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後悔は先に立たない

え? クリスマス?

勿論知ってますよ、小説を投稿する日ですよね。

「レアード嬢はおられるか」


翌朝、牢と言う静寂の中に戻った私を呼ぶ声がする。

昨日の公判の続きだろうか。

番人たちが私の牢の前に案内した時、私は櫛で髪をすいていた。

訪問者は身支度を終えるまで待ってほしいと言う女心を解せず、ずかずかと現れた。


「近衛騎士のギディオン=チェンバレンだ」


騎士……ギディオン……聞き覚えのあるワードにはっとする。

攻略対象じゃないか。

確か、高官の父を持つが、座学や腹の探り合いが苦手。

本来なら学園に通うはずだが、腕に覚えがあったので家を出て有名な剣士に弟子入りし、騎士になった。

そっか、チェンバレン伯爵の息子さんだったのか。


「外の様子を知っているか」


私は牢についている窓を見上げた。

逃亡防止のためか私の背では届かない高い位置にあり、おまけに鉄格子まで嵌っている。


「この通り、拝見することはできません」

「では、あなたが指示したものではないと?」

「何を、ですか?」


検閲を受けるどころか、ペンすら与えられないと言うのに、何を言っているのだろう。

そう言えば外が騒がしいような気がする。牢が塔の上の方にあるので、よくわからないが。


「来い。見せた方が早い」


ギディオンは牢の錠を開けさせ、私の手を引いた。




彼が連れて来たのは、侵入者の見張りや、逃げる囚人の監視のためにある、バルコニー付きの大きい窓の前。

本来なら城門の外が見えるであろうその景色は、人がたくさんいた。

城を取り囲むように座っているのは、服装から貴族ではない。どうも平民のようで子どももいるし、女もいる。


「な、んですか、これは」

「その様子では、想定外だったと?」

「当たり前です! どうして私が……」


その中を動き回り、群衆に声をかけ先導する青年の正体に気づく。

ジェシーだ。

他にもよく見ると見覚えのある姿が幾つもある。

彼らの持っている旗や看板には“お嬢様は無実だ”“リズベス様の処刑を止めろ”と文字が書いてある。


「嘘でしょ」


私のせいだ。

トルーマン教授にデモの概念を教えた。それを聞いたジェシーが、彼らが、デモを行ったのだ。

でも、この世界にはまだ、デモを守る法がない。応援してくれるマスコミもいない。


「昨日の公判で勢いづいている。準備が整い次第、鎮圧するつもりだ」

「彼らは武器を持っていません! 王の騎士ともあろう者が無抵抗の女子供に刃をむけるのですか?!」


私は間違えた。悪女でも何でも演じて、徹底的に嫌われるべきだった。

罪悪感を抱くであろう殿下もいる。下手に情を残して彼らが悲しむより、軽蔑された方が良かったんだ。

彼らを犯罪者にするわけにはいかないなんて言い訳して、単に自分のことを好いている人たちに悪く思われたくなかっただけじゃないか。


「私に、話をさせてください。彼らを説得します」

「囚人と外部との接触は禁止だ。塔から出ることも」

「そんなこと言ってる場合ですか!」


そう言えばこいつ、熱血にプラスして真面目堅物キャラだった。法の番人の息子だけある。

だからって、このままにしておくわけにはいかない。


「では、インクを用意してください」



         ‡   ‡   ‡



「大丈夫っすよ、大丈夫」


ジェシーは群衆の中を回りながら声をかけていた。


「みんなで誠心誠意お願いしたら、きっと王様だってお嬢を許してくれますよ」


昨日の公判、ジェシーは参加していない。

この騒動に参加している者は犯罪者と看做され、証言台に立てない可能性がある。

だから、トルーマン教授や元侍女たちと相談し、役割分担をすることにした。


しかし欠席した裁判の内容は、傍聴者たちの口からすぐに広がった。

背に雷の鞭を振るわれながらも、父から使用人をかばった健気な娘。

領民を富ませようと努力したのに、無実の罪を着せられた哀れな令嬢。


気の早い連中は塔を襲撃して直接連れ出そうと腕を捲っている。

レアード領からはるばる出て来たのに、何日もここで足止めされている焦燥もある。

それでも石一つでも攻撃したら、騎士団に反撃の理由を与えることになる。

そういうわけで、ジェシーは必死に宥めて回っていた。

そんな時、彼の名を呼ぶ声がした。


「差し入れを持ってきましたよ」

「すいません、ウェーバーさん」


彼が持ってきた荷車いっぱいにあったのは、日持ちもするブラウニー。

先ほどまでの焦燥感は消え、子どもから我先にと荷車に群がる。


「どうしてここまでしてくれるんすか?」


小麦も卵、砂糖、その他の材料もただではない。

それを恐らく彼の持つ店の設備と従業員を使って焼いたのだろう。

ありがたく思いつつも、この野心家の男の行動を不思議に思った。


「だって、商売仲間に死なれると損でしょう? 今まで金と時間と労力を使って築き上げた人脈です。今後ともお付き合いを続けていきたいですからねぇ」


