表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢は運命の轍を踏む~死亡フラグが回避できない~  作者: アストロ
第一章 異世界転生したからって上手くいくとは限らない
3/118

回想したって何かが変わるわけではない

このロイ王子殿下と出会ったのは、七つの時。

病弱だった母が命がけで出産した時、「なんだ、女か」と言い捨てた父が、初めて女が生まれたことに感謝したと言う。


そもそも我が家は侯爵と言っても格下の家で、王子と婚約できるような血筋ではない。婚約者に選ばれたのは、侯爵家の嫡子が女である私しかいなかったためだ。


第二王子は悪い言い方をすれば、第一王子に何か遭った時のためのスペアである。何もなければ不要な存在。まして王族が魔法で国防を担ってきた歴史から魔力至上主義のこの国で、第一王子は魔術の才能に恵まれ、王になることがほぼ決まっている。しかし腐っても王子、ある程度の生活を保障させ、責任も負わせなければ外聞が悪い。成人してからも王家で飼い殺し続けていれば、国民の反発を招く。前例通りなら公爵となるところだが、そのために新しい家を創設するわけにもいかないし、隣国との争いに疲弊した国には領土も余っていない。


そこで、私である。

首都に近く、比較的広大な土地を治め、そこそこ裕福。母親も病弱でこれ以上の子を望めない。後継になり得る有力な親戚もいない。どちらにしても婿をとる必要がある。

私と殿下が結婚すれば、侯爵家は婿を獲得でき、王家は殿下の分家と領地を確保できると言うわけだ。

だがこの結婚が決まった当時、この条件に当てはまる家は他にもあり、公爵家の一つも後継者が女だけだった。それでも格下の我が家が選ばれたのは、その公爵家が由緒ある家柄で、影響力もそれなりに強く、第二王子と言う火種を与えれば内乱を起こす恐れがあったからだ。


ある程度の地位があり、殿下を担ぎ上げる力も無い。ちょうど妥協点だったわけだ。

それなのに、ゲーム中のリズべスはまるで殿下の婚約者であることが当然のように振る舞う。それが彼に疎まれる要因の一つでもある。

殿下を渇望したリズべスとは反対に、私としてはできれば婚約自体を避けたかったのだが、格下の貴族。こんな名誉なことを、こちらから断るなんてできるはずもない。


顔合わせの日、初めて宮廷を訪れる私に、「くれぐれも失礼の無いように」と父は何度も念を押した。相手は王族、無礼を働くわけにもいかない。それはわかるが、行動を起こさなければ諸々の事情から婚約することはほぼ確実。

屠殺される豚になった気分で私は庭園へ向かった。


親が目を離した隙に私が庭園に迷い込み、偶然そこを散歩していた第二王子と『出会う』演出。尤も、運命の出会いをする男女はどちらも筋書きを知っている、ただの茶番だ。


緑の芝をキャンパスに色とりどりの花々で模様が描かれている。何度かの生け垣を曲がったところに、彼は居た。幼くとも攻略対象だけあってベンチに腰掛け読書している様は、一枚の絵画のようだった。彼は私に気づくと、本を閉じた。


「初めまして」


ガキのくせに仮面にみたいな、美しい笑みだった。


「お初にお目にかかります」


背筋を伸ばして綺麗に礼をしても、婚約者に興味が無いのか、瞳には温度が無い。

これから捨てられるとわかっているのに、愛想を振りまく気も無かった私だが、それが無性に気に入らなかった。


「それじゃ、お互い名乗るところからはじめようか」

「この国の貴族の子女で殿下の御名を知らぬ者は居りません。それとも、私は名乗った方がよろしいですか?」

「大丈夫だよ。レアード家のリズべス。でも困ったな。折角の()()()()()()なのに」


苦笑する少年を見て、ようやく彼のことを思いやった。思えば、彼も可哀そうな人だ。まだまだ子供なのに政治的な判断とか大人の都合とか自分に関係ないことで、好きでもない相手と婚約させられようとしている。


「お互い、苦労しますね」

「そう言わないでよ。母上が恋愛小説が好きなんだ」


――どうして? あなた、良い子だったじゃない


ゲーム中の彼の母である王妃の台詞が甦る。この親は彼のこと何にもわかっちゃいないと苛立った感情と共に。

彼は幼い頃からずっと良い子で。物わかりの良いふりして周りの顔色を伺い、親の期待に応え、傍若無人な兄の仕打ちに耐え、王子として模範的に振る舞い、欲しいものを我慢してきた。

