王子兄弟の聴取
ルイス「向き合う決意をしたものの、いつまで待てば良いのだ?」
前回投稿して一か月経ってますいません。
元号が変わる前とか言ってたけど、もう既に新たな元号が発表されているって言う。
「本日はどうなさったの?」
二人でアレクサンドラが使っている一室を訪れたところ、不思議そうな顔で出迎えられた。
「聞いて無いのか?」
「ルイス様が面会を希望しているとだけ伺っています」
弟は意図があって目的を伏せたのだろうか。
「もしかして、昨日弟君が血相変えてチェンバレン家へ向かったと言う話と関係あるのかしら」
「もうそんな噂が?」
「使用人たちが話していたのを聞いただけですが」
気づけば手元にティーカップが用意され、使用人たちは一礼して退出する。
さすがと言うべきか、統率も取れよく躾けている。
「本題に入る前に一つ良いですか?」
昨日同様、アレクサンドラを冷徹に観察していた弟が口火を切る。
「ええ」
「フォーサイス公爵令嬢は何故、リズベスを茶会に喚んだのですか?」
「仲良くなりたかったから……では納得しないでしょうね?」
室内であるせいか、今日は茶色のアレクサンドラの瞳は昨日を振り返るように虚空を見ている。
「あの子もそうだった。わたくしがそう言うと不思議そうにしていた。
ルイス様には先日お話ししましたが、わたくし、平民を恐れています。
ですが、同時にこれからの時代、無視もできないと言うことはわかっています」
平民が恐ろしいと震えていたアレクサンドラ。
けれど未来の王妃は逃げることを自分に許さない。
「彼女は平民の生活の向上に尽くしていると聞きました。
先日の群衆の集まりは彼女の助命を嘆願だったとも。
だから平民に関わりの深い彼女の話を聞いて……」
「平民を手なずける法を知りたかった、と」
「おいロイ、言い過ぎだぞ」
外面は良い弟は赤の他人、それも淑女に刺々しい言葉を投げる教育は受けていない。
あの女を害された苛立ちをぶつけようとしてるのとは違う気がする。アレクサンドラを揺さぶろうとしている?
「そう言われても仕方ないわ。わたくしに彼女を利用しようとする気持ちはあった」
唇を震わせ、けぶるような睫毛を伏せる。
「それなのに彼女、言ってくれたの。
わたくしがこの国の未来に無くてはならない人だって、力になりたいんだって。わたくしの手を握って。
それで、彼女は一体?」
「帰りの馬車の中で倒れていました」
「そんな!」
女の白いかんばせが淡雪のように白くなる。
「まさか、プリシラ、毒を……」
弟の片眉が動いた。
「プリシラとは辺境伯令嬢ですよね。何故その名前が挙がるのです?」
気持ちを落ち着かせるように、アレクサンドは喉元を両手で押さえた。
「今回のお茶会はお菓子も飲み物もプリシラに任せたの」
「主催はあなたなのに?」
弟の言う通り、王宮は次期王妃の言わばホーム。客を招いたのもアレクサンドラなら、接待もアレクサンドラと考えるのが普通だ。
「王の妻の役割の一つに賓客を持て成すというのがあります。
わたくしは王宮で勉学に励んでおりますが、何より経験が少ない。
王妃殿下も他の茶会に参加するように勧められたの。
でも、特定の貴族を贔屓することになるから次期王妃として気軽に招待に応えることはできない。
それで茶会のホステス役を当番で回すことを思い付いたのです。同年代同士だから失敗もあるけど、他人の振る舞いを見ることはわたくしにとってとても勉強になりました。
特にプリシラは辺境伯令嬢で、その母親は社交界の華として高名です。いつも凝った演出で楽しませてもらっています。
今回、茶菓子から茶器、メイドに至るまで全部、辺境伯の屋敷からのものでした」
そんな地道な努力をしているなんて知らなかった。
「なるほど。
ところであなたがお茶会に呼ぶメンバーは、皆、高位貴族の令嬢たち、中には婚約者が決まってない人もいますね」
「ええ。同じ年で同じ階級の人間となると、どうしてもそうなるわね」
「中には、僕の新たな婚約者として名前が挙がっている人物もいますね」
母が今回の茶会を認めた直接の原因である。
アレクサンドラは知っていたのだろうか。知っていたとしたら何故そんな人選を?
