転生したって上手くいくとは限らない
何番煎じかわからない悪役転生モノです。(だって好きなんだもの)
飽きっぽい性分ですが、妹の誕生日までには完成させるぞ!と言う決意のもと、お送りします。
鐘の音が鳴る。卒業を記念する舞踏会の始まりの合図だ。他のルートのシナリオをクリアしてきたからわかる。この物語はこの回でクライマックスを迎える。このパートが終われば、後はエンディングを残すのみ。すっかり見慣れたパーティ会場の画像を眺めていたら、唐突にキャラクターが出現した。
「あら、貧相なドレスだこと」
身体のラインにピタリと合った金糸のドレス、結い上げられ、髪の一本まで整えられた栗色の髪。主人公より年下の設定で美しく整った顔立ちの女の子だが、にこりともしないせいか可愛らしさより息の詰まりそうな迫力がある。
「あなたみたいな卑しい火ねずみにはお似合いね」
炎を扱う魔法が得意なヒロインを貶める言葉。彼女は登場の度に私が操作する主人公に散々突っかかって来る。
「どうしてそんなこと言うの?」
与えられた選択肢の中から責めるような台詞を選ぶと、途端に彼女の眉がきつくつり上がる。
「決まってるじゃない。あなたが私からロイ樣を奪おうとするからよ」
ロイとは、このゲームに出てくる第二王子。ヒロインより年下でショタキャラ担当だが、ただ可愛いと言うわけではない。魔法があるこの世界観で、王太子で天才の兄を持ちながらも不貞腐れず努力を続ける好感の持てる少年。時にはヒロインの勉強を教えるほど頭脳明晰で、飛び級で同学年になっていると言う設定だ。
言わずもがな、このつっかかってき少女、リズベス=レアードの婚約者である。
「ロイ君はあなたの物じゃない」
「婚約者でもないあなたが気安く呼ばないで!」
うん、彼女の言う通り、人様の婚約者を攻略してるこっちが全面的に悪い。
「ロイ様がちょっと優しくしてくださったからって勘違いしてるんじゃないの? あなたの親はどこのオークの骨ともわからないそうね。そんな人間が王族と釣り合うわけないじゃない」
でもこっちにだって言い分はある。
「そう言うあなたはどうなの? ロイ君が苦しんでいる時に力になれなかったあなたが」
彼は兄が失脚したため急に王太子に指名された。準備も心構えもできていないのに、その重圧に押しつぶされそうになりながら、兄と比較する心無い陰口に傷つきながら、それでもひたむきに努力を続けてきた。私はヒロインの眼を通してそれをずっと見守ってきた。一方で彼女は自分の立場を主張するばかりで何もしてこなかったじゃないか。
「黙りなさい。あなたなんか相応しくないっ」
侯爵令嬢は般若のような顔で手を振り上げる。しかしその手がヒロインを害すことはなかった。
「それを判断するのは君じゃ無い」
「ロイ様……」
彼女の背後でその手を掴む人物。
その顔立ちは幼く、男らしさというよりあどけなさが優っている。けれどその深い海のような群青の瞳には、不可侵の気高さがある。それは血筋の高貴さに縁るものなのか、逆境とも言える境遇に腐らず努力してきた彼自身の真価から来るものなのか。
彼は彼女の手を離すと呼びかける婚約者を無視し、「遅くなってごめんね」とこちらに笑いかける。
「私はただ、彼女に立場をわかってもらおうとしただけですわ」
その無機質な美貌にどこか凶暴な憎しみを宿し、彼女はヒロインを睨む。
「立場を弁えるのは君の方だ。君との婚約は破棄する」
「え」
急展開にプレイしている私も、え、である。
「婚約者だった君に、せめてもの誼で教えてあげようリズベス。君は侯爵令嬢じゃなくなるよ。
君の父親は逮捕された。国家に反逆した罪で爵位剥奪の上、処刑される予定だ。
そして彼女は隣国の王の血を引いていることがわかった。近いうちに隣国から発表があるだろう。どちらが僕に相応しいのか言うまでもないね」
「そんな、嘘です、嘘と言って」
「この場で否定しても、真実はすぐ明らかになるだろう。レアード家に戻らなくて良いの?」
「こんなことって……これは現実なの? ロイ様が私の婚約者じゃなくなるなんて」
茫然自失の彼女に少年は追い討ちをかける。
「君のものになった覚えは無い。僕を愛してくれたのは彼女だけだった」
「私だってあなたを愛しています!」
すると凍えるような目で一瞥する。
「君か好きなのは王子の僕だろ?」
「違う、私はあなただけを」
声優の演技だとわかっているのに、必死に言い募る声を聴いていられなくてイヤホンを抜く。
「私にはあなただけなのに」
この子は本当に第二王子のことが好きなのだろう。例え彼が王子じゃなくなって。その思いは王子には届いてなかったし、嫉妬に走って道を違えてしまったけど、それでも。ヒロインが現れず、この子が正面からと第二王子を気遣うことができたら。
テロップが現れる。その後、舞踏会で仲を深めた二人。一方で、結果的に隣国の王女に無礼を働き、父親とともに処刑された彼女。
私だったら。
私はまだ誰かを好きになったことがない。小学生の時に誰々が好きと言ったこともあったけど、今思えばクラスメートの流行にながされていただけの気がする。今だってこうしてゲームで恋愛の真似事をしているだけで本物を知らないけど。
私だったら、こんな風に惨めに男に縋ったりしない。
自分に応えてくれない男に時間を費やすほど暇でもないし、理解できない。
“では、あなたが代わりに彼女の生を歩みますか?
