全ての夢が叶うわけではない
約束の日まで時は迫る。
そんな中、作者は湧き上がる欲望「だって前からやってみたかったんだもの」に負けて、ページ下部に禁じられた手遊び『Web拍手』を召還!
突きつけられる正論「そんなことしてるから時間なくなるんだよ」を食らうも、まるで反省しない作者!
「おまけ書いたから見てね」
こうして日にちは過ぎるのであった。
……とりあえず二章までは完結させる所存。
本日の予定は胃に穴が開かない学校訪問。
ハートフルな交流の中、いつも通り授業の空き時間に音読をしている。
文字を動かしていると、純粋に動きを楽しんでいる幼い子もいるし、年長の子だとノートに文字を書き付けている。
この学校にいる一番年上の子は十五歳だ。
魔力制御メインで魔玉や札に延々と魔力を込める訓練を行っているが、読み書きもばっちり。
親御さんからお預かりしているんだから、そろそろこの子たちの将来を考えてあげないと。就職先も探してあげなくちゃ。
まずはハークス魔玉工房やウェーバーの菓子店に声をかけてみるか。
「ねぇオジョー、これ読んでー」
「いいわよ。あら、また“終末の使徒”の伝記?」
「良いじゃん、好きなんだから」
“終末の使徒”ことガゼット=ヘイル。隣国の実在の人物の話なのだが、子どもたちには滅茶苦茶人気だ。
ただの農民の子供が最強の魔法使いとして戦場で名を馳せ、革命軍に参加して王家を打倒し、新政府に与えられた要職を蹴り、現在は王都の副ギルド長として治安を守っていると言う。
何その英雄。
読み終えると、主に男の子たちがキラキラ目を輝かせている。
「雷雨か~、使ってみたいな」
雷雨とは彼の十八番で、文字通り雷が雨の如く降り注ぎ、敵の大軍を無効化したと言う。
因みに、使われたのは当時戦争をしていたカナン軍であることは、憧れに水を差すので黙っておこう。
「お前水使いだろ」
「じゃ、水雨」
それ、ただの雨だと思う。
「オジョー、俺やりたい」
「雷雨を? ちょっと難しいんじゃないかしら」
属性の問題もあるけど、先天的な魔力の保有量の問題もある。
広い範囲に一定時間雷を落とし続けるなんて、どれただけの魔力が要るんだろう。
「違う、戦闘魔術」
理科と言う教科が物理、生物、科学、さらに物理も力学、量子学と種類があるように、魔術にも種類がある。
魔術理論、魔法陣学、薬草学、日常呪文、錬金術などなど。
魔術に使われる呪文にも種類があって、氷や雷と言った大気系、水や地面の変質系などなど。
戦闘魔術は名の通り戦闘に特化した学問だ。
この国の魔術師の多くは貴族。領地を武力で守るため、領土を他国から奪うために魔法を使ってきた。
学問として独立するほど戦闘がメインだったのだ。その弊害か魔術は発展しているのに文明は中世並み。
戦闘魔術を使うのは兵士だが、平和な世の中では護衛。貴族に雇われる魔法の使える騎士も多い。宮廷魔術師なんて職もある。
魔物の被害の多い隣国では、都市を守るための自警団と冒険者が一緒くたになった組織がある。依頼を受け薬草採取や魔物の討伐を行っているらしい。
何そのRPG。
元は靴とか小麦の商業組合のことをギルドと言っていたのが、昨今ではギルドと言うとその組織のことを指すらしい。
因みに先の“終末の使徒”はその組織のナンバー2と言うことになる。
「訓練って地味だしさー」
「折角魔法使えるんだから、魔法騎士になりたい」
憧れの人に近づきたい、似たような職につきたいと言う気持ちはわかる。
何より、魔力を持ったことで親に捨てられて暗い顔をしていた子たちが明るい顔で未来を語っている。
何とか力になってあげたい。
「わかった、方法を考えてみるね」
‡ ‡ ‡
数日後、王立図書館から戦闘魔法に関する本を借りた。
内容をまとめて簡単な教本を作るつもりだ。
後は教師の手配だが、平民相手に教えてくれる人はなかなか見つからない。
ジェシーが魔法を習ったと言う傭兵団の人に頼むのも良いかもしれない。
本を抱えて屋敷の通路を歩いていると、父と擦れ違った。
「それ、平民どもに教えるつもりか」
「ええ。自分で制御できないくらい魔力が有り余っている子たちですもの。
きちんと訓練すれば将来は宮廷魔術師にだって……」
珍しく話しかけてきた父は、突然笑い出した。
「笑止。敵わぬ夢など見せるな。
魔術師の多くは貴族の次男、三男。紹介状や縁戚による採用だ。隣国の革命後は特に」
父は嬉々としている。普段私が意見することが多いので、面白く思ってない。私をやり込められる機会に飛び付くなんて、器の小さい男だ。そう思うけど。
「でも実力はあります。彼らに負けないくらいの」
「そんなもの関係ない。平民がなれる職業ではないのだ。
それに、思った通りの職につけず、溢れたものはどうなる? まして常より力を持った人間なら?」
あの子たちを信用しているけどそう言う問題じゃない。私がどう思うかではなく周りにどう思われるかだ。
戦うための力をつける。
でも相手はどこにいる?
