっぱり……」と言い出したので慌てて遮る。


「そもそもですね! 必ずしも命を奪わなくても良いのでは? 要は学園と言う舞台から退場させれば良いのですし。問題をでっちあげて退学させるとか、サルバラードあたりに留学してもらうとか、そう言う穏便な方法もあるのでは?」


穏便? 穏便って何だろう。自分で言っといてなんだが、退学させられたら命は無事かもしれないけど経歴は壊滅的だ。

しかし私の危険な提案にアレクサンドラ様はようやく納得してくださったようだ。


「あなたがそこまで言うなら仕方ないわね。暫く様子を見ましょう」


私はようやく胸を撫でおろすことが出来た。






翌日、私は早速ターゲットとの接触を試みた。


彼女は図書館に居た。授業は始まっておらず、人気は無い。

必須科目は学年によって決まってる。けど、それ以外は選択科目。

昨日の説明では一週間のオリエンテーション期間の内に選択する科目を決めなければいけないそうだ。私も悪魔学と魔法陣学はとるつもりだが、それ以外の科目は決めかねている。彼女もどの科目を選択しようか考えていたのだろう。


「ここ、良いかな」

「他の席が空いてますけど」


勇気を振り絞って声をかけてみたら、丁寧だが冷たい口調で返された。

今すぐ回れ右をしたくなったが、彼女のためだと自分に言い聞かせつつ図々しくも正面に座った。


「えっと、フランさんよね」

「お貴族様が平民のあたしに何か用ですか?」


うう、反応が刺々しい。


「同じ女性なのに奨学金をとったって聞いて凄いなって思って。話してみたかったの」


秘儀、褒め殺し戦法。ちょっとわざとらしすぎるだろうか。


「あのテストで好成績を収めたってことでしょ? 私、語学の問題ができなくって。新リュート派の散文的呪文詩とかってやつ」

「ああ、あれ? 知ってるワルリス語を適当に並べたのが良かったみたい」

「そーなの?!」


びっくりして思わず聞き返す。


「散文ってことは韻を踏まないってことでしょ。新リュート派が何だか知らないけど、リュートって古代のサルバラード辺りで活躍した人物で、教訓的な例え話が得意だったって言う」

「ああ、イソップ物語的なやつ」

「イソップ? が何かはわからないけど、リュートの物語みたいに変に凝らずにわかりやすくストレートに書けってことだと解釈した」 

「でも呪文詩ってあったじゃない? あれは?」

「精霊への指示が呪文になるんでしょ? 精霊に何をお願いするかがはっきりさせた文なら、大抵呪文詩になるよ」


そんな簡単なことだったんだ、と口から魂が抜ける思いだった。私が思考放棄しただけで、出題者としてはボーナス問題のつもりだったのかもしれない。

でも、待てよ。


「フランさん、ワルリス語の読み書きができるの?」


この国の識字率は低い。平民は読み書きできるだけでも大したものなのだ。なのにこの子は外国語も身につけている。


「そんなに難しくないよ。使ってる文字は一緒だし、地続きだから発音や語彙も似てる。綴りとかはお客さんに教えてもらったんだ。うち、商売やってるから外国の人もよく来るんだよね」


言ってフランさんはしまったと言う顔をした。

何故だろう? ああ、そうか。貴族は商売が賤しいって感覚だもんね。気にしなくて良いのに、と私は笑顔を作る。


「実は私もちょっと前までは製品作って販売してたんだ。因みにご実家は何を取り扱ってるの?」

「主に調香師が作った香水を仕入れて売ってる」

「香水!?」


私は現世で女子高生だった。校則もあり、制汗剤くらいは使ったけど香水は使ったこと無い。私の中では大人の女性の象徴で未知の世界だ。


「フランさんも詳しいの?」

「正直、あたし鼻は利かないから良し悪しとかあんまりわかんないんだよね。でも職人さんたちの話を聞くの楽しいし。商品説明なら全部頭に入ってるよ」

「へぇ! 恰好良いなぁ」


シエンナは原料になる香油がたくさんの花からほんの少ししか取れないこと、ワルリスで花栽培が盛んなこと、他にも蒸留に使う器具や変わった香料のことを楽しそうに話してくれた。


