お菓子の家 4
作者は方言広め隊の隊員です。(隊員数は一名です)
博多に旅行に行った時に「博多弁良くね」となったので登場させました。一応、大吉華丸さんの本やネットで勉強してますが、変なところは訂正お願いします。(特に博多出身の方、遠慮なく突っ込んでください)
「ウェーバー、そこん粉ばふるって」
卵をかき混ぜてた赤髪の少女が泡だて器を片手に振り替える。
「はい、ただいま」
腕まくりしたウェーバーは秤の上の粉を篩に移し替える。
あれ以来、オーナーの口添えもあって時間を見つけてはちょくちょく少女の元に顔を出している。
少女は、アサミと名乗った。
何故かは知らないが懐かれたらしい。正直、泣かせたのでもう会いたくないと言われても不思議ではない。年頃の娘はわからない。
「手際良かね」
気づけば、泡だて器を混ぜながらではあるが粉をふるっている姿をじっと見られていた。
「お褒めに預かり光栄です」
菓子作りは一通りできる。元々器用なのもあるが、練習をした。店を任せられたならその店のことを誰より知らなければならないと、前の店では菓子職人たちに変な顔をされながらも全ての行程をやらせてもらった。その経験もあり、時間や材料のロスを減らす改革に成功したのだ。
「今日はケーキですか?」
しかし、そのウェーバーから見ても彼女は一流だ。メレンゲは短時間で角が立つほど均一に泡立っている。そこに泡を潰さずに振るった粉を切るように混ぜるような手つきもなかなかのものだ。女が職に就くことを嫌厭されるこの国で、その技能をどこで身につけたのだろう。
「うん。後、クッキーも焼くばい。そこん人参、擦ってくるー?」
「了解です」
洗って皮を向いた真っ赤な円錐形の物体。今日の材料、人参である。因みに、この前はカボチャだった。
庶民の家庭では一般的に食べられる野菜だが、喫茶店では売らない。当然、富裕層向けのウェーバーが勤める店では扱われない。他に新鮮な果物やローストした黒い豆があるのに、わざわざ人参を用意させた。店で売れそうなものを避けている、そんな気がする。
「ウェーバーはこげんことしよって良かと?」
言われるまま擦った人参を清潔な布にくるみ、汁を絞っていると、そんなことをぽつんと聞かれた。
「何がです?」
「あん太ったおっしゃんに文句言われるんやなか?」
少女は赤い柳眉の間に醜い皺を寄せている。年頃の少女には不似合いの険しい顔だ。
「さあねぇ、オーナーには搾り取れって言われましたけど、何のことだか。ニンジンを絞れってことでしょうかね」
冗談めかして言ったが、少女の表情は暗いままだ。
「子どもが気にすることではありませんよ」
ウェーバーが頭を撫でるとようやく擽ったそうに眼を細めた。
「あんたお人よしたい」
「そうですか?」
ウェーバーは善人ではない。その証拠に、少女の足かせには触れもしない。本当の善人ならば真っ先に足かせを解き放ち、少女を自由にしただろう。
少女を解き放った場合の利益を天秤にかけ、様子見を選択している人間を決して善人と言うことはできない。
ケーキが焼き上がり、クッキーが焼けるのを待つ間、二人は出来上がったばかりのケーキを口にした。ほくほくの熱さはもちろんだが、柔らかい口触りに、砂糖を少なめにしたせいか人参本来の甘味が際立つ。
これは金を払う価値があるケーキだ。人参のケーキだと馬鹿にしていたが、売れるかもしれない。だが、家庭でも作れるものとなると、余程の付加価値が無ければ買おうとは思わない。そのためにはコストが高くつくが、たかが人参ケーキに金を出すか? となると、やはり低価格しかしそれでは……等と思案の袋小路に迷い込みながらウェーバーは自分で淹れたお茶を口にする。
「しけとー」
少女が落としたつぶやきに、店での失敗談を話しながら内心金勘定をしていたウェーバーはぎくりとした。
「気が利かなくてすいません。もう少し女性向けの話題にしましょう」
「あ、ちゃうちゃう。ウェーバーがしけとーやなか。ただ、二人でこげん食べきれんばい」
一流の菓子職人が困ったように寂しそうに眺めている作品。
ウェーバーが以前言った言葉は彼女の心に刺さるものがあったのかもしれない。このケーキはきっと食べた誰かを笑顔にすることができる。けれど二人の胃袋に収まらない分は、無為に捨てられる運命となるだろう。
「差し支えなければこのケーキ、家の従業員に食べさせたいので持って帰っても宜しいでしょうか?」
「ほんま? 嬉しかね」
人参の菓子を持って現れた自分に従業員たちの困惑した顔が思い浮かぶが、この少女が笑顔になるなら良いか、と思った。




