愛する二人の間に邪魔はいらない
ドラマでよくある展開in中世
ヒーロー「その結婚待った!」
司祭「え、こいつ今さら何言ってんの。不服があるなら四十日もある婚約公示期間中に申し立てれば良いじゃん。なんでわざわざ式の当日なの」
式場の当日キャンセルは諸々の迷惑がかかるからやめようね☆
婚約公示期間は近親相姦や重婚防止が主な目的だったらしいので、上記の場合は関係ないかもしれんが。
期間は国や状況によって違ったらしい。例えば王族の国際結婚の場合なんかは長かった。←テキトー豆知識。
あ、初夜権については実際にあったかどうか疑問視されています。
あまり真面目に捉えず、架空のお話として読んでね。
マシューとブレンタは婚約者だ。
一週間後の結婚式に向けて打ち合わせをするため、新居で久しぶりに顔を合わせた。
マシューは幸運な男だ。
ブレンタは器量良しで気立ても良い。
もっと裕福な相手からの求婚もあったが、誠実で働き者のマシューを選んでくれた。
「後は……」
ただ、幸せなはずの二人の顔に影を差すものがあった。
初夜権である。
レアード領は悪しき伝統が残る国でも数少ない領の一つ。
好色な領主で、ブレンタの美貌なら声がかかるのは必定であった。
結婚税を払えば初夜権を回避する抜け道もあるが、結婚と言うのはとかく金が要る。
宴を開き、親類を持て成すのは勿論、花嫁の持参金、新郎新婦の衣装代、教会に収める税、司祭への謝礼、領主に納める納付金、などなど。
裕福でない婚約者たちは親類に借金をしてようやく式を行う目途をつけた。
余分なお金などあるわけない。
「大丈夫よ。一晩我慢すれば良いんでしょ」
ブレンタが努めて軽く笑い飛ばす。
しかし好きでもない男に抱かれるなんて苦痛でしかないはず。性病をうつされる恐れもある。領主との間に子供ができてしまった新婦の噂だってある。
その場合、その夫婦の子どもということになるし、領主は責任をとらない。
何より他の男に触れられるのは嫌だ、と言う嫉妬の感情をマシューは口に出さずに封じ込める。
言ったところでどうしよもない。
黙り込んだ二人の耳に、こんな農家の戸には不釣り合いなお行儀のよいノックの音が聞こえた。
「はい」
マシューがドアを開けると、天使のように可愛らしい少女がいた。
後ろにはお付きの者たちが控え、馬車も見える。
「この度婚約をされた、マシューさんとブレンタさんですか?」
「ええ、そうですが」
「お邪魔しても?」
「あ、はい。どうぞどうぞ」
気押されて家の中にいれたが、トパーズの瞳をしたこの少女は誰だろう。
「突然申し訳ありません。ご実家の方へ行ったら、こちらにいると伺ったものですから」
着ているワンピースは垢ばんでもおらず、シンプルなデザインながら仕立ての良いものだし、言葉遣いや立ち居振る舞いに品を感じる。
「レアード侯爵の娘、リズベスです」
レアード侯爵、という肩書にマシューは身構えた。
「本日は結婚祝い金の給付に参りました」
「けっこんいわいきん」
聞きなれない響きだ。
「はい。我が領は働ける世代が王都に転居することも多く、農村の高齢化が進んでいます。そこで少子化対策の一環で……」
「え、と、学が無いんで難しい話はわかりませんが、つまり?」
「こちらに御署名ください。奥様もお願いします」
自分の名前はどうにか書けるマシューが羽ペンを走らせつたない字を綴る。続いてブレンタも。
少女がかかれた文字を確認すると、ブレンタの名が光った。何かの魔術だろうか。
「過去に支給された花嫁に該当者が無いことを確認しました。こちらは結婚祝い金です。どうぞお受け取りください」
紙でできた袋を開き、マシューは声を上げた。何せ、この生涯で殆ど見たことない金貨がある。
「なななんで」
