エジソンでないから発明できない
宗教の勧誘に来る人も鼻で笑うような口説き文句から数時間後。
「この子を我が家で預からせてほしいんです」
私は少年の家にいた。対峙しているのは彼の母親。やっぱり親御さんに無断で行くのは良くない。今のままでは家出だし、このまま連れ帰ったらただの誘拐だ。どちらもお家の方が心配するだろう。
「この子には才能があります。私の欲している、氷魔法の使い手になる可能性を秘めた原石です。
しかし、このままここにいれば、日常生活を送ることも難しい。
労働者階級の方の中には、この年で奉公に出る子もいると聞きます。私の研究を手伝ってくださればお給金はお支払いしますし、彼が望めばお宅にお返しします。せめて、魔力の制御を学ぶ間だけでも、預からせていただけませんか? 早い人間ならば、二、三ヶ月ほどで取得するでしょう」
馬車の中で少年と煮詰めた条件を提示していく。
「急な話で戸惑うこともおありでしょう。何か疑問や問題はありますか?」
水を向けると彼女は「では」と前置きして、思いもよらぬことを言い出した。
「仰る話が良すぎて、逆に不安になります」
思わず「……は?」と言ってしまったが、相手の立場になれば言うことは一理ある。
「確かに私は小娘ですし、信用が無いのはわかります。領主の娘と言っても私自身が権利を持っているわけでもないし、無責任にも聞こえるでしょう。しかし……」
「そう言うことではないのです」
彼女は首を振った。
「あなたが譲歩してくださっているのはわかります。自分の研究にうちの子を使いたいといった。でもそれは、本当に?」
使役されることに、ないがしろにされることに慣れた平民の女性の肩は痩せ、小刻みに震えていた。
「その研究とやらが危険でない保障はありますか? 隣国では孤児を引き取り、戦争に使ったと聞きます。ジェシーは優しい子です。人を傷つけさせるなんて、させたくありません。だから……」
わが子を守ろうとする彼女を見て、この人はお母さんなのだと思った。
他人から見て異物だろうが厄介者だろうが、この人にとっては自分の子どもで。
どんなに不幸になろうとも、どんなに代償を払おうと、愛している気持ちは変わらない。そんな人だから、この子だって母親のために悲しい決断したのだ。
どんな理由であれ、親から愛する我が子を引き離そうだなんて間違ってる。でもこのままではどちらも不幸になってしまう、と非情なことも思う。
私がどうしたら良いのか戸惑っていると。
「母さん、俺、こいつと行くよ」
少年が口を開いた。
「正直、貴族なんて俺たちを苦しめるだけで、信用できないし関わりたくない。でもこいつ、変だ」
二度目の、は?が口から漏れる。フォローが変だって何だ。視線で咎めると少年は気まずそうな顔をした。
「なんか、上手く言えないけど、俺は今日、孤児院に行ってたわけだから、そのまま、屋敷に連れ帰る、そう言う事もできたんだ。でも、しなかった。わざわざ母さんの許可をもらいに来た。ここに来る間も、母さんが安心するように言う台詞を考えて練習してたんだぜ。すげー必死なんだ。それだけはわかる。
自分でも単純だと思うけど、利用されてやっても良いかなって思う。
だって俺、こんなに誰かに必要とされたのって初めてなんだ」
悲しいな、と思う。感情に応じて周囲に影響があるのは、力の強い魔術師である証拠。こんなにも才能があって、誰からも求められる未来だって思い描けるのに、彼が平民と言うだけで道は閉ざされ、差別の対象になる。
「それにこいつの言う、ホレーザイ?レーゾーコ?が完成したら、肉を保存しておけるらしいんだ。村の若い衆が狩りでとった肉は、塩漬けにしたってすぐに悪くなる。俺、母さんに毎日肉を食わせてやりたいんだ」
純粋な願いに胸が打たれた。
お互いがお互いを思いあう家族と言うもの。
私はもう自分の母に何かをしてあげることはできない。だから余計に、この子にもこの子の母親にも、力になりたいのかもしれない。
「決して人を傷つけることに、息子さんの力を利用しません。お約束します。
私には大した力もないですが、それでも力の及ぶ限り息子さんを守ります。だからお願いです、息子さんをお預かりする許可をいただけませんか?」
深く頭を下げると、二人は目を見張った。
「あんた、腰が低いな。本当にあの雷親父の娘なのか?」
「ちょっと、屋敷でお父様をそんな風に呼んだら黒こげよ」
しつこい説得に、彼の母親はか細い声で折れた。
眩い日差しがあちこちに降り注ぎ、木陰の色が濃くなる庭園の真ん中で、私は手のひらを掲げた。
たちまち、夏には不似合いの冷気が辺りを満たす。
拳を作ると、途端に冷気は霧散した。
「魔力制御もだいぶ上手くできるようになったわね」
かけた声の先には例の少年、改め、ジェシーがいる。以前、かわいい名前ね、と言ったら途端に肌寒くなった。女の子みたいな名前で本人は嫌いらしい。
孤児院に行った日、ドキドキしながら屋敷に連れ帰ると、使用人たちに「大人しい顔して突拍子もないことを仕出かすお嬢様に戻った!」と手放しで喜ばれた。
解せぬ。
彼の同情を引く生い立ちに、人懐っこい人柄もあり、屋敷の者とはすぐに打ち解けた。