いつか自分を、兄では無く自分を愛してほしいと、ずっとずっと願いながら、諦めたふりして、儚い願望を胸の奥にしまい込んでいた。


そんな彼の初めてのわがまま、それは平民であるヒロイン……初めて自分を愛してくれる女性と結ばれることだったのだ。


「ここ座る? まだ時間あるでしょ? もうちょっと話そうよ。これから長い付き合いになるんだし」


婚約者候補である私があまり早く戻っては不都合なのだろう。こちらも父の機嫌を損ねるわけにいかず、言葉に甘えて椅子に掛けた。しかし会話の糸口も無く、沈黙が流れた。


「殿下は何かお好きなものはありますか?」


無難な質問だ。でもこの可愛げのない少年が、年相応に目を輝かせながら棒を振り回したり木登りをしている姿が、全然思い浮かばなかった。


「本、かな」

「本! 私も好きです。そう言えば先ほども読んでいらっしゃいましたね」


共通の趣味があってほっとした。彼が見せてくれたタイトルは一人の貴族の冒険ものに近い旅行記だった。


「それ、私も読んだことあります」

「そうなの? 女性なのに珍しいね」

「父には内緒にしてくださいね」


この国の女性は無垢が良いと言われる。余計な知恵をつけることは好まれず、親によってはわざと字を教えないこともあるそうだ。


「でも、わからないとこがあって」

「どこ?」


お借りしても? と声をかけ、本のページに触れる。途端に文字が宙に浮いた。

わぉ、と歓声を上げた。


「便利だねぇ」


そうでしょう、と笑いかける。本好きならこの良さがわかってくれると思った。

この世界に生まれついた私の魔法は、文字を記したインクを自由に操るというもの。火の玉を出すとかオーソドックスな魔法に比べると地味だが重宝する。特に私のような活字中毒の人間にとっては。コピー機の無いこの世界、本は貴重だ。だが、文字が動けば複写もできる。


「ここです。この主人公のセリフ」


『太陽の城でしか眠れないのかい?』と言う文字だけ残し、他の文字が本の中に戻る。


「ああ、それ。隣国のサルバラードの北に太陽の城って言う一度も落城したことがない頑丈なお城があってね。そこを治めているカーライト家はその城でしか安眠できないって言われているんだよ。敵地で眠れなかった臆病な友人をからかったんだね」

「知らなかった。じゃあ、これは?」

「ああ、それは……」


王子は私の質問にわかりやすく淀みなく答えていく。深い知識と、それを理論的に紡ぐ思考力。天才だ、神童だと騒ぎ立てたら、

「でも僕、魔法が上手く使えないし」

と瞳を曇らせた。


「それってそんなに大事なことですか?」


魔力が無い世界から来た人間からすれば、そんなことで悩むなんて不可思議だ。

この世界は火薬の発達が遅い。最高の魔法使いでも狙撃されたらひとたまりもないだろう。


「例えば殿下、震えるほど寒い地に炎使いと知識人がいたとします。炎使いは手の届く範囲の、力が強ければ目の届く範囲のあまねく全てを暖めることができましょう。

一方知識人は人々に火魔法の使い方を教えます。やがてその知識は人から人へと伝わり、数多くの、出会ったことの無い人までも暖めることになりましょう。


知識は魔法よりずっと役に立つことがあります。私は今日ここで、あなたの兄上ではなく、あなたとお話できて良かった」


すると彼は目を丸くし、

「そんなこと、言われたことなかったな」

年相応の顔でにっこり笑う。


なんだ、そんな風に笑えるじゃないか。


「じゃ、私が何度だって言います。殿下はすごい」


彼は親から関心を向けられていない。親の愛情も関心も全て天才である第一王子のもの。彼が謀反を望み国を傾けないようにという配慮もあるのだろうけど、あくまで第一王子のスペア。周りの扱いもそれに準じる。


だったら、私がたくさん褒めてあげよう。頑張ったら頭だって撫でてあげよう。

私はこの子のことをよく知っていて、しかも現世でも前世でも年下。だから姉のような気持ちになったんだと思う。


「私、婚約者という立場ですけど、殿下の友人になりたいんです」

「え? 友人?」

「ええ。この婚約は、状況によっては容易く覆ります。例えば隣国に殿下と同じ年頃の王女がいたら、国の結びつきのために当然そちらと婚約していたでしょう?」

「そんな王女いないよ」


いるんだな、これが。今は我が国の孤児院ですくすくお育ち中だ。


「友人ならば、万が一この婚約が解消されても、ずっと殿下を応援してあげられるでしょう? 私、殿下のために何かしてあげたいんです」

「それで君にどんな利があるの?」


王族として当然かもしれないが、そういう疑問が出てしまうところが彼の賢くて可哀そうなところだ。


「代わりに私が困ったら助けてくださいね。そうやってお互いが困ってる時にお互いに助け合うんです。だから、友人」


王子は面を食らった顔をしていた。


「君って変わってるって言われない?」

「女なのに本好きな時点で変わってますでしょ?」

「確かに」


少しだけ笑って、彼は手を差し出した。


「これからよろしく、僕の婚約者殿」

「こちらこそよろしく、私の友達」


暖かい手を握りながら思った。

私のような小娘にできることは少ないけど、この子供らしくない少年が少しでも笑えるように力を尽くそう。








――嗚呼、だけど


実際はどうだ。母を亡くした痛みに囚われ、優しいあの子に気を使わせている。

助けられると自惚れていたのに、助けられてばかり。


悲しさはいつまでも風化せず、まだ胸は痛いけれど。


いい加減涙を拭いて立ち上がろう。今度は私が手を差し伸べられるように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