王太子様の見舞
新たな通報案件ワード
毒物 アルカロイド マチン ゲンセニウム・エレガンス
(お正月頃から毒物を調べまくりました。完全に犯罪者予備軍です)
「あの女が倒れただと!?」
その知らせを聞いて真っ先に、何のためらいもなく自ら首を括った姿を思い出した。
――あの時、あの子のために死に損なったと思わせないでください
気づけば、足がチェンバレン家に向いていた。
「一命は取り留めました」
使用人らを振り切り、蹴破る勢いで開け放った扉の音に動じることなく、弟は淡々と告げた。
その手は縋るように、繋ぎとめるように、力の抜けた女の指を握っている。
顔は蝋のように白い。だが、じっと見ていれば呼吸をしているのがわかる。
「そうか……良かった」
力が抜けてその場に座り込む。
ふと、視線を感じた。
弟が魔法陣の線の間違いを探すような無機質な瞳で見ている。
「そなた、私を疑ったな?」
「僕には精霊なんて便利なもの見えませんから。兄上がリズベスをどう思っているか判断がつかなかったのです」
「私がこの女を害す、と?」
「彼女は兄上の慈悲深い提案を拒否し、プライドを傷つけたのではないですか?
以前までの兄上ならば彼女を疎ましく思い、逆恨みしても不思議ではありません。
尤も兄上なら、気に入らない相手に毒を盛るなんて陰湿な真似をせず、風で切り刻むでしょうけど。
ですが以前までの兄上ならば、たかが無関係の女一人を心配して駆けつけるなんてことなかったはずですけど。
どう言う心境の変化でしょうか」
そうだ、何故私はここにいる?
顔を合わせるのを無意識に拒否するほど、この女が苦手なのでは?
答えを出せず黙り込む私を見て、弟は見切りをつけたらしい。
「まあ、良いでしょう。
兄上がリズベスをどう思っているかは後日詳しく追及するとして。
今重要なのは兄上がリズベスに毒を盛ったかどうかです」
毒だと?
社交に出てもいない、最早弟の婚約者でも無い娘。得する人間もいないのに誰が盛ったと言うのだ。
「毒を盛られたと言ったな。自ら服毒したのではなしに?」
「彼女が倒れたのはフォーサイス公爵令嬢の茶会に招かれた帰り、馬車の中でです。状況的に自殺は考えられないでしょう」
「アレクサンドラが茶会に招いた? 何故?」
「兄上の婚約者のことでしょう? 僕に聞かれても困ります」
婚約者のことだと言うのに、私は何も知らない。
「靴下から毒物が検出されました。恐らく飲み物を捨てた時に飛沫がついたのでしょう。
毒が入っているのに気づいたのか、或いは余程変な味がしたのか」
「待て、経口摂取でしかも少量だったと言うことか? それで意識不明など、余程の毒性だぞ」
意外に思われるかもしれないが、私は毒に詳しい。
座学は得意ではないが教師らに徹底的に詰め込まれた。
何しろ私は国一番の風使い、物理攻撃はほぼ効かず、私に悪意を持つ者や嘘をつく人間の接近は精霊が教えてくれる。
私ほどの魔術師を殺す方法は限られている。
「身体の痙攣に瞳孔の開き、筋弛緩などが見られます。女性の不名誉になりますから言いませんが、他にも色々」
要は嘔吐や下痢のような症状もあったとも言ったところか。
「ならばアルカロイド系の毒物か? マチンの仲間ならば苦味も強い」
「特に延髄の損傷が激しく、呼吸中枢が麻痺しています」
「まさか、胡曼藤草?! よく生きていたな」
素直に感心した。
東方の大陸の原産で、黄色の可愛らしい花を咲かせるが、断腸草をはじめとする異名がある。
古書には薬草として紹介しているものもあるが、それですら“内服は厳禁”と書かれている。
服用せずにどうやって薬草として活用するのか大いに疑問だが、それくらいとんでもない毒草だ。
「僕が気づいてすぐに胃と腸内を水魔法で洗浄して、痙攣は薬で抑え、傷ついた臓器は癒術を使いました」
「初期対応としては間違っていないが……毒を飲んですぐか?
