幕間 天才の言葉
小説の紹介文、改定しました。
元はシリアスだったんですが、だいぶはっちゃけました。
翌日、アポなしでレアード侯爵領邸を訪ねたがリズベスは不在だった。
使用人たちが古い教会に行っていると言うので半信半疑で行ってみると、そこにリズベスはいた。
「あ、殿下」
彼女は椅子を運んでいた。
「何してるの?」
「椅子を運んでいます」
それは、見ればわかる。
「そうじゃなくて、使用人は? そもそもなんで侯爵令嬢の君が……」
「みんな忙しそうだから、言い出しっぺの私がこっそり手伝ってるの。でも大丈夫。侍女に見つかっても最近は『ま、お嬢だし』って諦められてるから」
それは大丈夫とは言わない。
王子に立ち話をさせるわけにはいかないと言う謎の気遣いで、僕はリズベスが汗を流しながら運んだばかりの椅子に座らされた。
誰か彼女に『気を遣う方向を激しく間違えている』と教えてあげてほしい。
「で、侯爵令嬢が何のために椅子を運んでるの?」
「学校を作るの」
リズベスの話を要約するとこうだ。
冷却符は順調に売り上げを伸ばし、生産が追い付かなくなった。原材料や印刷等はどうにかなるのだが、札に魔力を込める人材が要る。新たに人を雇う必要ができた時、リズベスの頭にあったのは、魔力が強かったせいで、周囲から虐げられてきた子供のことだ。
「ジェシーみたいな子は他にもいる。そんな子たちのために何か力になれないかって思ったの」
そこで寂れた教会を借り、教室と子供たちの居住スペースとするべく計画した。子供用の古い家具を安く譲ってもらい、修理して運んでいる最中らしい。
「私より幼い子供を働かせるなんて間違ってると思うけど。
資金の目処が立つまでは我慢してもらう。その代わり、上げた利益で魔力が制御出来るように訓練してもらう。字を読む、書く、算術を身に付けさせる。
将来困ったりしないように」
今は孤児たちを篩にかけ、魔力のある子を引き取ることしか出来ないが、いずれ領内の全ての子供たちが通う学校を作りたいのだと語った。
彼女は眩し過ぎて。
「そんなこと、君がやらなくても。さっき子供を働かせたくないって言ったけど、君だってまだ小さい女の子じゃないか」
「力があるのに、助けられなかったなんて嫌だから。もう目の前の人を失いたくない」
言葉には固い意志があるのに、母を亡くした深い痛みが見え隠れする。
救えたと思っていた、烏滸がましくも。
でも、墓石の前で茫然としていたあの頃から彼女は変わって無い。
自分が酷く無力に思えた。彼女は孤児を、領民を、多くの人間を救おうとしているのに。僕は婚約者一人を救えてない。
「ところで、ここまで会いに来たのは何か用があったから?」
黙り込んだ僕に戸惑うように話題を振る。
「例の冷却符だけど。僕の名前がついてるんだってね。
魔法陣を使った製品が無秩序に出回るのは危険だって、父から注意を受けた」
違う、そんな意地悪が言いたかったわけじゃない。
「ごめんなさい」
忽ち顔色が変わる。
「問題になるなんて思わなくって。私が浅慮だった」
「君が作ったんだから、君の名前をつけようと思わなかったの?」
「女の身では信用が無くて。魔法陣が使い物になるかどうか、相手に不安がられるの」
他の令嬢とあまりに違うのでリズベスの性別をついつい忘れがちだ。本当に男に生まれていたなら良かったのに。僕はこんな劣等感を抱かずに、彼女の願う通り友人として接していれたのだろうか。
「それなら、レアード侯爵の名前を借りれば……」
「それじゃ意味がない。殿下の名声を高めるのが目的だったから。……結局迷惑かけちゃったけど」
彼女が握りしめた拳には良くなったとは言え、あかぎれが残っている。
その小さな手で、一生懸命僕を押し上げようとする。
「それこそ何で。僕の名前なんか売ったってなんの意味もないじゃないか」
「殿下が凄い人だって、みんなにわかってもらうことができる」
