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悪役令嬢は運命の轍を踏む~死亡フラグが回避できない~  作者: アストロ
第二章 順調だからって油断できない
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昨日とまるで同じ日は無い

怒涛の展開のはずが、ただの説明回になってしまいました。

いつか、そのうち、本気出す。

親愛なる婚約者殿へ



マンドラゴラが咲く季節になりました。

この前送ってくれた、冷凍できる箱の設計図、確認しました。相変わらず、精力的に活動しているようで驚きました。

で、送ってくれた陣についてだけど、三番回線と魔力が接するところが不安定になるから、修正してみました。他にも弄ったので、同封した陣を確認してください。


僕の方は、師事している魔法陣学のレスター教授に振り回されています。

知っての通り、隣国の魔法陣学を十年進めたと言われる天才で、僕も彼目当てでサルバラードの王都魔法学校に留学しました。

ただ、魔法陣学への多大な功績は尊敬出来るけど、人格面ははちょっとね……。


先日も暑いから風穴を空ける!とか言い出して、教室の一つの壁が無くなり、屋根と柱だけになりました。

だいぶ、風通しが良くなりました。


僕が各方面に詫び状を書いていたら、

「キサマ、隣国の王子にしておくのは惜しい。私の雑用係にしてやろう」

と言われました。どう考えたってランクダウンです。


あ、書き忘れるところだったけど、新しいペンありがとう。ペン先まで硝子で出来ててびっくりしたけど、とっても書きやすいよ。残念ながら、最初の仕事が詫び状の作成でしたが、インクの瓶も芸術的でちょっと気分が晴れました。……もしかしてこれって、新製品のモニターだったりする?


