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悪役令嬢は運命の轍を踏む~死亡フラグが回避できない~  作者: アストロ
第四章 死亡フラグが回避できない
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元婚約者の近況

新しい領主として顔見せに行く義父に付いてレアード領を訪れた。

もう一度この地を踏めるとは思わなかった。


「リズベス様、ご無事で!」

「良かった、お嬢様!」

「オジョー、も~、心配したんだから!」


領民のみんなに抱き着かれ、もみくちゃにされた。

人の暖かさを感じながら、ようやく帰って来れたんだと実感した。


ありがたいことに、新しい領地の管理に、チェンバレン伯爵はレアード家の使用人の何割かをそのまま雇用してくれた。私が行っていた学校の支援も、監視や条件付きだが支援を継続してくれた。


元の通りとはいかなくても、全てが良い方向に回っている。

でも、心のどこかに隙間風が吹き付ける。


新しい家に来て、新しい家族ができて。

女主人として屋敷の模様替えも任され、忙しい日々を過ごしている。

新しい使用人にも新しい暮らしにも、早く慣れ親しもうといっぱいいっぱいだった。

でも時々、立ち止まる。


気が抜けてしまった、というべきか。

以前は『あの子を王にする』と言う明確な目標があった。しかし、その目標は潰えてしまった。


よりにもよって私のせいで。


空気が抜けたように惰性で生きている。


王太子にも言ったけど、本当は、あの時、あの子のために死にたかった。それこそが私がこの生を受けた意味だと、あの時は確信できた。


散々迷惑をかけた殿下は、生きてて良いと言ってくれた。君じゃなきゃダメだと抱き締めてくれた。

彼の優しさには底が無くて、何も返せない自分が申し訳なくて。


途方にくれる。

なんで生きてるんだろう。

これから、どうすれば良いんだろう。



        ‡   ‡   ‡



すっかり顔見知りになった裏門の門番に会釈して、騎士団の方にも挨拶して、今日も新しくできた義兄に無事弁当を届け終えた。


本日のメニューはサンドイッチ。

水気をしっかり切ったシャキシャキのレタス、カリカリに焼いたベーコン、半熟の卵焼き。

たっぷりのこしょうに、隠し味にピクルスもいれた。

他にもトマトとチーズ、茹でた鶏肉など具材を変えたものや、水筒には野菜沢山のスープも用意した。

身体を動かす仕事をしているので、かなり多めだ。

義兄は良い人で、嫌いな食べ物も無く、いつも美味しかったと言ってくれる。


久しぶりに王宮の図書館に顔を出そうと東に足を向ける。

それにしても、関わるつもりは無かったのに攻略対象の五人中四人と関係を持ってしまった。先日は第一王子にも会ったし。


私は呑気に思考を飛ばしていた。世の人はそれを(フラグ)と言う。


「おや? こんなところに雲雀(ひばり)のように愛らしい女性が」


重低感のある、耳に馴染む声。

そんな可愛い子がいるのか。興味をかられて見回したが私以外に誰もいない。


「あなたのことですよ、謙虚なお嬢さん」


なるほど、髪は栗色だし、アイボリーのワンピースを着ているので、雲雀に見えなくもない。愛らしいなんて言われて可能性を除外していた。


内心頷いた私の目の前に現れたのは、美しい青年。

まずその瞳が目を引く。中心から虹彩がオレンジ、イエロー、ブルーへグラデーションが変化するその瞳は、アースアイと呼ばれるそうだ。

その瞳に引き込まれそうになって視線を外すと、今度はその造形に目がいった。通った鼻筋に整った眉、少し垂れた目に、左に泣き黒子がとてつもない色気を放っている。


当然ながら攻略対象。


