シナリオ通りに進まない
「本編より前書きの方が面白い」
と妹に言われ、地味に凹む作者。
某錬金術師の某A氏はおまけの四コマの方が面白いと読者に言われ「本望だ!」とおっしゃっていたが、とても大物の域には達せない。
次の章からは怒涛の展開が始まる……はず。
「涼しい季節になりましたし、冷却符を希望されるお客様は少なくなっていますね」
緑が眩しい夏の庭園。その木陰に白いテーブルをはさみ、二人で顔を合わせお茶をする。相手は愛しい恋人……ではなく、ウェーバーだ。
話題は仕事のこと。色気もへったくれも無い。
「そうでしょうね」
ここ数日、朝晩の気温も下がっている。
これから冬に向けて、さらに冷却符の売り上げは下がるだろう。
冬に向けて新たな製品……カイロ的なものを開発すべきかもしれない。
しかし、試しに作ってみたところ、魔法陣を描いた紙が燃え上がったからなぁ。火傷しない程度の熱ってのは調整がなかなか難しそうだ。
「一方で、明らかにケーキを食べに来たとは思えない客が増えています。店内で食べずに必ず、持ち帰りと、大量の冷却符を希望します」
「冷却符目当ての客ということ? 招待状を置いておくから、渡してちょうだい。せっかくのお客様予備軍だもの、こちらで応対するわ」
ケーキを売る店なのに、買わない客が来ては白けてしまう。こっちも客を新規開拓できる。WinWinと言う奴だ。
保冷剤は食品の保全にも使えるが、医療や工業、様々な使い道がある。
その客は新たな使い道を見つけたのかもしれないし、別の目的……類似品の開発かもしれない。いずれ似たような製品を出すところも出てくるだろう。今後は競合他社とどのように差別化を図っていくかが課題だ。
「助かります。
ところで、最近家具職人と相談されているようですが、今度は何をされるおつもりですか?」
「耳が早いのね。今度学校を作るので家具の修理をお願いしていただけ」
「それだけですか? 家具の納品も終わったのに、随分長くかかるんですね」
「まあね。わざわざ気にかけてくださってありがとう」
商売は情報が命と言うが、さすがウェーバー。新たな商機をかぎ分ける嗅覚は油断出来ない。
因みに、このやりとりを聞いていたジェシーは胃を抑えながら、お茶の給仕を理由に離れて言った。
「それにしても、学校と言うのは不思議な取り組みですね。私が幼い頃にもあれば、これほど苦労しなくても良かったのに」
しみじみ呟くウェーバーに興味をひかれた。
「そういえばあなた、どこで魔法教育を受けたの?」
彼は魔法制御の訓練を受けている。立ち振る舞いから、良いところの出かと思うが。
「侯爵家と比べものにはなりませんが、私の実家はそこそこの商家でした。才があるとわかり、とある子爵家に通って魔法を教えてもらいました。当時は隣国の"断罪の閃光"が活躍していました。子爵も戦力にする目的で子供たちを集め、教育をしていたのでしょう」
"断罪の閃光"とは、隣国サルバラードで活躍した部隊だ。近隣の農村の子供や孤児たちを徴集し、幼い頃から戦いに特化した魔法教育を施した。中でも"終末の使徒"と名付けられた子供は、今の私と同じくらいの年で、雷の雨を降らし、五百人規模の大隊を一人で無力化したと言う。
「しかし、お手本の"断罪の閃光"が飼い主に歯向かい、反乱に加担したことで、立ち消えになりました」
ウェーバーは魔力が制御できているのに、基本の魔法しか使いこなせていない。その理由がようやくわかった。
「その後、戦争の特需が終わり、実家の商家は傾きました。父は過労で儚くなりました。母は私を捨て、裕福な貴族の後妻になりました。
私は低級とは言え、魔法という武器があったことで、周囲を押し退け、時には蹴落とし、身を立てるに至りました」
彼の視線の先には茶葉を蒸らしているジェシーがいる。平民の身で貴族に見出だされた同じ氷使いとして、思うところがあるのかもしれない。
「もし、魔法を極めていたら、もっと楽ができたかもしれません。或いは、他の道があったかもしれません。
しかし所詮、お貴族様の道楽ですからね。飽きれば終わりです」
お嬢様はいつまで続きますでしょうか。
言外に含んだ刺が突き刺さる。
「私は途中で投げ出したりしない」
「王子殿下に嫁がれるあなたが?」
将来どうなるかわからない。ゲーム通り婚約を破棄すれば、例え処刑されなくとも、今までのように活動することは難しくなるだろう。
反対にシナリオから逸脱しこのまま結婚したとしても、夫人としての果たすべき役割も増えてくる。
不安に思われてもおかしくない。
「そうね。いずれ、誰かに任せることになるでしょう。それを投げ出したと言われてしまえばそれまでだけど。影ながらずっと支援を続けることはできる」
私もウェーバーと同じ方向を見つめた。
ティーポットを傾ける姿もだいぶ様になってきた。
