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悪役令嬢は運命の轍を踏む~死亡フラグが回避できない~  作者: アストロ
第二章 順調だからって油断できない
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ハプニングがないと盛り上がらない

妹よ、すまん、やっぱ間に合わなかったorz

二章までは終わったから許して。

年内には完結します、たぶん。


遅くなったけど誕生日おめでとう!

収穫祭当日。


大きな通りには出店が並び、通りに面した家々の戸口や窓には旗や花で飾るところも。

観光客や、出稼ぎに王都へ行っていた人たちも戻ってきて、一時的に人口も増える。

二年前から地道に広報活動してきたおかげか、今年が一番活気がある気がする。

言うまでもなく、商売をする側にとってはかき入れ時だ。


「“婚約者の贈り物”のあったか靴下、今年も発売開始です。

普段使いできるから、プレゼントにもぴったり」


公園にある広場に、聞き覚えのある声が響いている。

中央には木を組んだだけの簡単な特設ステージが建てられている。

拡声器で壇上から声を張り上げるのは、顔見知りの元侍女。


「類似品が出回っていますが、本物の効能と安全性、ご利益があるのは家だけですよー」


御神体じゃないんだから。

と言うか、ちょっと前までただの待女だったはずなのに、この貫禄っぷり。

宣伝に誘われ、見物人もちらほら増えてきた。


このステージは一般開放していて、子どものお遊戯や近所のおじいさんののど自慢、事前の予約があれば誰でも好きに使ってよい。

前世の地元の夏祭りの特設ステージみたいなものだ。

空き時間にレアード商会の商品紹介をねじ込ませてもらった。


前世の感傷に浸っている間も時間は有限で、二番手のジェシーが壇上へ。


「さあさ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。

皆が一度は街中で目にしたこともあるこの箱、冷却箱の紹介だよ!」


子どもたちがアイスクリームを入れて販売している箱、長く使用していても問題なかったし、買いたいとの要望の声も多く、生産体制も整ったので売り出すことにした。


「この箱、なんと中の温度を冷たいまま保つ。食品や氷にうってつけ。試しに実験してみよう」


ジェシーが二つの掌に魔力を放出すると、大きな雪の結晶が現れた。自分の能力を制御できなかかったのが嘘みたいだ。


「使い方は簡単。冷やしたいものを入れたら、この動力源をセットするだけ。

もうひとつの氷の結晶は比べるために外に出しておこう。


さて、待っている間に少しだけ説明。この動力源はあの有名なワークス魔玉工房の最高品! 

最長で一か月効果が続くよ。

“婚約者の贈り物”に持っていけば、何度でもたった銅貨一枚で魔力たっぷりの玉と交換してもらえる!


こんな箱、怪しくて信用ならないって? 大丈夫! 

なんとあの留学中の勉強熱心な王子、ロイ殿下の発案だ!

なんて、効果のほどは街で売ってる凍乳をみれば、一目瞭然だよね!」


例によってまた殿下の名前をお借りしてしまった。ま、開発を監督してもらったことには変わりないし。


「さてさて、お待ちかね。

外に置いた氷はもう溶けかけているけど、中のはどうだ?」


火ばさみのような道具でそっと中身を取り出すと、雪の結晶はまだ形を保っていた。

大道芸でも見ているかのように、観衆たちからわっと声が上がる。


「通常価格銀貨十四枚のところを、銀貨九枚、銅貨八枚! 銀貨九枚とちょっとだよ! 祭りの間だけ、特別価格でご奉仕!

さらに今回はなんと! 替えの魔玉もお付けして、大変お買い得!