▽はい ▼いいえ ”
不思議な選択肢が画面に現れた。何か台詞を見逃した? それとも、演出か何か? わからないけど。
私は軽い気持ちでボタンを押した。
唐突に画面が消えた。真っ暗な液晶に反射したのは、
血走った
馬の
目ん玉で、
それを最後に前世の私の記憶は途切れた。
葬儀の鐘がなる。重苦しい音色なのに軽やかに。地を震わせる響きなのに天まで届くように。
喪服姿の人たちが花を手向けるのを、私は最前列で棺を眺めていた。
私ことレアード侯爵家長女、リズべスには物心ついた時から前世の記憶がある。
その生では、このカナン王国ではなく、日本という国で生まれた。
その世界では、車と呼ばれる箱が馬も無いのに縦横無尽に地上を駆け回り、地面はアスファルトやコンクリートなるもので覆われ、天に高くそびえる塔が乱立する。王もいなければ、貴族もいない。魔法の代わりに科学という法則が世界を支配していた。
最初こそ喜んだ。
何しろ時間と言うのは一方通行で、遡ることはできない。
前世で何故死んだかはわからない。記憶もところどころあやふやなところがあるし、最後の記憶なんて一番鮮明だろうに、思い出そうとすると頭が痛くなる。
(それについて少し考えたが、死んだ時、脳へのショックもそれなりだっただろう。思い出すことでショックを追体験することになるだろうから、本能的に拒否しているのかもしれない)
それがやり直しの生を与えられ、しかも権力者の娘。鏡を見れば艶やかな栗色の髪、白皙の肌と、将来が楽しみな人形のように可愛らしい顔だ。
長じてから、王族や自分の周りの人物、そして自分の名前が、前世でよく知っているゲームと類似していることに気づき、狂喜乱舞した。
私は役割はいわば恋敵、第二王子の婚約者だ。
婚約者を虐げ、ヒロインをいびり、その悪事が公となり、家の不祥事もあり、最終的には破滅する。
そんな未来でも、知っていると言うのは大きなアドバンテージだ。例えそれが、一年に満たない期間だったとしても。あらかじめわかっていれば対策を練られるし、リスクを避けられる。
見たところ、文化レベルは中世に毛が生えた程度。さらに魔法なんてものがある。まるでファンタジーの世界だ。
前世の私は友人の数も少なく、異性ともお付き合いしたことのない。暇があればスマートフォンやライトノベル等を読んでいるような人間だった。当然、クラスでも目立たない方だった。だが、鉄の塊が空を飛ぶ世界を作って来た先人たちの知識があれば、この世界では価値のある人間として活躍できるかもしれない。
物語のヒロインにでもなった気だった。
しかし、技術者や医療関係者ならともかく、力も知識もない元女子高生の自分が何かできるはずもない。何しろ、電灯のスイッチの付け方はわかっても、どのような原理で動くか説明できないのだ。
だから、こう言うことになる。
棺は厳かに墓地へと運ばれる。
大きな穴の傍で、黒い蓋が閉じられる前に瞳に焼き付ける。花に囲まれた中には、美しいが白い……母の死顔がある。
元いた世界では自分のことを見てくれない、大事にしてくれないと親に腹を立てたりしたけど。そんな親でも愛情を注いでくれたんだと、この世界に来て実感した。
父親のレナード侯爵は、いや、この世界の貴族は、子供の教育は住み込みの家庭教師任せで滅多に顔を合わせない。気に入らなければ、単に虫の居所が悪くても、平気で子供に罰を与える。話は常に命令口調で、私が意思を持ち、まして命令に逆らうなんて思ってもいない。子供とは一人の人間ではなく、自分のための道具なのだから。
そんな世界で珍しく、母は時には私を抱きしめ、時には激しい叱責から庇い、惜しみない愛情を注いでくれた。
彼女が死ぬのはわかっていた。
ゲームに母親は登場しない。母親は幼い頃に死んだと、キャラ紹介で見た記憶があったから。
元々、体が弱い人だった。魔力は十分にあるのに、それを体外に排出することが充分にできない。季節の変わり目に体調を崩していたが、半年前に血の混じる咳をするようになった。それ以前に風邪の治りがやけに遅く、咳が続いていたので、恐らく結核ではないかと思う。
抵抗力の落ちた高齢者が亡くなることはあるけど、現代日本では、恐れる病気ではない。けれど、この世界ではかかったら高確率で亡くなる病。
結核を予防するワクチンがあるのはわかってるし、効用のある薬があるのはわかっている。でも、具体的にどのように作れば良い? 奇跡的に抗生物質ができたとして、注射器は? 打ち方は?
