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自分の死に際は自分で選べない

牢の番人に好物は何かと聞かれた。酷く陰鬱な面持ちで。


「明日なのですか?」


黙ったままの番人を見て、いよいよこの日が来たのかと思った。

結局二度と裁判には呼ばれず、判決を聞かされることはなかったけど、罪人なんてそんなものか。


「お心遣いは嬉しいですが、お食事は要りません。隣の方に差し上げてください」


番人にはいたく感激されたが、死亡すると筋肉が弛み色々駄々もれになると言う。一、二食抜いて効果があるか知らないけど、少しでも綺麗な姿で死にたいという私のくだらない乙女心だ。






翌朝は少し早めに起きて、念入りに支度をした。


桶一杯の水をいただき、肌を濡れた布で拭って、髪を洗った。

最後に髪は首筋を晒すように結い上げる。


自分の死へ向かっていると言うのに、不思議と心は穏やかだった。

現状で最善の未来に辿り着けた。やるべきことは全部やった。

自分で選んだ道に後悔なんてするはずない。


処刑場へ運ぶためにやって来た男の姿を見て、目を丸くする。


「私の見送りが、伯爵閣下自らとは光栄ですね。

それとも悪趣味と言うべきか」


厳めしい面は大法官のチェンバレン伯爵だ。暇じゃなかろうに。


「死を前にしても減らず口は叩けるようだな」


腕の繋がれた私を、伯爵はまるでエスコートをするかのように先導する。


「あの告発文を書いた人間の顔を見たくなった」


裁判官らしく温度の無い眼差しが向けられる。


「父親を告発したのはキサマであろう?」

「認めたところで、意味はありますか?」


今更だ。政府側は殿下の告発にした方が都合が良いだろうし、既に刑は確定した。殿下が告発した、それで話は終わりだ。


「エリーに似ず可愛くない」


吐き捨てるように言う彼は、私の知らぬ母を知っているのだろうか。


「その結果、自分が首を切られるとわかっていたのか」

「私の望み通りです」

「自殺志願者か」

「少なくとも、正義のためでないことは確かです」


そうこうしている内に牢の外に出た。


夏を迎える日差しが強い。

光に慣れるまで目を瞬く。久しぶりに日を浴びた気がする。

チェンバレン伯爵は王宮の奥へと案内する。

処刑が行われる広場に行くには門の方向に行かなければいけないはずだ。


「お前の処刑は非公式だ。民が騒ぐ懸念があるのでな」


戸惑う私に伯爵が手短に説明してくれた。


「そうですか……」


不謹慎だけど、幸せだな。

前世と違って、今世では多くの人が私の死を悼んでくれる。

命を省みず、処刑を止めようとしてくれる人たちまでいた。

彼らにお礼が言えないのが残念だけど。


感謝を噛みしめながら一歩一歩処刑台へ踏み出す。


高い建物に囲まれた中庭に、目出し帽を被った処刑人が待っていた。


中央には板があり、首が置けるほどの窪みがある。

ギロチンが発明される前には、貴人たちはこうして斧で首を切られていた。


チェンバレン伯爵は私を断頭台の前に跪かせた。

斧を握る処刑人に会釈をする。


近くで見ると、彼の眼は深い空のように青かった。

背丈は違うのに、否が応でも殿下を思い出す色。

最後にひと目見たかった。声を聞きたかった。


「何か言い残したいことはあるか」


親切にもチェンバレン伯爵はそう聞いてくれたけど。


「何も」


死人の言葉って結構重い。生きている人を幸せにできる優しい言葉が良いのに思い付かない。


リーパーや私が関わった人たちに感謝は告げてないけど、出来ることはしたつもり。


ジェシーに私の思いを継いでほしいとは思うけど、これから死ぬ人間の思いなんかに縛られず、これからを生きる人が決めればいい。


殿下のこと好きだと言い残しても、重荷になるだけ。

この思いは墓場まで持っていく。


ただ、私はみんなのおかげで幸せだったのだと、心の片隅で覚えておいて欲しい。


私は血で変色した板の上に首を置き、頭を垂れる。

処刑人は斧を振りかぶった。





  そうして



     刃は

  

     

      振り落とされた。

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