兄弟は同じでない
検索履歴見たら、
神明裁判、中世の処刑、大逆罪、断頭台、雷の痕、首吊り
とか物騒過ぎるワードが並んでいました。
立派な通報案件だよ。
目が覚めたのは、牢のベッドだった。
顔を見せに来たギディオンに懇願してその後の顛末を聞いた。
「それじゃ、誰も傷ついてないのね。良かった……」
皆が引いたと言う話にほっとしていると。
「あなたは……」
ギディオンは何か言いたげだったが、結局口を噤んだ。
それから数日は、静かに過ぎた。
裁判に呼び出されることも無く、急な客も無く。
いつ裁判に出るのか、私はこれからどうなるのか、それとなく役人に聞いたが、知らないと言う答えしか返って来ない。
招かざる客が来たのは日が落ちたころだった。
すっかり暗くなったと言うのに、普段ではあり得ないことに、貴重な魔鉱石が焚かれた。
不審に思った私は、いつもなら寝台に横になっている時間だが、椅子にかけたままだった。
果たして、その人物はやって来た。姿が見えた時、胸は自然に高鳴った。
合わせる顔も無いのに、ずっとずっと会いたくて仕方なかった彼だと思った。
でも、違う。
彼より背が高く、自信たっぷりな足取り。神が手ずから掘り出したような幼さの抜けた精悍な顔立ち。はるかに意志の強い群青の瞳。
「あ奴が執拗に見せようとしないからどんな女かと思ったが、拍子抜けだな。人形のように陰気で薄気味悪い女だ」
第一王子で王太子、ルイス。
「ご期待に沿えず、申し訳ありません」
頭を下げながら、疑問を持つ。こいつが処刑前の女に何の用だ?
「そなたの父親、本日処刑されたぞ」
私の裁判が行われているのだから、当然父親の裁判も行われている。
そうか、今日、亡くなったのか。
「左様ですか」
頬に涙が伝った。
不思議なもので、散々な目に遭わされても親は親らしい。
束の間、沈黙して父を悼んだ。
「ふん。泣きわめいて命乞いでもするかと思ったのに、つまらん」
「父の訃報をわざわざ伝えに来てくださったのですか? 感謝します」
そんな善人ではないのは前世の知識で知っているが、一応礼を言っておく。
「いいや。実はそれを知った弟が、ひどく取り乱してな」
遂に知られてしまったか。無理もない。裁判は王宮で行われているし、城門には群衆も詰め掛けた。
「リズベスを助けて、と。しつこく縋って鬱陶しい」
殿下……。
「私としても、いけ好かぬ、可愛げのない弟の頼みだ。叶えてやることもやぶさかでない」
殿下と第一王子は仲が悪い。殿下は兄にコンプレックスを抱き、真実を見抜く第一王子は自分に悪い感情を抱いている弟を良く思ってない。
「そこで提案してやった。女の場合、処刑を免れる方法がある」
「国王陛下の恩赦ですか?」
「父は恩赦を与える気などない。きさまがその気がなくとも、謀反に加担し過ぎている。罰せねば示しがつかない」
ま、そうだろうな。恩赦に男女の差は無いし。
「この国で最も価値があるのは父である王、次点は王太子である私だ」
王はこの国の最高権力者、政治、軍事、全てに決定権を持つ。
それがどうしたと言うのだろう。話が変な方向に行っている気がする。
「価値が無いなら価値を付与すれば良い。
簡単に言おう。王位継承権を持つ子を孕めば良い」
「は?」
「物わかりの悪い女だ。私に抱かれろ、と言うことだ。このような辛気臭い場所までわざわざ足を運んでやったのだ。感謝するが良い」
何言ってんだこいつ。暴論過ぎて頭が理解を拒否している。
「先例もある。二百年前、死刑囚があまりに美しい娘だったので、時の王が手をつけた。
王に子は居らず、娘は王の愛妾となった。子は出来ず、やがて王の愛を失って処刑されたが、それはまあ置いておこう」
父も含めて、この国の貴き御方にはろくなのがいない。
「私の子を孕む、或いはその可能性があれば、おいそれと処刑はできん。
ロイには王位継承権を放棄するよう言った。
スペアは幾つも要らぬ。ロイがいなければ、自ずとお前の価値も上がる」
何が愉快なのか、第一王子はお綺麗な顔を綻ばせる。
「あ奴、青い顔で唇を噛んでいたが、最後には頷いた」
あの優しい子は、どんな思いで聞いたのだろう。
きっと好きでもない男に抱かれる私の身を気遣ってくれた。
どんな思いで頷いたのだろう。
王になる夢を捨てろと迫られて。
「王太子様、タイを賜れますか?」
特に躊躇せず、王太子はタイを解き、牢内に投げてよこした。
「殊勝なことよ。早速私の機嫌をとろうとするとは……おい、何をしてる!?」
私は椅子に立ち、リボンのような細長いタイを格子の上の方に結び付けた。