「うちの領は多くの若い方が出て行ってしまうので、税収が減って困っています。
そこで昨年から、結婚される人全員に結婚祝い金をお渡ししています。
マシューさんご夫妻はレアード領で式を挙げ、結婚後もこの領で住まわれますので、こちらの祝い金の対象になります」
すらすらと紡がれる口上を聞きながら、この少女は父親の所業を知っているのだろうか、と思った。
まだ幼さの残る身体で精一杯背筋を伸ばしているのを見て気づく。
知っているのだ。だから祝い金とやらは初夜権を回避する結婚税と同額だ。
「それと」
少女はブレンタの手を取ると、銀貨を一枚握らせた。
「海外のおまじないですが、式の時に銀貨を花嫁の靴か新婦の胸ポケットに入れておくと幸運になれるそうです。
お二人の結婚が幸せなものとなりますように」
レアード家の侯爵令嬢は笑顔のまま暇を告げた。
婚約者たちは馬車が去った方向にいつまでも頭を下げていた。
‡ ‡ ‡
馬車を降りて、御者にお礼を言い、馬の首筋を労わるように叩く。
今日は五件も回ったのでくたくただろう。
レアード領は空前のウェディングブームだ。
きっかけは勿論、結婚祝い金。
初夜権を恐れて二の足を踏んでいた人たちやお金に困って挙式を躊躇っていた人たちが一斉に結婚をしだしたのだ。
一時はクローゼットのドレスや宝飾品を質屋に預ける程だったが、ブームも落ち着き、冷却符などの売り上げでなんとか給付額が収入と釣り合うようになった。
中には悪質な人もいて、他の領なのに偽って申請したり、偽装結婚したり、何回も申請する人もいる。
給付は特別な場合を除いて婚約届をレアード領の教会へ出した者に限り、取り消したり不正が発覚した場合は全額返金してもらう。
(元々初夜権を想定したものであるので)一人の花嫁に対して一生に一回の給付にしている。
わざわざ私が出向くのは、筆跡鑑定紛いの魔術を見せるこけおどしのため。万引きを警戒する店が“警官立ち寄り”の札を貼るように、複数回申請する人間への抑止力みたいなものだ。
屋敷に入ると、侍女が強張った顔で「旦那様がお待ちです」と告げる。
珍しい。普段は家にいないのに。家にいても顔を合わせないのに。
しかし丁度良い。私も話があるのだ。父の雷対策のために護符を忍ばせ、書面を持って、私は書斎へ向かった。
「何か御用でしょうか」
「ただ娘の顔を見るためとは思わんのか」
「お父様が用も無く私を呼びつけるはずありませんもの」
「可愛くない女だ。王子もこんな女のどこが良いやら。どうも女の趣味が悪いと見える」
殿下もこいつにだけは言われたくないんじゃないだろうか。
父は散々躊躇いつつ、ようやく口を開いた。
「あー、結婚祝い金のことだが」
「徴税可能な世代の確保と言うことで、始めさせていただきましたが、レアード領で新たに婚姻した男女の数が昨年から増加し、順調に成果が出ております」
素知らぬ顔でとぼける。
前回の脅しで少しは自重するかと思ったが、父の性欲は留まることを知らず、その内に再開しだした。
仕方なしに直接的な手段をとることにした。
「何か問題が? お父様の署名もいただきましたし、政府への申請も無事通りました」
渋い顔をしている。どうせ、書面もろくに見ずにほいほい署名したのだろう。
「有難いことに、国王陛下のお墨付きもいただきましたし」
隣国にいる殿下がわざわざ父親に協力を頼んでくれたらしい。
結婚祝い金への許可の書面とともに、“面白い取り組みだ、期待している”と国王陛下からのメッセージカードを頂戴した。
これは大きかった。幾ら領内のこととは言え、国の最高権力者が関心を持っている取り組みを今更覆せないだろう。
「農民に金貨をやるとは、いささか大盤振る舞いが過ぎるのではないか?」
「そうでしょうか? 結婚するために同じだけの税を支払うのでしょう?
