Take2―38 克服
減らしても減らしてもきりがない。
黒の腕はあくまで能力によって生み出されたものであり、術者であるシャルドレーダが生きている限りは、生み出す力が残されている限りはいくらでも復活できる……シャルドレーダの失われた両腕とは違って。
「此方には、こんなにも腕があるるルるるル! 死など吹き飛ばし、招く黒の腕がぁぁぁ」
「……いかれちまったか」
しかしながら、相当な無茶をしたのだろう。
一体どれだけの大小を払ったのか、すでにシャルドレーダの目には正気が無い。
暗闇のように深く、何も映さない両目は虚空を見つめている。
「『烏の心』! 『烏の心』! 『烏の心』!」
何度も能力を乱発し、その度に黒の腕を増やしていく。
左右上下全てを見渡して、黒の腕の見えない景色など無い。
「此方は……生き返る! 生き返って今度こそ家族を、安住の地を見つけるのです」
それだけが今の彼女の使命。
生き残る。殺して勝って生き残り、生き返り、生き続ける。
それしか眼中には無い。
「トリニコ……ホープ……そのために其方たちを殺さなければなりません」
何時の間にか、シャルドレーダの肘から先には失った両腕を補完するかのように黒い腕が備え付けられていた。
「殺す、ねぇ。果たしてお前にそれが出来るかどうか」
「……」
最早交わす言葉も無いとばかりに黒の腕を縦横無尽に張り巡らせる。
木々が途中にあれば黒の腕がそこに群がる。
まるで餌を与えられた魚の群れのように、木に群がった黒の腕は喰い散らかし薙ぎ倒し、そして次の餌を探す。
木々が倒されるということは、空を覆う湾曲した枝葉が無くなるということ。
先ほどまでは炎によって照らされていた森の中は、シャルドレーダの全てを喰らい尽くす黒の腕により再び闇の中へと引きずり戻された。
そして今トリニコを始めとした暗き森の中にいた面々は日の目を見ることとなる。
「……思っていたよりも日は高く昇っていたんだな。っていやいや、それよりも!」
久方ぶりの空を見上げて呆けるトリニコであったが気を取り直す。
日の下に晒されて黒の腕がはっきりと見える。
見えれば避けられる……それはトリニコがシャルドレーダと対峙し、初めてその能力を思い知らされた時に思ったことだ。
見えないから避けられない。
不可視の攻撃だからタイミングは相手の思考を読む他ない。
枝葉や草、周囲の景色との相違から攻撃を予測することは出来ない。
そもそもでトリニコには景色など見えていなかったから。
だが、太陽の下に出てしまえば別だ。
黒の腕は見える。
攻撃の軌道が分かる。
見える、分かる……だが避けられるだろうかとトリニコは眉をひそめる。
攻撃が一つ二つの話ではない。
見渡す限りの攻撃。
範囲攻撃を前にして出来ることは防御を固めるのみ。
黒の腕一つ一つの威力は大したことない。
せいぜいがシャルドレーダの腕力と大差ないのだ――全てを喰らい尽くす黒の腕が無ければだが。
どこに混ざっているのか分からない。
太陽の下に出ても尚、腕の見分けなど付かない。
「……運任せするしかねえのかな、ホープじゃねえけどよ」
くじ引きをするかのように、全てを喰らい尽くす黒の腕に当たらないように祈って黒の腕の一つへ突撃するしかない。
「運任せ? 何言ってるんだ。いいか、勝利ってのはな、入念な下準備と観察からもたらされる策によって得るものなんだよ」
「……へ? さっきと言ってること違うじゃねえか」
運は大事なのではなかったのか。
あれだけの猛攻を前にして一歩も臆せず、真正面から礫を弾いて制圧しかけていた。
能力による補正もあったとはいえ、トリニコは素直に勝負には運も重要なのだと納得してしまっていた。
トリニコの言葉にホープはやれやれと首を振る。
「大事だけどよ、決定打とは違うよな。それに俺は戦士じゃなく指揮官タイプだぜ。見極めるのは得意なのよ」
そう言って、ホープはトリニコの首根っこを掴むと、黒の腕の最も密集する場所へと自分もろとも飛び込んだ。
そして黒の腕は一斉に通過していく。
その様は稲穂を食い散らかすイナゴのよう。
どこに全てを喰らい尽くす黒の腕があるのか分からない今、目を瞑って祈りながら黒の腕が通過しきっていくのを待っていたトリニコであったが……
「痛く……ない?」
「おうよ……さすがに全部は無理だったか」
顔を上げてみればトリニコを庇うようにホープが立っていた。
先ほどまでのトリニコと同様に満身創痍。
一つ一つの威力が脆弱だとしてもその受けた数は数えきれないほど。
痣だらけ。裂傷だらけ。