当然赤字だから、限定百台! 早い者勝ちだよ!」


テレビショッピングでも見ているようだ。画面の下にフリーダイヤルでも出れば完璧。

ジェシーに話術を伝授したが、ここまで()まるとは。

銀貨十枚足らずは決して安い額ではないが、観客たちから俺も俺もと声がかかり、次々と売れていく。

壇を降り、新たな顧客の対応に負われるジェシーとバトンタッチで今度は私が上がる。


「この商会の代表を務めます、リズベス=レアードです。本日は皆さんに新たなお知らせがあります。

こちらは新商品の試作品です」


同じく壇上に運ばれてきたのは、人一人入るであろう大きな箱。


「先程の冷却箱をさらに大きく、さらに強くしたものです。

大きなお屋敷にある冷蔵室を家庭用に小型化したものと思ってください。

温度を保つだけではなく、これ自体に凍らせる力があります」


つまり冷蔵庫である。構想から二年。ようやく形になった。

材質は木材。寒冷な地に生える特別な樹らしい。パッと見家具、食器棚のようにも見える。


これは仕方ない。この世界にはまだプラスチックがない。内部には金属が使ってあるが、全部金属だと冷えすぎて、触る手が扉にくっついてしまう大惨事も起こる。本物の冷蔵庫も初期は木製だったらしいし。


「中に入っている肉は入れてから一月以上たっています。焼いてみましょう」


鍋の下にコンロ代わりの魔方陣を敷いて肉を焼く。IHばりの火力があるが、凍っているので火の通りはあまり良くない。


その間に観客を何人か指名して壇に上がってもらう。


私は皿に切り分け、ソースをかけて振る舞った。


「どうですか、お味は」

「肉汁がじゅわーって出て、美味しいです。腐っても無いし、新鮮なお肉みたい」


一人の男の子が見事な食レポをくれたので、ついつい笑顔になった。


「食材の長期保存は冬の間、雪の下に入れる方法だけでした。

それが夏でも、雪の降っていないところでも冷凍保存ができます!

およそ二か月後、量産体制が整ったら売り出し予定です!

現在試しに使っていただくモニターを募集中です。興味のある方は後程、連絡先をお教えください」


壇を降りると、観客たちがわっと詰めかけた。モニターの期間や注意事項、簡単な説明の後、文字をかける人には住所と氏名を書いてもらい、そうでない人には聞き取って私が書く。