最後にタイで作った輪に首を括り、椅子を蹴倒す。
締め付けられる喉に、視界が暗転した。
しかし、即席の首つり紐は私の体重に耐えられなかったらしい。間もなくタイは千切れ、床に身体を打ち付けた衝撃で意識が戻る。
喉が痛い。身体が勝手に酸素を取り込もうと、生理的な咳が出る。
「なに、を……」
「あの子の足枷になるくらいなら、ここで死ぬ」
散々な有様なのに、静かな牢内に掠れた声が思いのほかよく響く。
「私はあの子を王にする!」
この国で最強の風使いが、気押されたように後ずさる。
「狂ってる……」
そうかもしれない。この生に意味を与えてくれた彼を盲目的に狂信しているだけかもしれない。
でも、そんな自分に満足して、私は唇の端を上げた。
「お前には、いるのか? 命に代えてもお前を王にしたいと言う人間が」
第一王子は雷に当たったように一瞬動きを止めた。
「っ、付き合いきれん!」
やがて、踵を返して元来た道を早足に戻っていく。
第一王子はあの通りの、顔が良いだけの屑。
彼は何でも持っているが故に、持たぬ者を思いやることをしない。
特に高貴な生まれである彼は、平民を軽視している。
彼のルートでは隣国の高官、恐らくサルバラードの人間と揉め、それが原因で国交が悪化する。
事態を重く見た国王は第二王子を王太子に立てようとする。
第一王子は初めて挫折を味わい、自暴自棄になる。
しかしヒロインと関わるうちに、平民や女子供、弱い立場の者のことを考えるようになる。
他者への思いやりを学んだ第一王子は、再び次期王を目指す。
一方の第二王子ルートは急に王太子に指名されたものの、常に兄と比較され続け自分に自信を失っている。
まだ幼いのに王太子と言う重責を背負わされ、周りの貴族も頼りないと陰口を叩き、第二王子は大きな不安を感じる。
しかしヒロインと出会い、彼女が傍らで励まし支えたことで、地道に実績を重ね、自信をつけていく。
そして遂に、彼は次期王に指名されるのだ。
ヒロインがどちらを選ぶか、王がどちらになるかはわからない。
殿下は魔法陣製品をはじめとした実績を既に積み上げている。
そして、国のために婚約者の家すら切り捨てた王子は諸侯たちの記憶に残るだろう。
民を思いやる優しさ、他国へのパイプ、見分の深さ、いざと言う時の決断力は王に必要な力だ。
レアード家への断罪は、近い将来王になるかもしれない彼の、踏み台になるはず。
……なんて、これから死ぬ私が、意味のあった生だと思いたいだけだ。
死ぬのは簡単じゃない。
殿下に迷惑をかけず、後腐れなくすっぱり死にたかった。
躊躇いは無かったはずなんだけどな。
結び目が解けたわけじゃないから、間に合わせの素材が問題か。気持ちの問題じゃなく、ちゃんとした準備がいるのか。
王太子が置いて行った絹のタイに目をやった。
切り口は、綺麗に切れていた。まるで刃物を使ったように。
「リーパー、なの?」
この魔力を大量に消費する牢内で、姿を消す魔法を完璧に操れるのは一人しかいない。
予想通り、彼は姿を現した。
眉を顰め、怖い顔で黙っている。
防音結界でもひかれているのか周囲は不気味なほど静かで、世界には私とリーパーしかいないようだ。
「ごめんね。私、何もできなかった」
命を助けてくれたリーパーには悪いけど、あのまま死なせてくれて良かったのに。
生き永らえたところでもう何もできない。何かすることを諦めてしまった。
「ふざけんな。たかが小娘だろ。お前も言っていただろ、できることには限りがあるって。
父親の仕出かしたことに、責任なんか感じなくて良いんだ。
何もかも忘れて、生きて行けば良いんだ」
その口から出てきたのは、外身は厳しいのに中身は慰めの言葉。
「そんなことできない。私は罪を犯した。父が行ったことを知らずにのうのうと生きていた。
そんな人間許されるはずがない」
不思議と可笑しくて、微笑みかける。
「そうでしょ、兄さん」
「知ってたのか」
虚をつかれたリーパーは、ぼんやり呟く。
ゲーム内で、彼の出生は語られていない。
「なんとなく、そうじゃないかって思っただけ」
明確な根拠なんてない。
でも、彼の瞳は、レアード家に受け継がれている色とよく似ている。彼の手つきや歩き方、ふとした仕草は父によく似ている。
初夜権と言う忌むべき制度。
殺しを生業とする彼が、誰の依頼も無しにわが家を訪れた理由。
レアード侯爵家に向けている憎しみの正体。
点と点を繋げれば、ぼんやりと形が見えてくる。
「俺はお前の見立て通り、侯爵の子種から生まれた子供だ。
望まれた子供じゃなかった。
父親は憎い男の子だと暴力を振るい、恨んでいる母親はまともに顔を合せなかった。