「はじめまして、だね。俺はフォーサイス公爵家のケネス。その薔薇のような唇で君の名前を教えてくれない?」


背筋がぞわっとした。


「な、名乗る程の者では」

「ああ、声まで雲雀のように可憐だね。お近づきの印に向こうでお茶でもどう、リズベスちゃん?」


名前を知られていると言う事実とマシンガンのようなお世辞に呆然としていると、手をとられ桜色の唇での流れるようにキスをされた。


「ひィィィい!」


我慢できず、全速力で後退していた。


おわかりいただけるだろうか。

私は平凡な容姿の日本人だった。

男尊女卑の文化があり、謙遜が美徳な日本では、西洋と違って滅多なことでないと女性を褒めたりしない。

こんな風に異性に称賛された経験なんて皆無だ。


嬉しいと言うより詐欺師に騙されているような悪寒の方が先に来てしまった。

退却した先で、向こうから歩いてくる見知った人の姿を見つけて足が早まる。


「リズベス?!」

「殿下、殿下」


姿を確認した私は素早く彼の背後に隠れた。


「何をした」


私の異常な様子を見た殿下は、聞いたことが無いような低い声で詰問する。


「声をかけただよ。美しい花を崇拝するのは、当然のことだろ?」


彼の言う通り、セクハラの概念の無いこの国で、女性をお茶に誘うのは宮廷のお決まりのマナーか何かだ。交友関係の乏しい私が過剰に反応しただけだ。

慌てて殿下に耳打ちをする。


「ごめんなさい、彼の言う通りです。私が初対面の男性に言い寄られて取り乱して、ひィ!」


ケネスが角度を変えてのぞき込んできたので身体を小さくする。


「ふふっ。怯えたウサギのように初々しい。うちの義姉もこれくらい可愛げがあれば良いのに」


止めて。なんか変なフラグ立てないで。経験値皆無の私は、殿下のスキンシップで手一杯なの。

殿下は後ろに手を回し、頭を撫でてくれた。


「気を病む必要はないよ。あんまり近づいちゃいけないよ。目が合っただけで妊娠するらしいからね」


私は猛烈に頷いた。ゲームの設定では馬鹿な、と笑ったが本人を前にしたら説得力がある。


「根拠の無い風評だよ。それにしても、異性に賞賛されることに随分慣れてないようだ。殿下とは婚約されてたんだよね?」

「君には関係ないことだ」


殿下の肩が強張ったのがわかった。


「色とりどりの花を愛でる君の趣味をとやかく言うつもりはないけど。

嫌がる女性にしつこく言い寄るのは、色男の流儀に反するのでは?」

「そう言う花を手折るのも愉しみの一つだからね」


軽薄過ぎる。ゲーム感覚で女心を弄ぶのやめて欲しい。

せめて私に関わりの無いどこか遠いところでやって欲しい。


「関心できないね。彼女とは面識も無いのだろう? 大した用が無いなら、僕との先約があるので遠慮してくれる?」

「失礼致シマシタ。実はこれからチェンバレン家に伺うつもりだったんだ」


彼は、フォーサイス家の妖精の蝋印が押された封筒を差し出した。

背中にピタッと張り付いた私の代わりに、殿下が受け取り開封してくれた。


「お茶会の招待状?」

「ええ。義姉のアレクサンドラが是非に、と」


私は非常に微妙な立場だ。

王宮では毎日のようにそう言った催し物があるが、全く呼ばれていない。

触らぬ神に祟りなしで、いないものと言うか、腫物扱いされている。

元から社交デビューしていないのもあるが、処刑までされかけ、人狼刑を受けている。

それなのに王の側近のチェンバレン家の養子になった。王の恩赦の意図があるのは確か。


間違い無く重罪人なのに王宮に平気で出入りしている。

社交界にいるお姉さま方もどう扱って良いかわからないだろう。


「数日後に王宮の温室で行う予定だ。王妃様の許可も得るのが遅くて、こんな直前の招待になっちゃったけど」


そんな私を、次期王妃が正式に招待?


