現状確認しても好転する理由もない
殿下を王にすると誓ったからと言っても、ただの女子高生であったこの身にできることは少ない。
一番の近道は第一王子を暗殺することだが、国一番の護衛がついている上に相手は風の最上位の魔術師。どうにか彼を殺したところで、兄を殺した疑いをかけられる殿下が人望を失うのは目に見えている。
何より彼を悲しませたくない。
私が人より少し優れているのは、未来を知っている、この一点のみ。
情報を整理してみよう。
この世界は、私が以前プレイしていた乙女ゲームに酷似している。魔法を学ぶ学園を舞台に、ちょっとだけ政治の匂いもする恋愛物語だった。
他にもプレイしたゲームはたくさんあったのに、何故そのゲームだったのかはわからない。絵が綺麗だったし、有名な声優を使っていたから人気と言えば人気だったけれど。
死因が何かも思い出せないし、そのゲームのプレイ中に突然心臓発作したとか? それともキュン死? だとすると、第一発見者である両親には、私がそんなゲームをプレイしていたとバレてしまったことになる。もう死んでるが、死ねる。
……この件は深く考えまい。プレイしていたゲームも、ついでに過激な漫画やラノベも、確認せずに廃棄していただけたと、両親を信じている。
さあ、気を取り直そう。
私、リズベスは所謂悪役令嬢、カナン王国の第二王子の恋路に立ちふさがるライバルキャラとして登場する。攻略対象は隠しキャラも含めて全部で五人。
攻略対象その一、王太子。
俺様である。先も述べたように風魔術の天才。かなり自分本位な性格をしており、メインヒーローだけあって麗しい容姿をしている。イケメン、ドS等ともてはやされていたが、現実にいれば傍若無人で人の気持ちを解しないただの腹立つ人だ。しかも権力を持っているだけ始末に負えない。
その二、公爵子息。
ちゃら男である。王の側近候補で、将来有望だが女好き。出会う度に違う女の人を連れており、目が合っただけで妊娠させられると言う触れ込みである。積極的に関わりたくない。
その三、近衛騎士。
熱血である。硬派でストイックと言えば聞こえは良いが、脳みそまで筋肉で剣ばかり振り回している。女子マネジャーがいない部の高校球児みたいな生き物だろうか。マウンドからスタンドの最後列くらいの距離をとって遠くから眺めたい。
その四、第二王子。
年下である。次期王で天才な兄を持ち、努力で飛び級をして学園に通うと言う設定だ。
言わずもがな、婚約者殿である。特段言うことは無いが、天使である。唯一まともな人間が婚約者で良かった。
その五、暗殺者。
隠しキャラである。お殺しをお生業としていらっしゃる何とも中二臭い設定のお方であり、ルートによって攻略対象や主人公を手にかける。普段のコーディネートは全身黒づくめである。どうでも良いが、そんな格好で街中を歩いていたら、ただの不審者ではないか。
俺様に、ちゃら男に、筋肉馬鹿に、不審人物。
何が楽しくて、私はこのゲームにハマっていたのだろう。
過去の私を思い黄昏ていたら、声がした。
「リズベス」
眺めていた羊皮紙から顔を上げる。
ドアから顔を覗かせていたのはロイ王子だった。
「ごめん、ノックしても気づかないみたいだったから」
慌てて立ち上がり「出迎えもできずすいません」と謝ると「約束も無しに来てごめんね?」と逆に気を遣われた。
「どうしたの?」
そう尋ねると、いたずらっぽく笑い、背中に隠していた花束を取り出した。
「庭の薔薇が綺麗に咲いていたんだ」
こんな時、気の利いたお礼が言えればよいのに。ただ、ありがとうと言うだけ、花束を受け取るだけで精一杯だった。
我が領は王都から一日かからないが、決して近くはない距離だと言うのに、彼はこうして理由をつけて度々見舞いに来てくれる。
十歳にしてこの気遣い。私が十歳の時など、泣きべそをかきながら自転車の練習をしていた記憶しかない。
レディーファーストが根付くこの国で。成人も早く、王族と言うことで乗り越えるべき障害も多く与えられ、精神年齢も高いだろうけど。
さすが攻略対象と言うべきか。大和男子なんか、二、三十年生きたとしても足元に及ばない。
薔薇の香りを嗅ぎながら思う。
ゲームの中のロイ王子はこんなにリズべスを気にかけていたのだろうか。
そもそも仲が良ければ心変わりなどしなかった? いや、良さのベクトルが違うのか? 男女の仲ではなく、兄弟のようなもの?
だからヒロインが現れた時に容易く奪われてしまうのだろうか。
ヒロインは庶民の女の子。
実は隣国の王家の血を引いているというありがち設定である。
隣国で革命が起き、平民の不満を抑えるために、貴族だけの特権だった魔法教育が平民に解放される。
主人公はその学園に通う最初の平民の、しかも女子として描かれる。
孤児である彼女は、身分制度があり、不文律の多い貴族主体の学園になじめず、奮闘しながら学生生活を送っていく。
ロイ王子ルートを選ぶと、年の割にはしっかりしているが、どこか自信の無い彼を励まし、時に切磋琢磨しながら支えていく。
リズべスは当初から平民の彼女を蔑視し、当然、婚約者に近づく女を快く思わない。無視や教科書を破くといったオーソドックスな嫌がらせから強姦や殺人未遂まで、侯爵家の権力をフルに使い、妨害をする。その過程で王子の心はリズべスから離れ、ヒロインとの絆が深まっていくわけだが。
最終的に彼女の悪事は、その実家の悪事とともに明るみになり、良くて修道院送り、悪くて断頭台の露と消える。
私は前世で嫉妬するほど激しい恋をしたことが無いけれど。少しだけゲームのリズべスの気持ちがわかる。
唯一愛情を注いでくれた母を亡くし、周りにいるのは子供を道具としか見ない父と命に従うだけの使用人、顔色を伺う貴族の子女。
愛情に飢えていた彼女は、この暖かさを手離したくないと必死だったのだろう。
無言で薔薇を抱きしめる私を、殿下は心配そうに眺めている。
「ごめんなさい。あんまりにも素敵な薔薇で」
おずおずと笑いかけると、お返しにとびっきりの笑顔をもらった。
「気に入ってくれたなら嬉しい」
いつかこの手を離す時が来るとしても。
今はこの優しさに縋っていたい。




