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悪役令嬢は運命の轍を踏む~死亡フラグが回避できない~  作者: アストロ
第一章 異世界転生したからって上手くいくとは限らない
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天才には敵わない

実は、王宮に来るのは人生で二度目だ。社交界デビューしてない私に、舞踏会の招待状は届かず、母の看病と喪中で半ば引きこもっていた。本当はこちらからご機嫌伺いに行かなくてはいけないのに、何故か王子の方が頻繁に会いに来てくれるし。


「ほわ~」


扉が開き、現れた光景に溜息が出た。

本がびっしりあるのは勿論のこと、移動式の階段が必要なほど高い本棚には金縁の番号が刻まれ、天井には神話を描いた宗教画が。ホールには石像が、明り取りの窓の枠にまで木彫りの模様が刻まれている。


さすが国一番の図書館。凄いの一言に尽きる。

本好きには夢のような光景だ。本好きじゃなくても、美術館のような光景に感嘆を漏らすだろう。

近年は製紙技術が発展して市民の手に届くようになったとは言え、紙が貴重な時代、書籍というのは富の象徴なのだ。納める場所にだって気を使う。


革張りの本の一冊に触れようとして躊躇ってしまう。何しろ全てが美しい。


「気に入った?」


案内してくれた殿下に高速で頷く。

魔法陣に関する本を探していると相談したところ、「それなら王宮の図書館に来る?」と言って許可やら諸々手配してくれた。本来は王族と高位の貴族、それから研究者しか入室を許されない。


「王子様そろそろ」

「そんな時間か。じゃ、僕、次の予定があるからちょっと席を外すね」


侍従に呼びかけられ、背を向ける。忙しい中、わざわざ時間を割いてくれたのだろう。


「うん。……ありがと。えっと、連れてきてくれて」


照れながらも、精一杯お礼を言うと、殿下は耳元にぐっと唇を近づけた。


「本棚に登っちゃ駄目だからね」

「しないよ、そんなこと!」


彼の中で私は何なんだ。猿か。

殿下はくすくす肩を震わせながら退室する。


私は、司書に促され、図書館の奥へ歩き出す。

今はまだ王族の縁者でもなく、研究者でもない私が入室の許可を得た大義名分。それは、書籍の修繕だ。

近年製紙技術が発達してきたとは言え、紙と言うのは劣化しやすい。故国の和紙は何百年と持つらしいが、きちんと保存しなければ、たちまち虫が食ったりカビが生えたりしてしまう。

そこで古くなった本を書き移す作業が必要になるのだが、大変手間がかかる。私の能力があれば助けになるはずだ。


「早速能力を見せてくださいますか」


手渡された本はかなり古く、紙が色落ちぼろぼろになり、文字が判別しにくい。


「たらいを用意してくれますか? あと、できれば広い場所でやりたいんですが」


私の奇妙な要求にも司書は眉を動かしただけで、開けた通路にわざわざ机と椅子、それからたらいを用意してくれた。


「こちらで如何でしょうか?」


礼を述べ、たらいに持参したインクを浸し、手袋をとって古い本に直接触れる。

一ページ分の文字が浮かび上がり、たらいに飛び込む。

インクがたっぷりついたところで、再浮上し、開いたばかりの白紙のページに降り立つ。

その後、元の文字は余分なインクを落とし、本に戻っていく。

司書が慌てて確認する。ほぼ同じ文字が複写されているはずだ。


「なんということだ! 正直、これほどの能力とは思いませんでした」

「いえいえ、そんな」


もっと褒めてくれても構わない。ジェシーをはじめ村の子供たちに『見かけは凄いけど実害がない』とか、メイドたちに『染み抜きに使えるけどインクの場合のみのポンコツ』とか散々言われているから。


「ですが、この能力、万能では無いんです。挿し絵とかは苦手で形が崩れてしまいます」

「ほう。では、外国語はいかがです?」

「それも絵と同じで。ただ、学習した言語なら、多少」

「ご自分が読み書きできるものだと操りやすいと言うことですか」


そう。自国語でも悪筆はやりにくいが、意味が判別できる文字なら複写できる。複雑な絵は無理だが単純な図形なら大丈夫。結局、私の魔法は私自身の能力に寄るのだ。私が理解できる範囲の言語、描ける範囲の絵しか複写できない。