抑えきれない苛立ちが、喉からせりあがってきた。
「僕は僕の価値をわかってる! 僕はスペアと言う以外は何の価値もない、取るに足らない……」
「何でそんな風に自分を卑下するの? 殿下は天才です」
「違う。僕は天才じゃない」
天才は兄や……君みたいな人を言う。
僕は所詮凡人だ。凡人が足掻いても君たちには届かない。
君がどれだけ認めてくれたってそれは変わらないんだ。何で君はわからないんだ。
「では、表現を変えましょう。殿下は秀才です」
「……秀才?」
「殿下は情報を蓄積し、処理する能力に優れています。
何故自分の価値に気づかないんですか? 初めて会った時だって、今よりもっと幼かったのに隣国の故事をわかりやすく教えてくれた。
今回の魔法陣だってそう。私一人では出来なかったけど、殿下はちゃんと自分の知識をモノにしているから、一目見ただけで解決策に思い当たった」
女の妄言と笑い飛ばすこともできるけど、あまりに必死に言い募るから。
本当に自分に価値があるように思えて来る。
「殿下の才は目に見える力でも、突拍子もないアイデアでもないかもしれない。でもきっと役に立つ。
地方の民の陳情を、中央の有力者たちの不平を、諸外国の圧力を、繋げて考えられるのは、殿下の方です。
この国には今、様々な不平や不満が渦巻いています。それらを吹き飛ばすのは、最上位の風魔法ではありません。泥臭くとも一歩ずつ、この国に生きる全ての人たちの声を聞き、心に留め、解決策を模索し続けねばなりません。
殿下の兄上は確かに優れた魔法使いです。
ですが、これからの王に相応しいのはあなたです」
反逆すら匂わせる言葉を、この女は平気で口にした。
目は見えているのか? 気は確かなのか?
言い返してやりたくなった。
でも、リズベスの眼差しに疑いの影はなく、揺るがず僕を貫く。
この女は、信じている。
僕は、信じられている。
唐突に息ができなくなって、小さく喘ぐ。
誰からもされたことがないから知らなかった。期待というのはこんなにも重い。
もし僕が壁にぶち当たって歩みを止めたとしたら。
周りの人間は誰も僕が壁を超えるなんて思わないだろう。
でもリズベスは違う。
もしかしたら優しい言葉で励ましてくれるかもしれない。抱きしめて慰めてくれるかもしれない。
でも最終的には、尻を蹴ってでも壁を超えさせる。
この女は諦めることを許さない。
僕が超えられると信じきっているから。
部下たちに請われ、リズベスは呆然とした僕を振り返りつつも、現場の陣頭指揮に戻った。
「えっと、お茶いかがっすか?」
おずおず声をかけてきたのは、同じ年くらいの少年だった。使用人が着るような服だが、掃除をしているせいか、どこか埃っぽい。
「ああ、ごめん。そろそろお暇するよ。リズベスによろしく伝えてくれる?」
年から言って見習いか何かだろうか? 彼に気遣われるくらい、長いことぼんやりしていたらしい。
席を立ちながら、見慣れぬ顔にふと興味が湧いた。
「君、使用人の子供?」
「いいえ。農村の一平民っす」
「へぇ、珍しいね」
使用人は貴族と同じように世襲が多い。裕福な商家の娘とか行儀見習いすることもあるけど、基本は身元の確かな者しか雇わないからだ。
「お嬢が、いや、お嬢様が、俺の力が必要だって言うんで」
なんと、可能性を見込まれているのは僕だけじゃないらしい。
しげしげと眺める。栄養状態は悪そうだが、見たところ普通の子供のようだけど。彼女はどこに目をつけているんだろう。
「怖くはないの?」
もしも、期待に応えられなかったらって。
僕の臆病な問いに、少年は笑みを作った。
「あんな可愛い女の子に言われて奮い立たなきゃ男じゃないっすよ」
とても単純で、思わず笑ってしまった。
そうだ。
出来ないか出来るかはまた考えれば良い。結果は後でしかついて来ない。
ただ今は、あの娘の期待に応えたいと、そう思ったから。




