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幕間 王子の覚悟

Web拍手に感想書いてくれた人がいたらごめんね。

まだ慣れてないから、見方がよくわからないの。

翌日から僕に監視がついた。少し前の彼女と同じように。


どうして彼女は僕に知らせなかったのだろう。打ち明けてくれれば……完璧に隠蔽したのに。

証拠も処分して全部なかったことにして、必要なら彼女の父を消して。

それでも上手くいかなかったら、僕はどうしていただろう。

レアード侯爵の思惑通り、兄を害しただろうか。


「ロイ、食事をとっていないそうですね」

「母上」


外出を禁じられた僕は、書庫に籠って古い判例を調べていた。

何とかリズベスを救い出す知識はないかと探して。


「お願いです、僕をリズベスの裁判に参加させてください。彼女の無実を証言させてください」

「できないわ。あなたがこの謀反に関わっていたと言いがかりをつけられれば、貴方の評判に傷がつく」

「そんなことどうでも良い!」


握りしめた僕の拳を、母の白い指が包む。


「あなたが心配なのよ。わかって」


何故、父も母も僕の身辺や評判ばかり気にするのだろう。僕の胸がこんなに痛いのに。


「それに、裁判は中止になったわ」


裁判の仔細を聞いて血の気が引く思いだった。

襟の高いドレスを着ているのは知っていたけど、彼女が傷ついていたのは知らなかった。


あんなに近くにいたのに。

彼女が自分が受けた傷を誤魔化すような人間だってのは知ってたはずじゃないか。


腕についた誓約の輪に触れる。

何も知らずに、死地に追いやった。

僕に打ち明けなかったのは当然のこと。

今まで苦しみに気づいてやれなかった僕が、信用されるわけがない。


「あの子のことは残念だったわね。

気の毒だとは思うけど、衆人の前で肌を晒すようなふしだらな女性、おまけに醜い傷がある。

縁が無かったのよ」


母はそう言うと、幾枚かの姿絵を持ってきた。


「あなたに相応しい女性は他にいるわ。この子なんかどうかしら。黒髪が絹みたいに艶があるの。こっちの子はエキゾチックな瞳が素敵でしょ。この子は美人だし……」


こんな時に他の女を薦める母を、別の世界の生き物のように感じた。


「僕はそんな風に割り切れない。彼女が良いんです。彼女しか要らないんです」


虚ろに繰り返す。悔しさだとか遣る瀬無さだとか、感じる余裕がない。心に穴が開いたみたいに空っぽだから。


「そんなことはないわ。永遠の愛、運命の愛なんて詩集の中にしか登場しない。

私は政略結婚だったけど、二人の子宝に恵まれたし、ちゃんと幸せにしてもらえたわ」


初恋などやがて忘れると父は言った。

初恋を捨てて、国内の有力な貴族子女と結婚し、王としての道を選んだのだろう。

一つしかない思いを貫き通すような愛もあれば、ゼロから少しずつ育んでいく、そういう愛だってある。


「愛するかは心掛け次第よ。今回は残念だったけど、次があるわ。きっとあなたを幸せにできる人がいる」


母の言う通り、リズベスのことを忘れてしまえば“次”は幸せになれるだろうか。


「お話はわかりました。母上の望む人と結婚します。リズベスの命を救ってくれたらいくらだって」


往生際の悪い僕に、母は困ったように眉を下げた。


「今まであなたはあんなに良い子だったじゃない。どうしてしまったの?」


好かれたかった。この人たちに。

でもいつの間にか求めることをしなくなっていた。

一心に信じられて、献身的に支えられて、満足してしまった。

それ以外では満足できなくなってしまった。



         ‡   ‡   ‡



それから数日は絶望の中を過ぎた。父を始め、家族や会う人全てに処刑の中止を訴えたが結果は出ない。

宮内の私室で、僕の侍従がこっそり届けてくれた幾つもの手紙を開封する。

思い当る知識人、有力者に片っ端から手紙を出した。リズベスの助命を頼めないか、彼女を救う知恵はないかと書いた手紙、その返事だ。


収穫は無い。中には自分の娘を新たな婚約者に薦める人間すらいる。

こんなことしている間にもあの子は断頭台へ一歩ずつ近づいていると言うのに。


「ロイ殿下、訪問客が来ています」


鬼気迫る僕に監視役でもある衛兵がおずおずと告げる。


「誰?」

「それが……」


訪問客を応対するのも王族の大事な仕事の一つだ。しかし、面識の無い人間や紹介状の無い人間は基本的に断られる。それでなくてもこんな状況だ。

その人物も今まで王宮に来たことの無い人間だった。が、僕の封印を持っており、貴重なものなので本人に直接渡すと言い張るため無下にできなかったのだと言う。

応接室で待っていたのは、見覚えのある少年だった。


「お時間を作っていただき感謝します」

「君は確か……」


確かリズベスの使用人のジェシーと言う少年だ。


「私のような者の名前を覚えていてくださり、光栄です」


言葉遣いや態度は以前と比べ物にならないほど板についている。


「こちら、お嬢から預かった殿下の御持ち物と利権書です」


彼は留学前にリズベスに渡したシーリングスタンプと分厚い紙の束を差し出した。

最後に会った時に作っていたのはこれだったのか。

リズベスの几帳面な字が、少しの不備なく並んでいる。


