王子兄弟の解明
悪役令嬢ってつくタイトル結構ありますよね。
令和になったし、気分一新してタイトル変えてみるか。
候補1『ただの女子高生は死亡フラグ回避不可!』
候補2『転生令嬢は踏んだり蹴ったり』
候補3『転生したって上手く行かない!』
うん。センス無いことはわかってるんだ。
被疑者は自室に籠っていた。
「騒がしいわね、私は誰にも会わ……」
寝椅子にかけていた辺境伯の娘が振り返り、つまんでいた茶菓子が指からぽろりと落ちる。
背後で王子二人の強行(凶行)を止められなかった使用人どもが所在無げにしている。
「なななんでここに」
髪を手櫛で高速で整えている娘に、弟はゆっくり近づいていく。
「知らなかった」
優し気な笑みを顔に貼り付けて。
「君は僕のこと好いてくれてたんだね」
凄い勢いで風の精が逃げて行ったのを見るまでも無い。
この態度は弟の本意ではない。自分の心に嘘をついている。
僅かな沈黙の後。
「そうなんです殿下ぁ」
プリシラは媚びた鼻声を出した。
「私、そんなつもりは無かったんですぅ」
プリシラの言い分によるとこうだ。
元々気に入らなかったあの女を接待することになったプリシラ。
甚だ面白くなく、いつものように嫌がらせをしてやろうと考えた。
しかし、アレクサンドラが目を光らせているのであまり派手には動けない。
そんな中、二週間前に行商人に苦い茶葉を紹介された。
嫌がらせに丁度良いと思ったプリシラはろくに確かめもせずに購入した。
茶会であの女だけにそのお茶を飲ませるため、それぞれの令嬢に別の茶を飲ませる趣向にしたらしい。
だが期待通りの成果は得られなかった。
当日、肝心の女の反応は薄く、後日体調不良になったと言う噂を聞いた。
その後、あの日の招待客が次々に王宮に呼び出され、まさかと思いためしに水槽に葉の粉末を入れたところ、中の観賞魚は死んでしまった。
このままでは自分が毒殺犯にされてしまう。
怯えきったプリシラは部屋に籠っていた、と。
話の最中、弟への好意を示す言葉が何度も登場した。
愛と言う免罪符があれば何をしても良いと言うように。
「そうだわ。もしかしたら私を殺害するつもりで毒入りの茶葉を売りつけたのかもしれない。
私は被害者ですわ、殿下!」
拙い言い訳にも聞こえるが……。
弟が視線で問いかけるので頷いた。
この娘は、嘘をついていない。
「それで、君が買ったという茶葉はどこにあるの?」
弟の猫撫で声に、プリシラは何の警戒も無く寝室のベッドの下に隠した瓶を取り出した。
「これです」
葉っぱが乾燥して変色しているのでわからぬが細長い形をしているし、黄色っぽい根や花びらも混在してる。
ゲルセミウム・エレガンスと見て良いだろう。
「よく正直に話してくれたね。僕らはこれから少し君のご両親と話をしてくるね」
「ありがとうございます!」
娘は感謝の言葉を口にした。この弟が言い添えしてくれると思っているのか。
辺境伯の娘に背を向けると途端に弟は無表情になった。
怒気をひしひしと感じる。私は何も起こらぬことを密かに願った。
辺境伯夫妻は意外なことに喜色満面で出迎えた。
「王子殿下がお二人もわざわざ我が家を訪れ、娘に会ったと。ただごとではありませんな!」
「まさか決まっていない婚約者の件で?」
何か勘違いしているところ悪いが、これ以上弟を刺激するな。
「兄上、申し訳ありませんが僕の代わりに状況を説明していただけますか?」
冷静に話せそうにないので、と言う弟の拳には腱が浮いている。
お前兄を何だと思っている、と普段なら言うところであるが、下手に触ると破裂しそうで黙って首肯した。
私はここ数日の出来事を、可能な限り客観的に順序立てて話した。
娘が他人に毒を盛ったと言う話が進むにつれ、彼らの表情は曇っていく。
「これがその証拠です。彼女が寝台の下に隠し持っていました」
ようやく普通に会話できるようになったらしい弟が、皿の上に茶葉を開ける。
言い逃れ出来ぬ証拠を前に、化粧も面の皮も厚いらしい夫人が口を開いた。
「毒入りの茶を飲ませたと仰いましたが、仮に殺したとして、何の罪に問われると言うのです? 元レアード侯爵令嬢は人狼刑を受けているのでしょう?」
ひィ、止めろ。こいつ余程命が惜しくないとみえる。
「面白いことを仰るんですね。輸入が禁止されている猛毒の植物ですよ。持っていただけで罪になると言うのに?」
あはは、と壊れたような声がした。何かがブチ切れる音とともに。
「娘は知らなかったのです!」
「知らなくとも、相手を害す目的で飲食物にこの葉を混入させたのです。
このような嫌がらせははじめてでは無いそうですね。
他にも嫌な思いをされたご令嬢はいるようですし」
「相手にも非があるのではないですか? それに、子供のしたことではありませんか!」
「如何にもそれを放置しておいた親御さんの言いそうなセリフですね。
その子供のしたことで傷ついた人間がいるのに」
社交界で陰湿な嫌がらせはしょっちゅうであるが、本来はお互いより良い関係を築くためのもの。プリシラのように立ち回ってプラスになるとは思えぬ。
「それに何故彼女が処刑で無く人狼刑に処されたと思います?