結婚税を撤廃していただければもっと働く世代が留まり、やがて子を産み、税収が潤うのではないでしょうか?」
だいたいレアード領は農地を捨てて逃げる農民が多すぎる。
現状を放置したせいでどんどん税収が減り、それでも今の貴族的生活を維持しようと少なくなった農民に重税を課し、さらに農民が逃げるという悪循環に陥っている。
と、そこまで言ってはさすがに父の機嫌を損ねる。
いつか面と向かって罵ってやりたいが、この後の話のためにも今日は堪えよう。
「それに、元は魔法陣製品を売り上げて得た利益。お父様の懐は痛まないはずです」
「祝い金を民に支払い、また税として徴収する。そんなことして何の意味がある?」
「魔法陣製品を売って得た利益は、王都でも商売しているので、何割かは税として中央に徴収されます。
しかし、それらを結婚税と言う形に変えることで、全て領内の税としてお父様が自由に使うことができます」
この世界に消費税の概念は無いけど、市場税や運送税、それから特定の物品に対する税金がある。
魔法陣製品は新しい法案で特別な税金がかかることになった。
但しそれは利益に対してかかる税なので、私が言ったのは褒められた方法ではないが今のところ合法だ。
「それで王都の娼婦でもお買いください。
侯爵ともあろう者が、いつまで下賤な農民を相手にしているのですか。
どうせ遊ぶなら高級娼婦でもお抱きになれば良い。中には貴族などより教養がある者もいると聞きます」
下賤なのはお前の下半身だ、と言いたいのを堪え、わざと選民意識の高い父のプライドを擽るような言い方をする。
「ふん、殊勝な心掛けだな。考えておこう」
こいつ、初心者の可愛い子を嫌々って状況が好きなのかな、それとも寝取るのが好きなのかな。
どっちにしても屑だわ。現代日本じゃ通報案件。王都のお姉さま方に可愛がられて満足して欲しい。
何で私、父親の一物のことばっかり考えてるんだろう。
異世界転生する人たちって、ドラゴンと戦ったり魔王と戦ったりもっと華々しいものを相手にしてた気がする。
泣きたくなる気持ちをどうにか切り替える。これより本日のメインデシュだ。
「私からもお話があるのですが、よろしいですか?」
「なんだ、申してみよ」
私は持参した書面を父に渡した。
「イエルダ村の決算書になります。
不作だったため税金を減らすのことでしたが、イエルダ村の農民に聞きましたところ、収穫量は例年と変わらなかったそうです。
また、経費である食糧費などが他領と比べ明らかに多く、その他も幾つか計算の間違いもあります。
赤字で書いた通り、今年に関しては金貨二十枚、昨年度以前も合わせると推定で金貨百五十枚以上を着服している計算になります。
王国法に基づき、徴税請負人の即時罷免と財産の没収、罰として……」
父は紙を投げ捨てた。
「できん。イエルダ村の徴税請負人は私の従弟だ」
何言ってんだ、こいつ。メイドたちにはくだらんことで雷の鞭を振るうくせに、親戚は罰せないだぁ? ふざけんな。
「知っていますが、このまま放置するわけにはいきません」
「女が人事に口を出すな」
「その女に見破られる程度の幼稚な粉飾だから申しているのです。
私はご存知の通り領地の経営を学んでいません。そんな小娘が気づくくらいです。
これから王子が帰国します。本格的に領地経営を学ぶことになるでしょう。
数年後には私と結婚し、レアード領の経営に携わります。
彼が、或いはその部下が、この帳簿を見たらどう思うでしょうか?
脱税と、それを放置しておいた為政者。悪くて処刑、良くて何だかんだ言い訳をつけて領内で療養でしょうか。
そもそも本当に知らないのでしょうか? 既に掴んでいるやも……」
「黙れ」
ピシッと雷が飛び、私の背後の壁にひびが入る。
「いいえ、黙りません」
脅すのは前回も行ったが効果が薄かった。別のアプローチで行こう。
「お父様、わかっていますか? 舐められているんですよ?
レアード領の主は女子供でもわかる計算で誤魔化せると、バレても大したお咎めは無いと」
「舐めているのはキサマの方だろう。口答えばかりして、父親を何だと思っている」
わかってんなら、逆ギレするんじゃなくて、もっと努力してくれれば良いのに。
使えないくせにプライドだけはある上司……じゃなかった、父親を持つと苦労する。
「お父様に相応しくなっていただきたいからです。
わかってますか? この家は公爵家になるんですよ?
第一王子に不幸があった場合は、国王の外戚となるのですよ?
もっと上の立場、多くの利権を得るでしょう。
なのに何故、自分の従弟の顔色を伺うのですか?
親戚を恐れるものに、公爵以上の身分が務まりますか?
