幕間 二人の天才
以前「W〇rdが見えなくなった」とブーブー言っていたところ、妹に使ってないPCを贈られ、着々と言い訳を塞がれつつある作者。
ある日、残りの話数を指折り数え、妹の誕生日まで今のペースのままでは間に合わないことに気づいてしまう。
でも更新を早める気配は破片も無い作者。
夏休みの課題は、いつだって最後の日!
「なんたって明日の私はスーパーマン!」
とりあえず後二話でこの章終わりますんで、ご勘弁くだせぇ。
明日も投稿するぞよ。
天才を見たことがあるか。
僕は、ある。不幸にも、と言うのはその天才があまりにも身近に居過ぎたせいだ。
「僕も兄上のようになれるかな」
まだ未来に希望を持っていた頃、兄に尋ねてみたことがある。
「無理だろ」
兄は躊躇いなく答えた。
「俺がお前の年には、この辺一帯に嵐を起こすことができた。お前は未だに無詠唱ができない。お前は風使いの才は無い」
兄には悪気はない……ただ、人の痛みに少し鈍いだけで。
人が努力し続けても到達し得ない高みを、兄は欠伸をしながら飛び越える。才無き者の思いなんて、彼には届かない。
「さすが、自慢の息子だわ」
「有難いことに後継者に恵まれた。この国は安泰だな」
父や母の関心はいつだって兄に向いていた。
いつか、努力すれば僕を見てくれるようになるだろうかなんて。
声に出す前に諦めた。
何をどうしたって兄には敵わない。自尊心はバッキバキに折られ、自分が求めている愛情を、最初から欲しくないんだと嘯くひねくれた子供が誕生した。
もう一人の天才は、誰の目にも明らかな兄とは違って、気づいているのは僕だけだと思う。
魔法のことを言っているんじゃない。確かに便利だし、呪文の詠唱なしで特定のものをあそこまで意のままに操るなんて凄いと思うけど、使える人が少なすぎて比べようが無いし。
「えっと、最終的には食糧庫を小型化して安く売って、荷馬車で運んだり、家具のように各家庭に設置するつもりで……」
赤切れの指に軟膏を塗りこんでやると、王子にそんなことさせるのは恐れ多い、と彼女は落ち着きなく視線を彷徨わせている。
「保存できる容量が減るじゃないか。小型化なんかしてどうするの?」
すると彼女のトパーズの瞳が宝石のように輝く。
「もしこの近辺が飢饉になっても、冷却できる荷車があれば遠方から食料を腐らせずに運べるでしょ?
各家庭に冷却できる入れ物があれば、普段から過剰な肉や野菜を蓄えておける。そうすれば飢える人が減るでしょう?」
暑い陽気だと言うのに、冷や汗がゆっくりと背を伝っていく。
彼女の目はどこまで先を見ているのだろう。
冷却できる札を作ろうという思いつきも、凡人のものではない。そもそも独学だけで魔法陣を作ってしまう子を、他に知らない。
もし彼女が男に生まれていたなら。
幼いころから高等な教育を受けることもでき、僕なんかよりよっぽど神童として騒がれ、将来に国を担う人材と期待されていただろう。
だと言うのに、彼女は僕こそが天才だと言う。
それが少し嬉しくて、とても辛い。
‡ ‡ ‡
「市井でこういうものが出回っているそうだ」
茹だるような夏の日、多忙で滅多に顔を合わせない父に呼び出された。
緊張する僕に示されたのは、婚約者が持ってきた札だ。
「その顔は覚えがあるようだな。冷える札、氷の札とか呼ばれていているそうだが、正式な名はロイ式冷却符と言うそうだ」
「僕が作ったんじゃありません」
事実だ。指を赤切れにしてまで作ったのはリズベスだ。
なのに何で僕の名前なんかつけるんだ。
「謙遜するな。お前の魔法陣学が優秀なのは教師も認めるところだ」
本当に違う。でも信じないだろうと思う。庇護される対象とされる一方で女は男より劣っていると信じられているこの国で、教育もろくに受けていない小娘が誰も思いつかなかった物を作り上げたなんて。
それにどうも父の顔は、手放しで褒めるつもりではない。ここは認めておいた方が無難か?