「こんなものができては、いよいよ失業ですね」


客が落ち着いたころ、見に来ていたウェーバーがぽつりと漏らした。


「そんなことないって。魔力の充填は必須だし、新しい効能、使用法の実験。これからどんどん氷使いの需要は拡がる。

ウェーバーが失業したら雇ってあげる。

でも、あなた誰かに雇われたままではいたくないんじゃない?」


かしこまっていても全然隠せていない野心。

彼はきっと偉い王の一番の重臣じゃなくて、どんなに小さくても自分の城を持つタイプだ。


「そこまで見抜かれているとは」


ウェーバーは苦笑いをする。


「お嬢様の予想通り、数年後に独立するつもりです。

私どもの店は元はホテルだったこともあり、客層は富裕層に限られます。

でも、お嬢様の商売を見てると薄利多売でも儲けれる気がしてきました。

もっと売り値を抑えて、中間層相手に商売するつもりです」


内緒ですよ、と囁くウェーバーは初めて会った頃と思うとだいぶ本音を見せてくれるようになったように思う。


「それは良いわね。

美味しいお菓子を食べたら幸せになれる。ウェーバーのお店はたくさんの人を幸せにすることができるわね」


そう返すと、呆気に取られた顔をして、それから破顔した。


「ふふっ。客から金を巻き上げるだけだと言うのに、随分優しい考え方をされるんですね」

「お店が出来たら行っても良い? 私、富裕層だけど」

「勿論、歓迎しますよ」


約束を交わし、ウェーバーと別れる。


「俺も、そろそろお暇するわ」


耳元で、今はすっかり馴染んだ声が聞こえた。


「え?」

「思ったより長く居過ぎちまった。これ以上は辛くなる」


何が、とは言わなかったが、別れが辛いのだと己惚れて良いのだろうか。


「じゃ、ずっとここにいれば良いじゃない」

「馬鹿言え、俺はただ飯食らいじゃなくて暗殺者だぞ。俺に仕事して欲しいのか?」


周りの食べ物と周りの人間を消されるのではわけが違う。


「それは困るけど……寂しくなるわね」

「暗殺者に身辺を彷徨かれないんだから、せいせいするもんだろ? 変なやつ」


リーパーが目の前にぱっと姿を表した。今までで一番穏やかな顔をしていた。


「あんたは噂通りのお人よしだったけど、予想外のお人よしだったよ」


彼の瞳を見て思いつく。

どこか見覚えのある仕草に容貌、レアード家への執着。時折見せる優しさ。


「ね、あなたってもしかして」


瞬きの間に彼の姿は消え、最近ずっと傍にあった気配もなくなっていた。


何を言うつもりだったのだろう。

もし私の予想通りだとして、それを明らかにして何になるのだろう。

私は彼を救えなかった。今も、今までも。


それだけの話だ。


「あ、いたいた、おじょーさま! たいへん、たいへんなの!」


ぼんやりしていたら、目の前に幼い女の子が飛び込んで来た。確か、座長の孫娘さんだったか。


「どうしたの?」


私の出番までは、まだ時間があるはずだ。


「きんきゅーなの、とにかく来て!」



          ‡   ‡   ‡



一座は拠点にしている宿屋にいた。

皆、揃って青い顔をして、グレアムを取り囲んでいる。彼は周りに負けず劣らず悔しそうな、泣きそうな、ひどい顔をしている。


「ど、どうしたの?」


異様な空気に気押される。何かあったことは明白だ。


「グレアムの声が……」

「悪い、お嬢様。顔だけじゃないってとこ、見せてやろうと思ってたんだけど」


その声は掠れ、奇妙に音が出たり出なかったりする。


「声変わりだ。よりによって今日」


前兆はあったらしいが、風邪だと思って気にも留めなかった。

今日になって急に悪化したので、治癒師を呼んだ。

治癒師は病気や怪我と言った異常な状態を、魔法で戻すことができる。でも、声変わりは正常な成長の変化。

下手に手を出して、将来の喉の機能が損なったら取り返しがつかない。


「ど、どうする?」

「これじゃ劇なんてできないぞ」

「それはわかってるけど、今更中止するわけには……」


目をつぶって聞いていた座長は、静かに目蓋(まぶた)を上げた。


「代役を立てましょう」

「はぁ?! 今から?」

「あなた、歌や踊りのパートは出来るだけ他に振って、台詞も最小限に。主役に負担を減らすように台本を書き換えて」

「お、おう」


台本家でもある座長の夫が台本を捲ってペンを入れ始める。


「誰か、できそう? メーガンは?」

「そりゃ、劇の流れは頭に入ってるけど。俺小道具係だぞ? グレアムには演技も見栄えも劣るし」


座長は私の前に来て頭を下げた。


「お嬢様、こんなことになってすいません。