「母が許可を? それに、リズベスが兄上の婚約者殿と親しくしていたなんて聞いてないけど?」

「確かにお会いしたことはないが、これを機に親交を深めたいってさ」

「何故だか尋ねても?」

「さあ。使い走りの俺に義姉の意図を聞かれてもね。

しかし、こんなかわいい女性なら、俺も親しくなりたいな。誰かと仲良くなりたいという気持ちに理由が必要?」


私は殿下と顔を見合わせる。

私がレアード侯爵令嬢だったならば、同じ王族の将来の妻として関係を持ちたい気持ちはわかる。

でも今の私と関わるのはメリットどころかデメリットしかない。

少なくとも王家の態度がはっきりするまでは様子を伺うはずだ。


アレクサンドラ様は王家から公認されている次期王妃だが、結婚してない今の時点では何の権限も持ってないし、影響力も無い。

万が一王家の機嫌を損ねれば、国中の乙女が羨むその立場を追われることになる。


そんなリスクを冒してまで私に関わろうとする理由が、単に仲良くしたい?

あり得ない。


「では、良い返事を期待してますよ」


強烈なインパクトと投げキッスと共に色男は去っていった。


「どうしましょう?」


私の手には招待状と言う名の切符がある。この行き先は地獄かもしれない。罪人の娘としてお嬢様方の吊し上げに合う可能性だってあり得る。


「相手の意図が見えない以上、無理して行く必要は無いんじゃないかな」


殿下は優しい言葉をかけてくれるけど。


「でもこんな機会、もうないかもしれない」


これは私を認めてもらうチャンスだ。

いつまでも今のままじゃいられない。

空気みたいにいないもの扱いで、新しい家族や殿下に護られてばかりで。

何もできないまま終わりたくない。

力になれないなら、せめて重荷なんかになりたくない。


「無理はしないで欲しいんだけど」

「ありがとう。もしかしたら、本当に好意を持ってくださっている可能性があるかもしれない」


流れるような文字の手紙をもう一度読み返す。仄かに香水の香りがする。

彼女はわざわざ未来の姑に睨まれるような真似までして王宮での茶会に招待してくれた。

しかもたぶん、直前の招待だったことを気に病み、召使で良いのにフォーサイス公爵家次期当主の義理の弟に直接行かせて礼儀を尽くそうとしたのだ。


会ったことは無いけど、そこまでしてくれた彼女の心に答えたかった。


「心配だなぁ。リズベス、隙だらけだから」

「そう? 自分ではちゃんとしてるつもりだけど」

「じゃなんで、一人で王宮をうろついてるの? 付き人は?」


チェンバレン伯爵は高官なのもあり、王宮のすぐ近く、歩いて行ける距離に居を構えている。

義兄が所属する衛兵の詰め所は裏手で人気もあまり無い。

今日みたいに他に寄る場所がある時は別だが、心配することなんて起こらない気がするけど。


「レアード侯爵の秘書をしていた男も、まだ捕まってないんでしょ?」


私の父だったレアード侯爵は小心者だ。姿を消した秘書に唆されたのだろうが、元秘書の、その雇用主の目的がよくわからない。

得をするのは周りの領くらいだが、結局チェンバレンが治めてるし、将来的には殿下のものになるし。


単にレアード侯爵を貶めたいだけだったのか? 特に実権を持っていなかったので、政敵もいないはずだが。


「そうだ、これ、試しに作ってみたんだけど」


渡そうと思って探したんだ、と殿下が取り出したのは蒼い石のペンダントだ。素朴な飾り紐にくくりつけた石に魔法陣が刻まれている。私は専門家でないので詳しくは知らないが、健康祈願の系統だろう。