「レアード家が管理していた商会の実質的な経営は私に。

利益の一部、売買や業務提携といった最終的な決定権は殿下に譲るとあります」


受け取ろうと近づく僕の肩を、少年の手が掴む。


「王子殿下! お願いです、お嬢を、お嬢様を助けてください」


殿下に何をする、と衛兵たちが引きはがす。

それでも、お願いです、お願いします、と衛兵に引きずられながら、少年は床にこすり付けんばかりに頭を下げている。

乱暴をするな、と静止したが、誰も聞く耳を持たず、ドアが閉じた。




誰もいなくなった部屋で呆然と腰を落とす。

ふと、奇妙な違和感を感じた。


「誰だ」


何も無かった空間から黒づくめの男が現れた。見るからに怪しい。

声を上げて衛兵たちを呼び、自分を守る行動をすべきだ。

でもそんな気力は湧かなかった。


男は石の欠片を僕に見せつけた。いつかリズベスに渡した通話ができる魔鉱石だ。

彼もリズベスの知りあいなのか。


「頼む。あいつを助けてくれ」


口を開いたかと思えば、誰も彼も僕に頼ろうとする。


「勝手なことばかり言うな! 僕が何もしてないとでも思ってるのか!」


寝る間も惜しんで文献や有識者にあたった。

いけ好かない連中にだって片っ端から頭を下げた。

兄の不愉快過ぎて血反吐が出るような提案にも乗った。

それでも彼女は助けられない。


「手は尽くしてる! これ以上どうすれば良いんだ! 助けたいんだよ! 僕だって死なせたくないんだ!」


喉も裂けよと引き止める声を。

血のにじむ思いで伸ばした手を。

欠片も振り返らずに死んでいく。


なんて女だ。

なんて面倒な女だ。

王子である自分がこれほどまでに願っているのに、なんて身勝手な女だ。

でも、そんな女が良いのだ。そんな女に傍にいて欲しいと願ったのだ。

この気持ちがいつ芽生えたかはわからないが、この気持ちがなんと呼ばれるモノなのかなんて、とっくに知ってる。


「諦めてんじゃねぇ!」


刃のように鋭い声だった。


「あいつ、あんたを王にしたいんだと。あんたのために死ぬんだと」


僕の望みを勝手に決めるな!

こんなこと望んでいない!

王になんかなれなくとも、君がそばにいてくれれば、それだけで。


「あいつが見込んだ人間だと思ってたが、とんだ期待外れだ」


その通り、僕は俗物だ。


――じゃ、私が何度だって言います。殿下はすごい


すごくないんだ。無力で、何もできない。


――代わりに私が困っていたら助けてくださいね


嘘つきめ。君は助けさせてくれない。

助けを求めることすらしないで、さっさと諦めて。ご丁寧に退路まで絶って、死を選んでしまった。


――君はその時、隣にいてくれないの?


その問いに、彼女は答えなかった。もしかして覚悟を決めていたんだろうか。

僕といない未来を選んでいたのだろうか。


「もういい。お前に任せるのはやめる。この俺が誰かに頼むなんて柄じゃねぇや。俺は自分(てめぇ)で動く」


そう言って靴を履きなおしたり、袖から何か取り出しはじめた。銀色に鈍く光る。手持ちの暗器を確認しているのだろうか。


「王ならオンシャで処刑を止められるんだろ? お前が玉座に就くには王と王太子が邪魔なんだろ?

あんたを王にすればあいつの望みも叶えられる。処刑も止められる。たった二人だ。邪魔なら殺してやる」


自分の中のモラルが悲鳴を上げる程、とんでもない提案だ。

一方で、頭の片隅で冷徹な計算が動く。

こいつの力は知らないが、父はともかく、兄には勝てない。

それに、失敗したときのリスクが高すぎる。

仮に殺せたとして、人望も実績も無い僕に家臣をまとめられるか? 国はどうなる?


「不可能だ。落ち着け」


不思議なものでさっきまで絶望に沈んでいたと言うのに、自分より興奮している人間を見ると冷静になれた。


「そんなことしてもリズベスは喜ばないぞ」

「てめぇの理屈なんざ知るか! あいつの気持ちも関係ねぇ!

あいつの望む通りにむざむざ死なせろと?

あいつを救えないんだろ。だったら従う道理なんかねぇ」


視界が開けた気がした。

この僕のたった一つの望みを蔑ろにして、勝手に別れを告げようとしている悲劇のヒロイン気取りのために、手加減してやる必要がどこにある?


「俺を止めたいんなら考えろ。

あんただけの力だけじゃ、そりゃ不可能だろうさ。あいつだって一人では父親のことも止められなかった。

あいつもあんたも自分でなんとかしようとしたがる。

でも、あいつを救いたいのが自分だけだと思うなよ」


闇に輝く瞳が僕を見下ろす。


「俺は裏社会じゃちったぁ名の知れた人間だ。俺を使ってみろよ、王子サマ」


初めて正面に立つ彼の顔を見た気がした。


「君の眼、リズベスに似ているね」


そう言うと、その瞳を軽く伏せた。


「妹だよ。腹違いだけど」


考えを纏める。

手持ちの駒。払える犠牲。目指すべき勝ち筋。

諦めればあの子は死ぬ。


あの子は自分の命を捨てた。

さあ自分は、何を捨てられる?


「これから言う人間を調べてくれ」


僕はようやく顔を上げた。覚悟は決まった。あの子の願いを踏みにじってでもあの子を救い出す。

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