幕間 僕の婚約者 前編
バレンタインデーが近いので糖分を投下したくなり、慣れぬスマホに悪戦苦闘。
読みづらくて申し訳ありませんが、誤字があればこっそり教えてください。
僕の婚約者は変わってる。
初めて会ったのは八つの時。
親に言われて待機していた庭園で出会ったのは、ゆるくウェーブした栗色の髪、瞳にトパーズを嵌め込んだような人形のように美しい少女だった。
でも、それだけ。心に何の感慨も生み出さない。
会ってすぐ恋に落ちるとか物語みたいな展開を期待したわけではないけれど。この子の隣にいる自分が想像出来ない。
でも母上は乗り気だし、綺麗な子だったとか感想を述べて、無難にやり過ごそう。
そう思いながら話してみると、意外に趣味が合い、読書の話で盛り上がった。代々文官を排出している母親の血か珍しい魔法も見せてもらった。それからやたら褒められた。僕に気に入られたいがために褒めちぎる大人や子供は多いけど、それとちょっと違う……気がする。魔法なんかより知識が大事だなんて例え話までして。
何て言うか、今まで自分の回りに居なかったタイプの女性だ。
極め付きが、婚約者じゃなくて、友人になりたい発言だ。
女性は男性より力も知恵も無いから、男性に守られるものだと教師に習った。
婚約者なら、一方的に庇護されるのに、その立場を捨てて助け合いたいなんて。
変なの。
この女がどこまでやるか、単に口だけなのか見極めてやろう。
そんな意地の悪い気持ちで、彼女と握手を交わした。
それでも、兄より僕が良かったと言われたのは……嬉しかったけど。
反対のことなら、何度も言われたことがある。
はじめに言われたのは、話し相手だった。王宮に出入りするような上位貴族の子息から選ばれ、お堅い教師が知らない遊びをたくさん教えてくれた。一緒にいて楽しませてくれたし、年上なこともあり、本物の兄の代わりにとても信頼していた。
しかしある時、他の貴族の子息たちと話しているのを、たまたま聞いてしまった。
「すごいじゃないか、第二王子に気に入られているんだって? 将来は出世コースだな」
友人らしき人間が持ち上げるのを、彼は冷めた顔で返した。
「別にあんなお子様の相手なんか凄くないさ。第一王子の方が良かったな」
泣くほどショックを受けたわけじゃないけど、そう言うものかと思った。穴が開いた胸に風が吹いたみたいな。がっかりはしたけど、薄々勘づいてた気がする。
自分なんか所詮代用品だって。いつだって二番目で、自分を一番にしてくれる人なんかいないって。
大丈夫、わかってたことさ。だから悲しくなんてない。
まあ僕も大人しくやられっぱなしじゃいられなくて、別の機会に彼に難解な質問をしまくり、
「君の年下の従兄弟は優秀なんだって? そっちが傍仕えの方が良かったな」
と言って相手を変えるくらいの仕返しはしたけど。
正直、新しくできた婚約者にも、そこまで期待はしてなかった。口で上手く言ったって、心で何を思ってるなんてわからない。どうせ他の人間と同じだろうって。
でも彼女は違った。
数ヶ月後、僕は一泊二日でレアード侯爵領を訪れた。
表向きは婚約者のご機嫌伺いだが、将来治めることになる土地だ。一度見ておけと言う父上たちの配慮だろう。
正直女の子と居ても楽しくないと思ったが、笑顔を貼りつけて屋敷に伺った。
レアード侯爵からは事前に用があって屋敷に居ないと連絡を受けていた。侯爵には悪いが、子ども相手にわざとらしくおべっかを使う彼と顔を合わせずに済んでホッとした。
「ようこそいらっしゃいました、殿下」
出迎えた彼女はズボンを穿いている。目を丸くする僕に彼女は言った。
「殿下、木登りをいたしましょう」
あれよあれよと言う間に、汚れても良い服に着替えさせられ、この木は初心者でも登りやすいと言いくるめられ、何故か庭園の外れの小高い丘に生えた木に登る羽目になった。
「その節に手をかけて……そうです」
婚約者が下から僕の尻を支えている。恥ずかしいやら、情けないやらだ。
この暴挙を止めるべき保護者、今日は気分が良いらしい彼女の母は遠くの木陰でお茶をしながら、子どもって元気ね、と微笑んでいる。
「君は手慣れてるね」
「練習しました」
「……」
人形染みた婚約者殿は意外にお転婆だったらしい。
僕がようやく登りきると、後ろからスルスル登って来た。
「背が高くなったみたい」
「そうですね。視界か高いと、世界が違って見えます」
兄上なら風魔法で簡単にこの高さまで飛び上がるだろうけど。自分の手と足で登って得た景色には、達成感があった。
「綺麗だね」