王がそれだけの価値があると判断したからです。
社交界の華と評判の方だったので期待していたのに、残念です」
確かに父は領を富ませた女の手腕を認めているが、一番の要因はお前が脅したせいではないか、と言いたい。
「王子二人がわざわざ来たのですよ。その意味が察せないのですか?」
いや、お前が無理矢理連れて来たのではないか、と言いたい。
怖くて言えないが。
「少なくとも彼女を二度と社交界に出入りさせないでください。
二度と誰も傷つけないように」
伯爵夫人がいきり立つ。
「それでは我が家の跡継ぎはどうなるのです!?」
「は? 将来のことを心配できるような余裕あります?」
弟は訝し気に首を捻っていたが、合点がいったと手を打った。
「それとも……ああそうか、ご息女は辺境伯の指示の元に動いていたのですね。
国王の宮殿で毒を使い、国の人材を害し、将来の国母を害す危険もあった反逆行為も全て辺境伯のご意思だったのですね。
気づかずすいませんでいた」
残念だなぁ。父からの信頼も厚かったのに。母も夫人のこと気に入っていたのに。
弟がわざとらしく呟く度に、辺境伯夫妻が紙のように白くなる。
「娘には!きちんと罰を受けさせます!」
ですから、とり潰しだけはご勘弁を、と辺境伯は床に擦り付ける勢いで頭を下げている。
「そうですね、ご息女と辺境伯家が無関係だと証明してくだされば、こちらとしても改めて罰を受けていただく気はありません」
ほっと胸を撫で下ろす辺境伯に追加の銃弾が放たれる。
「将来のお話をされましたが、辺境伯はご領地にご子息と愛しい方がいるのでしょう? 養子に迎えられたらどうです?
辺境伯の跡取りとして、今度はきちんとした教育をしてくださいね」
辺境伯夫人とその子は田舎の領地を嫌って年中王都に滞在しているらしい。妻の目が届かぬ領地に現地妻がいたのか。
冷や汗をかく辺境伯を、初耳らしい夫人が凄い形相で睨んでいる。私たちがいなければ怒声を上げ掴みかかりそうだ。
「では、ご息女の処罰はお任せします。賢い対応を期待していますよ?」
一つの家庭を崩壊させ、弟は颯爽と去って行った。
‡ ‡ ‡
「処罰を任せて良かったのか?」
馬車の中、斜向かいに座る弟に問うてみた。
軽い処分とは言えぬが、あれだけで弟の怒りが済むとは思えぬ。何なら己の手で首を刎ねそうな勢いだった。
「表向きは人狼刑を受けているのです。元から辺境伯の自主的な処罰に委ねるほかありません」
そうなのか? それにしてはまるで王家が罰を与えるような口ぶりだったが。
「しかし、茶葉を置いてきて良かったのか?」
証拠の瓶は言い逃れ出来ぬよう持ってきたが、茶葉の一部、一人分くらいは皿に中身を空けだしたまま置いて来た。
「あれではまるで……」
あの茶を飲んで死ねと言っているようなものではないか。
「リズベスを傷つけたんですよ。それくらい当然でしょ」
さらっと吐かれた言葉に戦慄する私を横目に、弟は物憂げにため息をつく。
「とは言っても我が子が可愛い辺境伯夫人のことだ。
せいぜい、ほとぼりが冷めるまで修道院にやるくらいでしょう。
自分の所為で死人が出てはリズベスも気を病むでしょうし」
お前の基準があの女過ぎて、兄はとてもついていけない。
数日後、辺境伯の娘が突然信心に目覚め、修道院に入ったと言う噂を聞いた。
件の娘が周囲に「王子様がいつか助けに来てくれる」と漏らしていると言う報告書を、弟は笑顔で握りつぶしていた。
何はともあれ、これで全ては終わったかのように……見えた。
ルイス「最近弟が怖い……ガク((( ;゜Д゜)))ブル」