「ご実家が本当に好きなんだね」


孤児院で育ったと聞いたが、空白の時間を感じさせないくらい、家業を誇りに思う気持ちが伝わって来た。


「お家はあなたが継ぐの?」


話のついでにそう問いかけると、シエンナは時が止まったかのように呆然とした。


「あれ? 私、変なこと言った?」

「ううん。いや、どうなのかな。そんなこと聞かれたことなかったからびっくりしたって言うか」

「そうなの? でも、入学したのそのためじゃないの?」

「……」


国一番の学園に行ったのは実家を継ぐのに必要な知識を身に着ける為なのだろう。当てずっぽうで言ったら黙りこんでしまったので、大変な勘違いをしたのでは、と焦る。


「ごめん、違った?」

「ううん。その通りだよ。

あたし、実は生まれてから暫く孤児院に居たんだけど、血のつながったじいちゃんとばあちゃんに引き取られて。店で働いている調香師さんたちも出入りの業者もお客さんもみんな親切にしてくれたんだ。あたし、そんなみんなのこと大好きで、少しでも役に立ちたくて」


アレクサンドラ様から彼女の生い立ちは聞いてるけど、本人の言葉は実感が籠っていた。きっと辛かったはずなのに、今手にあるものの価値を理解し、感謝しているのがわかる。


「ほら、この学校、貴族の子女が多いでしょ? 顧客を増やして家の商品を売り込んでついでに良い婿見つけてやるってやるって意気込んでたんだけど……」


さっきまで明るかった彼女の声が沈んでいく。


「貴族の令嬢ってあたしたちと別の生き物みたい。声をかけても平民には目もくれず、男の品定めしてる。おまけにニキビが移るとか聞こえよがしに悪口言われて」

「酷い!」


移るわけないじゃん。ニキビって病気じゃないんだし。


「色々あってちょっといら立ってたんだ。態度悪かったよね。ごめんね」

「私こそ、そんなこと知らず、ごめん」


彼女を悪く言った女の子たちのことを批判できない。私も彼女と話す前は見た目で勝手に決めつけていた。


「あたしだってニキビは気をつけてるんだけどなぁ。日に三回は石鹸で洗ってるんだけど」

「洗い過ぎは良くないらしいよ。必要な油分までなくなっちゃうと、肌が補おうとして逆に油を出そうとするんだって」


その他にも油っこいものや甘いものを控えること、ちゃんと睡眠時間を確保して規則正しい生活を送ることなどを伝えた。シエンナに博識だねと感心されたが、真実かどうかは知らない。テレビやネットの受け売りである。


「あなたって貴族らしくないね。もっと親しみやすい感じ。あ、勿論いい意味で」

「言い忘れてたけど私、貴族じゃないよ」

「え? でも入学式の時、王族方の席から来たし」


やっぱり他の人にも目撃されてたのか。


「前は貴族だったんだ。その時に仲良くさせてもらってたの」

「どう言うこと?」


雑に誤魔化そうとしたら今世紀最大の謎を解くような難しい顔をされた。

うん、こんな説明じゃ誰も納得できない。

大きな声で言うことではないが、いずれ他人の口から聞くことになるだろう。私は正直に答えることにした。


「父親が罪を犯して、私も罰を受けて身分を剥奪されたんだ。今は他の家の養子になってる」


自分で言っておきながら何て事故物件だ、と思った。他の子たちが遠巻きにするはずだ。少なくとも私だったら関わり合いになりたくない。


「苦労してるんだ」

「そうでもないよ。養子先の人が良い人たちでね、血のつながった父親より良くしてくれるんだ。だから早く自立して恩返ししたくて。フランさんの気持ち、少しはわかるんだ」

「自立、か。あなた……えっと」

「リズベスって言うの。よろしくね」

「あ、うん、よろしく。リズベスは他の子たちみたいに結婚相手を探そうとは思わないの?」


うーん、私、今の人狼刑のままだと結婚できないのだが、そこまで言う必要は無いか。


「男の人を支えて家庭を守る。それも立派なことだと思うけど……。面白くないじゃん。女に生まれたら、誰かに寄りかかって生きる道しか無いの?

私だって何かしてみたい。自分の足で立ちたい」


今のカナンに、女が進む道は一つしかない。その道を否定する訳じゃないけど、私が選びたい道ではない。


「なーんて格好つけても、方法はまだわからないんだけどね」


照れ臭くなってはにかんでみせても、彼女は暫く黙っていたが。


「シエンナで良いよ」

「へ?」

「あたしも男に頼りたくないんだ。家業はあたしが継ぎたいと思ってる」


握手のために手が差し出された。


「一緒に頑張ろうね、リズベス」

更新頑張るとか言いながら遅筆ですいません。


前に書いた作品を蔵出ししています。


「戦争以外でこの国を救ってみせます!」


こちらは毎日更新ですので、自宅待機の助けになれば幸いです。

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