言外の言葉が通じない
「そう言うわけで、父フォーサイス公爵と婚約者の王太子は贖罪を兼ねて我が家の庭の造園を行っているわ。暫く王都に戻って来ないみたい。二人とも視界が鳥並の戦闘狂だけど土木工事くらいは楽勝だもの」
奴ら何がしたかったのかしら、あたしの断罪じゃなかったのかしら、とアレクサンドラ様はこてんと首を傾げた。
「それはとんだ災難でしたね。
肋骨が折れていればさぞかし痛いのでは? 癒術とか使ってもらえないんですか?」
私が胡曼藤草を口にしてベッドの住人になってた時、王宮から派遣された殿下の侍医だとか言う人が術を使ってくれた。身体に働きかけ、本来持っている治癒能力を高めるらしい。多用し過ぎは生命力を削ることになるので厳禁だが、痛みを遠ざける麻酔のような術もある。おかげで息をするのがだいぶ楽になった。
「応急処置程度は父がやったわ。
王宮に帰ってから治療は皆無ね。宮廷魔術師たちに通達が出てるの。あたしへの癒術は使用禁止ですって」
「そんな! 痛みを長引かせるなんて拷問と同じじゃないですか! 誰が命じたのです!?」
「……誰でしょうね」
驚きに声を荒げる私に、彼女は何か言いたげな顔をしている。
「まあ、罰の一種でしょう。そいつにも言われたわ。
『貴方が手配した胡曼藤草は臓腑が焼けるような猛毒だそうですよ。それに比べたらあばらの一、二本何だと言うのです?』って」
「酷い。誰がそんなことを」
「誰でしょね」
彼女はどこか遠くを見ていた。
「私、殿下にお願いして治癒魔法を受けさせてもらえるようにします!」
拳をぐっと握る。
被害を受けた本人が良いと言ってるんだ、優しい殿下にお願いすればきっと状況が改善するに違いない。
「ありがと。ま、無駄だと思うけど」
彼女の顔には諦観が浮かんでいた。
「寧ろ、あの粘着質の第二王子の復讐がこれくらいで済んでいることを喜ぶべきね」
「誰の事言ってるんですか? 殿下はすっごく親切ですよ」
「特定の方向にはね! それ以外の方面は平気で切り捨てるけどね!」
「そんなことありませんよ~」
犯人扱いされたからか、アレクサンドラ様に誤解があるようだ。
確かにあの時の殿下は犯人を追い詰める名探偵みたいで格好良いけどちょっと怖かった。でも本質は弱い立場を思いやれる優しい人だ。
「だいたい御手間をとらせましたが殿下に害があったわけじゃないし」
「それはそうだけど。
知ってる? 東方にいる竜なる生き物は他の全ての鱗を触っても怒らないけど、逆に生えてる鱗を触ると激昂して触った人間を襲うそうよ」
「今回の件が“逆鱗に触れた”ってことですか? 考えられません。
あ、そっか、侯爵を陥れるためとは言え、お兄様をターゲットにしたことは殿下にとって許せないことだったかもしれませんね」
「どうして共通認識が形成できないのかしら。知能に欠陥は無かったはずだけど。水準より上のはずなんだけど」
アレクサンドラ様は頭を抱えていたが、やがて、ぱん、と手を打った。
「まず誤解を解くところから始めましょう。
第二王子があたしを許したのは慈悲じゃないのよ。あたしにやらせたいことがあるからなの」
「やらせたいこと?」
「決まってるじゃない、恩赦よ。
あなたねぇ、自分が人狼刑受けてるって忘れてない?