カナンは危険な魔物も少なく、交戦している国も無い。その牙は貴族に、或いは今の政権に向くかもしれない。
「あの執事見習い、ジェシーとか言ったか? 戦闘魔法が使えるらしいが、お前の護衛と言うことで言い訳もできよう。
しかし他の者は? 多数の平民に戦闘魔法を教え、どう言い訳をするつもりだ?」
多数の平民に戦闘の訓練する。平時の世の中では反乱の準備ととられてもおかしくない。
「我が領は内地で国境に接しておらず、地理的に王都に近い。
お前も言っていたではないか。疑われることは慎むべきだと」
目的が職業訓練でも、信じてもらえないだろう。
珍しく父は正論で、私は間違っている。
「それでも平民らに戦闘魔法を教えると言うなら、キサマの慈善ごっこはここで終わりだ」
父の庇護下にある私の自由は、目こぼしをもらって過ぎない。
「申し訳ありません、思い上がっておりました」
私は頭を下げるしかなかった。
「以後慎め」
父は一瞥して去っていく。持っていた本をやけに重く感じた。
「あの侯爵は気に食わねぇが、言ってることは正しい」
誰もいなくなると、耳元で声がした。
「あなたも、そうなの?」
リーパーは高度な幻想魔法を自由自在に扱う実力者。貴族ならば、王家に雇われるような宮廷魔術師にもなれるだろう。
でも実際はどうだ。まともな職業につけず、人殺しなんて言う後ろ暗い仕事を請け負っている。
乾いた笑い声がした。
聞いているこっちが胸を掻きむしられるような虚しい響きだった。
「平民は魔力なんか持って生まれない方が幸せなのさ」
‡ ‡ ‡
翌日、戦闘魔法を教えられないと告げると、皆の目が失望に陰る。
年長の男の子が口を開く。
「ほらみろ、結局オジョーは貴族なんだ。俺ら平民に魔法を教えたくないのさ」
止める間もなく、ジェシーが彼の胸倉につかみかかった。
「お前、ふざけんな! 俺らのためにオジョーがどれだけ」
「いいの、ジェシー」
最近事業も上手くいっていたから思い上がっていた。
私は何も学ばない。
無力なのは母が亡くなったときに知ったはずじゃなかったのか。
万能なんか程遠い。世界を変える程の力も無い。
涙が零れそうになって、頭を下げる。
「ごめんなさい。私に力が無くって」
泣くな。
泣くのは卑怯だ。泣いてしまえば相手はそれ以上の追及ができなくなる。
この子たちを自己満足に巻き込んでおいて、そんなことは許されない。非難をぶつけられるべきだ。失望を受け止めるべきた。
「もういい。良い夢みさせてもらったよ」
しかし彼らはそれっきり、私を責めはしなかった。
逃げ帰るように帰宅した私は、廊下を歩いていた侍女に呼び止められた。
「殿下からのお手紙が届いています」
反射的にお礼を言って受け取り、自室のドアを閉める。
「一人にしてくれる?」
そう呟くと風も無いのにドアがそっと開いて、ずっと背後にあった気配が消えた。
私は手紙を抱きしめて、ずるずると座り込む。
「殿下、殿下……」
手紙より声が聞きたい。名前を呼んで欲しい。優しい言葉をかけて欲しい。傍にいて慰めて欲しい。
堪えていた涙がぽろぽろ零れ落ちる。
会いたい。ひたすらに会いたい。
『なあに、リズベス?』
声が聞こえた。辺りを見回すが何もない。
皺の寄った封筒を開けると、手紙と石の破片が出てきた。
「殿下なの?」
『うん。良かった、上手くいって』
手紙には簡単な近況報告と、実験をしているので石に呼び掛けてほしいとあった。
『国をまたぐ距離でも問題なく作用するみたい』
