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親は味方ではない

こっから最終話までシリアス展開です。

どうぞ最後までお付き合いください。

屋敷に戻ったのは、日も傾きかけた頃だった。

遅い時間だと言うのに、屋敷に荷馬車が何台か停まっていて、慌ただしい。


「壊れ物らしいっすからそっとっすよ、そっと」


玄関で配達人たちに指揮をしているのは、執事見習いとして頭角を現しつつあるジェシーだ。


「何運んでんの?」

「わっ、お嬢!」


後ろからこっそり声をかけたら、狙い通り飛び上がった。面白い。


「何でも、嫁入り道具らしいっす、じゃない、です」


最近は言葉遣いを練習中のジェシーに微笑みかける。


「嫁入りって、まだ成人もしてないよ、私」

「そっすね、早いっすね、早すぎっすよね。まだまだ時間が」

「どんなに急いでも、殿下が成人まであと四ヶ月あるし」

「うわー、改めて考えるとあんま時間ねぇ!」


ジェシーが慌てふためいている。

まだ殿下は学園に通って(ゲームははじまって)もないのに。

大袈裟過ぎると笑ったら、あの王子は油断できないと真顔で返された。


「お嬢、いいっすからね。あんな小賢しいガキにもらわれなくっても。

この屋敷でずっと暮らしてもいいんすよ。俺、いつまでもお世話しますし、何なら……」

「私自分のことは自分でできるし。ジェシーも早く一人立ちしてね」

「俺の一世一代の告白が発動前にバッサリだ!」


何を告げるつもりだったか知らないが、叫びながら頭をかきむしる。


「私が心配することなかったわね。仕事熱心でみんなからの評判も良いし。一人立ちももうすぐね」


激しく落ち込んでしまったので、慰めようと誉めまくった。

すれ違い様に使用人の一人に「ずれてる」と言われたけど何故だろう。


「魔法の腕も上げたわね。教えてくれてた傭兵さんたちも故郷に帰っちゃったのに偉いわ」

「ああそれ、侯爵様が教えてくれるんっすよ」

「父が?」


ビックリした。

だって、平民に戦闘魔法を教えるのに反対していたあの父だ。


「ええ。なかなか見どころがあるって言われて。教える時、一々上から目線でムカつきますけど。

……口が滑りました。これ、内緒でお願いします」

「そうなんだ、父が」


父はあれから、少し変わった。使用人に当たり散らさず、女遊びも控えているらしい。


きっかけは、数ヵ月前に新しい秘書官を雇ったこと。

高位の貴族の紹介らしく、若いのに有能。どちらかと言うとおべっかを使って機嫌をとるタイプで、父の扱いも上手い。


レアード家に来て日が浅く、普段は王都で仕事しているので、他のみんなと打ち解ける様子はないが、すごい人なのは確かだ。もっとお近づきになれたら良いのに。


「ジェシーさん、これ、どうする? 絹が入ってるみたいだけど」

「そっすね、この部屋、風通しが悪いから……」


他の使用人に話しかけられ、ジェシーは離れていく。

一人になった私は荷物が運び込まれた地下倉庫を覗く。


レアード家の血縁しか開けることができない魔法の鍵がついた倉庫は、今は運ばれた荷物でいっぱいだ。家具でも入っているのか大きめの箱は、厳重に封をされている。