裁判で確定した刑を取り消すのは、恩赦しか無いでしょうが」
恩赦は遥か昔でも、現世の日本でも行われている。
冤罪が疑われる場合、犯罪者の動機や生い立ちに同情できる場合、前の暴君が理不尽な罰を下した場合、刑罰を軽減させたり、消滅させたりする。
「王の慈悲を示す良い機会なのよね。
だからって頻発しても有難味が失せるし、真面目に生きている人間が馬鹿らしくなってしまう。それで、慶弔と言ったイベントに託つけて行うの。
さて、問題です。この先、一番近い慶事は何?」
私は頭をひねる。確か現代日本では天皇の……。
「王太子殿下のご即位ですか?」
「馬鹿ね。陛下はご健在、譲位なんてだいぶ先でしょうが。
結婚よ。何事も無ければ、ルイス様が学園を卒業後、あたしと結婚する」
ピンと来なかった。
前世の私と同じか、少し年上の人間が、大人たちに定められた結婚を語るからか。
或いは、その可能性を排除していたからか。
学園には今年、ヒロインが入学する。
シナリオでは王太子とヒロインが結ばれる。なのに、王太子とアレクサンドラ様が結ばれる結末を決定事項のように語る。
でもそうか、結婚か。
何があったのか知らないけど、ゲームと違って王太子もアレクサンドラ様を気にかけてるみたいだし。このまま行けば、一年後に国を挙げての盛大な式が行われるだろう。
「あたしを消したら次の王妃候補が選定されるまでにどれだけかかるか。
加えて、王族の場合は婚約公示期間も長い。最低3年弱と言ったところかしら。その間、あなたを日陰者にしておくのが嫌なんでしょう。抑止力が無いから命を狙われる恐れもあるし」
つい最近毒を盛られた身の上だが、全然そんなこと思いもつかなかった。
殿下はちゃんと考えてくれてたのか。やっぱり優しい人だ。
「ただし、式が終わったら、何をされるか……。
せいぜい利用価値を高めて、捨てるのが惜しいくらいに思わせないと。そのために奴の弱点を懐柔するのが一番ね」
小声でぼそぼそ呟いているが、何を言っているのか聞き取れない。
「? ええっと?」
アレクサンドラ様は天使もかくやという可憐な笑みを浮かべる。
「つまり、仲良くしてくれると嬉しいわ」
「本当ですか!? そんな風に言ってもらえるなんて! 私もアレクサンドラ様と仲良くしたいです!」
「何かしらこの罪悪感」
アレクサンドラ様は釈然としない顔で胃を押さえた。
「というかあなたねぇ、あたしにされたこと忘れたの? よく平気な顔してられるわね」
「もう済んだことですし」
毒で苦しんだのは確かに辛かったけど、もう終わったことだ。
喉元過ぎれば何とやらで、元凶に仕返ししたいとか、自分が辛かったことを他人に味わってほしいとか全然思えない。
一連の騒動は、転生特典で調子にのった私に対する天罰だと心のどこかで納得しているからかもしれない。
「あなたちょっとお人よし過ぎない? 恨まれてもしょうがないことをしたと思ってるわ」
「それは、恨みに思う気持ちが無いと言うと嘘になります。あんな父でも、私にとっては数少ない家族でした」
なんて言ったって親だ。いつか和解できるなんて子供じみた幻想を諦めきれなかった。
そう願うのは今の私の、と言うより以前のリズベスの残滓なのかもしれない。
「ですが父は自業自得です」
身の丈に合わないものを、強引な手段で求めた。強欲な男がその付けを払った。
「領民たちは今、お義父様の下で以前より良い暮らしをしているようですし」
かつてリーパーに言われたが、領民のことを思えばさっさと無能な領主を切り捨てるべきだ。賢王と名高い陛下が後任を人選してくださるならば間違いは無いだろうし。
それが出来なかったのは私が親子の情を捨てきれなかったからだ。
「みんな幸せになれたんです。だから、これで良かったんです」
自分に言い聞かせるように言ったのが悪かったのか。
「あなたを除いてね」
見ていられないと言うようにアレクサンドラ様は奥歯を噛む。
「え? 私は幸せですよ。新しい家族も出来ました」
「何へらへら笑ってるのよ。毒であんなに青い顔をしていたのに。人狼刑だって受けたのよ? 後ろ指さされるし結婚も出来ない。これからどんな目に……」
「アレクサンドラ様には事情がおありになったのでしょう? 大切なものを護ろうと言う気持ちはわかります。
私はあなたを利用しますから、お互い様です」
これからカナンは激動の時代を迎える。その時、王室が、殿下がどうなるかわからない。
私の知識をそのまま適用しようとしても反発が凄いだろう。何しろ前世の世界が何十年、何百年もかけてようやく勝ち取った民主主義だ。
バランスをとるには保守派の筆頭であるこの人の力が必要だ。
アレクサンドラ様は額を押さえていたが、唐突にこう言った。
「その鏡台の前に立ちなさい」
「……? はい」
「そこに真に優しい人間が映っているわ」
言われた通り鏡の前に立って首を傾げる。
この鏡は何かの魔法なのだろうか。それともアレクサンドラ様の発言は貴族的な婉曲や比喩だろうか。
鏡には私しか映っていなかった。