「そうね。でもそれは仕方ないことじゃないかしら。
私の招待に何度も応えてくれる娘となると限られてくるわ」
暇を持て余した高位の貴族令嬢ならば、ご機嫌伺いをしなければならない婚約者がいない確率は高い。結婚相手を探す目的で王宮に通っている可能性もある。
「まさかわたくしがわざとあの娘に悪い感情を持つ人間を集めて嫌がらせをしたとでも?
いいえ、前から親交のある仲の良いお友達ばかりよ」
では、今回の茶会の人選はたまたまだったのか、と胸を撫で下ろす。
「言いにくいけど、確かにプリシラは貴方の婚約者の座を狙っていた。
でも、レアード侯爵は犯罪者となり、その娘は婚約者ではなくなった今、プリシラが彼女を攻撃する理由も無い。
反乱が起きた隣国のせいで国は揺れている。貴族が団結しなければならない時に、いつまでもつまらないことでいがみあって敵対しているわけにはいかない。
だから今回のことが仲直りのきっかけになったらって……」
幼さの残るあどけない顔で弟は嗤う。
「客人を招き、敵意を持つ女性にわざわざ給仕をさせたんですね。危害を与える恐れがあるのはわかっていたのに」
よく幼子が蝶の羽を千切る様を人間が残酷な面を持っているように語る人もいるが、それは少し違う。
心が幼すぎて、自分が引きちぎられる立場だったら、と想像力が及ばないからだ。
だが弟は相手が受ける痛みをよく知っている。
「なるほど、崇高な御心ですね」
アレクサンドラは悄然と面を伏せた。その言葉はハッキリと相手を傷つける意図を持って放たれたから。
「わたくし、そんなつもりはなかったの」
私の婚約者は涙まじりの声で、いつまでもごめんなさい、ごめんなさいと繰り返していた。
‡ ‡ ‡
部屋を辞し、回廊の角を曲がったところで、弟の背にたまらず怒鳴る。
「幾ら何でも言い過ぎではないか?」
確かに彼女に落ち度はあった。
アレクサンドラは本人の認める通り未熟なところがある。座学の成績は優秀で何ヵ国も喋れるらしいが、デビュタントを済ませて間もなく、社交の実体験は少ない。
つまり頭でっかちなところがあり、本人もそれを自覚し補おうとしている。
今回は確かに任せた人間の悪意に目をむけなかった、次期王妃に相応しくない軽率な振る舞いだ。
結果的にあの女は害されて許せない気持ちもわかる。
しかしアレクサンドラは善意だった。
「お前、まさか私の婚約者を疑っているのか?!」
弟は振り返った。その眼は真冬の海のように凍てついている。
「寧ろ疑わない理由が?
