Take2―37 悪運
「問題だ弥七。今にも死にそうな男と、それを追い詰める女。どちらから倒すのが俺達にとって最も最善だ?」
「……」
シャルドレーダは全く気が付かなった。
僅か数mの距離にある木。
そこから2匹の動物の気配があった。
「答えは簡単だ。追い詰めている女をまずは殺す。何故かって? そりゃ、死にそうな後でいくらでも殺せるからだよ。見ればどちらも互いの手の内を出し尽くした様子。ならば後は俺達が勝利をかっさらっていくのみ」
「……」
影から1つの動物が出て来る。
トリニコ、シャルドレーダと同様に背に翼が生えている。
シャルドレーダとは対照的な白い翼。
「そこの男、お前は見覚えがあるな。確かあっさりと腕を俺に折られていた奴だ。あの時殺さなかった礼を尽くせ。救ってやる。この女を俺が殺してやろう」
「ア、アンタは……」
その男にトリニコには見覚えがあった。
この世界である意味では最も印象深い敵。
カメサマと翔太郎という難敵を連れ立ち、ミガテを気絶させトリニコの腕を折った初遭遇の敵チームのリーダー。
名をホープ。フクロウである。
「あの時は水に流してここは共闘しようぜ? お前はまだ死にたくない、俺はさっさとこの女を殺したい。見事に利害が一致しているじゃねえか」
「……此方を差し置いて何を言っているのでしょう。腹が立ちます。ええ、これはトリニコと此方の闘い。その決着が付けば改めて殺してあげましょう」
「それじゃ遅いだろ。俺は今が好機と定めてこの場に立っている。そうじゃなかったらこの闘いが始まってからずっと眺めていやしねえよ」
闘いが始まってからずっと。
そう、ホープは言った。
「……え?」
「最初からって……オイラとシャルドレーダが闘い始めてもう30分以上は経っているぞ……」
30分ずっと、トリニコにもシャルドレーダにも見つかることなく、黒の腕が蠢く中を一つも当たることなく、灼熱の球体に晒されることなくこの森のどこかに隠れ潜んでいたのだ。
「……それが其方の能力ですか?」
「いいや。これは俺の特技だ。隠密性の高さ、音も無く獲物へと滑空する技術はフクロウなら誰でも出来ることだぜ」
獲物を待ち伏せて、ネズミなどの小動物が立てた物音を察知し音も立てずに強襲する。
能力にするまでもない、ホープにとっては息をするような当たり前の技であった。
そして、その技術を仲間内で分け与えることの出来る能力があった。
サルである弥七の能力、『猿の心』は猿真似である。
身体的に可能であれば即時的に模倣できる。練習も訓練も必要ない。見ただけで、見学の学ぶこともなく学習できる能力である……仲間に対しても。
「……であれば、其方の能力は此方に勝てる能力であるのですか? このトリニコですら敵わなかった此方の黒の腕に」
シャルドレーダは一応はトリニコの能力を強大だと評価していた。
その能力の主であるトリニコに対してはともかく、あの灼熱の球体はまともに喰らえば十分に致死的。全てを喰らい尽くす黒の腕の操作を文字通り死ぬ気で獲得できたから乗り越えられた。
だからこそ、あれほどの脅威はそう簡単には起こらないとシャルドレーダは確信していた。
全てを投げうったトリニコの決死の攻撃を、目の前の男も出来るはずはない。
「や……やばい、来るぞあの腕が! ……ええい、時間は少しばかり早いけど無茶は承知だい! 『鸞の心』」
トリニコの炎がトリニコの全身を包み込む。
全快する程では無い。
満身創痍から、少し動ける程度にまでの回復である。
「へぇ……回復能力か。殺すには惜しいじゃねえか。益々、今この場で死なせたくなくなってきたぜ」
トリニコの全身から傷が無くなっていくのを見たホープは目を細め感心する。
回復できる能力はそれだけ珍しい。
先ほどから闘いを盗み見ていたが、改めて見てみれば、灼熱の球体含めてホープにとってはシャルドレーダの能力よりもトリニコの方が価値があると判断した。
その間にもシャルドレーダは能力を発動していく。
「『烏の心』」
黒の腕通常バージョンである。
一つ一つはシャルドレーダの腕力、速度と同等。
だがしかし、数はある。
「……ッ!?」
シャルドレーダの腕が痛む。
まだトリニコの灼熱の球体によって負った火傷は癒えていない。
致死的状況を乗り越えたテンションとアドレナリンの多量分泌によって先ほどまで痛みを感じなかったがどうやら時間切れのようだ。
両腕の痛みを気にしながら、黒の腕を操作していく。
先ほどまでの精密さを期待するのは困難。
ここは数で挑むしかない……のだが、
「『梟の心』」
ホープが小石を指で弾く。
それは真っすぐに黒の腕の一本に当たると、シャルドレーダへと小さな痛みを伝える。
「ぐぅ……っ!?」
そのフィードバックされた箇所はシャルドレーダの火傷の最も深い部分。
神経を直接抉る痛みに思わず黒の腕の操作を止めてしまう。
「運が悪いなぁ。俺にとっては運が良い」
「運……ですか?」
ここまできて、この生死を分ける闘いの中で運だと……?