「ジェシーは頑張りやさんだもの。それに自分より人のことを優先できる優しい子。きっと同じような立場の子の力になってくれる」
「だから傍につけて、あなたの仕事ぶりを見せていらっしゃる?」
「ええ。まだどうなるかわからないけどね。ジェシーがその道を望まない可能性だってあるし」
ジェシーにやって欲しい気持ちはあるけれど、自分の人生は自分で決めて欲しい。誰かの都合にねじ曲げられることがないように。私にできるのは将来の選択肢を少しでも増やすべく、色々な武器をあげることだ。
「こんな令嬢に拾われ、君は幸せですね」
紅茶を持ってきた少年に、ウェーバーが微笑みかける。
「えっ! 何の話っすか、いきなり!」
そうだったらいいな。彼の言はお世辞だとわかるけど、いつかジェシーが心からそう思ってくれたら。
「しかし、もっと幸せなのは、思慮深く、優しく、おまけに美しい婚約者をめとられる夫君でしょうか」
そうだろうか。幸せ、なのだろうか。殿下は。
「お嬢、結婚するんすか!? 相手は?」
「おや君、ご存知でない? 現国王陛下の二番目のご子息です。顔くらい見たことあるでしょ。アッシュブロンドに碧眼の」
「この前、教会に来てた奴か!?」
前会った時、様子が変だった。ピリピリしていると言うか、張りつめた糸のように今にも泣き出しそうに、危うい感じがした。
女如きが手を貸そうとしたことで、劣等感を刺激してしまったのかもしれない。
「美男子で有名な兄の王太子殿下に似ているし、王宮の教師陣が感心するほど神童で努力家。人当たりも良く、悪い噂も聞かない。
家族を亡くした婚約者を気遣ってに花を贈り続けた美談を、未だに取り扱った花屋が触れ回っているとか。
末恐ろしい……じゃなかった、将来有望ですね」
「嘘だろ、婚約とか。と言うか、何その完璧超人」
殿下は神童だ。正しく評価されれば。
それが私なんかが傍にいるせいで、無用な劣等感を煽られる。
転生と言うのはつくづく狡い。
前世の生と今の生、前世の世界と今の世界。
凡人でも、様々な視野で物事を見ることができる。
そんなズルが無ければ、私なんて取るに足らないのに。殿下が脅かされることはないのに。
「君の恋を応援してあげたい気はありますが、相手が悪すぎですね」
「違げぇし。べべ別に、こここ恋なんてしてねぇし」
彼からもらったの優しさを同じ分だけ返してあげたい。幸せにしてあげたい。
でも、幾ら言葉をかけても、傷つけてしまう。
もしも……。
「違いますからね、お嬢。何が違うって言うかというと、とにかく違いますからね!」
思案にくれる視界に、ジェシーの顔がぬっとあらわれた。
初めて会ったころ、青ざめくぼんだ頬に赤みが戻り、枯れ枝のような手足にも肉がついてきた。
私は、何かを変えられたのだろうか。
意図せず笑みがこぼれる。
「ごめん、何の話だった?」
何故かは知らないが、「それはそれで凹む」とジェシーは肩を落とし、「まるで脈無しですね」とウェーバーは肩を竦めた。
未来も回避できる。
あの時の私は“全ては良い方向に回っている”そう信じて疑わなかった。
バッドエンドへの階段を駆け上がっているとは知りもしないで。
‡ ‡ ‡
秋も深まった日、殿下から来訪の先触れがあった。アポなしで来ることが多いので珍しい。
魔法陣の製品の規制の件だろうか。まだ法ができてないのを良いことに売りさばいているが、以前警告もしてくれたし、そろそろ危ないかもしれない。
緊張する手を握りしめ、玄関で出迎えた。
殿下は、花束を抱えていた。
「誕生日おめでとう」
私が戸惑った顔をしていると、忘れてたの?と笑う。
忘れていた。社交界に出てないので親交の深い相手もいない。自分の誕生会の招待状ばら撒く物好きでもないし。祝ってくれた家族ももういない。
血縁でもないのに覚えていてくれる殿下の、なんと奇特なことか。
「それと、これ」
手渡された包みはリボンでラッピングされている。
「本当は綺麗な装飾品や似合いそうなドレスの方が良いのかも知れないけど。君はこっちの方が喜ぶ気がして」
どこかどぎまぎしている彼の前で開けると、絹の手袋が出てきた。
甲から指先にかけて模様……いや魔法陣の刺繍が入っている。刺繍の糸から魔力を感じる。それに、どこか覚えのある陣だ。
「指が入ることで発動するんだ」
「それがトリガーなら、洗濯も安全にできますね」
「うん、そうだね。炎系の魔力を込めたけど、暖め過ぎると発火するからある程度負荷がかけたつもり」
付けてみると指先が仄かに暖かい。
「これならリズベスの霜焼けも……」
「これはっ、ヒート〇ック!」
「人手喰う?」
思わず前世の他社の商品名を叫んでしまった私も悪いけど、何その微妙に怖い名前。
「末端の神経を温めることで血液の循環が良くなって、霜焼け、凍傷だけじゃなくて、靴下にすれば冷え性にも効果があります。リラックス効果もあるし、安眠にも!