「綺麗な石ですね」

「サファイアだよ」


手から落としそうになった。


「もももらえません」

「心配しないで。透明度も低いし内包物(インクルージョン)も多いから、大した金額じゃなかったよ」


いや、宝石なことには代わりないし。こんな硬くて小さい石に陣を刻む技術も大したもんだろうに。王族の財力半端ない。


「モニターだと考えて。リズベスもよく僕にくれるでしょ。

宝飾品に御守りの効果を付加したら売れるとは思わない? サファイアは昔から解毒の作用があるって言われてるんだ」


なるほど、パワーストーン的な商法か。女の人って光り物もおまじないも好きだからこの世界でも売れるかも。


「じゃ、遠慮なくいただくね。ありがとう」


せっかく作ってくれたのだ。私を心配してくれた、その気持ちが嬉しい。


「ごめんね、急拵えの安物で」

「ううん。殿下の瞳の色みたいで素敵」


光に翳してみると、空の色より濃い蒼だ。ずっと眺めていると、殿下は照れたように「早く付けて」と急かす。


「君がつけると高価な宝石に見えるね。ワンピースも可愛いし。えっと、綺麗だよ」


取って付けたような誉め言葉にびっくりしてしまった。


「急にどうしたの? あ、もしかして、ケネス(さっきの人)が言ったのを気にして?」


気まずげに視線を逸らす殿下に笑みが溢れる。


「大丈夫。殿下はいつも欲しい言葉をくれるから。充分過ぎるくらい」


ナンパの類いに慣れてない私がダメなだけだ。


「そう言ってもらえて嬉しいけど。君が誉められ慣れてないのは事実だし。僕も言葉が足りなかったと反省したんだ」


君が大切だってちゃんと伝えたくって、と殿下は呟く。

どんな美辞麗句よりその言葉に赤面してしった。


「林檎みたいに真っ赤。そんな可愛い顔してるとまた変なのに捕まるよ。

今日はどうして王宮に?」

「久しぶりに図書館に顔を出しに行くところだったの。義兄に昼食を届けにいったついでに」

「へぇ。僕も食べたいなぁ。そうだ、今度余分に作ってきてよ」

「そんな、殿下に食べさせるなんてとんでもない!」


王宮の一流の料理人たちの食事で舌が肥えている殿下のことだ。私の手料理なんか恥ずかしくて出せない。


「だいたい、食中毒にでもなったらどうするの!」


今は食材が傷みやすい暑い時期。王族の玉体を傷つけたら、今度こそ処刑台行きだ。それ以前に、殿下を傷つけるようなことがあったら生きていけない。


「だってギディオン、いつも美味しそうに食べてるんだもの。

王族なんてつまらないよ。リズベスの料理が食べれないのだもの。

僕も一度食べてみたいなぁ」


唇を尖らせる殿下が可愛くて胸が締め付けられる。

料理なんて普通の非労働階級(きぞくのむすめ)はまずやらないし、眉をしかめられる趣味ではある。それをあっさり受け入れてくれ、尚且つ食べたいとまで言ってくれた。


「あの、私、料理は自信が無くて」


前世でもっと家事を手伝っておけば良かったと反省し、没落も見据えて炊事が出来るようにコックに教えてもらった。まだまだ修行中だ。


「でも、お菓子なら少しは自信があって」


お菓子だけは朧気な前世の知識でこの世界に無いものが作れる。


「今度作ったら持って行って良い?」

「うん。お願いするね」


にっこり笑う殿下を見て、持って行く前にウェーバーの店に修行に行こう、と決意を固めた。


「じゃ、空いている日を調べてまた手紙するね」

「わかった。頑張る。

そう言えば殿下」


何気無くインクを変えたことを指摘した。以前誕生日に贈ったものが、尽きてしまっても可笑しくない。無くなったと言われたらまた贈る。そんな軽い気持ちだった。

殿下の表情が忽ち変わり、私は失言したのに気づいた。


「ごめんなさい」


信頼はコツコツ積み上げていくものだが、失うのはあっという間だった。

殿下は以前と同じように甘えさせてくれるけど、以前とは変わってしまった。私はもう彼の婚約者でもなんでもない。

私は殿下を裏切った。殿下が私が贈ったインクを使うことは二度とないだろう。

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