足は震え全身から血を流している。
だが、それでもその顔は間違いなく勝利を確信した笑みであった。
「トリニコ、悪いが回復してくれねえか? そうしたら勝ってやるよ」
「だけど、オイラの能力は同じ奴に連発出来ねえぞ」
「構いやしねえよ。俺の回復はこれきりだ。まあ、別でもう一人回復してもらうかもしれねえけどな」
これから何をしようとしているのかは分からないが、トリニコがやらなくてはいけないことは分かった。
ホープの回復。
勝利如何に関わらず、トリニコを庇って受けた傷であるならば治さずにはいられない。
「『鸞の心』」
ホープの全身が暖かな炎に包まれる。
見る間に傷は時間が逆再生するかのように癒えていく。
「へぇ……自分で受けてみると面白いもんだな」
「だけどよ、なんであんなに腕がたくさんあるところに飛び込んだんだ? もっと少ない場所もあっただろうに」
それこそ他の腕と数m隔絶されているような、その一つさえ凌げばいいような場所もあった。
受けなくても良い傷を受けた気分である。
トリニコはほぼ無傷であったとはいえ、不思議でならない。
「ん? それはまあ見てれば分かるだろ」
なんでこんな簡単なことが分からないのかとホープは肩をすくめると、
「あいつは一度、腕を失う痛みを知った。ならばそれは正気を失っても本能が覚えているはず。むしろ理性で抑えられない分、顕著になったはずだ。そう、自滅するような危険な腕は見るからに他の腕が近づかないようにとかな」
そうか、とトリニコは黒の腕の群れを見据える。
今も一つだけ、明らかに浮いている腕がある。
それが全てを喰らい尽くす黒の腕だったのか。
「……ならば四方から等間隔で埋めるのみです」
話を聞いていたのか、シャルドレーダは黒の腕を操作し始める。
正気を失っても勝利に喰らい付こうとし、そのヒントを得るために時折会話に応じる。
「いいや、これで終わりだ。お前の腕は通過していった。これでもう到達したんだよ」
「……何を言っているのですか? 此方には理解できな、い……?」
何か違和感がある。
シャルドレーダは動きを止め、僅かに残った理性で思考を進めようとして、首元が熱くなったのを感じた。
「え……?」
頸動脈から勢いよく血が噴き出す。
倒れながら背後を振り返るとそこには黒装束の見知らぬ男が立っていた。
「……」
「何か話せよ弥七。お前が功労者だぞ。お前が決めてくれると信じて俺は囮を引き受けたんだからな」
運任せの能力。
シャルドレーダの腕を奪った。
トリニコを庇って傷を負った。
回復の能力を受けて感心していた。
それら全ては囮。
弥七をシャルドレーダまで届かせるために行った行動でしかない。
「弥七の代わりに俺が言おうか。『猿の心』……フクロウたる俺の隠密行動を真似してシャルドレーダに気づかれることなく接近したぜ」
ホープと弥七。
二人そろって登場したが途中からシャルドレーダはトリニコとホープしか見ていなかった。
黒の腕が補足出来ていなかったわけではない。
弥七も動ける程度には傷を負っている。
黒の腕を通過する際に何度か攻撃を受けたのだろう。
「増えすぎた腕からの情報は処理しきれなかったんだろうな。だから、黒の腕に触れたもの全てを攻撃した。切り札だか奥の手だか知らねえけどよ、使いきれなきゃ意味ないんだわな」
と、トリニコとホープは気づく。
まだシャルドレーダの息があるということに。
だがすでに致命傷。
弥七が石を研いで作った小さな苦無は確かにシャルドレーダに再起不可能な傷を与えた。
「……此方は負けましたか」
「さてな、俺達には負けたけど自分には勝ったんじゃねえのか?」
「……はて?」
「お前はメイメイとかいう奴に操られていたんだろ? だけど俺が混ざってから全然そんなこと言わなかったぞ。自分で催眠を解いちまったんだ。それだけの意志と覚悟がお前には芽生えていたんだ」
「そう、ですか……それは嬉しいことですね……」
それが最後の言葉であった。
シャルドレーダは目を閉じると二度と開くことは無かった。
「さて、弥七を回復させてくれねえか? そしたら最終決戦と行こうじゃねえの」
「オイラを殺す気か……」
「違う違う。中ボスを倒したらラスボスに赴こうってことだよ。そのためにこっちも万全にしたいんだ」
周囲が照らされたことによりある程度森の中であっても方角が分かる。
元より暗闇でも見えていたホープはトリニコに示すように一点を指を指す。
「メイメイをどう倒すか。あの魅了に負けない策を練ろうぜ」
こうして奇妙な共闘関係はまだ続くのであった