これは、売れる! 今から生産を始めれば冬に間に合う!」
保冷材は売り上げが落ちている。これからの寒い季節に売る商品が必要だった。
「この糸、例のインクで染めてありますね? 布地は絹ですが、普段使い用にランクを落としましょう。殿下、早速この作り方を……」
興奮気味に振り返ると、彼は疲れたように笑っていた。
「相変わらず視野が広いと言うか、発想が豊かだね。敵わないや」
私は高速で首を振った。
何を言っているんだ。これを生み出したのは殿下じゃないか。殿下の優しさじゃないか。
素人のくせに魔法陣開発なんかに手を出して、自業自得で赤切れになった指。
私の手のことなんかを気にかけて。それだけを考えて、作ってくれたのに。
優しさを素直に受け取れず、赤の他人に売り払おうとして、また、彼を傷つけてしまった。
どうして上手くいなかないんだろう。
どんな台詞を掛けたら良い? どんな選択肢をすれば良い?
どうしたら彼の心を攻略することができるだろう。
歯痒い。叶わないとはわかっているけど、正解が知りたい。どうしたら良いか教えてほしい。
叶わないとわかっていても、思ってしまう。
もしも……ならば。
「それから、これ」
受け取って、思わず声を上げてしまった。
シーリングスタンプだ。
手紙の封をするのに垂らす蝋。誰かが開ければ封蝋が崩れてしまうので、第三者が中身に手がついてない証明になる。さらにその蝋に個人や家を示す紋章をスタンプすることで、差出人の証明にもなる。日本でいう印鑑のようなもので、時には署名の代わりに使うこともある。
国王の紋章に似ているが、若干違う。恐らく殿下本人のものだろう。
「それを商品や包装に使って。半年後に法案が成立して魔法陣製品は規制されることになるけど、それまで僕の印でも王家が認めたとわかれば、他の商品と差別化することができる。
客が危険な魔法陣製品を見分けることもできるしね。略式だけど、効果はあると思う」
「だからって、こんな大事なもの……」
王家の印を偽造すれば罪になる。気軽に渡せる代物ではない。
「いいんだ。これから暫く、近くで君の手助けができなくなるから」
「どういうこと?」
戸惑う私に、殿下は笑った。
「サルバラードに留学することにした」
「なんで……」
だって、そんな展開、ゲームになかった。
真っ先にそう思った。
サルバラードは少し前まで敵国だった。恨みを持っている人もたくさんいる。政情も不安定でテロも起きている。
王子と言う火種を火薬庫に放り込むようなものだ。そんな危険なところ行かなくても良いのに。
「殿下は十分努力してる。私はちゃんとわかってる」
もっと力になる言葉をかけてあげたいのに。
思ってしまう。
もしもヒロインならば。
彼に自信をつけさせることができただろうか。
もっと上手く、彼の心を守ることができたのだろうか。
でも私は悪役で。彼らの敵でしかなくって。
傷つけることしか出来ないのだろうか。
「ありがとう。でも、僕が耐えられないんだ」
「何を気にすることがあるの? 私なんかと比べ物にならないくらい殿下は優秀だし、飛び級だって」
「やめてくれ!」
荒げた声に怯む。殿下は滅多に感情を露わにしないから。
「時々思う。君は一体、誰を見ているんだ。誰のことを言っているんだ」
胸を射られた気がした。第二王子のロイ。いずれ王になる男。でもそれは、ゲームの中のこと? 今、目の前にいる少年のこと?
私は仮想のことばかりで、現実の彼を見ていなかったのではないか。
「違う。こんな恨み言口にするつもり無かった。僕が言いたかったのは」
私の肩を掴んだのは、熱くて硬い手。
「君に相応しい男になりたいんだ。君の隣で胸を張れるように」
瞳は空のように晴れ晴れと澄んでいた。
「竜の巣穴に行かずば竜卵は手に入らずって言うだろ? サルバラードは確かに最近まで敵対国だった。火種もまだ燻ってる。
だが、魔術の先進国で、平民と貴族が平等になった珍しい国家だ。見習うべきところも多い。良いところを取り入れたい。この国が抱える問題を別の国から眺めてみたい。そのためなら、自分を危険に晒す覚悟だってある」
そんなことどうでも良いんだ。どうでも良いから。
「今は口先ばかりで、まだ何も為してないけど。僕だってこの国のために何かしたいと思ってるんだ」
傍にいて。
救われない本音に唇を噛む。
きっと母である王妃様の反対もあっただろう。隣国を快く思わない重鎮たちの横やりもあっただろう。
それらを全部乗り越えて、殿下が自分で決めて自分で選んだ道だ。
私がゲームの中の悪役令嬢じゃないと言うなら。我儘な思いで殿下を縛ろうとする女でないと言うなら。
応援してあげないと。背中を押してあげないと。
そう思うのに。
頬を伝う涙を見られたくなくて、殿下に抱き着いた。
「リズベス?」
ホントはホントは寂しいんだ。優しく名前を呼んでくれる人と離れたくないんだ。
でも彼が望むから。
悲しさを胸の奥に封じ込めて、震える声で言葉を絞り出した。
「殿下のお帰りを……お待ちしております」