素直じゃない、と吹き出してしまった。あまりにこの男らしい言い分だけど、どこかこの男らしくない行動だ。


「それにしても、人数が増えましたね」


数日前はここまででもなかった、とウェーバーは周囲を見渡す。


「実はうちの一座が協力してるんです」


間に割り込んできたのは、ブルネットの年齢不詳の美女。


「おやおや、これは今(ちまた)で有名な劇座の女座長さんでは?」

「光栄です、飛ぶ鳥を落とす勢いの菓子店の支店長さん?」


握手を交わすのは腹に何かありそうな二人。(まと)う空気は異質だ。

切実に距離をとりたいジェシーだが、世話になっている手前そうもいかない。


「座長、こんなところにいていいんすか?」


彼女たちには大通りでレアード侯爵令嬢の半生と言うべきものを演じてもらっている。

識字率の高くない平民に伝えるのは、紙面より劇の方が効果的。

侍女や関係者にリズベスの人となりを聞き、座長の夫は一日で台本を仕上げた。それをたった二日で役者たちは皆に見える劇に仕立て上げた。


劇を見たジェシーは、お嬢ってこんなに儚げだったっけ、もっとパワフルだったような?と首を傾げた。

しかし、悲劇の令嬢、しかもタイムリーな話題だけあって、客入りも良いらしい。


劇の最後は彼女が逮捕されるところで終わっている。

この後の結末は見ている皆さんの力次第だと訴え、感化された観客が次々と塔を取り囲む群衆に加わっている。


「大丈夫よ、グレアムがいるから」


座長が上げた名は、いつかレアード家に来て給仕の真似事をしたこともあるいけ好かない青年だ。

声変わりも終わり、身長も伸びて男らしく、すっかり若手俳優として名を馳せているらしい。羨ま……けしからん。


「いつかの借りを返す、王子本人より数倍格好良く演じてやるって意気込んでいるから」

「でも座長、俺たち、この通り騎士たちに良く思われてません」


増える人数に、城を護る門番たちも殺気立っている。まさに一触即発だ。


「一座は大丈夫なんすか? 憲兵に睨まれてません?」


心配して声をかけると、座長は強気に笑い飛ばした。


「正直、嫌がらせはちょいちょい。

でも、舞台壊されたって、剣で脅されたって、役者が無事なら演じさせていただきますわ。私たちにだって矜持がありますから」


申し訳ないけど頼もしい、とジェシーは唇の端を上げる。


「君のお嬢様は顔が広いですね」


ウェーバーが感嘆を漏らす。ジェシーも同感だ。


その時、前方の群衆がざわついた。

何だろうと眺めると、囚人を閉じ込めている塔の窓が開き、バルコニーに一人の少女が現れた。

栗色の髪を風に靡かせ、質素なワンピースを着て、罪びとだと言うのに凛と背を伸ばしていた。


「オジョーだ!」

「お嬢様」

「お嬢」

「リズベス様」


老若男女は口々に叫ぶ。

インクを操る彼女は、空間に文字を描いた。


「ええっと、わ? それとも、れ?」


目を凝らすジェシーに、座長はたまたま持っていた遠眼鏡を貸した。

ウェーバーに問われ、ジェシーは文字を読み上げる。


「わ、た、し……」


私は罪を犯した、処刑されるのが当然だ。私のことなど忘れて、


「み、な、ど、う、か、し、あ、わ、せ、に……」


窓に立つ人影ががたんと傾ぐ。

ジェシーは思わず息を飲み、そこら中から悲鳴が上がる。

間一髪で騎士らしき人影が身を乗り出して腕を伸ばし、力の抜けた体を抱きとめた。落下を免れた彼女は、そのまま塔の中に運び込まれていく。


凶悪犯は魔封じの呪がかけられるが、一般の囚人にはかけられない。

不要だからだ。お嬢がいつか読み聞かせてくれた本に、王宮の牢は魔力の消費を増幅させる鉱石でできていると書いてあった。


そんな場所で、彼女は無理に魔法を使った。

魔力とは生命力に直結している。魔力を使いすぎると寿命が減るという俗信まである。意識を失うのも無理もないことだ。

彼女がそうまでして魔法を使った理由。

王宮を守る騎士たちの我慢が限界に近いと、武力での鎮圧が間近に迫っていると言うことだ。


「潮時ですね」


どちらかと言うと第三者に近いウェーバーが冷静に判断する。

群衆の中には帰り支度をしている者の姿もいる。

しかし、誰が止められよう。

彼らには、養うべき守るべき家族もいる。いつまでもデモに参加しているわけにはいかない。

古株の使用人たちも、お嬢様がせっかく残してくれた紹介状、その効力がある間にも新しい就職先を探さねばならない。


彼女は群衆たちに“言い訳”を授けた。

本人がもう充分と伝えたことで、彼らの心は折れてしまった。

お嬢様への義理は果たした、今度は自分自身のことを考える番だと。


「どうするの、ジェシー」


顔見知りの子どもたちや、使用人が声をかけて来る。

往生悪く残れば、彼女はまた無理にでも魔法を使って止めようとする。

だが、このまますごすご引き下がっても、彼女の生命は守られない。

ジェシーは覚悟を決めた。


「王子に会いに行く」

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