そう、シャルドレーダは訝しむ。
能力の強弱でも、相性でも、身体的強度でもない。
運任せなど、今まで得られなかった感情が次々と湧き出る尊き闘いにあっていいはずがない。
「……ただのまぐれ。ならば次はありません」
次は逃がさない、とばかりに歯を食いしばり黒の腕を操作する。
今度は確実に殺す。
そう意思を込めて全てを喰らい尽くす黒の腕を紛れさせる。
「運は大事だぜ。幸運も悪運も、無ければ生き残れはしねえよ」
またも礫を弾くホープ。
その軌道の先にはシャルドレーダの黒の腕がある。
礫は黒の腕を介してシャルドレーダに小石がぶつかった以上の痛みを与えていく。
恐るべきはそれが小石の威力を増しているわけでは無く、シャルドレーダが最も当たったら痛いと感じる部分に当たっているからこそ、痛みが最大限に発揮されている点である。
だが、それを予期していれば何とか耐えられる。
僅かに黒の腕の操作がぶれてしまったが止まることは無く、そのまま腕を突き動かす。
ホープに向けて幾本もの黒の腕を、時に互いに衝突し合いながら進めていき……一本を残して全ての黒の腕が掻き消えた。
「ぎ、ぎゃあぁぁぁぁぁぁ」
まるで獣の咆哮を思わせる叫び声。
それがシャルドレーダの口から出ていた。
血すらも出ていない。
シャルドレーダの両腕は抉り取られたかのように肘から先が断面を残して消えていた。
「な……何をしたのですか!?」
僅かに黒の腕の操作が出来なくなってしまっただけだ。
すぐに操作を取り戻し、何とか軌道修正を繰り返しながらホープへと到達するはずであった。
だが、運の悪いことに腕は何度か衝突し合った――全てを喰らい尽くす黒の腕を含めて。
黒の腕すらも喰らい尽くす黒の腕。
シャルドレーダにとって運の悪いことに、全てを喰らい尽くす黒の腕が他の全ての黒の腕と衝突したのであった。
ホープにとっては運の良いことに、相手が勝手に自滅したのであった。
「……運が悪い……これが其方の能力ですか……」
思い当たるとすればもうそれしかなかった。
先ほどからホープが述べていた運の良し悪し。
シャルドレーダの能力を無効化したのであれば、それは同じく能力によるものしかない。
「フクロウは不吉の象徴らしいぜ」
「……? フクロウとは其方ですか?」
「おう、俺はフクロウのホープ。不吉の象徴とは俺のことよ。俺を目撃している敵全ての不幸が降りかかる。それが俺の能力だ」
ホープの最初の襲撃では、トリニコとミガテはホープを目撃してしまったから運悪く小石が骨の脆い部分や頭部に直撃してしまった。
シャルドレーダもホープを視認していたからこそ、弾かれた礫によって運悪く神経へ直接痛みを与えられたり黒の腕の軌道をずらされてしまった。
「笑うだの悲しいだの、言っていたな。それは幸不幸を味わった奴が表せる感情だ。不幸だけとか、幸運だけとか、偏っちまってはいけねえな。偏ってしまったらバランスを取るしかない」
「……悲し……くなんかない! 此方はまだ生きる望みを捨てていません。殺す愉しみを忘れていません」
森の中で燻っていた火も、盛んに燃えていた木々も全てが消える。
同時に、森が再び闇の中で誘われる。
シャルドレーダの全てを喰らい尽くす黒の腕が灯という灯を喰らい尽くしていったのだ。
「黒の腕は闇の中でこそ成長する…『烏の心』」
トリニコが大部分を灼熱の球体で燃やし尽くし、ホープが不吉を招いて自滅させた黒の腕。それら全てが蘇り、悍ましい数が周囲を埋め尽くしたのであった。