毒殺には毒と、毒を盛る相手と、毒を飲ませる状況を作らねばなりません。
フォーサイス公爵令嬢は三つの条件を揃えることができる立場にあった」
弟の言うことは一理ある。アレクサンドラは招待客を自由に選び、場を整えることができた。
「だが……だが、毒を盛ったのは辺境伯のプリシラとかいう娘なのだろう?」
「そんなの彼女の発言だけではないですか。一方の言い分だけで判断するのは次期王として軽率ではありませんか?」
軽率だとまさか私が言われるとは。他人のことを言っている場合ではなかった。
「昨日下働きから事情を聞きました。辺境伯の家の使用人たちは持参した茶器を持ち帰り、後片付けすら屋敷で行ったようだと。
彼女の発言の信憑性が高いことは認めましょう。
だからと言って全面的に信じるつもりはありませんが」
弟は少し疑い過ぎではないか? あの女のことになると神経質になり過ぎる。
「で、フォーサイス公爵令嬢の発言に嘘はありましたか?」
「お前、この私を嘘発見術の代わりにするつもりか」
「他に何か役に立つんですか?」
真顔で返された。私のプライドはズタズタである。
「アレクサンドラは元々、使う魔術の性質のせいで風の精が近寄らない」
アレクサンドラの得意な魔法は先祖伝来のもの。
フォーサイス公爵家の先祖と言われる妖精は、精霊の上位種。何らかの形で強い力と意思を持ったものと考えられている。他の精霊の匂いのするものに風の精は集まらない。
弟は今にも舌打ちしそうな顔をした。
「弟に心無い言葉を浴びせられた婚約者を心配して、手くらい握って差し上げたらどうです?」
私にならどんな場合も精霊は寄ってくる。対象に触れていれば嘘をついた時に私の傍にいる妖精が動くのですぐにわかる。
「アレクサンドラは私が触れていれば嘘を見抜けることを知っている。
そんなことしたら余計な心労を与えるだけではないか」
弟は微妙な顔をした。
「兄上って変なところで変に気を使いますよね」
普段は傍若無人のくせに、とか、どうせ気を遣うんなら優しい言葉でフォローして差し上げれば良いのに、とかぼやかれた。耳に痛い。
旗色が悪いので別の話題を振った。
「そう言えば、あの女もわかりにくいな」
「リズベスですか? 彼女は詠唱無しでインクを操ります」
私は風使いであるが、何とか使いと言うのは、精霊の愛し子に送られる称号だ。
最近は得意属性なら何でもかんでも使うようだが本来は違う。
例えば、隣国の“ガゼット=ヘイル”は一人で戦局を引っ繰り返した凄まじい人物だが、厳密には雷使いではない。
“雷雨”と呼ばれる広範囲に殺傷能力のあるとんでもない術も全て呪文ありき。
強大な魔力を餌に言葉で縛って精霊を強制的に従わせているに過ぎない。
精霊の愛し子は呪文を使わなくても精霊が力を貸してくれる。魔法の強弱とは関係ない。
とは言っても、傍から見ていれば呪文の無詠唱と違いは無い。どう違うのだと問われても証明できず困るところではあるが。
「インクを? 聞いたことが無いな」
精霊は自然のものに宿る。
水を操るならわかるが、インクは人工物。インクの精など存在しない。
「他の属性の魔法は使えるのか?」
「いいえ」
ある精霊に好かれたものは、違う属性の魔法を使えない傾向にある。
私は風以外の魔法は、初歩的な術ですらまるで使えない。
稀に別の属性を使える者が居る。が、それは別の属性の精を自前の魔力で強制的に従わせている。
つまり精霊の愛し子とは別のやり方だ。
自分が気に入った異性を別の誰かと共有したい人間はそういない。大抵、独占しようとして同性を牽制するだろう。
それと同じように、私の場合、風の精のせいで他の精が阻害されている。
……と言うのが私が勝手に立てた仮説だ。
私は風の精以外は見えぬので確証は持てぬが、そもそも風の精を見られる者が私以外いないので自分で立てる他ない。
「ならば妖精か悪魔か知らんが、何らかの加護を受けているのだろう」
先に言ったように、他の精霊の匂いのするものに精霊は集まらない。
事実、あの女の周りでは何かに阻まれているように風の精が妙な動きをする。
「リズベスが上位種の加護を? 何故ですか?」
弟は目を見開き、体ごとこちらに向き直った。期待されているところ悪いが、私は首を振る。
「わからん。乞うて受けられる類いのものではないからな。
気に入った土地にいたとか、たまたま機嫌が良い時に生まれたからとか、ただの気まぐれだろう。精霊の理屈は人知を超える」
弟は思案顔をしていたが、やがて頷いた。
「確かに精霊の理屈はわかりませんね。兄上が好かれてるくらいですから」
「うむ。……おい待て、今のはどう言う意味だ」