男のそなたは茶会に参加していなかったのであろう? 如何にして気づいた?」
弟は懐からペンダントらしきものを取り出した。
サファイアの原石に陣が刻んである、どうやら護符のようだが真っ二つに割れている。
「リズベスに持たせていました。解毒などの作用があります。自分の刻んだ陣が壊れた為、異変に気づきました」
真面目な弟には珍しく執務を投げ出し、既に城を出たという女の馬車を追いかけたので、応急処置が間に合ったようだ。
この間、特に声を潜めもしなかったので、女の意識に訴えかけたのだろう。固く閉じられていた目蓋が震え、綻ぶ。
「リズベス?!」
事態を呑み込めていないのか、以前鋭い眼光を投げた瞳が茫洋と弟を映す。さらに私を見て不思議そうな顔をする。
「ああ、良かった! 無事で、本当に良かった」
先ほどまでの無感情とは打って変わり、歓喜に感涙せんばかりだ。
「気分は大丈夫? 何かいる? 水は?」
女は唇を動かし、しかし喉を震わせることができず、こほこほ、と咳をした。
私が呼び鈴を鳴らし召使を呼ぶ一方で、弟が枕もとの水差しから水分を口に含ませる。
「声がしました。私の名前を呼ぶ声が」
絞り出すように、かすれた声で女は呟く。
「殿下の声だったんですね」
それだけ言うと、ふ、と再び目蓋を閉ざす。
弟は慌てて名を呼びながら女の身体を揺する。
「疲れたのだろう。脈も落ち着いている。暫くそっとしておいてやれ」
「兄上、ご心配いただきありがとうございました。そろそろ夕食の時間でしょ? 王宮にお戻りください」
「いや、それならばお前も戻れ。チェンバレン家にも優秀な医師がいるだろうし、召使もいる。後は任せてしまえ」
弟は王族だ。この女もそれなりに気を遣うだろし、滞在が長引けば召使だって気が休まらない。
「でも、リズベスは危なっかしいから、僕がついていてあげないと。傍で見守ってあげないと。またいつ命を……」
言葉を詰まらせる様は、全てをどこか冷めた目で見ている弟とはまるで異なる。
唐突に扉が開いた。
現れたのはチェンバレン伯爵だ。いつもの厳つい顔をさらに険しくし、仕事帰りに来たのか法服のままだ。
「どう言うことだ、毒を盛られたと聞いたぞ!?」
心配する彼に弟が端的に状況を説明している。
「茶会の帰り? 王宮で盛られたと言うことか」
「ええ。失礼ですが使用人らは信用できる人間ですか? 何者かわかりませんが、王宮にも顔が利く人物です。買収される可能性もあります。また、暫く訪問客に注意を払ってください。それから」
そこへ再び、何者かが入室してきた。
「お嬢の意識が戻ったんすか?!」
使用人らしいその少年を見る弟の目線は、冷たい。
「どの面下げて!」
冷徹な裁判官としてあり得ないほどチェンバレン伯爵は激昂し、拳を振り下ろした。
「何のためにお前を雇ったと思っている! うちは使用人の数も質も十分足りている。
それなのに異性でしかも同年代の古参の付き人を雇うなど、醜聞の種となる。
お前が義娘を護ると思ったからだ。義娘のために大勢の民衆を集めたお前の手腕を買ったからだ。
そのお前がついていながら!」
頬を殴られた少年はその場にしゃがみ込む。
そのまま立ち上がれないのは体の痛みか、心の痛みか。
「違います、お義父様」
切れ切れのか細い声がした。
「変だと思ったのに口に含んだのは私です。ジェシーは関係ない」
怒鳴り声に再び覚醒したのか、女は弟の腕に縋るように体を起こしている。
「私はなんともないの。大丈夫、大丈夫だから……」
咳込みながらうわ言のようにそう繰り返す。
痛々しいその様に、少年も流石のチェンバレンも言葉を失った。
「リズベスの身体に触ります。場所を変えましょう」
弟が決然と宣った。
「ジェシーを責めないで」
「安心して。僕がちゃんと言っておくから。ゆっくりお休み」
尚も不安そうな女の頭を撫で、シーツを被せた。
しかし女に向けて浮かべられた柔らかい笑みは、その瞳が閉じられると同時に霧散した。
微妙な空気のまま、男四人で廊下へ出る。
「伯爵、彼への叱責は僕に任せていただけますか」
「……わかった。私は使用人らに指示を出しに行く」
「では……」
弟が何やら耳打ちをする。チェンバレンは驚いた顔をしたが頷き、厨房の方へ去って行った。
弟は少年に笑みを向ける。
しかし長く兄弟をやってきた私ならわかる。これは相当怒っている。
「ジェシーと言ったね。
今日のお茶会が彼女にとってどんな意味を持っていたか知っている?」
「え? お嬢さん同士で仲良くするための会じゃないんですか?」
「彼女は知っての通り罪人の娘で、良く思わない人間もいっぱいいるんだ。処刑は免れたけど公的な催しには全く招待されなくて。
今回、次期王妃に招待された茶会は、今後社交界に受け入れられるかどうかの瀬戸際だった。
彼女、凄く不安そうだった」
「俺、そんなの知らなかった」
「心配かけたくなかったんだろうね。彼女、無理をするところがあるから。
ねぇ、使用人の一番の役割って知ってる?」
弟は微笑みを崩さない。
「主人の手足でも見栄えの良い家具でもない。主人の心と体を守ることだ」
その笑みは、氷の刃のようだ。
「君はリズベスに守られてきたんだね」
弟は指一本出してないのに、少年は殴られた時より酷い顔をした。
そのままふらふらとした足取りで部屋を出て行く。
「珍しいな。そなたが他家の使用人に直に指導するとは」
チェンバレンのように使用人を殴るのは、間違った方法ではない。もっと理不尽に鞭を振るう主人だっている。
弟は良く言えば他人に平等、悪く言えば無関心。
それが叱責に近い厳しい言い方だったが、解雇するのでも罰するのでもなく、自覚を促そうとした。
「見直したぞ」
「いえ。いつもリズベスの傍にいるあいつのこと、単純に気に入らないので」
私は固まった。
「できればリズベスが気を病まないように自主的に引いてくれると助かるのですが。
いずれにせよ、彼女に寄り掛かった今のまま傍にいられても迷惑です」
そのままつかつかと玄関の方に歩き出した。
「どうしたのだ?」
「王宮に戻ります」
それは構わぬが、さっきと言っていることが違う。
「僕も今のままでは彼女のためになりません。王宮でやることがあります。
風使いの兄上がいるなら心強い。お手伝いいただけますか?」
「何を言う、私は忙しいのだぞ」
「予定は調整します。
頼まれもしないのに僕の婚約者を抱くような提案をしてくださる親切な兄上ですから、当然付き合ってくれますよね?」
私にとってはもう済んだことだが、これは明らかに根に持っている。
弟の威圧に、私は渋々頷くしかなかった。
ゲンセニウム・エレガンスが苦いかどうかは知りません。食べたことないので。食べたら死ぬんで。
アガサ=クリスティーのデビュー作、スタイルズ荘の怪事件で有名な苦みの強いストリキニーネがマチンから得られるので、マチン属のゲンセニウム・エレガンスも苦いんじゃないかな、と考えました。
苦くなかったらごめんね。