「この得体のしれない札はどうもレアード侯爵家の領内で売買されているらしい」
言葉の響きに、札の危険性を問題視しているのだと察した。
「その札は魔力の大小に応じて調整して出力するので、非常に安定していて暴発する可能性は少ない。
不要な線を付け足したり、氷以外の属性を使用した場合はその限りではありませんが」
「やはりキサマではないか」
呆れた眼差しを向けられる。
「婚約者に相談されて、開発に携わりました。この札に何か問題があるのですか?」
「叱るわけではない。あー、実際良い出来だ」
身構える僕を宥めるように誉め言葉を付け加える。
「しかし、こういうもの……魔法陣を使用した日用品が出回るのは宜しくない。粗悪品が出回れば不幸な事故を誘発する。法で規制せねばなるまい」
「それではサルバラードに二歩も三歩も遅れをとります。実際、隣国では馬のない馬車が開発されていると聞きました」
この札は、リズベスにとって目的のための最初の一歩であると同時にカナン王国の魔法陣開発の芽だ。ここで潰されては、その萌芽を摘むことになる。
「開発や研究は推奨されるべきだ。しかし無秩序に市井に出回るのは危険だ」
「仰る通りです」
「では、どうする?」
試すような父に違和感を覚えるも、何とかリズベスの力になってやりたくて言葉を紡ぐ。
「製品のテストをして販売を許可制にすればいかがでしょう。
最初は上手くいかないかもしれません。無許可なものも出回るでしょう。しかし、許可したものだけ魔法インクのスタンプなり何なりで印をつけるようにする。その印を偽造したものには営業停止などの罰則を与える。同時に許可した商品名をリスト化し、裁判所なり図書館なり広く民に触れる公共の場で交付し、いつでも誰でも確認できるようにしておくとか。
それから、製品である魔法陣に手を加えるのを禁止せねばなりません。危険性を広く周知し、そのような加工を施すか、加工したものに罰則を与えるとか……」
父は満足げに息をつく。
「知らぬ間に、子とは成長するものだな」
紙の束を手渡された。
何かと目を通せば、法案の草案だ。先ほど僕が述べたことが、系統立って、問題点と対応まで詳しくまとめられている。
「父上も人が悪い」
この完璧な答案は、政治家たちがまとめたものだろう。子供の僕では到底及ばない。
「誉めたのだぞ。その年でそこまで思い至れれば十分だ。幼いからと言って遠慮していたが、これからはもっと公務に励むが良い」
こき使ってやると言われているわけだけど、認められたのが面映ゆい。
「兄上がいるではありませんか」
「確かにあれは王になるべき器だ」
ほらね。期待が萎んで行く。
「尋常でない風使いの才があり、戦争の抑止力となるだろう。さらに我が夫婦の良いところだけを受け継ぎ眉目秀麗。美しいものはそれだけで価値がある。国民の大半は実際に王と会うことはないが、遠目なり絵姿なりで王を目にするからな。性格も自信に溢れ、自尊心が高い。
しかし王だけで国は成り立つか?」
親馬鹿ともとれる発言だが、我が子への眼差しはどこか冷めている。
「あれは他人の機微に疎い。地位も美貌も最上、魔法は言うに及ばず、何もかもを持ち、何でも出来てしまうが故に持たぬ者の心を解さん。民に寄り添い、様々な立場の者の言に耳を傾け、万事円滑に回るよう取り計らうことは、誇り高いあれには無理であろう」
父は国のためにプライドを捨てることの出来る人種だ。隣国に事実上敗北し、先代が死ぬ混乱の中、共和国への不干渉をいち早く決めて和平を締結、国内の地盤固めをし、謀反の芽を摘んで動乱を乗りきった男。
「これまではそれでも、国は回っておった。王は天上におり、下々の者がどうであろうと泰然としておるだけで良かった。
しかし、隣国が王を廃した今、過去のやり方は通用しない。
王の無い国は続かぬと思っていたが、なかなかどうして、上手く発展しておるではないか。
これからの王は下々の者の御機嫌伺いをしつつ、王政を維持していかねばならぬ。
お前は一領主にするつもりだったが、惜しくなった。いずれ宰相となり、兄の補佐をせよ」
「有り難いお言葉ですが、王族が国の中枢を独占するのは、反発を受けるのでは」
惜しいなんて。父に言われて嬉しい思いはあるけど。
要は傍若無人なあの兄の尻拭い役だ。素直に受け入れられない。
「うむ。少し急ぎすぎたな。お前はまだ幼い。ゆっくり自分の立ち位置を見極めるが良い」
将来。未来。王になりたいとリズベスに語った思いはまだ、胸の中にある。でも、王になるには兄に余程の不幸があるか、簒奪しかない。どちらも可能性が薄い。僕の野心を知ってか知らずか、父は今、他の形で政治を担う可能性を示した。
僕が領主になる未来も、宰相になる未来も、まして王になる未来も、他人事のようにぼんやりしてピンと来ない。それは、父の言う通り僕が幼いからだろうか?
取り敢えず今は、目先のことだけで精一杯だ。
「その札は、これからも販売して宜しいですか?」
無意識にそう聞いていた。将来何になるとしても、僕だけが知っている天才のために何かしてやりたかった。
「おや、お前が作ったわけではないのだろう? 気になるのか?」
父は愉しげに片眉を上げる。
「開発を手伝ったわけですし多少の情はあります」
「まだ禁止する法案は出来ていないから、暫くは問題ない」
「しかし、このまま放置すれば、無秩序な魔法陣利用を招いてよろしくない、ですよね?」
「うむ。その通りだ」
兄に良く似た暗い青の瞳が、僕を映している。
「さて、どうする?」




