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お菓子の家 1

誰かにウェーバーさんを褒められた気がするので本編開始前に短編をば。

「ところで、ウェーバーはいつお店を持つの?」


彼女のトパーズの瞳には地味な自分が映っている。

今日は用事があって寄ったが、他人の心配ができる程度には元気そうだ。

処刑されると聞き、一時はどうなるかと思ったが、今はチェンバレン家の養子となり、厚遇されているらしい。


「だってレアード領のお祭りのときに数年後にって言ってたでしょ。そろそろじゃない?」


本店に呼び戻され、王都に戻ったばかりだと言うのに、少女は独立すると疑ってない。

以前、どんなに小さくても自分の城を持つタイプと言われた。

確かに、他人に自分乗るの船の舵取りを任せるなんて御免だ。他人なんて嵐になれば積み荷の如く真っ先に切り捨てる。自分の母親のように。


「準備ができたら、ですね」


だが、自分で舵を取るなら、選択もその結果の責任も全て負わなければならない。よく考え、慎重に動かなければならないのだ。


「もう準備なんて終わってるでしょ? ウェーバーのことだし」

「そうは言ってもお嬢様、商売と言うのは新参者には厳しい世界です。設備や従業員を揃えればそれで終わりではありません。すぐに似たものを出してくる店も出て来るでしょうし、同業者からの横やりで小麦や砂糖の供給を止められることも考えられます」


このお嬢様のビジネスモデルが成功しているのは侯爵家と言う権威ある組織をバックボーンに持っていたことだ。しかもどこにでもある紙とインクと廃棄物の魔鉱石の屑を使っていて、元手がタダに近く、利益を上げている。

同業者が今までいなかったと言うのもポイントだ。他者にノウハウが無いので類似品が出回るまでに時間が稼げる。

魔法陣製品の規制も始まり、可哀そうな孤児たちのための慈善活動と言われてはもう手だしできない。


「これでも少しずつ準備をしてはいますが」


今持っている支店長と言う肩書で材料を調達する独自の伝手を作りつつある。

既に出店する場所の目星もつけ、店舗を購入した。

大通りに面し、庶民層の住宅街に近く、立地も良い。元はパン屋だったので、調理器具もある。現在は二階を住居として使用しているが、レアード商会から冷却箱なる調理器具も揃え、着々と準備を整えつつある。


「実は一つだけ足りないものがあるのです」

「足りないもの?」

「菓子職人です」


ウェーバーは簡易的な教育しか受けていないものの貴重な氷属性の魔法使いであり、支店長を任されていたので接客は勿論、金勘定もできる。従業員教育もお手の物。

だが彼は商売人ではあるが職人ではない。商品を売り出すノウハウを持っていても、肝心の商品を作ることができないのだ。


「お嬢様はうちの店の黒いケーキを食べた時、どう思われましたか?」

「私? 懐かしいって思ったかな」


ウェーバーは目を点にする。このお嬢様はたまにこちらの意表を突く。


「思いも寄らないことを仰いますね」

「ごめん、私の感想は特殊だったね。ウェーバーはどう思ったの?」

「私は、神の食べ物だと思いました」


焦げたような見た目からは想像のつかない甘味とほろ苦さ、そして深い風味。濃厚過ぎる生地は口の中でとろけていく。ほのかに香る杏のジャムが爽やかさをそえている。


「あれは、ホテルの主でもあるオーナーが作ったことになっています。しかし、彼は菓子作りが門外漢だったはず。あの繊細なケーキを作ったとはどうしても思えない」


彼は調理場に立つことも無く、パティシエへの指示も見当違いに感じることがままある。

そんな彼が飲み物として売られていた黒い豆に目をつけるだろうか?


しかもそれを固体、つまりケーキで使える形にするのは様々な手間がかかる。

良い豆だけをより分け、豆を砕いて皮などの不純物を取り除き、その豆を熱して香りを出す焙焼を行い、すり潰していくと含まれる油分でドロドロになっていく。そこへ砂糖や乳製品を混ぜ、さらに細かくし、二、三時間かけてよく練る。

温度に神経を尖らせながら、豆に含まれている油分をゆっくりと安定した結晶にし、最終的には型に流し込んで冷やし固める。これらを包装し、温度や湿度を調整した倉庫で一定期間熟成してようやく完成させるのだ。


いずれの作業も何度も実験して分量や火の強弱や時間を調整したはず。

しかし部下たちに当たり散らしている様を見ていると、とてもそんな芸当ができる辛抱強い人物には見えない。


「我々が勤めている店に、あのケーキを作った人間がいるはずなのです。その人物の目星をつけるまで独立はできません」


見つけてどうするのか?

引き抜けるならそれに越したことはない。

だが、雇用条件は? 今の店で結んでいる契約があるだろう。まだ出来てもいない店でより良い条件を提示することができるのか?


問題は山積だ。

早々に諦めて他のパティシエを探す方が効率が良いのかもしれない。

ただ、あのケーキを作った人間に会ってみたい。純粋にそう願う気持ちもあるのだ。

作中のケーキはザッハーさんのトルテをイメージしています。ウェーバーさんのコメントはあくまで個人の感想です。


本場のやつを食べたことありますが、風味はさすがなんだけど、砂糖多すぎ。途中で胃や喉が拒否をしたケーキは始めてです。日本人には合わないと思いました。あくまで個人の感想です。

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