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悪役令嬢は運命の轍を踏む~死亡フラグが回避できない~  作者: アストロ
第二章 順調だからって油断できない
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順調だからと言って油断出来ない

中世ヨーロッパの武術って言う本を読んだけど、普通に目つぶしとか書いてあってびっくりしたよ。

筆者はヨーロッパは戦争が絶えなくて、どんどん新しい戦法(てっぽうとか)に革新し続けなければならず、(日本みたいに鎖国して平和じゃなかったから)娯楽としての武術にならなかったから殆どの武術が失われたって書いてたけど、相手が再起不能になって稽古ができなかったから継承していけなかったんじゃないの? と思ってしまったよ。

夜中に目が覚めた。

しばらくベッドで横になっていたが、寝付けない。空気は熱く、乾燥しており、どうにも喉が渇いて気になる。枕元にベルがあるが、こんな夜更けに使用人を起こすのは気が引ける。音を立てずに身体を起こし、壁掛けのランプを手に取る。


月の無い夜だった。それでも日中陽の光を浴びた光の魔石が入ったランプのおかげで、部屋は真昼のように明るい。はっきり見える足元で、危なげなく食堂へ向かう。


闇に続くような長い長い廊下。

歩いていて、ふと、何かの気配を感じた。不審に思い足を止め、辺りを見回すも寝静まった部屋は誰もいない。それでも誰かが近くにいるような気がする。


私は、ガウンのポケットに入れっぱなしになっていた詩集を取り出した。

紙面をそっと撫でると、文字が浮かび上がる。ノイズのようにわらわらと、群れとなって室内を動き出す。本に文字を写す時、勢いが良すぎるとインクが跳ねたりするためぎりぎりでスピードを緩めている。その応用で壁や天井、床、家具に当たらぬよう文字の群れが動く。見慣れた室内であるので、多少暗くても距離感は間違えない。障害が無ければ隅から隅まで。


