掘り出し物がないこともない
愛用PCの寿命が来て更新もままならない作者。
修理に出すも、サポートを終了しているので業者に断られる。
手を尽くして調べるも、素人には解決策が見つからず、遂に禁断の“自力でハードディスク交換”に手を出した!
しかしその代償は大きく、書き溜めていたデータどころか書くためのソフトが消えると言う衝撃の結末を迎え……。
果たして妹との約束、「誕生日までに完結」は守られるのか?! そもそも次話投稿の目処は!?
次回、『亀更新ならぬ蝸牛更新!?』
お楽しみに!
夏色に色づく街並みを、馬車に揺られながら眺めている。
今日は、孤児院を慰問する予定だ。体調の良い日は母が行っていたらしいが、ここ数年は行っていない。
勉強の合間にこうして少しずつ、経済的な弱者への支援を行っている。
支援と言ったって、侯爵令嬢のお小遣い程度、元は領民たちの限りのある税金だ。領自体の収入、それもわずかばかりのお金を回しているに過ぎず、領全体が豊かになっているわけではない。領内の主な産業は他の領と変わりなく、小麦が主体の農業。せっかく地理的に王都に近いのだから、特産品でもあれば良いのだが。
「お嬢様、この辺に珍しい菓子を出す喫茶店ができたそうですよ」
向かいに座る年配の待女が声をかける。今日は身の回りの世話兼話し相手としてきているが、元は母に仕えていた女性なので、わからないことを聞くつもりで連れてきた。
「寄って行きませんか?」
「でも、お母様の喪中だし……」
すると彼女は眉をしかめた。
「平民の私にお貴族様のしきたりはわかりかねますけどね、その“喪”ってのは誰のためのものなんですか?」
「え?」
「世間の目とやらを気にして、いつまで悲しんでいる振りをしなきゃいけないんですか? 一ヵ月後? 一年後? それとも、もっと先?
その間、ずっと楽しいことを遠ざけ、閉じこもっているんですか?
お嬢様が奥様を亡くされてちゃんと悲しんでいたことを、私は知っています。それに天国にいる奥様だって、お嬢様が笑顔でいることを咎めたりしませんよ」
そう言った彼女の顔を見てようやく、心配をかけていたのだと気づいた。
確かに母が亡くなった後の私は茫然自失だったし、その後も父をなんとかしようとして物思いに沈んでいることが多く、外出もせずに家に篭りがちだった。
私はおずおずと笑みを浮かべる。
「そうね。少しくらい、羽を伸ばしたって、お母様は気を悪くしないわよね」
「ええ!」
弾むような声で、早速彼女は御者に指示を出した。
店はホテルのような外観で、黒い給仕姿の女性が出迎えた。
テーマカラーなのか壁や絨毯は赤で統一され、金のロゴが入っている。壁には絵画、天井にはシャンデリア。客の身なりも立派で、この街の富豪や有力者がいる。
「儲かっているんですね」
侍女の本音に思わず噴出しそうになるのを堪え、顔見知りに会釈をする。
ピアノの椅子のような黒い背もたれにかけ待っていると、大理石の天板のテーブルに配布されたのはチョコレートケーキだった。
口当たりも悪く、苦味を抑えるための砂糖も多すぎて記憶にあるものとは程遠いが、懐かしい味がする。
「こんなもの初めて食べました。皆に話したら、きっと羨ましがります」
ちゃっかり同伴に預かった侍女がほくほく顔で感想を漏らす。
そうだ、これから行く孤児院に、ついでに心配かけた使用人たちにも、お土産に持っていこう。
多少値は張るだろうが、それで笑顔になってくれるなら安いものだ。
「ちょっと良いかしら」
会計して店を出る際に給仕を呼び止め、土産を包むようにお願いすると、思わぬ返事が返ってきた。
「失礼ですが、お嬢様、お連れの方は氷魔法をお使いになられますか?」
「いいえ、使えないけど」
「大変申し訳ありませんが、当店では夏場の持ち帰りをお断りしております。このお菓子は熱に弱いのです。炎天下では氷もすぐに溶けてしまいますので」
「え、でも……」
言おうとして気づいた。
保冷剤が無いのだ。
科学技術がお粗末なこの世界で、保冷剤に値する薬剤や、冷蔵庫に使う冷媒が発見されてないのは予想できる。変わりに魔術を使えば良いのだが、魔術を使えることは特権階級にとって一種のステータス。魔術は戦うための力であり、プライドの高い貴族が金儲けに結びつけることは、死んでもしない。
日常生活への魔術の応用は、平民への義務教育が始まっている隣国に二歩も三歩も遅れている。
ならば、そこに商機はある?