留学の期限ももうすぐです。思い返せば名残惜しい気がしますが、それよりリズベスに早く会いたいです。



追伸

リズベスは無理をするところがあるから心配です。程々にね。



―――――――――――――――――――――――――――




敬愛する殿下へ


モーリュの刈り入れ時になりました。

殿下がサルバラードに旅立ってもうすぐ二年になりますね。

殿下の近況が知れて嬉しく思います。それにしても、王子に詫び状を書かせるなんて……殿下も慣れないことで大変でしょう。

と、殊勝なことを書いてみましたが、正直、少し笑ってしまいました。


私の方は元気に過ごしております。近頃は……




―――――――――――――――――――――――――――






「……そうして、少年は春が来たことを高らかに歌いました。おしまい」


踊っていた文字たちが本の中に吸い込まれていく。


一礼すると、拍手が起こった。子供たちは、女の子は特に、目を輝かせている。


今読み終えたのは、この地方に伝わる昔話。

この話の中で、冬は気難しい老婆として描かれている。

農民たちが冬を嫌い、あまりにも春を待ち望むので、臍を曲げて、この地方に春が来ないようにしてしまう。

領民たちはあの手この手で春を呼ぼうとするが、結果は芳しくない。

そんな中、冬のご機嫌をとろうと、領主の息子の少年が知恵を絞る。詳細は省くが、満足した冬は去り、やがて少女の姿をした春が巡ってくる。


因みに、夏は輝かんばかりの美女、秋はふくよかなおばさんだ。

日本で冬と言えば雪女のイメージだが、ところ変われば季節の象徴も変わるらしい。


「オジョー、次これ読んで」

「あ、ずるい! 次は戦記物の約束だよ」


時間ができた時にこうして学校に顔を出し、札に魔力を込めている子の暇つぶしに読み聞かせをしている。


有難いことに、私は人気だ。

少しでも文字の勉強になればと、自分の読む声に合わせて文字を空間に浮かして動かしているが、それが面白いらしい。


「はいはい、順番ね」


ただ、どうやら私はオジョーという名前だと思われているらしい。絶対ジェシーのせいだ。


「それはそうと、みんなは読み書きがどれだけできるようになったの? 自分で本を読めるようになったら、きっと愉しいわよ」

「うっ、まだ勉強中だもん」

「あのね、あのね、ヨランダ、もう自分の名前書けるの」

「あら、凄いわねぇ」


よしよしと撫でると「僕も僕も」「私はねぇ」と小さい子たちに取り囲まれた。

彼らの中には魔法が原因で親から捨てられた子や虐待された子もいる。愛情に飢えているのだ。

一通り抱きしめ、頬ずりをし、落ち着いたところで次の話を読み始める。


「むかしむかしあるところに……」



          ‡   ‡   ‡



学校に行った後には、ウェーバーの店に寄った。


「本日お越しになるのは二回目ですね。今度はどちらに差し入れを?」


先ほどは、学校へ行く前に子供たちに菓子を買って行った。丁度通り道にあるので、ついつい寄ってしまう。


「今度は衣料店に。ケーキを五個ほど包んでいただけるかしら。勿論、冷却符付きで」

「かしこまりました」


ウェーバーは店の奥にハンドサインだけで指示を出した。


「冷却符に衣料店、相変わらず精力的ですね」

「殿下のお力を借りての商売だけどね」


私一人の力では、この二年でここまで辿り着けなかっただろう。近くにいなくても、いつも気にかけてくれる殿下に感謝しかない。


「街で孤児たちが売っているあれもですか?」


ウェーバーが前のめりになっている。


「彼らが使っている箱。家具職人を集めていたのは、あのためだったんですね。してやられました」

「あれ、まだ試作品なの。もっと持続時間を高めて、容量も増やさなきゃいけないし」


言外に、“だから譲れませんよ”とアピールしてみる。彼と話している時は駆け引きのようで気が抜けない。


「あれで試作品ですか。いよいよ私の仕事(こおりつかい)が要らなくなりそうですね」

「そんなことないわ。今までと違う新しい役割ができるだけ」

「相変わらず晴眼ですね」

「褒め過ぎよ」

「しかしあの売り物の菓子、評判ですね。牛の乳を冷やしているのですっけ」


売り物は前世に牧場で作った朧気(おぼろげ)な記憶から試行錯誤を重ね、完成させた。

前の両親に不満を抱いたり、反抗したりしていたけど、今の父と違って、結構、色々なところに連れてもらってたんだな、と作りながら思い出し、少ししんみりしてしまった。


「あの菓子のレシピいただけませんか? 果汁などを冷やし固めるまでは私でもでもできるんですが、あの滑らかさは出せません」


企業秘密だ、教えるわけがない。

まあ、そう難しいものでもないし、いずれ再現されるだろうけど。


「うちの店のケーキに使っている黒い豆と合わせると美味しいのではないかと思いますがね」


つまりチョコレートとの組み合わせか。それは心惹かれるが、このまま暫くは利益を確保したい。


「いずれ、ね」

「やれやれ、またはぐらかされてしまいました」


彼が肩を竦めたところで、給仕の女性がようやく菓子を包んだ袋を持ってきた。

受け取ると、中にはケーキの他にクッキーのようなものが入っている。


「あら? これは頼んでないけど」

「レモンを練りこんだクッキーです。少し塩が入っていて、水分ととると汗を流した人間に良いそうです。どうせ街角の彼らも見にいかれるでしょ?」


この気遣いがあるから、野心を剥き出しのこの男を邪険にできないのだ。

お礼にチップを弾み、私は店を後にした。



          ‡   ‡   ‡



ウェーバーの店から馬車で数分、有難いことにレアード領の主要な通りに店を構えることができた。

店名を“婚約者の贈り物”と言う。私は恥ずかしいから止めてほしかったのだが、王子が婚約者の赤切れの指を気遣って手袋を開発したエピソードを知り、感動した店主が勝手に決めてしまった。


「いらっしゃい! って、お嬢様ですか」


出迎えたのは、かつて母の付き添いをしていた侍女。

女だが読み書きソロバンができるし、私が信頼のおける人だと言うことでこの店をお願いした。

どうなるかと本人が最も心配していたが、飾らない人柄で、身分の上下に関わらず人当たりも良く、時には豪快さもあり、上手くやっているようだ。


「久しぶりね、調子はどう?」

「夏ですからね。靴下や手袋の売れ行きはあんまり。あ、でも、冷感シャツの売り上げは伸びてきましたよ」


当初は学校の子供たちに手伝ってもらったが、生産が追い付かなくなったので、貧しい女性や寡婦たちに手袋や靴下を繕わせて報酬をわたしている。

秋から冬、丁度農閑期の収入源になるので、農婦たちは喜んでくれた。

日ごろから繕い物をしている彼女たちの手際は良く、中には男より稼ぐ女性もでてきた。


店主にウェーバーの店のケーキを渡したら喜んでくれた。

今の時間帯は客の入りも少ないし、売り子たちと交代でお茶をすると言う。


お嬢様も一緒にどうですか、と言われたが、次に行くところがあるので辞去する。

店を出しようとしていたら、来客と鉢合わせた。


「あれ、お嬢様じゃないですか。奇遇ですね」

「グレアムじゃない!」


平民には珍しく、金髪碧眼で顔立ちの整った少年。

それもそのはず、彼はこの年で役者である。旅をしながら各地を回る劇団の一員で、レアード領で近々収穫祭があるので、余興をやってもらおうとみなさんで街の宿屋に逗留してもらっている。