実験内容は、魔鉱石を介した音声の発信と受信。携帯電話のようなもののようだ。
特別な魔鉱石を二つに割ってそれぞれに同じ術式をかけると、互いの石を通して音のやりとりができるらしい。
『もうちょっと早く開発できてたらこうやって話ができてたんだけどね。
帰る間際になってようやく完成したんだ』
「もうすぐカナンに帰られるのですか?」
『丁度今から一週間後。
学校も休業中で留学期間は終わってるんだけど、行事やら社交やらで遅くなっちゃって。
早くリズベスに会いたいな』
「私も。私も会いたい」
弱っている心が本音を吐き出してしまい、言い訳するようにまくしたてる。
「でも、一週間後なら、残念だけど出迎えには行けなくて。領で収穫祭があって、実は劇をやることになって」
『ひょっとして、元気がない?』
すぱっと言い当てられ言葉につまったが、無理に明るい声を作る。
「はい、少し落ち込んでたけど。もう大丈夫。お声が聞けただけで」
『リズベス』
鋭い殿下は、柔らかく名前を呼ぶ。
『頑張り屋さんなのは君の好ましい点だけど、無理をし過ぎるのは良くないよ。
何かあったんでしょ』
嗚咽が込み上げる。
音がしてしまうから堪えなきゃと思うのに『泣いていいよ』なんて声を掛けられて、堰が決壊してしまった。
情けなさとか、みじめさとか、悔しさとか、諦めとか、悲しさとか、寂しさとか吐き出して。
切れ切れのまとまりの無い話を殿下は黙って聞いてくれた。
『今日ね、ガゼット=ヘイルに会ったよ』
全部吐き出すと、殿下はそう切り出した。
「え、あの“終末の使徒”?」
『会ったなんて生易しい言い方じゃなくて、駄々こねて護衛に指名したんだけどね』
隣国の王子の我儘だ。断れなかっただろうと、サルバラードの重役たちに同情する。
『彼ね、王都の副ギルド長を辞めるってさ』
革命は成功したが、貴族を完全には排除できなかった隣国は、身分制度が復活しつつある。
副ギルド長にしたのは、サルバラード最強の呼び名高い彼に実権を握らせず、お飾りの地位につけて飼い殺しにする目論見だったらしい。
『勢いでカナンに勧誘したんだけど、幼い娘がいるし、北のギルド長に転職が決まってるからって断られちゃった』
ファンタジー版ヘッドハンティングか。王子の仲介で隣国に転職なんて半端ない。
しかし、最強の彼ですら思うようにならないのか。
平民による革命が成功した隣国ですらそうなんだ。
我が国が貴族と平民を差別しなくなるのに何年の月日がかかるだろう。
『残念だけど、今の時点で彼らに戦闘魔術を教えることは許可できない』
魔法に関わる職に就くには身分が必要だ。
身分に関係なく実力が正当に評価される可能性があるのは戦争。これは殿下が留学などで両国の融和に尽力しているので、暫く起きないだろう。
後は、身分制度がひっくり返る可能性がある革命。これも平民の不満は燻っているけど、革命が起きる程ではない。
『いつかは貴族も平民も机を並べて同じ勉強をする日が来るかもしれないけど、それは今じゃない。まだ時期尚早だ』
穏やかな口調で全然優しくないことを殿下は告げる。
殿下にまで言われたら諦めるしかない。
『だから、他のことを教えてあげれば良い。
脚の遅い天馬は空を飛べば良いって言うでしょ』
カナンのことわざだろうか。どういう意味だろう。
『もうすぐ帰国するし、婚約者の手伝いをしてあげることもできる』
せっかくの有難い申し出なのに、ひっかかることがある。