現在は魔力制御の練習をする傍ら、屋敷の雑用をこなしている。但し、礼儀正しい振る舞いができるまで父の目に触れさせないよう配置を考慮しているようだ。
ジェシーの訓練は、私が行っている。平民の彼のために新たな講師を雇うわけにもいかず。私は魔法教育を受けているわけだし、詳しい書籍もあるし、なんとかなるだろうという甘い考えだった。
まずはじめに、無意識に使っていた魔法を意識するところから始めた。
この意識すると言うのがなかなか厄介で、貴族子息たちは幼少期にマスターしているのだが、ある程度年齢のいっている彼には難しかったようだ。散々梃子摺ったが、取得してからの訓練はトントン拍子に進んでいる。
今は咄嗟の判断を養うために、平手の時に魔力を放出し、拳の時に止めるという訓練を行っている。
「そういやお嬢、手袋なんかしてたっけ」
「日に焼けるから。夏だしね」
紫外線はお肌の敵である。
「そういうもん? 気にしすぎじゃね?」
男の子らしく、女ってわけわかんねぇ、と言う顔をされた。
「午後は氷を作る練習をしましょう」
「え、もうできるけど」
「身体に触れている箇所はね。そうじゃなくて、少し離れた空間に作るの。徐々に距離を伸ばして、形も自分の思い描くものを作るようにしていく訓練よ」
「触ってなくてもモノを凍らせることができるようになるってわけか?」
「そうそう」
「それができるようになったら、もしかしてお嬢が前に本で見せてくれた氷盾や氷槍もできんのか?」
ジェシーは少年ならば誰もがそうであるように、英雄譚に出てくる武器や攻撃魔法に無邪気に憧れているらしい。
彼の母親には人を傷つけるようなことに利用しないとは言ったが、自衛のために最低限の魔法を学ぶ必要はあるかもしれない。
これだけ魔力があれば攫われることも有り得るし、この屋敷で暮らす以上、父の怒りに触れた時に身を守る術がないんじゃ、心許無さ過ぎる。
「いずれね」
ジェシーが魔力を自分で意識できるようになってすぐ、彼の母親を安心させるために一度家に帰した。その後も月に一度は顔を見せるように言ってある。健康状態も良く、ジェシー自身が楽しそうなのを見て、ようやく信頼が得られた。
もう少し魔法の制御ができるようになったら、彼の母親に説明して許可をもらおう。
「やべ、テンション上がってきた!」
嬉しそうに笑む白い歯が眩しい。
以前なら感情の起伏で寒くなることもあったが、ちゃんと制御できているのか、気温にも変化がない。
内心よしよしと頷いていると、ジェシーが話しかけてきた。
「で、肝心のホーレーザイの商品化の方はどうなの?」
あれだけ大口を叩き、自分も協力してやっているんだから、上手くいって当然。期待の眼差しに思わず後ずさる。
「だ、だ、大丈夫。きっと、必ず、絶対、上手くいく」
「あれ? なんかすっげー挙動不審。急速に不安になってきた」
着眼点は悪くないのだ、きっと。リサーチ(※自分調べ)したところ需要もあるし。
魔鉱石と魔方陣を組み合わせ利用する考えも間違ってないと思う。元の世界で言うところの、電池と電気回路みたいなもので、隣国では研究が進み汽車っぽいものの試作機ができているらしい。何より私には簡単に複写できると言う強みもあるし。
呪文と言う手もあるけど、誰もが使えないと保冷剤にする意味ない。氷魔術師を一人雇えばいいじゃん、という発想になる。
解決すべき課題は三つ。
まずはコスト。魔力を溜めておける魔鉱石は、カナン王国では産出されず、隣国からの輸入に頼ることになり、屑石でも高い。冷蔵庫は専門的な知識が要りそうだし、まずは保冷剤の開発をと思ったが、保冷剤の方が一緒に入れる菓子より高いんじゃ話にならない。
そして、発動までのタイムラグ。陣というのは書いた時点に発動し、最も効力が大きい。使用期限が短く、使いたいときに使えないんじゃ困ってしまう。
最後に安定。術者の感情や力量に左右される呪文でなく、
だいたい同じ効果を発揮する魔法陣に着目したのは良い。しかし、力が強過ぎて作業台を凍らせたことも一度や二度ではないし、時間によって波があり、効果も長く続かない。程よい冷たさを蓄え、一定時間発し続けなければならない。
ジェシーの方はゆっくりながら確実に進んでいるのに、私のほうはまだ商品化の形も見えないなんて。
物語の主人公ならば、こんなことに躓いたりしないのに。現実はとんとん拍子に上手くいかない。
天才は、1%のひらめきと99%の努力。発明王のエジソンは、1%のひらめきがなければ99%の努力は無駄になると言いたかったらしいけど。
凡人にはひらめきが無い。オリジナルを一から作ることができないなら、今まである陣を必要な効果が得られるよう修正している。
今、圧倒的に必要なのは知識。屋敷の目ぼしい本は読みつくしたし、書店を探させてはいるが、自国で研究が進んでない魔方陣の専門書なんてそうそう御目にかかれない。先の三つの問題を解決する術が、どこかに転がっていると良いのだが……。
相変わらず蝸牛の歩みですいません。
年度末、年度始に向けてしばらく忙しくなりそう、とまた言い訳を述べてみる。
安定して更新できる方を尊敬します。マジで。