お父様、イエルダ村の徴税請負人を処罰すべきです。
この低レベルな不正しかできない愚図を放置しても、いずれ発覚してしまいます。切り捨てるのが遅いか早いかではありませんか。
今の内に切り捨てれば、お父様の評判も上がるでしょう。
身内にも厳しい領主として畏怖され、徴税請負人たちはわが身を顧みるでしょう。
罪は正しく罰することで、下々の者がついてきます。
ですからお父様、お願いです。親戚如きに揺るがぬ、高貴な者としてお振舞ください」
娘にダメ出しをされた父は、話を終えるころには満更でもない顔をしていた。
「お前のことは甚だ気に入らんが、言うことは一理ある」
数日後、イエルダ村の徴税請負人は更迭された。
‡ ‡ ‡
私室に戻ったところで、リーパーが姿を現した。
「あんたの父親、殺してやろうか?」
「人を殺すのはいけないことだわ」
沈黙ののち、彼は噴き出した。
「ははっ、そんな正論が返ってくるなんて思わなかった。
あんたは偽善者だ。本当に父親を止めようと思うなら俺みたいなのを雇って殺せば良い」
そんなこと、言われなくてもわかってる。
「少なくとも、俺に依頼してくる人間はみんなそうだ。
高潔と名の通った紳士も、正義がどうとか説教をする司教も。
薄っぺらな正論を振りかざすより、邪魔者は始末する方が早い。
善悪なんてあやふやなものだよ、お嬢さん」
血なまぐささえ感じられる理論。
私より年上に見えるが、まだ大人にはなっていないであろう彼。
その短い生涯で何を見て何を聞いてきたのだろう。
「あなたの言う通り、他人を変えようと働きかけるより殺した方がずっと楽なんでしょうね。
でも諦めるのは、手を尽くしてからでも遅くないはず」
理想論だけじゃなく、冷徹な計算もある。
「それに、実際父を殺したとして、私は女の身で、継ぐべき王子はまだ未成年。
新しい領主が王都から派遣されるでしょう。
でもそれが、父以上の屑でないと証明できる?
その時、領主の娘と言う立場を失った私に、止めることができる?
ならば、まだ手の内がわかっている肉親の方が都合が良い」
「言い訳ばっかりならべて、結局父親を殺したくないだけだろ。
あいつ一人のせいでどれだけの人間が苦しんでいると思っている!」
初めて激昂した姿を見せた彼の語気には強い感情がある。
ウェーバーの持つ漠然とした貴族への不信感とは違う。
もっと煮詰まった、恨み。
「不幸になった人間はそのままか? そんな人間はあんたの目に入らないのか?」
「救いたいと思ってる!」
馬鹿みたいに言い返す。無力だとわかっていても。
「小さい頃は全知全能にでもなったつもりだった」
転生と言う特別な体験を持つ、神にも等しい存在に選ばれた人間だと思っていた。
「でも、そうじゃなかった」
私は母を救うことができなかった。
「私の手は小さくて、目の前にいる人をみんな助けたいのに指の隙間からぽろぽろ零れていく。
それでも、できることをやるしかない。やらないよりはマシだもの」
「綺麗事だ、そんなの」
否定する彼の手を握る。
「あなたのことだって、救いたいと思っている」
しかし、容易く振り払われてしまった。
「お前に何がわかる! 俺に救いの手なんか必要ない」
そうだろうか。
先ほど、苦しんでいると言ったリーパーの言葉には熱が籠っていた。
ここ数日一緒に行動しているのにリーパーのことはよく知らない。人のことはストーカーしてるくせに、自分のことを話さないからだ。
ゲームのリーパーは第一王子ルートではヒロインの命を狙う暗殺者として、騎士ルートでは護衛対象を害する敵役として出てくる。
そう言えば第二王子のルートでは出てこない。
不思議だ。暗殺なんて、ゲームのリズベスが最も使いそうな手段なのに。
しかしリーパー程の逸材だと、客を選ぶ。
貴族嫌いの彼は、典型的な貴族だった侯爵家の依頼を受けなかった?
それとも別の理由が?
用も無いのにわざわざ侯爵令嬢の私を見に来たことと、何か関係がある?
「そう。そうね。私は目の前にいる人間も救えない。あなたを救うなんて力不足でしょう」
彼が望まないなら、秘密を暴くことはしない。彼だって大嫌いな貴族の私に手を差し伸べられたくは無いだろう。
「でも覚えておいて。私に何かできることがあったら教えてほしい」
ここ最近顔を合わせているのだ、多少の情はある。
何の力にならなくとも、そう思っていることくらいは伝えておきたかった。
リーパーは何も言わずに姿を消した。
その日はそれ以降姿を見せなかった。