「でもアリア様は……」
余計なことを口にしてしまった。
『何でアリアが出てくるの?』
親し気に呼ぶ名に胸が潰れる。
訝し気な殿下へ、重い口を開く。
「アリア様と、その、親しくされていると聞きました」
『うん、親しくはさせてもらってるけど』
「エスコートまでされたと。その、その、噂で婚約を……されるのではないかと」
『僕には婚約者がいるのに、何言ってるの。
それに、アリアはまだ八歳だよ。あり得ない』
「はっさい」
そう言えば、隣国に元王女がいることは知っていたが、年齢のことまでは知らなかった。
多少の年齢差があっても、二人を結びつけようと言う両国の思惑はあるだろう。
でも少なくとも殿下にその気はない?
『僕の婚約者は、人に自信持てとか言うくせに自分じゃ自信がない子。
突拍子もないことを仕出かして見てて飽きない子。
年中人のことばっかり気にしてるお人よしな子」
褒められてるんだろうか、貶されてるんだろうか、面白がられてるんだろうか。
『これからも僕の隣にいてもらわないと困るんだ。
そう簡単に婚約破棄なんかしてやんないから』
「……はい」
現金なもので、そう言われて胸が温かくなる。
『リズベス、君ならできるよ。だって僕の婚約者なんだから』
殿下にそう言われると、なんでもできる気がしてくる。
お礼を言って、またねと挨拶して、通話を切る。
気持ちはすっかり軽くなっていた。
‡ ‡ ‡
さらに翌日。私は再び学校を訪れた。
「悪かったよ。お嬢が一生懸命やってくれてたことはわかるから。言い過ぎた」
年長の子が、教室に入ってきた私を見て声をかけてくれた。
「ところで、その荷物、何?」
私はどん、と教卓の上に本を置く。
「みんなに戦闘魔法を教えることはできない。
教えても騎士や宮廷魔術師にはなれない。高位の魔法職はほとんど貴族の子息が占有してる。
悔しいけど、私に世界を変える力はない」
いつかは変わるかもしれない。けど、今の制度、社会、現状では、みんなに夢を諦めろって言わなきゃならない。
「でもこれからの世の中には、みんなの力が必要になる」
多数派の平民が自分たちの権利を要求するだろう。生活も向上していくだろう。そうしたら、魔法の需要は高まる。
「脚の遅い天馬は空を飛べば良い。
カナンのことわざで、不利な場所にこだわらず、有利な場所で勝負すれば良いってこと。
今ある職業でみんなの魔法を活かせないなら、新しい職業で活かせば良い」
本を開くと文字と私の魔法でたくさんの図形が飛び出した。
「今日から魔法陣の授業をする。
日常で使える陣を中心に、基本を叩き込む」
前世のインドは身分制度が未だに強く残っている。公務員や僧侶、階級により就く職業も決まってるそうだ。
だから下層の身分の人たちはIT関係の職を目指すと言う。新しい職には身分の差別がない。
隣国で魔法陣を学ぶために留学していた殿下が手伝うと言った。
殿下が言いたかったのは、つまり、そう言うことだ。
魔法陣を学ぶことは禁止されていない。今の段階で重要視されてないから。
魔法陣を使う職業は身分で固定化されてない。今までに無い職業だから。
「みんなには、これからの社会で必要な人間になってもらう」
唖然としている子どもたちに告げる。
この国の魔法陣は発展する。その未来を作るのは彼らなのだ。
「何だかよくわからないけど、何か凄そう」
「これから凄くしていくんだから。みんな、覚悟しててね」
そうして、授業が始まった。