他の使用人たちは衣服類を二階にある私の部屋に運び込んでいるので、この場には誰もいない。


それにしても、嫁入り道具、か。


「気が早い」


ふふっと笑みが漏れる。

意外だった。父のそんな面を初めて知った。


私はもしかしたら、前世の両親に固執して、目の前の父を見てなかったのかもしれない。不平を言うばかりで向き合ってなかったのかもしれない。


確かに身勝手で残虐でどうしよもない男だが、それだけじゃないんだ。

女性の扱いとか平民に対する考えとか相容れない部分もあるけど、父は変わろうとしている。


いつかわかりあえたら良いな。だって、親子なんだから。


案外、孫ができたら、生まれる前に乳母着とか木馬とか買っちゃうタイプかも。


好奇心に駆られ、箱の紐を緩め、貴重品らしく厳重に閉められた蓋を開けると、さらに小さな木の箱が幾つも入っていた。宝石か何かだとあたりをつけて、さらに蓋を開ける。


中には、











緩衝材に包まれた、魔鉱石があった。






ハークス魔玉工房で扱っている廃品とは比べ物にならないくらいの純度と大きさ。


魔鉱石の危険度は元の世界で言うところの火薬に匹敵し、戦争でも使われる。当然扱いも注意され、法的に規制をされ、輸入も制限されている。


それが、大量に。






……真っ先に思ったのは早過ぎる、だった。


だって、婚約破棄されて我が家の悪事が暴かれ、没落するまで時間はある。第二王子はまだ学園にも行っていない。


何のためにこんなものを集めたのかはわからない。

が、私の花嫁道具と偽って大量の魔鉱石を屋敷に運び込む行為だけでも、間違いなく法に触れる。


税収の増えた我が領には、しかも、父が自由に使えるお金がある。

通常、税収は毎年必要なものを買ったり、公共行事等に使い道が決まっており、王宮からの監査もある。しかし、領民たちが自分たちの初夜権を買いとったお金は、本来得るはずのない臨時収入だ。


だからってこんな。


「おや、見られたか」


開いた扉から光が差す。見慣れた人影に顔を上げる。


「お、お父様、何ですか、これは」

「嫁入り道具だ。必要だろう?」


かさついた唇がにやりと弧を描く。


「王妃になるのだから」


はく、と喘ぐ。息ができない。


「何を仰っておいでです。王妃になるのは、王太子の婚約者の」

「呑み込みが悪いな。見てわからぬか? 王太子は近々死ぬ予定だ。不慮の事故でな」


あり得ない。乙女ゲームの開始まで王太子は生きている。


臨時収入を得たせいで時期が早まったのか? 本来なら資金が無く、主人公が学園に入るまで魔鉱石を購入できなかったのか?


だが。


「ルイス殿下は我が国最高峰の風使い。御身を守る優秀な近衛兵もいます。こんなもの揃えたところで、そう簡単にやられるはずが」

「数か月後、ルイス殿下は慰問に行く。サルバラードとも近く、革命を目論む畜生共の多い地域だ。治安維持のため警備を厳重にしておるが、民衆から不満が出ているらしくてな」


父の意図はわかる。そこで革命派の仕業に見せかけて王太子を殺すつもりだ。


「そんな場所に行くなら尚更、厳重な警備をされているでしょう」


だからって、魔鉱石を持った魔術師が接近するなど不可能だ。


「そなた、孤児共に魔法を教えておるのだろう?

