お菓子の家 11
めっちゃギリギリ
「実は私、独立して店を持とうと思っているんです」
「そーなと? ばってん、次ん店長は……」
「前にも言ったようにオーナーの跡を継ぐのは荷が重すぎますので」
「あーね(なるほど)」
「それで、店舗の目星をつけたのは良いのですが、どういう外装にしようか困っていまして。よろしければ、力を貸してくれませんか?」
広げた紙には現在の建物の様子が描かれている。街中にしては建物はやや低く、壁は煤けている。中にはだいぶ手を入れたが、見た目は元のパン屋の形のままだ。
「建物ん外装なん、やったこつなか」
「私もです。細かいところはプロにお任せするつもりですが……」
当初はプロに丸投げしようとした。しかし『奇抜である必要は無いがある程度目立たせたい』と伝えたら、そんなあやふやな注文じゃ受けられないと言われてしまった。
外装は門外漢と言った割には、アサミは絵を見ながらじっと考え込む。
「ケーキなら、材料はどげんか、層にしゅるんか、クリームば入れるんかっちこつも考えなかっちいかん。外ん飾りだけやなくて中身も大事ね。ウェーバーはどげん店ば作りたかと?」
色をどうするとか、どんな飾りをつけるか、そんな外面のことではない。原点、指針、コンセプト。アサミが問いかけているのはたぶんそう言うことだ。
「今、店で販売している菓子は宮廷のお茶会で使われても遜色無いような、貴族や、平民でも裕福な層向けのものです。
でもケーキを食べるのは上流階級ばかりではないはずです。だって人参のケーキなら普通の家庭でも食べますよね? そんな人たちにも美味しいケーキを提供したいのです」
価格は抑えて、家で作るよりはやや高め。客は選ばない。誰もが気軽に入れる店にしたい。たくさんのケーキを宝石のようにガラスの箱に陳列して、客が自由に選べるようにする。
話し出すと、アイデアが次から次へ溢れてくる。今まで誰にも伝えなかっただけで、自分の心にこんな熱い思いを秘めていたのだと、自分にびっくりした。
話し終えると、アサミは筆を手にとった。
「お菓子ん家はどげん?」
「お菓子の家、ですか?」
アサミは『へんぜるとぐれーてる』と言う物語を教えてくれた。要約すると、食べ物が無くなり、二人の兄妹が両親に森へ捨てられる。森をさ迷う二人の前に、一軒の家が現れる。それはなんとお菓子でできていた。二人は夢中になって食べていると、家の中から老婆が出てきた。実はそれは人食いの魔女で、兄妹は囚われてしまうのだが……。
ウェーバーは話を聞きながら奇妙に思った。聞いたことないが、どこの話だろう。
口減らしに子供を捨てることは、一昔前のカナンでもあった。しかし、魔法使いが森と言う阻害された空間に住んでいると言う設定は違和感がある。
だいたいカナンにおいて、魔法使いと言うのは国防を担う身近な存在。貴族は凡そ魔法使いだし、魔法教育を受けていない平民にしてみれば憧れですらある。
舞台となった国は余程魔法使いが少ない国なのか、迫害されていた遥か昔の話なのか。
大した教育も受けられない孤児院で育ったという彼女がそんな話を知っているのも変だ。
しかしアサミの筆は聞いたことも、勿論見たこともない家を描いていく。壁はケーキ、窓は氷砂糖、戸はクッキーで……。
お腹一杯お菓子を食べられたら。そんな場所に住めたら。子どもなら誰でも一度は夢見るだろう。人食い魔女が罠にするのもわかる。
「二人は親に捨てられっち、どげん心細かったちゃろう。森ば迷っち、どげんひもじかったちゃろう。
そげん二人は、お菓子ん家ば目にしてなんば思ったちゃろう」
きっと心が躍ったはずだ。寂しさも悲しさも暫し忘れて。
「うちはお菓子ん家を作りたか。そげんお菓子ば作りたか。そー思ったんね」
「……お菓子の家ですか」
――美味しいお菓子を食べたら幸せになれる。ウェーバーのお店はたくさんの人を幸せにすることができるわね
そんな御伽噺みたいな話には、お菓子の家という御伽噺が似合うのではないだろうか。
「そのアイデア、いただいてよろしいですか?」
「良かよ。……ばってん」
太陽が雲に隠れるように彼女の表情が翳る。
「うちも、そげん店で働きたかね」
「アサミ。いつか店ができたら」
膝をつき、彼女の手をとる。プロポーズのように大げさだが、それくらいの意味があることだ。
「私の店で菓子を作ってくれませんか」
アサミは何も言わなかった。目をまん丸にし溢れる思いに、一言も発せないようだった。ただ、彼女は力強く、何度も頷いたのだった。