何もわからない。何一つわからない。
もっと授業を、いや、インターネットを駆使して自発的に調べておけば良かったと後悔しても、もう遅い。
世界中の叡智が簡単に手に入る立場にいながら、わたしはあまりに怠惰だった。
「リズベス」
元日本人の私に似つかわしくない名が呼ばれる。
振り向けば、アッシュブロンドの髪に海の底のように暗い青の瞳をした美しい少年がいた。
彼の名はロイ。このカナン王国で姓が無いのは、国名を冠する王族だけだ。
王の息子、現王太子の弟。選択肢によっては、王になる男。
「寒くなってきたから、馬車に戻ろう」
気が付けば葬列者は、父も含めていなくなり、真新しい墓石の前には私と彼だけが残っている。少年にはやや固い手がそっと肩を押す。お悔やみの言葉をかけるのではなく、ただ寄り添ってくれる。
「ごめんなさい」
「謝ることなんかないさ」
「でも、手が冷たい」
日も暮れ、すっかり肌寒くなっている。私に付き合って、ずっと待っていたのだろう。
「リズベスの背中もね」
そっと上着をかぶせてくれる。
彼の気遣いに、優しさに、枯れていたと思った涙がまた溢れてきた。
「私、救えなかった」
「君はできることをやったさ。お母様の看病だってあんなに一生懸命……」
「違う。ホントは救えたのに」
それだけの力を、かつて持っていたはずなのだ。
「人間は神様じゃない。できることとできないことがあるんだよ」
私の過去を知らない彼はただ宥めるように背を撫で、慰めの言葉をかけてくれる。
「君のお母さんの命を繋ぎとめるのは、人間の身には無理だったんだ」
「でも」
尚も言う私に。
「こう考えよう。君に力が無かったのは、神様の思し召しだ。今君のお母様が御許に召されたのは、神様がお定めになったんだろう」
神。この世界では当たり前のように語られる。他の日本人のように無宗教だった私には馴染みが無い。冠婚葬祭の時に意識するくらいだ。
でもその何か大きなものが私をこの世界に寄越した。
「なら、私は何のためにここにいるのだろう」
この世界の母の命を助けられなかった。それなら、何のためなのだろう。私がここにいるのは。
「それはこれからわかることさ」
そうなのだろうか。いつか答えを見つけることができるのだろうか。それともわからぬまま朽ちていくのだろうか。
「殿下は自分の役目をわかっているの?」
皆、そんな恐怖の中を生きているのだろうか。
「さあね。他の人は王のスペアって言うだろうけど。そうなのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
でも、やりたいことは決まっている」
「何をしたいの?」
「もしも、僕が王になったら」
沈みかけた日に染まる少年の横顔は何故だか大人びていた。
「みんなが笑って暮らせる国を作りたいんだ。富める者も貧しい者も。平民も貴族も。魔力持ちも持たざる者も」
「それは、とても素敵ね」
血筋が絶対のこの国で、二番目に生まれてしまった、王になれぬ彼。
魔術が絶対のこの国で、天才と呼ばれる兄を持つ、凡人の彼。
比較され傷ついてきた彼だから。弱い立場の者を慮る、優しい王になるだろう。
「何、他人事な言い方してんの」
殿下は悪戯っぽく笑い、私の手を引いた。
「君はその時、隣にいてくれないの?」
ああ、涙は止まったはずなのに。
心優しいこの少年は、母を失った無力さに絶望する女に、新しい役目を与えようとしている。
涙を拭いながら誓った。
私は、この子を王にする。