あの、どこの馬の骨とも知れぬ氷使いのガキは思わぬ掘り出し物だったな」


顔から血の気かひいた。


「あの子では戦力になりません。ジェシーは……」


面倒見が良くて、人懐っこいだけの、私の大切な従者だ。


「別にあやつを使うとは言ってない。出入りの者に顔も知られている。

学校とやらに幾らでも代わりはいるであろう?」


前世で見かけた自爆テロのニュースが頭を過る。子どもが爆弾を持って建物に突っ込む話もあった。


「子どもなら警戒心も抱かれまい。王太子に花を捧げる代わりに魔鉱石を捧げてやれば良い。

魔鉱石は魔力の高い人間に持たせるだけで、辺り一帯を吹き飛ばす破壊力を持つ。暴走させるだけならそう難しくない」


あの子たちに未来を作るために鍛えた魔法が、あの子たちの未来を閉ざそうとしている。


「元は領内のごく潰し。私の役に立てて嬉しいことだろう」


違う、そんなことのために私は。


「許されるわけがない! そんなこと、絶対に」


そうだ、乙女ゲームでは、レアード家の悪事が公になって罰せられるルートもあったはず。


「そもそも、どこから魔鉱石を仕入れたのですか? 私の嫁入り道具に託つけたところで、入手先からレアード家が手に入れたことなどすぐにバレます」


資源の乏しいこの国は、他国から魔鉱石を輸入するしかない。入手ルートは限られている。


「キサマが案じることではない」


何言ってんだ、不安しかない。


「話になりません。馬車を用意し、今すぐ騎士団へ向かいます」


もう私の手に負えない。さっさと治安を守る機関に垂れ込もう。

私が背を向けても、父は奇妙に落ち着いていた。


「内乱が発覚すれば、当然、協力者も同罪だ。娘であり、資金を生み出し、魔力のある子供を育てたお前もだ」


死ぬ。死ぬ。私が。


重しをつけられたように足が重くなった。


恐らく前世で一回死んでいるからと言って慣れるもので無いし、積極的に死にたいわけでもない。やり残したこともある。できれば避けたい。


「それでも」


歩みを止めるわけにはいかない。

王太子や孤児の屍の上にのうのうと生きていようだなんて思えない。


「お前は子のくせにつくづく私の役に立たんな。では、これならどうだ?」


父は私の心の内を見透かすように、琥珀色の目を細めた。


「第二王子を王とするための企て、公になれば王子も無関係とは思われまい。魔法陣なる兵器にも転用できる技術、王子がレアード家に提供していることは広く知られている。

良くて生涯幽閉、悪ければ処刑、尊厳を保って毒杯を賜るといったところか。


お前は王子を見殺しにできるのか?」


体中の気力が萎え、膝ががくりと折れた。

できるわけがない。何より大切なあの子を死なせるなんて。


「お前はただ大人しく、吉報を待って居れば良い」


魔鉱石の入った箱が目に入った。


ここで暴発させれば父ごと証拠が消し飛ぶ。

いや、ダメだ。威力でレナード侯爵家が魔鉱石を保有していたことがバレてしまう。弁解できる者も消え、王子を庇えなくなる。


父の目を盗んで秘密裏に処分? あり得るが根本的な解決にならない。それ以後私の行動は監視され、次の計画が練られるだけだ。


「で、殿下はご存知なのですか?」

「いや、知らせるつもりはない」

「ならば……」


まだ手はある。殿下に知らせ、彼の口から密告させれば良い。そうすれば彼は無関係であることが証明できるし、万が一罪に問われても減免される。

その可能性があるから父は、まだ殿下に謀反の計画を漏らしていないのだ。


「恐らく王子は密告せぬぞ」

「何故です。

お父様のなされていることは、国を揺るがしかねない重大な背信。

王子は誰より国の未来を憂う方でいらっしゃいます。

国のためにたかが一侯爵、切り捨ても惜しくはありません」

「そう言ってお前は、父たる私を散々脅したな」


仕返しのつもりなのか、父は心底楽し気に私を甚振る。


「これは確かな情報筋だが、王子は王太子を疎んでいる。王を望む野心もある」


それは事実だ。殿下は天性の才があり、自信に満ち溢れた兄が好きではない。親の愛情も輝かしい王冠も周囲の期待も生まれた時から奪われていたから。


「さらに、王子の腕には誓約の輪がある。あの出来損ないの妻にキサマの身の安全を誓ったそうだな。

キサマの首が飛ぶ選択をすれば腕が落ちる」


知られていたのか。弱味になると言っていた殿下の予想通りになった。


「王子はそれ程までにお前のことを気に入っているようだ。

先ほどお前が、毒杯を頂く王子の命と正義とを天秤にかけて前者をとったように、王子もお前の命の方をとるであろう。

生意気なキサマにそれだけの魅力があるのは不思議ではあるが、どうやらぞっこんらしい。お前のためなら、兄の命くらい目を瞑るであろう」


茫然自失の私の頭を、貴族らしい綺麗な手が撫でる。


「我が娘ながらよくやった」


初めて父からかけられた褒め言葉は、心を重く沈ませる。


裏目に出た。


花嫁たちを助けようとして集めたお金で武器が買われた。

魔法教育を受けさせた子どもたちが、兵器にされようとしている。


良かれと思ってしたことが、(ことごと)く裏目にでた。


何で上手くいかないんだろう。何で私は何もできないのだろう。


倉庫から遠くなっていく父の笑い声を聞きながら、オイディプース王のことを思い出していた。


古代ギリシャの悲劇。運命に翻弄された哀れな王。

彼が生まれる前に示された悲惨な神託。誰もがそれを避けようと努力したのに、神託はすべて実現し、救われない結末を迎える。


運命なんて変えられるとアニメの主人公は言っているけど、神が今より力を持っていた時代、予言は絶対だった。予言通りに行動しても、予言を避けようと思って行動しても、結果的に予言通りになってしまう。