「ちなみに、持参されたインクは特別なものですか?」

「はい。インクにも不得意な種類があって。書かれた年代によっては動かしづらいものもあります。実はこれ、私の血が入っています」

「ああ、自分の血を媒介にする魔術はよく使われますからね」


良かった。気持ち悪いとか、引かれずに済んでホント良かった。

インクに異物を混入するのは書籍の保存の観点から望ましく無いだろうけど、数滴だから許して欲しい。


その後も順調に複写を続け、再び殿下がやってきたのは五冊目が終わりかけた頃だった。


「頑張ってるみたいだね。紹介した僕も鼻が高いよ」

「後で時間ができたら好きな本を見て良いと言われたの。殿下が連れて来てくれたおかげね」

「いやいや、君の力の正当な報酬だよ。

次はこれを複写してくれる? はい、『家庭の癒術大百科』」


受け取ろうとした手を伸ばした手を、殿下は掴んだ。


「リズベスの手、この図に似ているね。寒さで手足の血の巡りがわるくなるのが原因です。手足や鼻、耳などが赤く腫れかゆくなります。じんじんとした軽い痛み、むずがゆさなどに始まりますが、放って置くと皮膚が赤黒く変色し、さらなる悪化を招くことになります」


しまった、魔法を使うために素肌を晒していたのだった。


「珍しく手袋なんてしてると思ったら……霜焼けだね、かなり重度の」

「……」

「不思議だよね、こんな夏の盛りに。もしかして君が探している本と関係あるのかな?」


私は観念して事情を説明した。


開発中、軍手や火鋏的なもので札を掴んでいるが、誤って肌が触れてしまうことはある。そうでなくとも、ジェシーに溜めてもらった魔鉱石をふんだんに使って研究を行っているせいで部屋の中は氷点下に近い。霜焼けで済んでいるのが奇跡だろう。

殿下は最後まで黙って聞いていたが、段々眉を吊り上げていく。


「あのね、魔法陣開発は素人が手を出してはいけないんだよ? 何でかわかる?」

「専門的な知識がないと結果を予測できないから……です」

「そう。紙とペンとある程度の魔力があれば簡単に手を出せる分野だけど、リスクもある。インクが掠れてたせいで、本来の効果を発揮できず命を落とした兵の話は? 子供が線を一本書き足しただけで家が爆発して吹き飛んだ話は?

君の中で教訓足り得なかったのかな?」


私はうな垂れた。自分より身も心も年下の子に説教されるとは。


「分別ある保護者に告げ口して監視してもらうのが、本来婚約者としての正しいあり方だろうけど」

「お願い、どうか、それだけは……」


せっかく父を半ば脅して得た自由を取り上げられてしまう。


「だろうね。君はそう言うと思った」


殿下は溜息をつくと、手を差し出した。


「見せて」

「え?」

「止めても無駄でしょ。今、試作中の陣を見せて」


実行力だけは変なほうにあるからなぁ、と言う婚約者のありがたくない評価をいただきつつも、陣を書き付けたメモ帳を渡す。


「随分非効率な陣だなぁ」

「えっと、効果を最大限に発揮させるためじゃなくて、持続させることが目的だから」


テストを採点される生徒の気分で並べた言い訳を聞き流し、陣を眺めていた彼は、唐突に一本の線を引いた。

怒らせてしまっただろうか。

待て待て。この線により、ここで魔力の衝突が起きる。するとこの回線の流れが停滞し、放出されるポイントが移動し、するとここから拡散されるはずだった冷気が……。


「て、天才! 天才!」


これなら効率的にエネルギーが消費され、効果が持続する。あまりの衝撃にそれしか言えない私に。


「オーバーだなぁ。曲がりなりにも国で一番の教育を受けているから、これくらいわかるよ」


殿下は肩を竦める。そうか、さすがは王族、と納得しかけて首を振る。

いや、そんな馬鹿な。いくらなんでも初見でわかるか? 教育こそ受けてないが、得られる知識を詰め込んだ女子高生+実年齢の私の頭を、何日も抱えていたのに?


「これで完成?」

「あ、いや、えっと」

「他に問題が?」

「あの、このままじゃ必要な時に使えないと言うか。保管している時に魔力を消費しちゃって」

「そんなことか。じゃ、ここの線を消せば良いよ」

「……は? そんなことしたら魔力が全体に流れなくなって」

「必要な時に書き足せば良いんだよ。勿論切断して保管しても多少消費するけど、使用しないから大部分は残るでしょ」


懐中電灯で言うスイッチみたいなものか。電池に繋がる回線を切断すれば電灯がつかない。繋いだときに初めて電気が流れ、電灯がつくのだ。


信じられない、こんな単純なことだったなんて。

豊富な、しかも応用の利く実になった奇跡。既存の概念に囚われない柔軟な発想。


殿下は間違いなく天才だ。

なのに、相変わらず自己評価が低すぎる。早急に自信をつけさせねば、と私は密かに誓った。


ともあれ、こうして、陣は完成したのだった。

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