しかし、何もないはずの空間で、文字の動きが止まる。丁度人一人分の空間。


「あーあ、一張羅だったのに」


カーテンがめくれるように、空間から男が現れた。

インクがついてもわからないくらい全身は黒づくめ。どこかで見たことのあるような顔立ちに輝く金の瞳。

ひっと息を呑む。私の記憶が正しければこの男は……。


男が行動を起こす前に私は指を動かした。

途端に、文字が男の双眸めがけて殺到する。


「うわ、なんだこれ」


私が操るのは文字。

元を正せばわずかばかりのインク。インクと言うのは液体なので当たっても痛く無い。せいぜい衣服が汚れて経済的に痛いたけだ。


だから、急所に的確に叩きこむしかない。

目を潰されて怯んだ隙に踵を返し全力疾走する。

ここからなら警備の兵がいる詰め所より使用人の寝室が近い。


しかしその足は何かに躓き、この身は無様に床に転げる。

起き上がろうとしたところを伸し掛かられ、後ろ手を拘束される。


「箱入りのお嬢様かと思ったらとんだじゃじゃ馬だな」


背に男の熱く硬く重い身体を感じる。

視界が不自由な中、足元を狙い、私の動きを封じたのか。改めて男の能力に戦慄する。

助けを呼ぶため叫ぼうとした口に布が突っ込まれ、くぐもた声を上げるしかできない。


「落ち着け。今日はお仕事じゃないんだ。出来れば大人しくお喋りに付き合ってくれると嬉しい。

下手に抵抗するなら……」


項に冷たい刃の感触がある。

殺す気ならさっき、刃を振るったはずだ。

どちらにせよ、この男に生命の与奪は握られている。

何が目的か明確でない以上、少しでも時間を稼ぐべきか。


わたしは抵抗を止めた。

男は私の口から布を引っ張り出す。

尚も私が黙っていると、ようやく安心したのか、首にかかる力が和らいだ。


「レア―ド家のお嬢様、で間違いないな?」

「そちらはなんとお呼びすれば?」


質問に質問。まともに受け答えをし、こちらから情報を与えるつもりはない。


「夜陰に紛れる不法侵入者、か弱い女を襲う卑怯者、では不都合でしょう?」

「存外肝が据わってるな。どこがか弱いんだよ」

「賊だと思いましたので、それ相応の対応をさせていただきました。紳士的なお方には、か弱い乙女として対応いたします」

「いや、そういうことじゃなく」

「我が家の持て成しが気に入らないと? では、何のためにいらしたの?」


少しでも情報を聞き出せないか、と頭を巡らせる。


「私を殺すつもりじゃ無いとすれば狙いはお父様? それともまさか……」


今は留学中だが、もう少しでその期間も終わる。そうすれば、以前のように彼がこの屋敷を訪れることは想像に難くない。王宮より警備はずっと薄いこの屋敷を。

私の思い描いた人物に気づいたのか、男が笑った気配がした。


「だったら?」


絶対に許さない。


質がダメなら量だ。指に力を籠め、屋敷内の書庫で触れたことのある書籍から操れるだけの文字を……。


わき腹を殴られた。痛みで練り上げていた術式が飛ぶ。


「油断も隙もねぇな」


くつくつ声が聞こえる。持て余しているというより、面白がっている。猫が獲物を甚振るように。


「言っただろ、今日は仕事じゃないって」

「では明日? 近いお仕事の予定なのですか? 今日はその下見に?」

「慌てるなって。からかって誤解させたのは悪いけど、ここで仕事する気はねぇよ」


本当だろうか? だが彼は、残忍で隠し事をするが嘘はつかないキャラだった。

嘘は弱いものが身を護るためにつく。強者の彼には不要だ。


「ところでお嬢様、俺の仕事が殺しだってよく知ってたな。盗人や人攫いって可能性は考えなかったんだ?」


しまった、前世の知識だった。内心ぎくりとしたが、取り澄ます。


「手慣れていましたので。それに私に正体を明かし、余計なことをべらべら喋るのは、後で口封じするつもりだからでは?」


口にして初めてその可能性に気づき身震いしたが、男は相変わらず笑うだけだった。


「信用ねぇな、俺」

「首に刃物を当てている人間を信用することできます?」

「はいはい、お嬢様の仰る通りです」


突然身体にかかっていた重しが消えた。私は相手を警戒させないようにゆっくりと立ち上がる。


「どういうつもり?」


黒ずくめの男を見つめる。


「少しは信用してくれた?」

「ええ、少しは」


さっきまで刃のあった首筋を無意識に撫でていた。

信用できるわけないが、こいつは仕事に関係ないところで無差別に殺す男ではなかった、はず。


「話を戻しましょう。レアード侯爵令嬢リズベスと申します。あなたは?」

「親からもらった名は忘れた。通り名は“姿のない暗殺者”便宜上リーパーと呼ばれている」


リーパーは刈るもの、死神のことでもある。原作通り中二病全開の名前だ。


「お名前通りのご職業ですね。しかしこの屋敷に来た目的があなたのお仕事がでないなら、何なのです?」

「見物だよ」


リーパーは目を見開いた。その、闇に光る瞳には憎悪が見え隠れする。


「王都の裏社会の重鎮を殺して報酬をたんまり受け取ったんだ。懐に余裕ができたが、王都に居ずらくなってさ。暫くどっかに雲隠れしようって時、変わった令嬢の噂を聞いてさ。

まだ成人してもいない女の身で、魔法のような手腕で産業を興し、孤児どもを手なずけ、領民のために身を粉にして働いているという、将来有望な、第二王子の婚約者殿」

「私はそこまでできた女ではありません。噂が過剰なだけです。実物を見てわかったでしょ?」

「そうだよな。そんな女いるわけないよな。だから、どんな偶像か気になったわけ。

夢見がちなお嬢様か、口だけの偽物かどうか、じっくり見極めてやろうと言うわけさ」


趣味悪、と口をついた。偶像ってわかってるんなら、わざわざ見に来なくても良いのに。


「でも、初日で俺の魔法を見破られるとは思わなかった。俺がいるってよくわかったな」

「失礼ですが、能力が三流なのでは? 小娘が気配を感じ取れるくらいですから」

「ははっ。言うね。これでも国の要人を殺したこともあるんだけど。腕利きの護衛に気づかれずにね。

試してみる?」

「え?」

「大声を上げると良い。助けてって。使用人たちが駆けつけてくるだろう。

俺は姿を消し、剣を振るおう。

お嬢様みたいにすぐに気配とやらに気づくかな? 気づくまでに何人死ぬかな?」


身体に震えが走り、すぐに頭を下げる。


「気を悪くされたのなら、失言でした。私は助けを呼びません。それでご勘弁ください」


彼は第一王子と互角な作中でも屈指の身体能力。さらに姿を見ることができない。まして、侍女たち相手なら……。


「じゃ、俺の見物に付き合ってくれる?」


祭りに行くように無邪気に、暗殺者は提案した。


「私の他に手を出さないと誓うなら」

「決まりだな」


あまりに軽く“姿のない暗殺者”は頷く。

次の瞬間、その姿は消え去り、部屋には私一人となった。






こうして私は数日間、この目には見えない男のストーキングを受けることになる。

取り合えず生命の危機があれば怒涛の展開じゃね?という安直な考えの元、お送りしました。

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