「どう、先生の台本は」

「ま、ぼちぼちですよ。ただ曲の方が捗らなくてねぇ。“暑いから曲が書けんのだ”とか言い出したので、こうして噂の冷感シャツを買いに来たんです」

「そうだったの。台本ができたらいつでも声をかけてね。複製するから」

「ははっ、侯爵令嬢を活版印刷機代わりにするなんて恐れ多いや」


グレアムは笑い飛ばし、私と入れ替わりに店に入っていった。



          ‡   ‡   ‡



「凍乳いかがですか!」


暑い中、赤毛の少女の声が街角に響き渡る。

彼女……ダーラはレアード領唯一の魔法の訓練をする学校の生徒だ。年長の方に部類される彼女らは、授業が無い時、学校を運営する助けになればと、こうして資金を稼いでいる。


肩にかけられた箱の中に入れられた売り物は、日差しに輝く雪原を思わせ白く、ほのかに黄色い。

名を凍乳と言う。発案者は凍乳だと、日本語に訳した時、響きで苺にかける系を想像してしまうので渋ったが、つまり発案者が言うところのアイスクリームのことである。


「こっちにくれ」

「はい、毎度あり~!」


ダーラは箱の蓋を開け、専用のお玉で掬うと、小麦やら卵やらを混ぜて焼いた生地の上に乗せる。


この、氷菓子を乗せる器も食べれてしまう手軽さが人気の一つだ。

氷菓子が入っている箱は木製で魔法陣が彫られ、中央にはハークス魔玉工房の玉が嵌められている。魔玉は取り外しが利くエネルギー源、電池のようなものである。


この氷菓子を入れる特別な箱を、これまた発案者が“喰羅墓苦酢”という物騒な名前をつけようとしたところ、諸々の反対に合い、単なる冷却箱という名になった。


凍乳は飛ぶように売れ、箱は空になり、逆にダーラのポケットには小金で一杯になった。


ダーラはその足で裏通りを走った。近道を使って早く学校へ戻り、他の売り子たちに成果を見せるためである。


しかし彼女の行く先に、影が立ち塞がる。


「よお、嬢ちゃん、随分儲けたみたいだな」


路地裏から現れたのは、見るからに人相の悪い男二人組。

レアード領は治安の良い領ではない。重税のため耕作放棄地も多く、食えなくなった農民は都市部へ流入し、王都に近いこともあって、街を追放された犯罪者が来ることもある。


けれど近年は魔法陣製品を主力とする新たな産業が起こり、景気が上向いた。そんな難しいことを知らないダーラでも感じ取れるほど明るい顔をしている人が増えたので、油断していた。

引き返そうとすると、背後からもう一人現れる。


「売り上げは全部置いて行ってもらおうか」

「その珍妙な箱も金になりそうだ」


男たちが何事か言っている間に、ダーラは首に下げた笛を素早く吹いた。


「何だ、何した!」

「こいつ!」


近くにいた男が拳を振りかぶる。

殴られる!少女は目を固く瞑った。


「護れ 氷壁!」


少女の周囲を取り囲むように氷の壁が出現した。


「うちの子に手を出さないでもらおうか、おっさんたち」


息を切らせながら駆け付けたのは、一人の少年。薄暗い路地で空色の瞳が眩しい。


「粋がるな、このがきィィい?!」


駆け出した男は、足元をつるんと滑らせひっくり返った。

突如、足元に氷の板が出現したためである。


「騎士団さーん、こっちです!」


唖然とする男たちの元に、新たな人物が現れた。

容姿と身なりは立派だが髪を振り乱し駆け付けた姿を、誰も侯爵令嬢だとは思わないだろう。


「やべっ、ずらかるぞ」


金属音が近づいて来たため、先の男二人は転がった仲間に背を向け駆け出す。


「逃がすか!」


令嬢らしからぬ怒声を上げれば、逃げた男たちの背を黒い何かが追いかける。

どうやら文字のようで、わざわざ矢印付きで『みなさん、こいつ悪者です』『女の子にカツアゲする下種』と読むことができる。


放心するダーラの周囲の氷が砕け、少年が顔を覗かせる。


「大丈夫か、ダーラ」

「うん、ありがと、ジェシー」

「大丈夫か、じゃないわよ!」


二人の背に雷が落ちた。


「こんなところ通っちゃダメでしょ、ダーラ。かき入れ時だから助かるけど、子供が露店で商売するのなんて元々危ないんだから」


ぷりぷり口うるさくしながら、少女の身に怪我がないか確認していく。


「ジェシーも自分の力を過信しちゃダメ! 傭兵に魔法教えてもらったからって、大人たち相手にするなんて。肝が冷えたんだから」

「はいはい」


全然懲りてない返事をしながら、それでも心配されたのがくすぐったくて、少年は、そしてダーラも笑っていた。


「もう、ちゃんと聞いてるの!」


余談だが、目立ちまくる浮かぶ文字のおかげで、男たちは程なく騎士たちに捕まったようだ。



          ‡   ‡   ‡



今日の出来事をしたため、封をした手紙を隣国へ送るよう使用人に頼む。


これで、いつもとどこか違うけど日常の範疇(はんちゅう)の、平穏な今日が終わる……はずだった。


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