人間どもの矮小な行いなど神はお見通しだ。それらも込みで予言。

それを人は、運命と呼んだ。


悪役令嬢に生まれた私に、救いなんてなかったんだ。どこにも。


涙が落ちる。


ごめん、ジェシー。あなたにも、あなたみたいな境遇の子たちにも、より良い未来をあげたかったのに、私がしたのはあなたたちの未来を閉ざすことだけ。


ごめん、リーパー。あなたは変わってると言ってくれたけど、私は母を死なせた時のまま何も変われていない。あなたのことも救いたかったのに、誰を救う力も無い。そんなこと、何度も思い知ったはずなのに。


ごめん、殿下。あなたがくれた優しさの分だけ、力になりたかった。それだけなの。あなたの心ごと守りたかった。誰より大切だった。足を引っ張るだけの私が、今更こんなこと言っても仕方ないのにね。


ごめん、ごめんなさい、何もできなかった。

私は、何のために。

何のために、ここに。


――こう考えよう。君に力が無かったのは、神様の思し召しだ


いつか、殿下がかけてくれた言葉を思い出した。母の葬儀の時だったっけ。

亡くなったのは、神様が定めたことだと慰めてくれた。


神様とやらは、一体何のために私をこの世界に呼んだんだ。


こんな残酷な結末を迎えるためなのか。関わった人たちをみんな不幸にして、優しいあの子を巻き込んで……。












待て。





乙女ゲームでは殿下は罪に捕らわれず、レアード家だけ断罪されていた。


私が行動したこと、殿下との関係、父の野心、誓約の輪、その他諸々の条件でねじ曲がったとしても。

シナリオが運命だと言うのなら。

運命は変わらないと言うのなら。


濡れた床に爪を立て、拳を握る。


くそやろう、頭を回せ! 絶望している間は無い!


――人間は神様じゃない。できることとできないことがあるんだよ


殿下の言う通りだ。


何をすべきだ、どれを優先すべきだ。


自分の心を平らにして、感情や思いを(ふるい)にかけていく。





ウェーバーが新しく作る菓子店に行ってみたかったとか、


一人前になったジェシーを商会の長に指名して驚かせたかったとか、


子どもたちが立派に巣立っていくところを見たかったとか、


時には母のようだった元侍女に贈るつもりのカーデガンを完成させたかったとか、


リーパーを日の当たる場所に連れて行ってあげたかったとか、


親方の魔玉でもっと色んな製品を開発したかったとか、


舞台に立ったグレアムの本気の演技観てみたかったとか、


母を亡くした病への特効薬を作りたかったとか、


いつかは父と分かり合いたかったとか、


人の世話ばかりじゃなく自分も花嫁になってみたかったとか、


ほんとはほんとはほんとは、……。





未来への望みや夢や願いがシャボン玉のように一つ一つ消えて行く。


何もかも大切なのに、総てを守ることはできない。卑小な私の力は限りあるから。


身を切るような痛みと共に、大切なものたちに別れを告げて。


最後に残った思いだけを、

いつまでも色褪せぬあの日の誓いを、

無くさないようにしっかりと、この胸に抱きしめる。






――私は












――あの子を王にする

ジェシーのターン


一世一代の告白(プロポーズ)発動!

この効果で男女の関係を進展させる!


トラップカードオープン!


絶対鈍感(ヒロインのおやくそく)


一世一代の告白(プロポーズ)を無効化!


攻撃は不発に終わった!


ジェシーの精神に6741のダメージ!


ターンエンド





しばらくふざけられないから全力でふざけてみた。

反省はわりとしてない。

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