いつも痣だらけで腹を空かせていていた」
リーパーは自分の姿を完璧に消すことができる。
そんな力を身につけざるを得なかった彼が、まともな幼少期を過ごせたとは思えない。
父親の機嫌が直るまで家の隅で息を潜めていた。
母親が食事をくれないので外に出て食べ物を盗みもした。
「その内、魔法が使えることがバレて、裏社会に売られた。
そこで人の殺し方を学び、まともな暮らしができるようになった」
なんて皮肉な話だ。彼はまっとうな両親の元ではなく、はみ出し者たちに人として扱われた。
「レアード家に来たのは、父や私のことを調べるため?」
「仕事仲間からレアード侯爵令嬢のことを聞いて、妹がいると知った。王都まで評判が聞こえるくらい慈善家で、俺と同じ魔法が使える平民に施しをしてるって。
俺と違って何不自由なく幸せに生きているんだって、羨ましかった。
侯爵のことは父母から恨み言を聞かされて育ったから会いたくもなかったけど、妹のことは知りたかった。
俺と似ているのか似てないのか、どんな人間なのか見てみたかったんだ」
本編の通り、私が父と同じ人間だったら、きっと彼はレアード家に来なかった。
愛の反対は無関心だと言う。
期待を持てないから、徹底的に関わらなかったのかもしれない。
「初めて会ったときはなんて人だと思ったけど、あなた、何だか優しかった」
それがずっと不思議だった。
もっと不思議だったのは、それが当然のことのように馴染んでいる自分だった。
血のつながりと言うべきものを、どこかで感じていたのかもしれない。
「私ずっと、兄さんのこと知らずにいた。辛いとき、助けてもあげられなかった」
彼の力なら、逆恨みして父親や私を血祭りにあげることだってできた。
でもしなかった。
彼は自分の感情で動いたりしない。
依頼だから、そうしないと生きていけないから殺すだけで、無駄な殺しはしない。
本当は優しい人なんだ。
たくさんたくさん傷つけられてきたのに、人に優しくできる人なんだ。
「兄さんは救いの手なんか必要ないって言ったけど。例え自己満足でも、何かしてあげたかったの。せめて、日の当たるところを一緒に歩けたらって。
なのに、何の償いもできないまま」
「お前の罪じゃないだろ!」
罪悪感を吐き出す私に、兄は吠えた。
「お前の罪じゃないんだ。俺が生まれたのも。ここに囚われているのも。
お前はどうにかしようと足掻いてきた。その背の跡は、反抗の証だろう?」
意外過ぎて目を瞬く。
「許してくれるの、兄さん? 辛かったでしょ、苦しかったでしょ」
「許してやる。許してやるから」
「……ありがとう」
本当に悔しいな。何も返せないまま、終わるのが。
「一つお願いがあるんだけど聞いてくれる?」
「なんだ? なんでも言ってみろ」
「これ、殿下に渡してくれる?」
ただの石ころに見えるが、かつて殿下の声を届けてくれた魔鉱石。身に着けていたまま持って来てしまった。
「私はもう何もできないけど、殿下ならきっと良くしてくれる」
彼が刻んだ陣だ、きっと私の意図に気づいてくれるはず。
「それでもし気が向いたら、私の代わりに彼を助けてあげて」
リーパーが力を貸してくれたら殿下も心強い。
これが私にできる精一杯だと満足していると、檻越しに手を痛いほど掴まれた。
「助けてって言えっ!
ここから出してやれる、逃がしてやれる、匿ってやれる、死ぬ必要なんかないんだ、俺の力なら」
彼の顔は泣きそうなほど歪んでいる。
「絶対に絶対に、助けてやるから」
私はほほ笑んだ。
その言葉だけで良いんだ。
ありがとう、兄さん。今となっては私のただ一人の肉親。
「母が死んだとき、殿下はみんなが笑って暮らせる国を作ると言った。富める者も貧しい者も。平民も貴族も。魔力持ちも持たざる者も。
きっとそこでは、父のように下の者を虐げる人間はいない。兄さんのような不幸な子どもが生まれることも無い」
覚悟は決まっていた。本当は、母が死んだあの日からずっと。
「そのために、私はここで死ななければならない」
殿下はなりふり構わず、私の助命を嘆願している。第一王子の無茶苦茶な提案に乗るほど追い詰められている。
私が逃げてはあらぬ疑いがかかる。殿下の経歴に瑕疵がつくことになる。
「もうすぐ見張りが来る。幻想呪文が効きにくい人だって聞いた。行って」
「だが」
「さようなら、元気でね」
何か言いたげな兄に、強引に別れを告げる。
彼の姿は煙のように消えた。
「ただ」
誰もいない牢に、ひっそりと呟く。
「許されるならあの人が作る国を見てみたかった」