訪れるはずだった屋敷が、小さく見える。木陰から覗く近隣の村の屋根や畑がタイルでできた絵のようだ。
「ええ。ここからの景色を殿下に見ていただきたかった」
髪を靡かせ、彼女は笑う。その笑みに一瞬見とれた自分を誤魔化したくて、遠くを指差す。
「あそこでキラキラ光ってるのは?」
「小川があるんです。次はそこへ行きましょう」
‡ ‡ ‡
「こ、こ、こ、んにちわ」
川の傍にいた少年たちは直立不動だ。平民らしい身軽な身なりで、僕が誰だか事前に聞かされているのだろう。憐れなほど震えている。
「何をやってるの?」
「魚とりをしています、お嬢様」
リズベスと別の少年の会話、こっちはまだ成立している。
「よろしければ、一緒にやりませんか?」
先ほど挨拶した少年の震えは収まったけど、ひどい棒読みだ。
「え、でも」
僕がいないほうが、みんなの心が健やかでいられる気がする。
「せっかくだから、ご一緒しましょう」
婚約者殿が熱心に勧める。なるほど、筋書きは彼女か。それなら乗ってやらねば、劇が進まない。
「じゃ、お願いしようかな」
少年たちが恐る恐る献上してきたのは、騎士の剣……じゃなくて棒切れだった。
これでどうやって魚をとるんだろう。糸をつけて、釣竿にでもするんだろうか。
「では、殿下、作戦会議を致します」
彼女は砂の上に図を書きはじめた。
「ここにこのように網を広げますので、殿下たちのグループはこちらから追いたててください」
たまたまあった(?)サンダルまで貸してくれ、準備万端だ。
彼女は簡単に言ってくれたが、ぼこぼこしてるくせに滑りやすい石の上を歩くのはなかなか難しく、小指を挟んだりした。加えて棒を振り回しながらで、バランスを取るのが難しい。
しかし周りの誰もこけてないので、無様な姿を見せぬよう平気な顔で堪える。
「そっちに行ったぞ!」
魚は上手く追い込むのはなかなか難しい。生き物だから思い通りにならない。それでも水飛沫を上げながら、段々コツを掴んできた。
「わっ、逃げられた!」
「ちゃんと網、押さえておけよ!」
騒ぎながらも、追い込みのは最終段階に入り、やがて網を狭め、陸に引き上げた。
「思ったよりとれたな」
「さっき、大物を逃したのが悔やまれる」
「落ち込んでないで食べようぜ。腹減っちまった」
「え、ここで?」
びっくりした。だってシェフもウェイターもいなければ、机も食器も無い。
でもリズベスは当たり前の顔をして、他の男の子に混じって小枝を削り、魚を刺すための串を作っている。
呆然と眺めていた僕に刃物が渡された。
「貸してやるよ、じゃなかった、貸して差し上げます」
「いいよ、普通で。で、何をやれば良いの?」
「ほら、ここをこうして、こうやるんだよ」
ほぼ指事語だけで、ナイフを器用にさばきながら、あっという間にグロテスクな魚の内蔵を取り出した。
「え?え?」
見よう見まねで魚を掴むが、まだ生きているし、ぬるぬるして全然掴めない。
「おーじのくせにぶきっちょだな」
「君は王子を何だと思ってるんだ」
だいたいこんなのやったことないし。
「だってあのお嬢の婚約者だろ? 美人で金持ちで賢くて」
それは認める。
「とんでもなく器用で猿みたいに木に登るんだぜ。俺たちの中で一番身軽なんだ」
令嬢らしからぬ手つきで魚を串にぶっ刺している婚約者殿を盗み見る。なるほど、風評被害の原因は彼女か。
「あー、もう、刃物取り上げ。見てて危なっかしい」
お役ごめんとなった僕がぶらぶらしていると、薪をつけていたチームが声を上げる。
「全然火がつかねぇ!」
「悪い、さっき火打石、水に落としちまった」
肩を落とす面々に近づき、火の呪文を唱える。風もついでに起こせば、薪にたちまち火が燃え上がった。
「さすがおーじ!」
「ね、ね、今魔法使ったん?」
初級の呪文でこれだけ喜んでもらえるなんて、嬉しいより困惑してしまう。
「魔法なんて珍しいものじゃないよ。リズベスも使えるし」
「お嬢の魔法地味なんだよな。蚊が飛んでるように見えるし」
「……今のは聞捨てならない」
リズベスの背後が錯覚とかではなく実際に黒く蠢く。
「わっ、お嬢が怒った!」
「着てる服がロゴ入りになる刑だ、逃げろ!」
突然始まった文字VS人の鬼ごっこを見ながら、僕は久しぶりに自分が自然に笑っているのを感じた。
皆で火を囲み、初めて野外で食べた魚は、身が白く塩加減が絶妙で、仄かに川の匂いがした。
リズベスがアウトドア派だったのと、王子が予想以上にひねくれていたのとで甘みが足りないので、皆様チョコレートで補ってください。
まだ続くよ。