どなたかお知り合いで、記憶力も良くて、度胸もあって、発声も身に付けていて、歌や踊りも上手くて、出来れば顔の良い子っています? 主役を代わりにできるような」


無茶振りにも程がある。教養として身につけている貴族子息なら確率は高いとはいえ、そんな人、一人しか知らない。

皆が頭を抱える中、その場にいないはずの声が聞こえた。


「それ、僕がやろうか?」



          ‡   ‡   ‡



幕が上がった。

冬の農村、村長の家の場面から物語は始まる。

春が来なくて困っている村長一家と村人たちのやりとりが続く。


意外なことに順調に、劇は進んでいく。


いざとなったらカンニングペーパー代わりに観客席に文字を浮かべようと舞台袖で待機していた私は、ほっと息を吐く。


代役の彼は数刻の間に、グレアムのみっちりした指導で、たちまち台詞を暗記してしまった。

小さい頃から演説(スピーチ)の原稿を覚えたり、国の重役たちに挨拶したりしているので、その姿は堂々としたものだ。

本職で、稽古までしている一座の人たちには勿論劣るけど、素人が見る分には十分見応えがある。


「さすが、お嬢様の見込んだ男だね」


同じく舞台袖に控え、合図や指示を出しているグレアムが掠れた声で呟く。


「うん。凄い人だもの。おまけにすっごく優しいの」


今日だって私の顔を見に、王都に帰る前にわざわざ立ち寄ってくれたのだ。


「でも、王にはなれないんだろ?」

「なるかもしれないでしょ。なれば良いと思う」


村長の息子の頑張りに、冬は満足だと告げる。


人の心配ばかりしていられない。そろそろ劇の終わり、私の出番だ。


冬の精、老婆に扮した座長が舞台装置に引っ込む。

座長の唇が頑張ってと動いた。

奈落に消える座長と入れ代わりに、私が舞台へ登場する。


村人たちは冬を疎み、春を待ち望んでいたけれど、二つは同じもの。季節が廻り、冬の精は春の精に生まれ変わるのだ。


私は春の精らしく、軽やかなステップを踏む。ついでに様々な色で書いておいた文字を観客の頭上に漂わせる。

子どもの一人が文字を捕まえようと手を伸ばし、恋人たちが花びらのようだと指をさす。

客席に笑顔が零れていく。


曲の後半は春を呼んだ功労者の村長の息子と二人で踊る。グレアムと練習したものではなく、代役の彼の馴染のあるステップに急遽変更した。

私の方が危ういくらいのしっかりしたリードで、ふらつくとさり気なく腰に手を当てて支えてくれる。


ようやく踊り終え内心安堵していたら、肩を掴まれ耳元で「素敵だったよ」なんて囁かれ、顔から火を噴くかと思った。


肩にある手は離れないまま、村長の息子は春が来たことを高らかに歌い上げる。


「さあ、歌え!

闇の中凍える者よ、厳しい冬は去った!

光の時は増して、ぬくもりが包むだろう!

冴ゆる白雪は消え、若葉が芽生え行く。

見よ、春の息吹を。聞け、小鳥らの声を。

さあ、歌え!」


続く春を祝う歌に登場人物たち現れ、どんどん声が増えていき、最後には一つになった。


余韻を残し、幕が下りた。








出番はこれで終わりではない。続いている歓声の中、ファンサービスの一環で幕の前に一人ずつ出てきて礼をしていく。


冬の妖精役で座長の名前が呼ばれる。座長は老婆の姿のまま、年寄りのような足取りで舞台の中央に行き、礼をした。


名前を書いたパンフレットが無い代わりにこうして一人ずつ名前が呼ばれる。

カーテンコールみたいなものか。


「春の妖精、レアード侯爵令嬢、リズベス!」


私も舞台へ。役のイメージ通りに軽い足取りで。

見に来てくれたのか、ジェシーにウェーバー、侍女たち、学校の子どもたち、商売仲間、知った顔がちらほらあった。

観客たちの笑顔が全部私に向けられている気がして、振られる手を力いっぱい振り返した。


私が舞台袖に向かうと、最後に、主役が舞台へ上がる。

無事大役を務めた少年は誰だろうと耳を澄ましていた観客は、名前を告げられて驚愕に染まった。


「村長の息子、カナン王子、ロイ殿下!」


刹那の沈黙の後。


割れんばかりの歓声が起こる。

いずれ彼らが住む領を、もしかしたら彼らが住む国を、治めるであろう少年。測らずも顔を合わせる機会になったけど、彼らは何を思っただろう。何を感じただろう。


レアード領は古いしきたりや社会体制が残り、閉塞感を抱いている人も多い。


今日殿下を見て、殿下の人柄に触れ、未来に希望を持ってくれたら良いな。春を待つように、これから楽しみだって思ってくれたら良いな。

私と同じように。


笑顔で手を振る殿下に、惜しみなく賞賛が贈られる。






喝采はいつまでもいつまでも鳴りやまなかった。

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