隣国が進んでいると言っても、たかだか十余年。
冷たいものが食べたかったら、氷魔法が使える料理人を雇えば良い。そう言う貴族的な発想だった今までは必要なかった技術だ。
これからどんどん平民向けの商売、つまり、大量の消費者を相手にする店舗主体の商売が始まっていく。ケーキ屋もできるし、屋台でアイスクリームを出すこともあるだろう。
保冷剤は需要がある。
冷却保存できる食糧庫のようなものは我が家にもあるが、それを持ち運びができるほど小型化したものは見たことがない。
これはいけるかも知れない。
一応使用人たちに確認して、流通してないか確認したら直ぐに開発に取りかかろう。まずは既存の設備を調べて、小型化の検討、他の技術も参考に、ああ、でもコストは……。
何より開発するには氷魔法がいる。私は使えないし、父は雷系に特化。殿下が初級呪文を使えると聞いたことがあるが、殿下に協力してもらうなんて恐れ多すぎる。使用人は平民で魔法教育を受けて無い。
となると、知り合いの貴族をあたるか技術者を呼ぶかだが、人件費にお金がかかりそうだし、開発前に他に情報が漏れる可能性もあるから外部を頼るのは慎重に……。
「お嬢様、お嬢様」
気づけば、侍女が心配そうに顔を覗き込んでいる。
「もう着きましたよ。急に黙られてどうしました?」
思考にふけっている間に、目的の孤児院に到着したらしい。
お礼を言って馬車を降りると、何やら言い争う声が聞こえてきた。
「何で駄目なんだよ!」
興味本位で近づくと、孤児院の門をくぐろうとする少年の前にシスターが立ちふさがっている。
珍しい光景だ。
孤児院は大抵、子供を養えなくなった親が連れて来るか、親を亡くした子供を大人たちが送り込む。人手も物資も愛情も足りているとは言えない孤児院に子供から来るなんて。
「だってあなたは親がいるんでしょ」
「母さんの傍にはいられない! 森で獣を仕留めても、家だけもらえる肉が少ない。水汲みも洗濯の順番も最後で、家の修理もいつも後回しだ。あの男とも別れた。俺のせいで! 俺がいるせいで!」
今の私と同じくらいの年なのに、なんて胸が痛くなる叫びなのだろう。
思わず身震いした。でもこれは気持ちの問題だけじゃない。夏だからと剥き出しにした腕に鳥肌が立っている。
「あっ」
少年の足元が季節はずれに凍っている。シスターも一歩後ずさった。
「またやっちまった」
そこでようやく、彼の抱えている問題に合点がいった。
魔法使いは貴族が多いと言うだけで、同じ人間なのだから平民にもいる。中には力の強い魔法使いが生まれることもある。しかしその多くは、基本的な魔法教育を受けられず、自分の力を制御できない。
そんな異物が、村と言う狭い共同体の中でどう扱われるかなんて容易く想像できる。
「あなた、氷使いね」
私の声に、少年はゆっくりと振り返る。
春の水面を思わせる鮮やかなスカイブルーの瞳は、憤りのない悲しみに歪んでいる。
「ああ、そうだよ。腹が立ったり感情が高ぶると、周りが凍るんだ。
母さんは浮気を疑われ、あの男とも別れた。村でも肩身の狭い思いをしている。俺がいなければそんな思いしなくていいんだ。こんな力なんていらない!」
「馬鹿なこと言わないで。その力はこれからこの領の、やがてはあなたのお母様の力になる」
広がる氷にも怯まず、侍女の制止も聞かず、少年の冷たい肩に触れる。
「私のところに来なさい。私にはあなたが必要なの」
だいぶ遅くなりましたが、某歌舞伎俳優が、奥様が亡くなった後に夢の国に子供を連れて行き、非難されたニュースを見て。
確かに非常識っちゃ非常識だけど、看病でどこにも行けなかった子供を元気付けたい気持ちはわかる。
子供たちの気持ちより世間の目って大事なのかな、そんならいつまで閉じこもって悲しんでいれば良いのかな、て言うか悲しみは本人のものだから、外野は黙ってそっとしといてやれよ、と思って書いた話。
私もいつまでも亡きデータのことで悲しんではいられませんね!←同列で語るな